【李 相哲】ボルトン回顧録が明かす 文在寅は大ウソつき

ジョン・ボルトン氏の回顧録『それが起きた部屋』で明かされた米朝会談の「真相」と文在寅の「バカさ加減」とは―― (『WiLL』2020年9月号掲載)

ボルトン回顧録が明かす 文在寅は大ウソつき

暴露された米朝会談

 ボルトン氏の暴露本で注目すべき点は枚挙に暇がありませんが、私が一番注目したのは米朝首脳会談の部分です。ボルトン氏の在任中に行われた3回にわたる米朝会談については、会談の中身や各国要人とのやり取りについて詳しく記されています。そこで見えてきたのは、「文在寅大統領がウソをつき続けた」ということと、「韓国は、アメリカはおろか北朝鮮からも『お節介な奴』と思われていた」という事実です。

 もちろん、これに韓国は強く反発。青瓦台の国民疎通首席秘書官である尹道漢は、6月22日の記者会見で「正確な事実を反映していない」「かなりの部分、事実を大きく歪曲(わいきょく)している」と反論しました。ですが、なぜか歪曲部分については一切言及がなかった。

 すべては1回目の米朝会談が行われる3カ月前、2018年3月に韓国大統領府国家安保室長の鄭義溶がホワイトハウスを訪れたことから始まります。ホワイトハウスの大統領執務室で、鄭室長は「トランプ大統領に会いたい」という金正恩委員長の意向を伝えながら、トランプ大統領に「金委員長は核放棄の確固たる意志がある」と言いました。

 このホワイトハウス訪問以前、鄭室長は国家情報院長の徐薫らと共に文大統領の特使として平壌で金委員長と会談しています。その後、韓国へ戻った鄭室長は文大統領に会談の内容を報告。金委員長が「核放棄の確固たる意志がある。これは先代の遺訓だ」と発言したと報告したのです。

 それを聞くや否や、文大統領は一刻も早くアメリカ側に金委員長の意思を伝え、どうにか米朝会談を実現させようと考えた。

 そして2018年4月28日、米韓首脳による電話会談の際に「金委員長が(中略)完全な非核化を約束した」「1年以内の非核化を要請したが、金委員長が同意した」とトランプ大統領に伝言。翌月の5月4日、3度目のワシントン訪問の際に鄭室長が「韓国は金委員長にCVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)に同意するよう要請し、金委員長はこれに同意しているように見えた」と述べたとも書かれている。こうして初の米朝会談がシンガポールで実現することになります。

 しかし、この話には大きなウソが潜んでいた。

すべては「韓国の創造物」

 平壌での会談で金委員長が言ったのは北朝鮮の非核化ではなく、あくまで〝朝鮮半島の非核化〟です。確かに、これは祖父の金日成も父親の金正日も言ってきた、いわば「先代の遺訓」ではあります。しかし韓国は核兵器を所有していません。

 つまり、朝鮮半島の非核化とは「在韓米軍の撤退」を意味しているのです。韓国に米軍が駐留する以上、いつでも韓国は国内に核を持ち込むことができますから。金委員長は「朝鮮半島の非核化」で、朝鮮半島から在韓米軍の撤退を要求していた。

 しかし何を勘違いしたのか、文大統領はあたかも北朝鮮だけが非核化するような説明をトランプ大統領にしたのです。「北朝鮮に非核化の意思がある」と聞いてトランプ大統領は会談を決意したわけで、ここで大きな齟齬が生じてしまったのです。初めから会談の前提が崩れていた。

 北朝鮮の言う「朝鮮半島の非核化」の意味は韓国の一般的な専門家や政治家も理解しているので、文大統領が知らなかったとは思えません。ですが、ボルトン本を読む限りではそうとしか思えない。

 また本文中には「のちに鄭室長は(トランプ大統領との)会談について、自分(鄭室長)が先に金委員長に提案したと認めた」との記述もあります。会談を持ちかけたのは金委員長ではなく、韓国の特使団の方から「トランプ大統領との首脳会談を進めていいか」と金委員長の方へ申し出があったのです。結局のところ、米朝会談のウラには韓国側の意図があった。

 ボルトン氏は暴露本の中で、これを「すべての外交的ファンダンゴ(スペインの男女ペアで踊るダンス=米朝会談の成功)は韓国の創作物で、これは金委員長や我々(アメリカ)の真摯な戦略よりも、韓国の(南北)統一議題に、より関連したものだった」と韓国の思惑があったことを批判的に書いています。韓国はミスリードを承知でウソをついたのです。

文大統領は調弦病?

