【山口敬之】北朝鮮軍事パレード:「金正恩」は本物か?

【山口敬之】北朝鮮軍事パレード:「金正恩」は本物か?

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異例づくめの軍事パレード

 10月10日に行われた朝鮮労働党の創建75周年の軍事パレードは、異例づくめの内容だった。

 式典が始まったのは、何と日付が変わった瞬間の10日深夜午前0時。しかも、その様子が放送されたのは、19時間後の10日夜だった。

 番組はあたかも「中継録画」(生中継をそのまま録画した放送)の体裁をとっているが、テレビ局出身者の私から見ると、現場の中継車のスイッチング映像(※1)を基本としながらも、後からVTR映像をいくつも付け加えた、幾重にも加工・編集された番組だった。

 真夜中のパレード実施と、慎重に計算して編集された録画番組。これまでの軍事パレードは全て昼間に実施され、しかも時を置かず放送された事を考えると、今回北朝鮮が太陽光を避け、しかも厳重に加工された映像だけを公開するという判断をした背景には、「絶対に映り込んではいけないものがあるから」と見るべきだろう。

 そこで、金正恩である。番組はまず、ドローンによる金日成広場の上空からのドリーショット(※2)から始まり、広場に居並ぶ兵士や楽団のグループショット、そして感極まった表情の市民のアップを幾重にも編集し、十分に気分を盛り上げた上で、ようやく金正恩らしき人物が登場する。

 パレード会場となった金日成広場は、まるで軍事パレードを行うために設計されたかのようなつくりになっている。75000㎡にも及ぶ広大な空間は、人民大学習堂、万寿台芸術劇場、朝鮮中央通信歴史博物館など、威厳のある石づくり風の建物に囲まれていて、あたかも巨大な四角いスタジアムのようだ。

 金正恩が登場したのは、広場の北西にある人民大学習堂の、一番高いバルコニーの南西端だ。そして、軍服姿の朝鮮人民軍幹部をつき従えて登場した金正恩の装いは、お馴染みの人民服ではなく、グレーのネクタイに明るいグレーのスーツ姿だった。

※1 各所に配置した中継カメラを中継車に集約し、TD=テクニカル・ディレクターがスイッチング(画面切り替え)する、スポーツ中継等でおなじみの方法
※2 ゆっくり移動しながら撮影された映像
上空から撮影したパレードの模様

上空から撮影したパレードの模様

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「グレーのスーツ」の深い意味

 私はこのグレーのスーツに見覚えがあった。1991年に平壌で金日成のインタビューをした時のことだ。

 あの日、用意された部屋で待っていると、予定時間ぴったりに、明るいグレーのスーツに、少し濃い灰色のサテン地のネクタイを締めた最高指導者が入ってきた。昼間にしては薄暗かった部屋の中が、金日成の登場で一気に明るくなったような気がしたのは、スーツそのものが鈍く光っていたからかもしれない。そして、日本では見ないような幅広な襟のデザインに目を奪われたのを覚えている。

 その3年後の1994年6月、平壌でアメリカのカーター元大統領を出迎えた時の金日成の装いも、私がインタビューした時と全く同じコーディネートだった。
 この時、金日成は北朝鮮外交の大転換を狙っていた。年内に韓国を電撃訪問→南北平和宣言→朝鮮戦争終結条約→アメリカとの平和条約締結という、包括的和平への道筋を描いていたことが、後の研究でわかっている。

 だからこそ、カーター訪朝は金日成にとって、米朝和平という最終ゴールに向けた、非常に重要なイベントだったのだ。そして金日成はカーターの2日間の滞在中、なぜかずっと同じグレーの装いで通した。
 ところが、カーター訪朝のわずか3週間後、金日成は執務室で倒れ死亡する。机の上には、韓国で読み上げるはずだった書きかけの南北平和宣言の原稿が残されていたという。
グレーのスーツに身を包む金日成と金正恩

グレーのスーツに身を包む金日成と金正恩

左:カーター元米大統領と金日成
右:祖父同様のグレーのスーツに身を包む金正恩
via 著者提供
 孫の金正恩が、金日成ゆかりのスーツとネクタイで公式行事に臨むのは、今回が初めてではない。2018年の元日に行った、「新年辞」という年頭の訓示の際に、全く同じ装いで登場している。
 2018年といえば平昌五輪の年だ。金正恩がそれまでの強硬路線から、対話路線に大転換したことは記憶に新しい。

 しかし元日の演説では、前年11月に大陸間弾道ミサイル(火星15)の発射実験に成功していたこともあり、表向きはアメリカを強く牽制した。
「米本土全域がわれわれの核攻撃の射程圏内にあり、核のボタンが私の机の上に常に置かれていること、これは決して威嚇ではなく、現実だということをはっきり理解すべきだ」

