橋本琴絵:非難決議「中国名指しナシ」は国家百年の恥

橋本琴絵:非難決議「中国名指しナシ」は国家百年の恥

「基本的人権の尊重」に制限を加えた日本

 衆議院で「非難決議」が可決された(令和4年2月1日)。タイトルの通り、この非難決議には対象がない(正式には「新疆(しんきょう)ウイグル等における深刻な人権状況に対する決議」)。当初の原案にはあった「中国」という加害者の具体的な国名が削除されたためだ。このことは、「ウイグル人の基本的人権を尊重することは許されない」と考えているレイシスト的な人々が政権内におり、その勢力によって「中国」という加害者の具体的な国名が削除されたことを示してる。

 また、「人権侵害」という言葉をウイグル人に対して使うことも許されないという強い差別思想によって、「侵害」という文言も削除された。この非難決議は、あくまで「弾圧を受けていると訴える人々」がいるという趣旨であり、弾圧が事実であるとは明言していない。

 これは極めて深刻な状況にある。何しろ、日本国の総意として、特定の民族の基本的人権の尊重に制限を加えてしまったのと同じだからだ。はたして、国際社会と我が国の同盟国は今後、この「人権意識がないアジアの未開社会」をどう評価するだろうか。

 対中非難決議は、これまで2度廃案にされた。1回目は昨年4月に米バイデン政権に呼応して作成されたもの、2回目は昨年末に米国で「ウイグル人強制労働禁止法」が施行されたことに呼応して作成されたものだ。いずれも、「ウイグル人虐殺は確認していない」(外務省が自民党外交部に説明した文言)ということで、いわゆる「親中派(本稿では虐殺支持派と呼ぶ)」の強固な反対に遭った。

 親中派(虐殺支持派)は、実は日本にも米国にもいる。しかし、米国ではトランプ政権下で「ウイグル人権擁護法」が可決され、バイデン政権下では「ウイグル人強制労働禁止法」が可決されるなど、政治的信条の異なる党派を超えて対中外交問題をクリアしている。これは、日本政府とは違って「基本的人権」という価値観が共有されていたからということだけではない。重要な法案や決議案を審議する前に、その基礎となる「証拠」を提示していたからだ。

 漫画家の清水ともみ氏の著作で紹介されているウイグル人女性のミフリグル・トゥルソン氏(1989年生まれ)は、中国共産党の強制収容所に入れられて、その間に生まれたばかりの息子を死亡させられた過酷な経験を米国議会の執行委員会(上院下院から各9名の議員が委員を務める)で証言している。

 なぜ、政府機関における被害証言が重要なのか。それは結局のところ、民主主義である以上、有権者がその証言の真実性をどのように担保して良いかの判断基準になるからだ。では、具体的にこれは何を意味しているのか。
gettyimages (10877)

昨年の総裁選のときから一刻も早い「対中非難決議」の実現を目指していた高市政調会長。中途半端な非難決議になったことは本望ではないだろう

被害者の証言が重要な理由

 ウイグル人被害者のミフリグル・トゥルソン氏は、若く美しい容姿をもっている。一見すると、証言内容と証言者容姿は無関係のように思えるが、一般大衆が視覚的な美醜で物事を判断することは、アリストテレスの指摘(弁論術)から現在(Voters 'prefer attractive politicians'というヘルシンキ大学の有名な調査結果では、有権者の多くは政治家の政策や信条ではなく、容姿の善し悪しで投票者を決定するとある)でも指摘されていることである。

 つまり、美人被害者が嗚咽(おえつ)して泣きながら証言する様子が公的に記録され、有権者である一般大衆がその様子を幅広く認識した「下準備」があると、もはや政治家は有権者に逆らうことはできない。
 反対に「美しいとはいえない老婆」の証言であっても従軍慰安婦問題が捏造(ねつぞう)され、その悪意を打破するのに30年近くの莫大な労力を要したことを考えても、この政治的効果の強さを理解できるだろう。大衆は誰しも「泣いている老婆の味方をすること」を名誉であり、美しい行為であると感じたからである。そこに証言事実を検証するという論理的思考はない。

 つまり、米政府が「対中非難決議」に成功した土壌には「美人被害者の証言に共感した一般有権者」があったと分析できる。今回、日本ではその前提を欠いていたため、「一部の親中派」の人種差別政策が罷り通ってしまったのである。では、どうすれば良いのだろうか。

 日本国憲法第62条には両院の国政調査権が定められている。これを受けて衆議院規則第53条では証人喚問(偽証には刑事罰がある強い証明力)が、そして同規則第85条の2で参考人招致(任意証言)が可能である。一般的には「疑惑の人物を呼ぶ」という印象があるが、この制度の目的はそうではない。政策決定に必要な情報を国会が得るための制度である。よって、過去にはジャーナリストが取材で得た情報を国会で証言するなどしている。

 この証言者への出頭要請は各委員会が権限を持ち、委員会は各党の議席獲得率に応じて委員が配分されるから自民党議員が各委員会で圧倒的多数である。昨今は「委員全員一致」で出頭要請をしているが、過去は委員の多数決で証言者の出頭要請をしている。
 