 また暴露本には、ハノイで行われた2回目の米朝会談におけるトランプ大統領と金委員長のやり取りについて詳細に書かれています。寧辺にある核施設の放棄を提案した金委員長に対し、トランプ大統領は「それ(寧辺の核施設)は核開発施設の1部だ。それ以上の譲歩は用意していないのか」と迫りましたが、金委員長は何も答えられず。

 少し経ってから「寧辺の核施設を放棄するのは大きな譲歩だ」と一生懸命トランプ大統領を説得する金委員長の哀願めいた惨めな姿は、偉大な指導者というより、若く、未熟な指導者であることを見せつけた象徴的なシーンです。

 一方で、なぜ金委員長はアメリカの制裁解除に確信を持ってハノイに乗り込んだのか──それは1部メディアでも暴露されている通り、文大統領が「寧辺にある核施設と引き換えに、アメリカは間違いなく制裁を解除する」と何度も言い聞かせていたからです。

 金委員長は会談の直前にも文大統領に3回も連絡して「本当にこれでいいのか」と用心深く確認したようで、それに対して文大統領は「大丈夫だ」と。そこまで念入りに確認し、確信を持って臨んだ米朝会談でいきなり「プランBはないのか」と聞かれても、金委員長には差し出す代替案などありません。最初から、交渉は決裂する運命にあったのです。

 それからハノイ会談の数日後、鄭室長を通じて文大統領は「金委員長が代案なく、1つの戦略だけを持ってきたことには驚いた。アメリカ側が北朝鮮の『行動対行動』(行動に対して、行動で応えるという原則。北朝鮮の寧辺核施設の放棄と、アメリカの制裁緩和を同時並行で進めること)の方式を拒否したのは正しい」と言いながら、直後に「寧辺(の核施設)廃棄は意味ある最初の措置で、北朝鮮がすでに取り返しのつかない非核化の段階に入ったことを意味する。だから、アメリカ側もそれ相応の措置(制裁の解除)を考えてほしい」とアメリカ側に伝えたとか。

 つまり、前文では北朝鮮の「行動対行動」を拒否したことを評価しながら、後文では「金委員長の勇気ある決断に対して、制裁解除を検討してほしい」と「行動対行動」を求めており、前後で発言が矛盾しているのです。

 それに金委員長が代案を持ってこなかったことについても、文大統領はまるで当事者意識ゼロ。一体、誰のせいで決裂に至ったのか。本文中でボルトン氏は、文大統領のおかしな発言を「調弦病(統合失調症)」のようだと揶揄しています。

米朝「韓国はジャマ」

 それだけではありません。韓国と北朝鮮の軍事境界線である板門店「自由の家」で行われた3回目の米朝会談のくだりでは、文大統領の〝粘着質な性格〟がはっきりしました。

 米朝会談前日の昨年6月29日、大阪のG20サミットに参加していたトランプ大統領がツイッターで「もし北朝鮮の金委員長がこれを見たなら、南北の国境、非武装地帯で会い、握手をしてハローと言おう」と金委員長に呼びかけ、急遽3回目の米朝首脳会談が実現することになります。

 すると、文大統領は「自分も(米朝会談に)参加したい」とトランプ大統領に3者会談を提案。G20では各国首脳がそれぞれ会談をする中、1人ホテルに籠っていた文大統領は存在感を演出したかったのでしょう。

 しかし、トランプ大統領は「別途話したいこともあるので、別の場を設けよう」と、やんわり拒否。それでも文大統領は「38度線まで案内するだけでいいので……」と何度も説得し続けてきたとか。

 そこで、しつこい要求に嫌気がさしたのか、ポンペオ国務長官が北朝鮮にその旨を確認します。すると、北朝鮮側からも「(文大統領に)側にいてもらっては困る」との返答だったのです。

 きっと文大統領の頭の中では、自分が金委員長を韓国側に迎え入れて手をつなぎ、「自由の家」にいるトランプ大統領に引き合わせる場面を想像していたのでしょうが、それはアメリカはおろか北朝鮮でさえ許さなかった。

 しかしそれでも彼は諦めず、トランプ大統領が38度線にいる金正恩のもとへ向かおうと「自由の家」を出るとき、文大統領は無理やりついて行こうとしたのです。トランプ大統領のSPが扉を閉めて阻止する文大統領のマヌケな場面が、中継されていた全世界のテレビに映っています(笑)。

 ここから分かるのは、文大統領は何か問題を1つでも解決したり、何かを成し遂げることにはまったく興味がないこと。そして、いかに自分が何か成果を上げているように見せるか──日本風に言えば、外面だけ格好よくみせたい政治家だということです。

