毛沢東の"唯一無二の後継者"を演出した習近平

 7月1日、北京の天安門広場で開かれていた中国共産党創立100周年記念大会に習近平総書記が登場して、1時間の長演説をした。

 演説は美辞麗句に装飾されてはいるが、そのエッセンスは毛沢東の後継者は自分だと宣言する事に特化した、単純かつ自己中心的なものだった。

 退屈な演説よりも興味深かったのが、習近平氏の出立ちだった。李克強以下居並ぶ他の指導者がスーツにネクタイという装いの中、自分だけは灰色の人民服で登場したのだ。
山口敬之:日米に忍び寄る毛沢東主義の恐怖

山口敬之:日米に忍び寄る毛沢東主義の恐怖

自分だけ灰色の人民服で登場した習近平
via 著者提供
 人民服は、英語では「Mao Suits」(毛装)と呼ばれる。1949年に天安門広場で中華人民共和国の建国を宣言した、「毛沢東の正装」という意味だ。
山口敬之:日米に忍び寄る毛沢東主義の恐怖

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Mao Suits=毛沢東の正装
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 72年後に同じ天安門広場で演説をした習近平は、他の政治家にはスーツ着用を義務付けた上で、自分だけが毛沢東と同じ人民服で登場する。「毛沢東の後継者は自分ただ一人だ」と、一目でわかるように演出したのだ。

 習近平の灰色の人民服を見て私が反射的に思い出したのが、昨年10月10日に平壌で行われた、朝鮮労働党創建75周年記念式典での、金正恩の装いだ。

 この連載の第3回目で詳述した通り、この時の薄いグレーのスーツに濃いグレーのネクタイという金正恩の装いは、祖父であり建国の父と呼ばれる金日成の「完全コピー」だった。

 米朝関係の改善に執念を燃やしていた金日成が、アメリカの元大統領であり、当時の米朝交渉の最大のキーマン、カーター特使を平壌に迎えたのが、このグレーの装いだったのだ。
山口敬之:日米に忍び寄る毛沢東主義の恐怖

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左:カーター会談時の金日成
右:グレーのスーツに身を包む金正恩
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 北朝鮮国民には、「自分こそが祖父の正統な後継者である」と視覚的にアピールする一方、アメリカには米朝対話への本気度を伝えるという、涙ぐましい服装選択だった。

 「独裁の正統な後継を誇示する」という狂気。中国と北朝鮮の「最高指導者」の身を包んだ灰色の装いに、共産主義国家の異常性を再確認せずにはいられなかった。

毛沢東主義が浸透するアメリカ

 アメリカでは今、社会に入り込んでくる毛沢東主義への警戒感が高まっている。

 先月10日、ワシントンDCに隣接するヴァージニア州の教育委員会での中国移民の女性の発言が、全米の注目を浴びた。

 「アメリカの学校で行われているのは、毛沢東の文化大革命と瓜二つの、分断政策だ」

 証言したのは6歳の時に、文化大革命最中の中国を脱出してアメリカに逃げてきたシ・ヴァンフリート(Xi Van Fleet) さんだ。彼女の息子が通っていたヴァージニア州の学校を始め、全米各地で取り入れられている教育カリキュラム「批判的人種理論」(CRT=Critical Race Theory)は、社会を分断し、憎悪を蔓延させ、数千万人を死に追いやった文化大革命の現代版だと指摘、即時撤廃を求めたのだ。
山口敬之:日米に忍び寄る毛沢東主義の恐怖

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米国の教育が文化大革命時と瓜二つと述べたシ氏
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 CRTとは、アメリカの支配階級である「白人・男性・異性愛者」というカテゴリーの人間が、その他の人々、すなわち黒人など有色人種や、LGBTQなどの性的マイノリティを弾圧し搾取してきたという、白人による自虐史観である。

 この発想は、「白人はその他人種への歴史的搾取への償いが必要」という論理に発展し、昨年大統領選挙最中のアメリカを蹂躙したBLM運動(ブラック・ライブス・マター=黒人の命を尊重しろ)の理論的背景となった。

 シさんは、CRTは「論理構成」「分断の手法」「人権擁護委員という密告システム」まで、文化大革命と全く同じだと指摘。形を変えて現代に蘇った毛沢東思想であり、即座に撤廃すべきだと、強く求めた。
 
 シさんが文化大革命当時の悲惨な中国社会の生き証人であるという事もあり、その説得力のあるスピーチは多くの人の心を打った。一つの州の中のカウンティ(郡)の教育委員会での発言にも関わらず、フォックスニュースなど保守系メディアが全米に放送して議論を呼んだ。

対岸の火事ではない日本の「毛沢東主義」

 現代の毛沢東主義者による社会分断工作は、日本も無縁ではない。批判的人種理論の推奨者の一人、ロビン・ディアンジェロの著作や主張は次々と邦訳され、日本でもこれを称揚するリベラル勢力が出つつある。
山口敬之:日米に忍び寄る毛沢東主義の恐怖

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CRT(批判的人種理論)を推奨するロビン・ディアンジェロ氏の邦訳本
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 CRTを日本に持ち込んで分断と憎悪を植え付けようという動きも近年盛んになっている。アメリカでは「白人・男性・異性愛者」を抑圧者として規定したが、黒人奴隷のような人種差別や人種葛藤の歴史のない日本では、「男性・異性愛者」が批判のターゲットとなる。

 シさんの指摘に従えば、日本における「LGBTの権利増進」「選択的夫婦別姓」「ジェンダーフリー」「女系女性天皇論」は、日本版CRTの入り口であり、「現代版文化大革命」「ネオ・マオイズム(新毛沢東主義)」という事になる。

 実際、「女性蔑視発言」「LGBT差別」とみなされる発言がことさらに取り上げられて、血祭りに挙げられる事案が続発している事も、日本版CRTの第一ステージと見るべきだろう。

 絶対に忘れてはならないのは、毛沢東は大躍進政策と文化大革命で4千万人の自国民を死に追いやった、世界史上類を見ない残虐な独裁者だという事だ。

 その毛沢東の後継者であろうとする習近平が隣国の最高指導者として君臨し、日本にもアメリカにも現代版毛沢東主義が忍び寄っている。私達は、こうした事態を把握し、十分な警戒をしているだろうか。
山口 敬之(やまぐち のりゆき)
1966年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。
1990年、慶應義塾大学経済学部卒後、TBS入社。以来25年間報道局に所属する。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部所属。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月、TBSを退職。
著書に『総理』『暗闘』(ともに幻冬舎)がある。

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この記事へのコメント

宏昌 2021/7/7 21:07

毛沢東主義の浸透は小学校教育から始まる。数年前には新潟市の小学校教員採用試験で発表された合格者番号一覧にはほとんど欠番が無かった。全員合格に近かった。先月の報道によれば、全国の公立小学校教員採用試験の競争倍率は史上最低とのこと。そして、学校教員の不祥事事件報道の急増。教員の質の低下は毛沢東主義が小学校教員と教育の場に浸透し易くすることにつながる。優秀な人材が小学校教員になり、明朗闊達な子どもたちを育ててくれる日本社会になることを望みます。こんなことを連想致しました。

2021/7/3 19:07

これは森発言騒動の時に実感しました
あれで、極左マスコミ、極左政党、極左アカデミア、その尖兵のフェミニストやLGBT活動家を徹底的に批判していかなければならないと、決意しました

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