【山口敬之】「新疆日本自治区」への道 ー陛下訪中に学ばない自民党政権【山口敬之の深堀世界の真相㉖】

米国とEUが中国・ウイグル自治区におけるウイグル人への人権弾圧に対して制裁を発動したにもかかわらず、日本政府は「根拠法がない」ことを理由に相変わらずの慎重姿勢。日頃「人権の尊重」を声高に唱えているにもかかわらず、本当に深刻な人権侵害が行われている国に対しての弱腰姿勢は、政府の責任放棄であろう。かつて日本は天安門事件後に、天皇陛下の訪中という形で中国に助け舟を出したにも関わらず、裏切られた経験がある。その経験に学ばない政治家たちは本当に国を担うのにふさわしいのか―

【山口敬之】「新彊日本自治区」への道 ー陛下訪中に学ばない自民党政権

世界中で中国のウイグル弾圧に声を上げているにもかかわらず―

欧米に取り残される日本

 アメリカと欧州連合(EU)は、中華人民共和国ウイグル自治区におけるウイグル人虐殺と虐待について、団体と個人を名指しして制裁に踏み切った。

 ところが日本政府は、対中国制裁に慎重な立場を変えていない。加藤勝信官房長官は3/23日の記者会見で、制裁の根拠となる外国為替管理法について「人権問題のみを直接あるいは明示的な理由として制裁を実施する規定はない」として、外国人に資産凍結などの経済制裁を科せないと説明した。
 
 は?本気で言ってるのか?今の法律で制裁できないなら、法改正しろ。こういう議論をしている今も、ウイグル自治区で無辜の民族が理不尽に殺され、暮らしと文化を抹殺されているのだ。今すぐ、人権問題で制裁出来る様に、政府が改正案を提出しろ。

 さもなくば、どんなに酷い人権問題が起きていようとも、日本は、何もしない、見て見ぬふりをする偽善国家だと世界に認める事になる。そして菅政権は、今そこにある、命の危機、民族の悲劇を放置する政権という事になる。

 ウイグル自治区で何が起きているか、菅首相も、加藤官房長官も、知らないとは言わせない。一冊の本が、今月初めに全ての国会議員事務所に届けられたからだ。

『命がけ』とは何か

 その本は、「命がけの証言」(清水ともみ著・ワック)だ。

全国会議員の事務所に届けられた『命がけの証言』
 2017年、友達と談笑していた弟が有無を言わさず連れ去られた36歳の女性。

 宗教指導者だった父が「騒乱挑発罪」で逮捕された挙句、今では妹とも連絡が取れない27歳の男性。

 「外国にいる家族と連絡を取った」「外国へ送金した」など、でっち上げの疑いをかけられて当局に拉致され、「収容所」「再教育センター」に長く拘束されたカザフスタン国籍の女性の証言は、さらに苛烈だ。

 収容所では、何百何千という無実のウイグル人が、でっち上げの罪状で拘束されれていたという。

 外国国籍だった彼らが収容所の中で見たウイグル人は、八畳間程の雑居房に20人が「囚人」として詰め込まれていた。彼らは笑う事も泣く事も、寝返りを打つ事も禁止されている。

 収容所では中国語を学ばされ、中国共産党を礼賛する言葉を連呼させられる。朝から晩まで厳しい生活ルールを押し付けられる。

 そして、「右を下にして寝返りを打たずに眠る」というルールに違反し、寝返りを打っただけで、ムチで打たれる。

 もっと酷い罪をでっち上げられたウイグル人には、より過酷な体罰が待っていた。

 「黒い部屋」という拷問部屋にありとあらゆる拷問道具が揃っていて、ここから出てきた老婆は、生爪が剥がされ、全身血塗れで皮膚が裂けていたという。

 なすりつけられた「罪」は、携帯電話で外部と連絡を取り合ったというものだったが、羊飼いだった老婆は携帯電話を持っておらず、使い方も知らなかったという。

 こうした収容所内の証言が出てくるのは、証言者がカザフスタン国籍を持つ「外国人」だからだ。
 
 ウイグル人だというだけで何十万人もの人を収監し、虐待と拷問を繰り返しているのであれば、それは第二次世界大戦でユダヤ人に対して行われたジェノサイド(民族虐殺)に匹敵する。

 国際社会の批判が高まる中、収容所の中の様子を証言されては困る中国当局としては、いったん虐待したウイグル人を外に出すわけにはいかないという、最悪のジレンマに陥っているのだ。

証言は間違いなく真実だ

 私は『命がけの証言』に登場する複数のウイグル人に直接会い、繰り返し話を聞いた。

 そして本には登場しない、登場できない40人を超えるウイグル人にも直接取材をした。彼ら全ての証言は、地名、日付、施設名、中の構造に至るまで、相互に全く矛盾がなかった。検証すればするほど、全てのウイグル人とカザフスタン人の言葉をの一つ一つが、信じるに足る証言である事がわかった。