 つまり、呼べないことはない。非難決議の前に、まずミフリグル・トゥルソン氏の大きな瞳から流れる涙を国会の場で有権者に見せる必要があった。これは、今後の日本版マグニツキー法(人権侵害者制裁法)の制定の際にも必要不可欠である。ただ単に「マグニツキー法」といっても、多くの有権者はまったく理解しない。「あの泣いていた若く美しい女性を守るための法律なのだ」という政策アプローチが政治的に必要なのである。
 (10878)

ミフリグル・トゥルソン氏

世界と価値観を共有できるか

 次に、対中非難決議を妨害した悪意について、どのように今後対処していくべきか論じたい。

 内閣府が昭和53年から毎年実施している「外交に関する世論調査」では、主要各国に対して一般国民がどのような感情を抱いているか統計が取られている。

 それによると、中国に対して「親近感を持つ」と回答した日本人は、昭和53年の統計開始時では21.8%いたが、その後年々低下して平成28年にはわずか2.3%に過ぎない。令和3年に実施された最新の調査結果でも3.4%に過ぎない。特に、60代日本人男性は52.1%が反対に「親しみを全く感じない」という「2人に1人以上が中国に反感」という数字を見せている。

 反対に、「アメリカに対して親近感を持つか」という調査では、最も数値が高い年で45%、おおむね40%前後で推移しており、日本人はアメリカに対して好感を持っている。これと比べてみても、中国に対する「親中派の少なさ」が客観的にみても明らかではないか。

 つまり、中国への配慮からウイグル人の人権を尊重しないという強固な悪意を持つ人々は、有権者の中では極めて少数派である。だから、政治家は少数意見である「親中」によって議席を左右することは本質的にないはずだ。にもかかわらず、この少数意見が通されてしまった政治的敗北には、強い警戒感を持たなければならない。なぜならば、選挙以外の要素で議席の進退を意識している議員がいることを示唆しているからだ。「弱み」を握られているもしくは「利益供与がある」等、選挙ではない条件で政策を決定している議員の存在に対する警戒が必要ということだ。

 1月28日、公明党の支持母体である創価学会は今年執行される参院選での候補者支援について、政治姿勢や実績など「人物本位」で評価し、「党派を問わず見極める」とした基本方針を発表した。これは、事実上「反中は認めない」という方針であると解釈できるだろう。

 しかし、もはや対中非難は国内に限った話ではない。「日本国」という国家が、世界に対して基本的人権の擁護という価値観を共有できるか否か、いわば人類社会の一員なのか、外様(とざま)かという次元の問題なのである。
 いち宗教団体の票田利用はこれまでは重要な関心事であったことは確かであるが、今後の世界でも同じ選択を続ければ、未来に対して深刻な問題を残すことは間違いない。もはや、時代が違うのである。

「親中」という腐敗

 私は今まで、公明党が何度も外国人参政権法案を提出するなどしている様子を「行き過ぎた人権意識」ゆえのことであると錯誤していた。過保護的ともいえる深い慈しみの念が強すぎる人々であるからこそ、マイノリティーの権利拡大政策に勤しんでいる「向こう見ずな善人」であると思い違いをしていた。

 しかし、今回の「ウイグル人の人権保護は必要ない」という明確な人種差別思想を目の当たりにして、これまでの政策も善意ではなく、憎悪に基づく悪意であったことが明確な事実になったのではないか。この期に及んで、なお人種差別主義者の支援で座った椅子が心地よいのだろうか。すべての自民党議員へ真摯に問いたい。

 いままでとはまったく違う決断をするための勇気が必要な時局である。

「非難対象」がいないポエムのような「非難決議」を国会が採決した日の午前、我が国を代表する保守政治家である石原慎太郎先生が逝去された。御年89歳だった。

 私は、次の石原慎太郎先生の言葉を「遺言」だと感じている。

「新しい政治家の諸君というのは敗戦後の占領軍による屈辱的な戦後史というものを詳細をみんな知らないと思いますし、その象徴の憲法というものを私たちこれから参議院でも議題にしようと思いますけれども、自民党の友党の公明党の党首は、これはいまだにこれを国民的なイシューとは思わないという発言をされているようですが、昨日の新聞にも非常にこの問題についてはリラクタントな発言をされていましたが、私は、この問題を乗り越えない限りはこの国は本当に再生しないと思いますよ。自民党も再生しないと思いますよ。私、あえて忠告しますけど、必ず公明党はあなた方の足手まといになりますな。いや、本当のことを言っているんだ。君ら反省しろよ」
(平成25年4月17日第183回国会国家基本政策委員会合同審査会第1号より)

 繰り返すが「親中という腐敗」は、国内問題ではない。将来にわたって日本人の名誉と尊厳を決定づける重要な要素である。日本は「基本的人権の擁護」という価値観を共有できる「文明国」であるべきだ。それを否定する悪意をもはや許してはならない。「国家百年の恥」となるからだ。
橋本 琴絵(はしもと ことえ)
昭和63年(1988)、広島県尾道市生まれ。平成23年(2011)、九州大学卒業。英バッキンガムシャー・ニュー大学修了。広島県呉市竹原市豊田郡(江田島市東広島市三原市尾道市の一部)衆議院議員選出第五区より立候補。令和3(2021)年8月にワックより初めての著書、『暴走するジェンダーフリー』を出版。

関連する記事

関連するキーワード

投稿者

この記事へのコメント

コメントはまだありません

コメントを書く