白川司:習近平が"皇帝"になりたがっている理由

白川司:習近平が"皇帝"になりたがっている理由

「貴族制」へと向かう中国社会

 中国の習近平主席は、日本から見ると拡張路線を強化して、中国共産党の価値観を他国に押しつけようとする危険人物であるが、中国人民の視点に立つと別の景色が見えてくる。

 中国はもともと共産党員が強い国ではあったが、国が豊かになるにつれて、政治的コネのある共産党幹部クラスのエリート層が得をする機会が増えていく。それとは対照的に、農村部の子供たちにはそもそも地元に良い学校がなく、上に行くためのチャンスも得られない。

 豊かな者がさらに豊かになり、貧困がさらになる貧困を生んでいく。これでは共産主義ではなく封建主義ではないのか。

 もちろん、アメリカや日本などの先進国でもこのような貧富の固定化現象は見られているのだが、中国の場合、そのスピードが早すぎるのである。国が成長しなければならない時に固定化が早く起これば、それだけ経済成長にはマイナスになる。

 WSJに掲載されていた世界銀行のデータによると、1978年は上位10%と下位50%はそれぞれ中国の全所得のそれぞれ約4分の1を占めていたが、2018年になると上位10%が全所得の40%以上を占めて、下位50%は全所得に15%以下にまで落ち込んでいる。

 国が豊かになるにつれて、貧富の差が拡大していることが数字に如実にも表れているのだ。

 さらに驚いたことに、2020年には上位1%が稼ぎ出す富は全体の約30%に達している。新型コロナウィルスのパンデミックが格差を拡大させたと考えられるが、中国庶民の生活水準を考えると、もはや「共産主義」とは遠く隔たった「貴族社会」と呼んでもいいほどの封建的な格差社会に変貌していると言える。

習近平指導部・改革のジレンマ

 習近平指導部は、このような状況を打破するための1つの方策として学習塾を廃止したと考えられるのだと、以前の投稿「学習塾≪禁止≫は結局中国共産党の保身」で述べた。

 これは「教育機会の不均衡」というより、「子供を高額な学習塾に通わせられるかどうか」という金持ち有利な状況を打破することを狙ったものだろう。

 また、恒大集団ショックをもたらした不動産の投資規制にしても、持てるものが不動産投資によってさらに財産を殖せるという状況を打破して、庶民も自分の家が持てるようになることを狙ったものである。

 どちらも中国共産党による「貴族社会」を崩すものとして庶民には支持されていると考えていいだろう。

 ただ、その反作用はあまりにも大きい。

 学習塾が次々と潰れて中国では教育産業がほぼ崩壊状態になっている上、恒大集団のデフォルト懸念による不動産不況が中国経済の回復に大きな重石となっている。

 だが、もし習近平指導部が恒大集団を救済したら、「習近平は金持ちの味方だった」と幻滅される可能性があり、たとえ不動産バブルが弾けて中国経済が不況に突入しても、恒大集団を救済することはできないだろう。

 また、不動産で潤っていることは共産党幹部も同じである。不動産への投資規制によって不動産価格が暴落すれば、そのダメージは共産党幹部が受けることになる。つまり、不動産規制は中国経済にダメージをもたらすと同時に、共産党内に自分の敵を増やす政策でもある。
白川司:習近平が"皇帝"になりたがっている理由

白川司:習近平が"皇帝"になりたがっている理由

デフォルトの真偽が注目される中国恒大集団
 それでも習近平指導部が不動産規制を強めるのは、階層の固定化が長期的に中国経済への足かせとなるからである。

 階層の固定化は人からやる気を奪い、格差社会に絶望した若者は、昼間から無気力に外で過ごす「寝そべり族」となっている。たとえ運良く就職できても、労働者は「996」と呼ばれる週6日・9時から9時以降まで長時間働く生活を強いられる。

 また、階層の固定化が進めば、今後はジャック・マーのような大物起業家が生み出せなくなるだろう。階層が固定化して、階層間の移動が減少すると、経済成長を妨げるだけでなく、不平等を生み出し、人民の不満が充満することになる。ゆくゆくは共産党の不安定化をもたらすことになる。

 だとすれば、習近平指導部の改革は人民のためには正しいものだろう。ただ、改革がうまくいくかどうかは別問題だ。なぜなら、上述したように、この一連の改革はこれまでおいしい思いをしていた共産党幹部の既得権益を奪うものだからだ。

 習近平指導部は庶民には支持されても、回りは敵だらけという状態に陥りつつあるのである。

個人崇拝の強化で人民の支持を

白川司:習近平が"皇帝"になりたがっている理由

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中国には常に「皇帝」が君臨する歴史があった
 そこで習近平指導部がいま強化しているのは、習近平本人に対する個人崇拝だ。

 学習塾を禁止して実質的な政府指導にするのも、また子供に厳しいゲーム時間の制限を課したのも、つまるところ、自由な考え方や人づきあいを制限して、習近平への個人崇拝を子供のうちから吹き込むためという面がある。

 また、11月におこなわれた中国共産党の六中全会(第19期中央委員会第6回全体会議)では、習近平を建国の父である毛沢東や経済発展に貢献した鄧小平と同列に置くことを採択して、習近平という個人を「建国の父」と同等の存在であると吹き込もうとしている。

 このような個人崇拝の強化は習近平指導部が人民からの支持を盤石にして改革を続けるための方策だろう。

 集団指導体制から個人崇拝へは一見すると時代に逆行する現象に見えるが、地方分権で自由に任せると共産党による「貴族制」に陥る中国では、個人崇拝で権力を集中しないと階層の固定を防ぐことも、格差解消もできない。

 これは中国が封建制から抜けきっておらず、「共産主義」という方便を使わなければ国をまとめることができないことの証左だろう。

 私たちもその点を理解したうえで、この異形の国に対応していくしかない。
白川 司(しらかわ つかさ)
評論家・翻訳家。幅広いフィールドで活躍し、海外メディアや論文などの情報を駆使した国際情勢の分析に定評がある。また、foomii配信のメルマガ「マスコミに騙されないための国際政治入門」が好評を博している。

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