 彼ら彼女らが異口同音に訴える二つの事がある。

 一つは「なぜ日本政府は現実から目を背けようとするのか」。

 そして二つ目は、「私たちをウイグル族と呼ばないで欲しい」という事。

 「ウイグル族」という言葉には、「中国国内に住む少数民族」という、中国共産党側の論理が込められている。これが、ウイグル問題を指摘された時の「あくまで中国国内の内政問題である」という中国共産党の決まり文句につながってくる。

 しかし「新疆ウイグル自治区」の西部は、一度1933年に「東トルキスタン共和国」として独立している。ウイグル人の悲願だった独立国家は、ほどなく中国とソ連という共産陣営の狭間で翻弄され「新疆省政府」という名称に格下げになるが、国境でビザの提示を求めるなど、半独立状態を何とか維持した。

 また、北部のイリ地域では1944年に別の「東トルキスタン共和国」の建国が宣言された。ところが1949年8月、毛沢東との会談に向かうために東トルキスタン政府首脳を乗せて北京に向かっていた航空機が、当時のソ連領カザフスタン共和国内で謎の墜落事故を起こす。

 イリの東トルキスタン共和国が首脳陣を一瞬にして失ったわずか4ヶ月後、人民解放軍が国境を超えてイリの東トルキスタンと新疆省政府など全てのウイグル人集住地域に軍事侵攻。ウイグル人は瞬く間に「独立」も「半独立」も失い、中国主導で新疆省連合政府が樹立された。その後わずか5年で、新疆ウイグル自治区となり、全域の中国政府の実効支配が完成した。

 「新疆」とは、「新しい領土」という意味の中国語だ。中国人自らが、「それまでは自分たちの領土ではなかった」と認めている証拠である。

【在日ウイグル人が語る】中国共産党のウイグル人“絶滅”計画【WiLL増刊号#431】

グリスタン・エズズ氏による証言はコチラ

動く欧米、動かない日本

 「警棒2768本」「電気棒550本」「手錠1367本」「催涙スプレー2792缶」。ウイグル自治区の「職業訓練センター」が購入した「資材」だという。

 この事実をアメリカ連邦議会で告発したのは、アメリカの上院議員マルコ・ルビオ氏だ。

 昨年アメリカのペンス前副大統領は「中国共産党は百万人以上のウイグル人を施設に収容し、24時間洗脳している」と断言した。

 『命がけの証言』が伝える収容所内部の様子を、アメリカが国家の威信をかけて「証言」したのだ。

 イギリスの議会も、亡命したウイグル人医師から聞き取り調査を行い、「生きたウイグル人の痙攣する体からの臓器摘出」という衝撃的な証言を引き出している。もはや隠しきれない民族虐殺と民族虐待に、国際社会が一斉に声を挙げ始めている。

いち早くウイグル弾圧を非難したペンス前米国副大統領
 一方の日本政府。ウイグル自治区での人権弾圧について加藤官房長官は、「わが国の平和および安全の維持」という、外為法の制裁発動要件に該当しないとの認識を示した。

 しかし『命がけの証言』の中で、父を失い、母は病に倒れ、弟が行方不明のグリスタン・エズズさんは「日本の現状は、昔のウイグルとよく似ている」と述べ、近い将来「日本の平和と安全が脅かされる事態が来るのではないか」と心配している。
 
 他人を信じ、優しいという点で、ウイグル人と日本人はよく似ているという。性格がよく似た日本人が、ウイグル人と同じ悲劇に見舞われるのではないか。

 中国人の言葉を信じて自治区への漢人の介入と侵入を許した事が、ウイグルの全ての悲劇の始まりだったという。そして中国共産党について、現代日本の政治家は今なお「話せばわかる」と勘違いしているのではないか。

 中国共産党の甘言を信じて受け入れたために、国家を奪われ家族を殺されている彼ら彼女らだからこそ、日本が心配になるという。

 そして、日本はこれまでも、中国の「甘言」に何度も騙されてきた。

また騙されるのか?

