学習塾≪禁止≫は結局中国共産党の保身【白川司】

「自分で自分の首を絞めているのでは?」と思わせるような中国の社会・経済施策の中でも驚きをもって迎えられたのが、今夏の「学習塾の(実質)禁止」政策である。確かにあまりに加熱する受験戦争への対応として歓迎する向きもないではない。しかし、その実態を見れば結局は現在の共産党の「貴族的立場」を維持するためのものだとわかる。学習塾の禁止、そしてその緩和にむけた動きの裏にあるものとは―

白川司:学習塾≪禁止≫は結局中国共産党の保身

過熱していた中国の学外教育

ほとんどの学習塾が潰れた

 今年の7月24日、中国政府が「小中学生の宿題を軽減し、学外教育の負担を軽減する」という「双減」と呼ばれる方針を発表した。

 小中学校の宿題を制限して、小中学生向け学習塾の新設は認めず、運営中の学習塾は非営利団体として登記されるというもの。目的は「宿題の軽減」と言っているが、実際におこなわれているのは学習塾の解体であり、事実上の「学習塾禁止令」である。

 この方針が発表されるやいなや、学習塾関連の株が暴落して、その後も中国では各地で学習塾の閉鎖があとをたたなかった。それでも子供の学外教育をやらせたい親は、もぐりでやっている塾講師を探しだし、オンラインや個別指導で続けさせているという。

 大都市では学習塾がフロアを占めていたビルが次々と空き家状態になっていると伝えられる。これまで隆盛を極めてきた中国の学習塾はほぼ崩壊してしまったと言っていいだろう。

「塾禁止」は歓迎されている?

 一人っ子政策が長く続いた中国では、親は子供にすべてを賭けて費やすというのが当然のようになっている。そうなると、早期の学外教育が過熱するのも当然で、塾などの習い事への出費が、とくに都市においては家庭を圧迫していた。

 日本とは違い、塾運営に「教育」より「商売」の意識の強い中国では、評判の良い塾は学費をつり上げるので、そのような塾に行かせようとするとかなりの高額出費を強いられる。中には収入の3分の1とか半分を塾に費やす家庭もあったと伝えられる。一族総出で子供の塾の費用を捻出するような家庭も珍しくはない。そのため、「双減」の措置を歓迎する親たちも多い。

 加えて、親の中には受験戦争の過熱で、子供がろくに外で遊ばず勉強を強いられる状態にあることを危ぶむ向きもあった。

 人間に大事なのは頭で勉強することだけではなく、実体験から「からだで学ぶ」ことも重要なのであるから、感性の豊かな子供のうちから「遊びから学ぶ」という重要な機会を奪うことに不安に駆られるのもごく当然だろう。

 中国政府は双減の前に、子供がゲームをやる時間を厳しく制限する政策を実施しているので、実はその点でも親たちの気持ちをくみ取っていたのである。

 それと同時に、今まで学習塾に子供を通わせて良い成績を納めてきた親たちが不安に駆られている。

 中国共産党が支配し、共産党員が一種の「貴族制」を形成している中国では、学歴は出世のための唯一最大の手段になっている。学外教育の過熱化を防きたいのであれば、本来なら、共産党員の子女を優遇するのをやめて、純粋に自由競争にすればいけないはずだが、中国政府にそのつもりなどさらさらないだろう。双減は、庶民が学外教育をできにくくすることで、共産党員優遇を強化する面もあると考えられる。

白川司:学習塾≪禁止≫は結局中国共産党の保身

全ては共産党を優遇するため?

就職先がない大卒たち

 中国では大卒の就職難が深刻化している。

 あまりに急ピッチに大卒者の数を増やしたために、職のほうが追いつかない状態なのだ。さらに、もともと中国企業は日本よりアメリカ型に近く、新卒を育てるのではなく、即戦力を求める傾向が強い。そのため新卒で就職できる学生は3分の1程度と言われる。

 つまり、中国においては庶民が「一発逆転」を狙って学歴で良い企業につとめさせようとしても、一流大学をかなり良い成績で出なければ叶わないのである。

 庶民は幼い頃から勉強を強いられるだけではなく、大学に入っても勉強を続けなければならず、入社してからもサービス残業当たり前の生活を続けなければならない。

 また、その反動として、大学入試や就職に失敗した学生たちが無気力になる現象も広がっている。昼間から公園などで何もしないでぼっとしている若者(日本でも話題になった「横たわり族」)が増えているという。

 大卒が就職できない一方で、中国では工場労働者の人手不足が深刻化している。かつては低賃金でならした中国の製造業であるが、近年の平均賃金はかなり上がっている。ただ、それでも人が集まらず、IT化でなんとか対応しようとする状態だ。

 そこで中国政府は、受験戦争を助長し「(工場では働きたがらない)大卒」を量産する存在として塾を目の敵にし、規制したというわけだろう。

一部緩和措置も「共産党のため」

白川司:学習塾≪禁止≫は結局中国共産党の保身

全ては権力維持のためか
 9月3日の東方新報(日本で発行されている中国語紙)によると、8月25日に北京市当局が「違法な運営をしていた63の学習機関を閉鎖させ、計311万元(約5293万円)の罰金を命じた」と発表した。北京市の教育当局は、条件をクリアした「ホワイトリスト」を公表する方針だ。

 中国政府は放課後の教育サービスを許可制にして、指定された企業にのみオンライン教育などの教育サービスを認める方針のようだ。もちろん中国共産党に迎合している企業のみを認めて、それ以外を排除するつもりなのだろう。

 双減はつきつめれば中国共産党を守るための措置であるが、今回の一部の学習塾の再開を認める措置も、結局は「中国共産党に従順な教え方をする塾のみ認める」ということに過ぎず、結局は中国共産党の保身でしかない。

 子供のゲーム時間の規制についても、オンラインゲームで自由に子供たちがコミュニケーションをとれることに、中国政府が不安を抱いていたためであって、実は言論統制の一環であるという見方のほうが適切だろう。

 双減を中国政府による「改革」と見ることは可能だが、その目的はあくまでも中国共産党を守るためであることは忘れるべきではない。
白川 司(しらかわ つかさ)
評論家・翻訳家。幅広いフィールドで活躍し、海外メディアや論文などの情報を駆使した国際情勢の分析に定評がある。また、foomii配信のメルマガ「マスコミに騙されないための国際政治入門」が好評を博している。