【山本隆三】太陽光の失敗をくり返す「洋上風力」

【山本隆三】太陽光の失敗をくり返す「洋上風力」

「悪夢」を繰り返すのか

 菅義偉首相が宣言した2050年温室効果ガス排出量ゼロを実現するため、政府は電力部門の脱炭素化と水素利用などを進めることを昨年末に発表した。この政策の中心に挙げられているのが、洋上風力発電設備の大規模導入だ。既に「促進区域」が選定されており、昨年6月に事業者公募が開始された長崎県五島列島に続き、秋田県沖と千葉県銚子市沖の区域においても事業者の公募が11月に開始された。

 地元では地域興しの期待が高いようだが、洋上風力を導入するだけでは地域が豊かになることはないだろう。地域で雇用は増えず人口減は進む。儲かるのは都市部に住む投資家と融資を行う金融機関、主要設備を作ることになる欧米と中国のメーカーだけだろう。この10年間の太陽光発電導入での苦い経験が洋上風力発電で再現されるのではないか。

 2012年7月、菅直人元首相主導の下で再生可能エネルギー導入促進を目的とした固定価格買取制度(FIT)が開始された。高い買取価格が設定された太陽光発電設備の大量導入をもたらしたが、その結果は、電気料金の大幅上昇、消費者負担のFIT賦課金により儲けた多数の投資家、中国の太陽光パネル製造メーカーの躍進だった。また、同じことが繰り返されるのだろうか。

洋上風力ブーム

 いま注目されているのは、再生可能エネルギーの中では相対的発電量が多い洋上風力だ。洋上風力大国、英国は世界の設備の3分の1を持つが、2030年までに今の4倍の4,000万kWに、英国が離脱した欧州連合27カ国(EU)は2030年までに今の5倍、6,000万kWに拡大することを計画。日本も昨年末に発表したグリーン成長戦略において、2030年までに1,000万kWを導入する計画を明らかにしている。

 欧州各国が洋上風力に力を入れるのは、2050年の温室効果ガス純排出量ゼロ目標を達成するためだ。英国では東芝、日立が原発事業から撤退し、今後の原発建設予定が大幅に遅れることになった。これからは中国とフランスの合弁原発事業に依存せざるを得なくなったが、中国の香港、ファーウエイ問題などが英国の原発建設にも影を落としている。温暖化対策の主役を洋上風力に頼らざるを得ない状況だ。

 欧州委員会は温暖化対策のため、様々な分野での電化を進めるとしているが、航空機、製造業の熱利用など電気での解決が難しい分野において水素利用を推進する計画だ。その量は2030年までに最大年1,000万トン。いま世界の水素利用量は年7,000万トンなので、難しくはないように見えるが、温暖化対策が絡むと難しい目標になる。いま世界の水素の90%以上は、天然ガス、石炭の化石燃料から製造されている。製造時に当然大量の二酸化炭素が発生する。その量は天然ガス利用で一トンの水素製造に対し10トン。石炭ではその2倍近くになる。

 化石燃料から水素を製造するのであれば、二酸化炭素を捕捉しない限り温暖化対策にはならない。このためEUでは、電気分解により水素を製造する計画だ。電源は当然、二酸化炭素を排出しない再エネか原子力にならざるを得ない。その必要設備は八千万kW、実に原発80基分だ。その設備の一部を洋上風力あるいはアフリカ北部に設置する太陽光発電で賄う計画なのだ。

 欧州諸国が洋上風力に力を入れるのには理由がある。洋上風力の発電量は、風速、風量に左右される設備利用率によるが、欧州には遠浅の海岸が多いうえに、北海、バルト海などでは風況に恵まれ大きな発電量、低発電コストが期待できる。日本の陸上風力では20%台前半の設備利用率は、条件が良ければ50%にもなる。送電線整備、バックアップ設備が必要にせよ、大きな送電網を持つ欧州では天候次第の不安定な電源を吸収する余地はある。

 日本でも、陸上よりも風況に恵まれた洋上での風力への期待の声は高い。設備利用率は、洋上では30%以上が期待される。人口減少が進む促進地域の地元では、設備製造企業の立地、さらには雇用増に期待する声が大きい。秋田県は都道府県の中で最も人口減少が進み、2015年比で2045年には6割以下になると予測されている。千葉県の減少率は12%程度だが、銚子市では人口は半分以下になると見込まれている。人口減少に直面する自治体が洋上風力に期待する気持ちは理解できるが、大きな雇用は生まれず人口減少の速度を落とすことは難しいだろう。

太陽光の苦い経験

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日本の太陽光発電設備累積導入量はいまや中国、米国に次ぐ規模に
 2011年の福島第一原発事故直後、日本では再エネ導入に関する世論が高まりを見せた。私も参加したNHKの再エネに関する討論番組では、賛成派は「導入増に伴い設備コストは大きく下がる。産業振興も新規雇用もある」と主張し、私は「電気料金は上昇し生活に大きな影響を与える。産業は中国で興るだけ」と反論したが、スタジオとネットの反応は、再エネ派の主張を支持するものばかりだった。