 ところが、演説の際に着ていたのは「米朝和平」に向けて邁進していた祖父が、アメリカの大統領経験者と初会談した時と同じ、グレーの装いだった。

 実はこの段階で米朝間では、史上初の首脳会談の実現に向け、水面下の交渉が始まっていた。しかし、アメリカを長年、不倶戴天(ふぐたいてん)の敵と位置付け、国民に敵愾心を植えつけてきた北朝鮮の最高指導者としては、演説で軽々に弱腰な事は言えない。だからこそグレーの「勝負スーツ」に、アメリカとの和平に向けた金王朝の深い思いを込めたのだ。
 この金正恩の無言のメッセージは、半年後に結実する。同年の6月12日、シンガポールで史上初となる米朝首脳会談が行われたのだ。

 軍事パレードの番組に戻ろう。「グレーの勝負服」で悠然と人民大学習堂の赤絨毯の上を歩く金正恩は、バルコニーの端で待機していた2人の子供に歩み寄り、花束を受け取ると、両手の掌で子供の顔を包み込んで頬に軽くキスをした。
 私が1991年に平壌で取材したマスゲームの際にも、金日成は花束を持った子供に歩み寄り、全く同じことをした。その時もグレーのスーツだった。
子供より花束を受け取る金正恩

子供より花束を受け取る金正恩

「グレーの勝負服」に身を包む金正恩
via 著者提供
 そして30分もの間演題で熱弁を振るった金正恩の声や仕草は、祖父と瓜二つだった。単なる遺伝だけでは、あそこまで似ない。祖父の立ち居振る舞いまで、金正恩が精密にコピーしようと努力していることをうかがわせた。
 さらに、演説後にパレードが始まると、冒頭金日成の象徴である白馬の騎馬隊が登場した。祖父への敬意を最大限に演出しようという意思が随所に感じられるイベントだった。

 こうして見てくればわかるように、金正恩にとって「グレーのコーディネート」は単なる祖父へのオマージュではない。道半ばで斃れた金日成から世代を超えて託された「米朝和平」という宿願への、孫の悲痛な思いがこもっているのである。

 それでは、なぜ金正恩は今回の軍事パレードで、アメリカへのメッセージが最も強い、大切な勝負服を選んだのか。次回は金正恩の真意を、様々なファクトから分析する。

軍事パレード:3つの注目点

 さて、私は前回記事(パレード2日前の投稿)で、以下の3つの点に注目すると書いた。その「答え合わせ」をしよう。

【3つの注目点】
①金正恩が肉声を発するか
②金与正は雛壇のどこに座るか
③最新型ICBMは登場するか


注目点1:金正恩の肉声


 金正恩(によく似た人物)は、30分に渡って、立ったままで熱っぽく演説した。金正恩の肉声が公開されるのは、実に1年ぶりだ。
 その声は、これまでに公開されていた金正恩の声に酷似していたが、本当に金正恩本人の声なのかどうかは最新の機器を使って声紋分析をする必要がある。なお、簡易な分析による速報で、同一人物である可能性は99%以上という結果が出たという情報もある。

 もちろん、北朝鮮は西側の声紋分析技術を熟知しているから、すぐに偽物とバレるような音声を出すはずがない。

 金正恩の真贋については
・30分にも及ぶ演説をこなした金正恩の肉声が公表された以上、金正恩は健在だと認めるべきだという見方
 と、
・陽光を避けて深夜にパレードを実施し、厳重に編集された映像を鵜呑みにするのは危険なのであって、金正恩本人が健常ではない証である
 という見方に分かれている。

 これについては、非常に重要な論点なので、こちらも次回以降の記事でしっかりと検証したい。

注目点2:「わずか6秒」の金与正

 金与正は、確かに金日成広場の人民大学習堂にいた。しかし兄が2人の元帥と一緒に広場を睥睨していた最上部のバルコニーではなく、2段下に設えられた控えめな観覧席で、朴奉珠中央委員会政治局常務委員など、朝鮮労働党幹部と共に座っていた。

 しかも、番組の中で金与正が映ったのははわずか6秒。5人の党幹部が映り込んだ広い画角の映像のままで、金与正のアップは放送されなかった。

 同じく前回の投稿で指摘した「控えめな金与正」という北朝鮮のプレゼンテーションが今回も引き継がれた格好となった。

 これまで金与正が「対韓国最強硬派」「米朝首脳会談懐疑派」として振る舞ってきたことを考えると、「小さい金与正」という演出は、北朝鮮が対南・対米宥和路線に舵を切ったことと受け止めるべきだ。こうした見方は、金正恩の演説内容とも、そしてグレーのスーツ姿とも、ピッタリ平仄(ひょうそく)があう。