 いかに自分が仲介役として両首脳を引き合わせ、あたかも自分が朝鮮半島問題の運転手として役割を果たしているかのような姿を国内外に演出しようと必死だったかが理解できます。

 それは昨年11月4日にタイのバンコクで行われたASEAN̟+3(東南アジア諸国連合+日本、中国、韓国)首脳会議の控室で、文大統領が安倍首相を突然ソファに座らせて実現した、いわゆる〝11分対話〟も同様です。文大統領は入出を許された首脳と通訳以外に青瓦台の職員を同席させ、日本側の了承もなく写真を撮り始めた。これも安倍首相と短時間で何かを取り決めるのではなく、ただ目的は安倍首相と何かを解決しようと話し合っているような場面を写真に収めること。彼の政治姿勢はすべて、「やっているフリを見せる」ことなのです。

 もちろん、相手からすれば彼の政治パフォーマンスに利用されるのは不愉快です。

 言ってみれば〝詐欺師〟が仲介役を引き受けた結果、本当のことを言わずに四方八方へ2枚舌外交を繰り返したので、最終的に問題がより複雑化してしまった。

連絡事務所爆破の意味

 そんな文大統領の無能さにキレた北朝鮮が6月16日、開城にある南北共同連絡事務所を爆破しました。韓国では「和解の象徴が崩壊」と報じられています。一見、子どもじみた行為に見えますが、爆破のヒントは6月13日に金与正の名前で出された談話にあります。

 「言葉の感覚が鈍いその者たちが、あるいは(この談話を)『脅迫(に過ぎない)』と誤解したり、勝手に我々の意図を評価し、支離滅裂な談話を発表するよりも、いまや(こちらから)連続的な行動で報復しなければならない」

 つまり、感覚が鈍くて言葉の意味を理解できない文大統領は、今回の談話も単なる脅しだと間違った判断をして、北朝鮮の意図を勝手に解釈する可能性があるので、言葉で分からない奴には行動で示す、と言っているのです。

 金委員長が文大統領に期待していたことは、大きく分けて2つ。1つは前述の通り、対米交渉における仲介役でしたが、これは文大統領の失態で破綻したし、なにより1回目の会談で北朝鮮とアメリカには直接のパイプができた。この時点で金委員長にとって、仲介役としての文大統領は用済みになったわけです。

 もう1つは経済支援。これまで文大統領は国際社会が北朝鮮に制裁をかけている最中でも、「南北間の経済協力で平和経済が実現すれば、私たちは一気に日本の優位性に追いつくことができる」などと発言し、北朝鮮に対する経済支援を幾度となく約束してきました。

 北朝鮮と経済協力をしても韓国が貧しくなるだけですが、論理や理性ではなく、「北朝鮮と協力して日本を追い越す」と、感情で物事を理解する韓国人の特徴がよく表れています。

 しかし、現実は国連安保理の制裁決議違反とアメリカによる追加制裁を恐れて何もできずじまい。これに対して北朝鮮は怒り心頭です。口では「同じ民族」と聞こえのいいことを言いながら、実際には国際社会の報復を気にして約束を反故にしているわけですから、金委員長が怒るのも無理はありません。

 これまで北朝鮮は、韓国に対して何度も「とにかく約束を守れ!」と警告を重ねてきました。ハノイ会談決裂後、今年の4月までに短距離ミサイルを継続的に飛ばしたのは、「約束を守れ」という催促でした。

 また西から朝鮮半島を横切る形で日本海へ着弾させたのは、暗に「その気になれば、いつでも韓国に落とせる」と脅していたわけです。それでもなお、金与正の談話の通り、鈍感な文大統領はメッセージを理解できなかった。

 この3年間、文大統領は北朝鮮政策にすべてをつぎ込みましたが、何1つとして成功しなかった。しかし唯一、あの連絡事務所だけが形として残っていたのです。それをあえて破壊することで、今回ばかりは文大統領も「いい加減、少しは我々(北朝鮮)の意図を理解しろ」という北朝鮮の怒りに気づいた。

 他にも文大統領は、「金委員長との間にホットラインができた」とトランプ大統領に自慢していましたが、金委員長はその電話に一切近づくことなく、1度も使われることはなかった。最初から「南北和解」は噓だったのです(笑)。

不安定な北朝鮮

 それほど、現在の文大統領と北朝鮮には焦りがあります。2017年末の国連の安全保障理事会による制裁決議から2年ほどが経過し、その効果が昨年の後半から徐々に現れ始めた。