陛下訪中が証明する「忘恩国家」

 茂木敏充外相は23日の参院外交防衛委員会で「『この価値観に従え』ということよりも、いかに皆が共有できる価値観をつくっていくかが重要だ」と指摘した。

 中国共産党の支配する中国と、価値観を共有できるというのか。自民党は、1992年の天皇訪中で何を学んだのか。
 1989年の天安門事件で学生をはじめとする多くの市民を虐殺した中国は国際社会から孤立し、世界の主要国の元首や首脳の中国訪問は1992年まで完全に途絶えていた。

 中国は、天安門事件後初の国賓として天皇陛下訪中を実現し、国際社会に復帰したいと熱望していた。

 当時の日本政府は、保守派の「天皇の政治利用」という批判に対し、「陛下御訪中によって、日本としての最強の切り札を使って、被害者と加害者という従来の日中関係に片をつけ、中国による日本批判に終止符を打つ」という論理を立てて、1992年の天皇陛下訪中を強行する。
 陛下訪中以降、各国元首の中国訪問が国際社会で事実上「解禁」され、中国は国際社会への復帰を果たした。

 ところが、その恩恵を最大限享受した江沢民国家主席は1998年、国家の恩人であるはずの天皇皇后両陛下を前に、不遜な態度で長演説を打ち、「過去の侵略の歴史をかがみとして、日本人は未来永劫、反省しなければならない」と言い放った。日本の媚中外交が完全に破綻した瞬間だった。

 その後中国は日本に照準を合わせた核ミサイルを少なくとも数百基配備し、日本固有の領土である尖閣海域に毎日海警局の船を侵入させて、虎視眈々と奪取を狙っている。

 外交上かけがえのない利益を日本から得た後、手のひらを返して日本人の命と日本国の領土を脅かすのが、中国共産党と中国だ。

二度と利用されるな―
 陛下訪中を決めたのは当時の海部政権と宮澤政権という、まごうことなき自民党政権だ。

 「被害者と加害者という関係に終止符を打つ」として「陛下の政治利用」に踏み切った挙句、「未来永劫の加害者」との暴言を甘受した、日本外交最大の屈辱から、自民党は何を学んだのか。

「忖度外交」の無意味さを中国が即座に証明

 日本政府がウイグル人権問題について「深刻な懸念」を示しながらも、経済制裁には慎重な姿勢を示したのに対して、中国外務省の華春瑩報道局長は3/25日の記者会見でこう述べた。

 「日本は慰安婦問題という人道上の犯罪で言葉を濁している。彼らは人権を尊重していると言えるのか」

 「日本の侵略戦争で3500万人を超える中国人が死傷し、南京大虐殺で30万人以上が犠牲になった」などと反発、靖国神社に「A級戦犯が祀られている」と中国側の従来の主張を繰り返した上で、「歴史を直視し深く反省し、言葉を慎むように望む」と嘯いた。

 現在進行中の民族虐殺について世界各国から非難されている時に、70年以上前の歴史的事象について、根拠のない数字をあげつらって対抗する。こうした反応こそ、責任ある大国からは程遠い、品位の欠如した恫喝国家である事の証明である。

 欧米が一致して経済制裁に踏み切る中、日本だけが慎重姿勢を示したところで、その「忖度」には何の効果も外交的メリットもない事が、一夜にして判明した。

 それでもなお茂木外相は中国と「共通の価値観」を模索するというのだろうか。

 アメリカ連邦議会に勤務する友人は日本の「対中及び腰」についてこう述べた。

 「このままでは、中国に従属しながら恫喝される『中国の飼い犬』と見做されても構わないという、日本のある種の決意表明なのだと受け止められるだろう」 

どの口が言う⁉
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問われる菅政権の外交機軸

 菅首相は来月初頭に訪米し、中国制裁に踏み切ったバイデン大統領と初の首脳会談に臨む。

 コロナ禍の最中の政権移行だった事もあり、菅首相はこれまで、首相としての国家像や外交機軸を示さないまま、政権運営を続けてきた。しかし今回の訪米では、もう逃げきれない。「民族虐殺と人権抑圧に毅然とした姿勢を示す政権」なのか、それとも「中国に袖にされても縋り付く『飼い犬政権』なのか」。菅政権の国際社会における立ち位置が、まもなく明らかになる。
 声を挙げ始めた国際社会の潮流に背を向け、数多くの証言に目を瞑るのであれば、その国家は民族虐殺に見て見ぬ振りをする人権抑圧国家だ。

 そして、日本が制裁に消極的な態度を取ったところで、中国がその恩に応える国でない事は、歴史が証明している。

 歴史を俯瞰し事態を冷静に分析すれば、ウイグルの現状は、正に外為法の規定にある「わが国の平和および安全の維持を脅かしている」のであって、制裁に法改正すら不要だ。

 過去の失敗に学ばず、最大限の警戒心を持って毅然とした対応をしない政権が導く先にあるのは、「新疆日本自治区」で「日本族」と呼ばれる、近未来の日本人像である。
山口 敬之(やまぐち のりゆき)
1966年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。
1990年、慶應義塾大学経済学部卒後、TBS入社。以来25年間報道局に所属する。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部所属。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月、TBSを退職。
著書に『総理』『暗闘』(ともに幻冬舎)がある