国債は「借金」ではなく「資産」─ 不況時はカネを刷れ!

国債は「借金」ではなく「資産」─ 不況時はカネを刷れ!

※写真はイメージです

経済を〝冷凍睡眠〟させよ

 安倍首相自身が記者会見で〝コロナの時代〟と公言したように、私たちの社会はこれから長期間、新型コロナウイルスと共存していかなければならない。そのためには、経済政策の抜本的な発想転換が必要だ。カギとなるのは、積極的な財政政策と金融政策の協調である。しかし、大胆な経済政策を主張するとすぐに出てくる反応が、「日本の借金の激増」「財政の規律が失われる」という声だ。時にはハイパーインフレになるという懸念も聞こえる。これらはまったく愚かな意見だ。

 非常事態宣言の延長によって、日本経済は少なくとも26兆円規模の経済の落ち込みを経験する(エコノミストの平均予測)。年初からの落ち込みを加えると、すでに50兆円を軽く超える経済水準の低下だ。ところが、新型コロナ危機が恐ろしいのは、感染が再拡大する可能性が大きいことだ。しかも、どれくらいの規模で拡大するのか正確に予測するのが難しい。天気予報のように確率的に予想することができない。快晴かもしれないし、豪雨かもしれない。これを経済学者フランク・ナイトの名にちなんで、「ナイトの不確実性」という。

 いま、ここに荷物いっぱいのバッグがあるとする。「晴れ着」と「傘」、どちらか一つしか入るスペースがない。しかし、明日の天気は快晴なのか豪雨なのかわからない──。この場合の正答は、バッグを大きくし、晴れ着と傘、どちらも入れておくことだ。つまりコロナの時代には、大きめのバッグ(予算)が必要になる。予算を大きくすれば、新型コロナ危機の不確実性に対応できる。たとえば、新型コロナの感染が再拡大し、再び緊急事態宣言が全国に発令されたとする。そうなれば最悪、年間で100兆円を超える経済的損失を受けることになるだろう。

 感染拡大を防ぐために、経済活動を自粛する。自粛する期間、経済をいわば〝冷凍睡眠〟させなければならない。具体的には、「客が来なくても倒産しない」「仕事がなくても解雇されない」状況だ。経済成長、消費、生産の落ち込みはこの場合、政策の成否を判断する上では問題にならない。自粛すれば落ち込むのは当然だからだ。倒産件数や失業者の動向が、感染期の経済政策がうまくいっているかどうかを判断する指標になる。〝冷凍中〟に「経済死」しないことが重要なのだ。

 自粛を支える政策には、先述したように多額の予算が必要だ。この予算を活用することで、国民が経済的に死ぬことなく感染期を生き抜くことができる。そうすればコロナの時代の終焉後、力強い経済再生が実現できる。

〝カネ刷り競争〟に負けるな

 多額の予算のほとんどは、国債を発行することによって調達される。国債はしばしば誤解されるような「国の借金」ではない。日本人が政府を通じて、現在の苦境を乗り越えるために生み出す「資産」である。この資産をうまく活用することで経済苦を乗り越え、我々は未来の世代に豊かさをバトンタッチしていけるのだ。

 再び、バッグの例で説明しよう。いま小さなバッグ(予算)しかなく、「晴れ着」か「傘」のどちらかしか入らない。明日の天気はわからない。仕方がないので、晴れ着だけをつめて出かけたとしよう。ところが予想は外れてしまった。豪雨に見舞われ、ずぶ濡れになって肺炎を起こし、生命の危機を迎えてしまう。そこで、国債を発行して大きなバッグ(予算)を購入する。どうして大きなバッグを買えるのか。国債がわれわれの「資産」だからだ。大きなバッグには晴れ着も、傘も、何でも入る。肺炎になることもなく、われわれの生活はスムーズに続くだろう──。