 そして昨年末には出稼ぎ労働者のビザも停止され、ロシアなどから大勢の出稼ぎ労働者が送還され、北朝鮮の収入源の核である外貨収入も激減しました。

 そこへトドメを刺すように新型コロナウイルスが蔓延。1月末からは中国との国境も封鎖し、物資がまったく入らない状況が続いています。

 また現在、平壌が大変な局面を迎えています。本誌6月号(山口敬之氏との対談)時点では、軍の将校たちに対する配給が3分の1になり、10日分の食料で1カ月を乗り切らざるを得なくなりましたが、なんと現在は平壌にすら配給が3カ月も途絶えており、恐れていた餓死者が急激に増えているのです。

 6月7日に開かれた北朝鮮の政治局会議でも、「平壌市民の生活をどうにかしろ」という話が出たと労働新聞が報じています。政治局会議で平壌市民の生活に言及されたこと自体、異例中の異例。特に飲み水の確保が優先されているようで、こうした状況からも切羽詰まった北朝鮮の状況が伝わってきます。

 最近、北朝鮮から日常を伝えるユーチューブチャンネルも増えており、「New DPRK」というチャンネルでは、子どもが手を洗う様子やスーパーに多くの商品が陳列されている様子を伝えています。

 しかし、すべて北朝鮮が経済的に困窮していない、制裁しても無駄だと訴えるためのプロパガンダにすぎません。そもそも平壌では、いつでも水道から水が出るわけではありませんから(笑)。

 そこで最近、金与正に注目が集まっています。今年の6月だけで、すでに3回も彼女の名前で談話が出されており、どれも文政権を口汚く批判している。今年3月22日に出された談話でも、トランプ大統領が金委員長に親書を出し、米朝関係改善や新型コロナウイルス対策での協力の意向を伝えてきたことを彼女の名前で明らかにしています。

 ただ、今回の南北共同連絡事務所の爆破は「委員長同志(中略)から付与された私の権限を行使して、(中略)指示した」と談話に記されているので、完全に彼女の権限だけで決めたわけではないはず。

 金与正の役職はあくまで第一副部長です。第一副部長は大勢いますし、ましてや1番偉いわけでもない。ただ彼女は朝鮮労働党の人事を統括する組織指導部と、北朝鮮の存在力を対外的にアピールする宣伝扇動部を兼任している。つまり朝鮮労働党の核心部分を握っているのです。そんな彼女は、金委員長から移譲された権限を逸脱し、暴走しているようにも思えます。

 まず、今回の脱北者による北朝鮮への侮辱的なビラ撒きの影響もあるのか、ここに来て脱北者の家族に対する監視が厳しくなっています。つい最近まで行われていた脱北者による本国の家族への送金も、現在は送金どころか連絡さえ1カ月以上も止まっているとか。

 本来であれば、脱北者の監視は地方に住む監視員に任せていますが、どうやら金与正の指示で国家保衛部の中央から監視員が派遣されているようです。地方の監視員であれば、少し賄賂を渡せば多少のことは目を瞑ってくれたものの、中央の監視員が来た以上、それは不可能になった。中朝国境を「アリ1匹も通すな」と指示が出たという話もあります。

 それから脱北者が送金した資金を北朝鮮に持ち込んでいた22人のブローカーも逮捕されており、これも金与正の指示だと言われている。

 現在、金委員長の体調が再び悪化しています。朝鮮労働党の幹部向けに定期的に行われる講演会では、デマの拡散を怖れてか「首領様の健康状態に関しては口にするな」という命令が出たことが明らかになっていますし、38度線に配置された朝鮮人民軍の兵士たちは1級警戒態勢を維持し続けている。そして週に1度、金委員長から降りてくる指示文がここ3カ月途絶えているという情報もあります。

 国連とアメリカの制裁、金委員長の体調、そして新型コロナウイルスの蔓延──八方塞がりで不安定な状況が続く金正恩政権、より一層の警戒が必要です。
李 相哲(り そうてつ)
1959年、中国黒竜江省生まれ。中国紙記者を経て87年、来日。上智大学大学院博士課程修了(新聞学博士)。98年、龍谷大学助教授、2005年から教授。著書は『朴槿恵〈パク・クネ〉の挑戦 ムクゲの花が咲くとき』(中央公論新社)、『金正日秘録 なぜ正恩体制は崩壊しないのか』(産経新聞出版)など多数ある。最新著は『北朝鮮がつくった韓国大統領 文在寅』(潮書房光人新社)。