注目点3:新型のICBM(大陸間弾道ミサイル)

「金正恩」の大演説の後、兵士と兵器のパレードが始まった。兵器群の最後に登場したのが、北朝鮮最長射程と見られていたICBM「火星15」と、もっと大きな全く新しいICBM (大陸間弾道ミサイル)だ。

 火星15は西側のミサイルコードではKN-22と呼ばれるもので、2017年11月に最初の発射実験が行われ、射程は最大で13000キロに達するものと見られ、北朝鮮の国土から発射して、アメリカの首都ワシントンDCに届く性能を誇示した。

 火星15に続いて登場した新型ICBMは、全長22.5メートルの火星15よりも明らかに長く、軽く25mを超えている上、胴回りも一回り大きくしているため、射程は15000キロ程度に伸びているものと見られている。
 この新型ミサイルについては「ハリボテだ」とか「発射実験が行われていないから無意味」という見方をする専門家もいるが、私はそうは思わない。

 3年前に火星15を1万3000キロ飛ばす力を見せた北朝鮮が、現在までその技術を進歩させていないはずはない。
 しかも、最大射程と最大ペイロード(積載可能弾道重量)はトレードオフの関係にある。2トンの弾頭を15000km飛ばせるミサイルは、1トンの弾頭ならもっと遠くに飛ばせる。また、射程が伸びるという事は、より重い兵器を飛ばせるようになったいうことでもある。

 また、このICBMの前には、「北極星2」「北極星4A」という2種類のSLBM(潜水艦発射型)も披露された。

 「北極星4A」は新型で、昨年10月に海中からの発射実験が行われた「北極星3」の胴身を短くして、潜水艦に搭載しやすくしたものと見られている。北のミサイルは、驚くべきスピードで、効果的な進化を続けているのである。

 2年前の軍事パレードでは、アメリカを刺激するICBMの類は登場しなかった。今回アメリカに到達しうるICBMとSLBMを4種類も披露したのは、北朝鮮がアメリカに対する態度を硬化させているという明確な意思表示だ。

 この他のパレードに登場した兵器も興味深いものばかりだった。特に7種類に及んだ新型の通常兵器は、北朝鮮が国際社会の厳しい制裁と監視の目をかい潜って、諸外国から最新の軍事技術を数多く輸入していることを強く示唆した。

 疑われるのは ▶︎韓国ルート ▶︎中国ルート ▶︎ウクライナルート ▶︎ロシアルート ▶︎イランルートだ。

 こうした闇の兵器開発ネットワークは、日本を狙う最新型のミサイルや兵器として結実してしまう危険性があり、我々日本人がしっかり検証しなければならない、由々しき事態なのである。


[筆者注]
 強硬派金与正のプレゼンス縮小と、アメリカに届くICBM披露は、対米メッセージとしては矛盾しているのではないかと考える方もいると思いますが、そんなことはありません。

 北朝鮮のメッセージは、

◯グレーのスーツで米朝和平に向けた金正恩の思いを強調し、
◯当面妹が象徴していた強硬路線は引っ込めるが、
◯アメリカが完全な非核化を交渉の前提としていることについては、新型ICBMを見せる事で強く抗議する
 
 というところでしょう。
パレードに登場した兵器

パレードに登場した兵器

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【パレード兵器一覧】
(★は新出兵器)
★新型4輪軽装甲車
★M1エイブラムス風戦車
★ストライカー風装甲車
   •    自走榴弾砲(2018P)
   •    自走対戦車ミサイル(2018P)
★トール風地対空M装輪型
★ポンゲ地対空M新型発射機
   •    22連装240mm多連装ロケット
   •    KN-25装輪式4連装型発射機
   •    KN-25装軌式6連装型発射機
★KN-25装輪式5連装型発射機
★金星3 SSBM
   •    北極星2 SLBM
★北極星4A SLBM
   •    イスカンデル SRBM
   •    ATACMS SRBM
   •    火星12号MRBM
   •    火星15号ICBM
★新型ICBM
 (3050)

山口 敬之(やまぐち のりゆき)

1966年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。
1990年、慶應義塾大学経済学部卒後、TBS入社。以来25年間報道局に所属する。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部所属。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月、TBSを退職。
著書に『総理』『暗闘』(ともに幻冬舎)がある。

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この記事へのコメント

よし子 2020/10/17 07:10

山口さんならではの視点、興味深く、連載が楽しみです。
これからも、深い洞察に基づく記事、楽しみにしています。

王朝のレガシー 2020/10/17 04:10

非常に説得力のある分析です

しかも、山口敬之氏は金日成にも会っている
現場取材が活きた、卓越した記事だ

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