 新型コロナ危機にも同じことがいえる。金額が50兆円でも、100兆円でも、大きな問題ではない。危機の大きさに合わせて、足りなければどんどん追加する。何度もいうが、国債はいまを生きるための「資産」だからだ。不況時には世界中で政府が国債を発行し、中央銀行に買い続けられている。つまり、膨大なカネが刷られ続けているのだ。日銀が他国と強調してカネを刷り続けることは、アフターコロナの日本経済に大きな影響を及ぼす。産経新聞の田村秀男特別記者が「夕刊フジ」などで主張しているが、日銀が〝カネ刷り競争〟に負けると、悪夢のデフレ不況に逆戻りするだろう。

 2008年9月のリーマンショック後、FRB(米連邦準備制度理事会)やECB(欧州中央銀行)はカネを刷り続けたが、当時の白川方明日銀総裁はその地位にいながら金融政策に無理解で、無為無策だった。その結果、1ドル70円台の超円高となり、日本の輸出産業は大打撃を受け、リーマンショックの震源地である米国以上に景気は落ち込んでしまった。コロナ禍において黒田東彦日銀総裁は、ETF(上場投資信託)の買い入れ枠を6兆円から12兆円に倍増させ、「無制限の国債購入」を宣言した。カネ刷り競争に負けないよう刷り続ける必要がある。

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バッグを大きくする戦い

 さて5月中旬現在、検討されている第二次補正予算は、一連の緊急経済対策が〝大きいバッグ〟になるかどうかの分水嶺だ。大学生らへの学費補助、家賃支援、雇用調整助成金の上乗せ、あるいは経営危機にある企業への資本注入などが検討されている。今回の経済落ち込みだけに焦点を絞るのか、感染期の長期的継続や、それ以後の本格的な経済対策の立案まで含めるのか、補正予算自体のコンセプトがハッキリしない。私は自民党の一部議員と、経済政策の勉強会「経世済民政策研究会」(座長:三原じゅん子参院議員)を行っている。この勉強会では、新型コロナ危機に対する具体案が練られ、与党の政策の場へもさまざまな政治的経路でフィードバックしている。

 バッグ(予算)の大きさにかかわるところでは、補正予算に「予備費」を多額計上する方法が議論されている。予備費を積み上げておけば、臨機応変に新型コロナの不確実性と戦える。それも総額が多ければ多いほど望ましい。我々が要求しているのは、10兆円超の予備費の計上である。予備費は、政府に「白紙委任状」を出すことになり、議会民主主義のルールにそぐわないという反論もある。だが、使途を新型コロナ危機対策に限定すれば、与野党の合意も得やすいだろう。

 もちろん、感染期間中は継続して支払われる定額給付金、劣後ローンの供給、家賃モラトリアム(支払猶予)、消費減税など、採用すべき経済政策は無数にある。いずれにせよ、多額の財政支出を恐れることは、現在の経済を殺すことになり、それは実に愚かである。国債という、いまを生きる「資産」を活用することが、新型コロナ危機を生き抜く道だ。

緊縮のルーツ、江戸に見たり

 この国債という「資産」を十分に活用しないとどうなるか。ここでは江戸時代末期をみてみよう。当時、国債は発行されていないので、幕府や各藩が年貢米を元にした「借金」(大名貸しなど)に注目することになる。
「江戸幕府というのは、緊縮財政の経済システムである」(上念司『経済で読み解く明治維新』〈KKベストセラーズ〉)。幕府も諸藩も、ともに緊縮財政の結果、経済が疲弊し、米価の低迷はさらに財政状況を悪化させ、経済全体を停滞させてしまった。

 なぜ幕府は緊縮を選んだのか──。

 積極財政を採用すると経済が活性化してしまい、とくに農村部から都市への人口流出を生むことになる。農村部はコメの生産、つまり幕府や諸藩の収入の基礎である。そこから農業生産者が流出することは、当時の幕府・諸藩の政治制度を危うくしてしまう。人口流出を抑制するため、一貫した緊縮財政がとられていたのだ。たまに貨幣改鋳などでマネーの量を増やし、経済を活性化する政策がとられても、すぐに当時の財務官僚的な連中が「緊縮!」と叫び、たちまち経済は停滞に戻る。経済が停滞したほうが幕府は安泰と考えてしまっていたのだ。

 この発想は、今日の財務官僚とまったく同じである。経済が拡大して税収が増加することよりも、経済が停滞していたほうがいい。なぜか──。

 予算の配分に財務省が権力を振るうことができるからだ。限られた税収を配分することで、財務省の〝御威光〟を示すのである。税収が自然と拡大していると、御威光を示す余地が減ってしまう。話を江戸に戻すと、実際には緊縮財政を続けることで、幕府や諸藩の財政状況はさらに悪化する。お上の「借金」はその国の「資産」である。この「資産」をうまく活用しなかった結果、緊縮財政そのものが江戸幕府の終焉を招くことになった。

ACの〝御一新〟を求めて

 ところで、坂本龍馬は江戸時代の〝財務官僚〟に比べると、はるかに経済の仕組みを理解していた。特にマネーの動きを重視した。龍馬は今日の「会社」の先駆けといえる海援隊を設立・運営し、貿易を立国の基礎と考えていた。そのため、彼は貿易に欠かせない為替レート政策を重視した。

 江戸幕府の為替レート政策は財政政策と同様に失敗していた。為替レートを対外通貨に対してあまりにも安く設定してしまったのだ。その結果、国内で物価上昇が起き、武士たちの固定給(禄高、石高)の実質額が急減してしまった。緊縮財政の結果、武士たちは自分の給料の一部をすでに「お上」に借り上げられ(事実上の給料天引き)、さらに物価高で生活が急激に悪化する。緊縮財政は、物価でみればデフレをもたらす。デフレで生活が苦しくなったところに、今度はインフレでさらに生活が苦しくなる……デフレ、インフレと物価が不安定化していくなかで、江戸幕府の政治体制は限界に至るのである。

 さて、龍馬は経済政策の失敗が続くこの時代にどう生きたのか──。

 たとえば1868年、後藤象二郎に宛てた手紙には、大政奉還を実効性のあるものにするために、貨幣鋳造の権利を幕府から取り上げ、銀座を京都に移せば、幕府の権力も有名無実化すると書いている。まさに政府運営でマネーを重視する龍馬の立場を端的に表しているだろう。

 龍馬の経済政策の師匠である横井小楠は積極財政を唱え、「日本のケインズ」ともいわれている。横井は幕末の熊本藩で活躍した、「実学」を重んずる改革者であった。彼は諸外国を「有道の国」と「無道の国」に分け、前者との交流、後者との断交を説いた。新型コロナウイルスを世界に広めながら、いまも反省することのない中国はまさに「無道の国」だろう。横井は経済を考える上で、〝経世済民〟を重視する。経世済民とは、国を治め、民の生活を安定化させることである。そのための経済政策として、藩が貨幣を発行し、それによって産業を振興する→経済を活発にすれば税収が増え、それをさらに福祉にまわす、ということを考えていた。そこには「借金」にとらわれた緊縮財政的な発想はない。

 横井の教えをうけた龍馬もまた、マネーを増やし、それによって積極財政を行えば、日本経済が活性化すると思っていた──と解釈することは間違いではないだろう。さらに龍馬が起草した「船中八策」や「新政府綱領八策」には、新政府の取り組むべき問題として、「金銀物貨宜しく外国と平均の法を設くべき事」が強調されている。為替レートを日本経済に負担をかけない形で諸外国と交渉すべし、という態度は、ほかの幕末の志士たちにはあまり見られない卓見である。
 新型コロナ危機においても短期的な政策だけではなく、景気回復期において、たとえば2%となっているインフレ目標を3~4%に引き上げ、加えて恒常的に消費税を8%に引き下げるような大胆な政策が要求されるだろう。その発想こそが、アフターコロナの〝御一新〟を生み出す。
田中 秀臣(たなか ひでとみ)
1961年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。現在、上武大学ビジネス情報学部教授。専門は経済思想史・日本経済論。サブカルチャーやアイドルにも造詣が深い。『AKB48の経済学』、『デフレ不況』(共に朝日新聞出版)、『ご当地アイドルの経済学』(イースト・プレス)等、著書多数。近著に『増税亡者を名指しで糺す!』(悟空出版)。文化放送『おはよう寺ちゃん活動中』火曜コメンテーター。『iRONNA』等、ネット連載多数。

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