 2000年代、世界の太陽光パネル製造1位の座を争っていたのは、独Qセルズと日本のシャープだった。2010年の世界の製造企業トップテンの中には、両社に加え京セラもランクインしていた。10年経った2019年のトップ10社ランキングを見ると、破綻したQセルズを買収した韓国ハンワQセルズ6位、マレーシアなどに工場を持つ米ファーストソーラー8位を除き、実質的に中国企業が8社もある。

 2012年に導入されたFITにより、日本の太陽光発電設備累積導入量は再エネ先進国と言われていたドイツも抜き、中国、米国に次ぐ規模になった、しかし、大規模生産によりコストを下げた中国企業に日本企業は勝てなかった。地元政府の支援を受け生産を始めた中国企業は、その後ニューヨーク証券市場に上場するなど資金調達力も付け、世界市場を席捲した。

 日本に残ったのは、2020年度の消費者負担、2.4兆円(1kWh当たり2.98円)というFITの賦課金だけだ。低金利時代にリスクがほとんどなく高収益がFITにより保証された太陽光発電事業は絶好の投資対象となり、まるでバブル期にワンルームマンションが投資対象として販売されたように、有利な投資として仕立てられ転売される案件が多発した。今でも、環境によい投資を物色する投資家に転売される案件があるほどだ。FITにより潤ったのは、投資家と中国の太陽光パネル製造業者だけだったといえる。

 いま、日本の地方を旅すると鉄道沿線、道路沿いに太陽光パネルが敷き詰められている場所を多く見かける。しかし、そこで働いている人を見かけることはまずない。再エネ雇用の大半は設備建設と設置の雇用で、設置が終われば雇用はほぼない。設置後も大きな雇用が必要ならば、再エネの発電コストは膨大なものになるだろう。

 将来のイノベーション次第で再エネも活用できるかもしれないが、今の環境ではなかなか難しいのが現実だ。

風力で地域は豊かになるか

 2010年6月当時の民主党政権は、「新成長戦略(基本方針)~輝きのある日本へ~」を発表した。「強みを活かす成長分野」の筆頭には「グリーン・イノベーションによる環境・エネルギー大国戦略」があげられた。目的は「50兆円超の環境関連新規市場」「140万人の環境分野の新規雇用」とされ、ご丁寧にも「過去10年間だけでも、旧政権において10本を優に越える「戦略」が世に送り出され、実行されないままに葬り去られてきた」と説明文にある。どうも過去20年間同じことを日本は行っているようだ。

 残念ながら、洋上風力に取り組んだからといって、グリーンイノベーション戦略が急にうまくいくことにはならない。

 まず、地元が期待する設備製造の工場立地はないだろう。2019年、世界の風力発電設備製造の上位10社は、1位デンマーク・べスタス、2位独西・シーメンスガメサ、3位中国金風、4位米GE。上位4社で世界シェアの55%を持つ。5位以下10位まで見ると、中国企業5社、ドイツ1社だ。洋上風力設備だけ見ると、シーメンスガメサが40%のシェアを持ちトップ。その後を欧米と中国企業が追いかけている。日本企業では三菱重工がべスタスと共同で洋上風力設備製造を行っていたが、既に持ち分をべスタスに売却し、三菱重工は今べスタス株式の2.5%を有するだけだ。

 製造のサプライチェーン構築と習熟曲線から考えても、日本企業より低コストでの製造が可能な欧米中の企業と競争することは難しいだろう。日本製を無理に利用すると電気料金上昇につながる。地元では既に設備運搬用港湾整備が開始されているので、港湾整備、設備建設での雇用は地元にも恩恵をもたらすだろうが、大型事業の多くは都市部に本拠を置く建設会社が請け負うことになるだろう。設備完成後の雇用は期待できない。米国では発電能力100万kW当たりの発電方法別雇用に関する統計があるが、風力発電では64名、原子力発電所の425名の7分の1に過ぎない。原子力、火力では燃料納入などの外部作業もあるが、それも期待できない。

 保守作業はあるが、いつもあるわけではなく、地元に保守の雇用が生じるかどうか不透明だ。加えて、米国の統計では風力発電設備技術者の年収は、発電所勤務者、製造業の平均年収を下回っている。日米の産業別給与差がほぼ同じことを考慮するならば、日本でも高収入の仕事ではなさそうだ。雇用、収入ともに多くを期待できない産業だろう。地元には限られた雇用と税の一部が落ちるだけになるのではないか。

海外企業を喜ばせるな

 今年度のFITでは、浮体式洋上風力発電からの買取価格は36円プラス税、着床式は入札となっている。36円とすれば、電気料金平均の2倍近い。将来コストが下がるにせよ、電気料金をさらに押し上げる要素になる。送電網の整備、バックアップ電源も必要だ。いま私たちに必要なのは、生活コストを下げ、給与を増やすことになる成長戦略にほかならない。

 競争力のある電気料金に寄与し、雇用を生むのは原子力発電だし、日本が持つ優れた技術の1つは依然として原子力と火力発電設備だろう。米中を中心に世界は、小型原子炉の開発に凌ぎを削っている。例えば、このような分野に集中して注力し、国内と海外での需要を摑むことが重要ではないか。淡い期待に基づき、電気料金を引き上げ、雇用にも収入にも寄与せず、海外企業を喜ばすことを再度行ってはならない。

 再エネだけでなく、原子力の活用が不可欠である。
山本 隆三(やまもと りゅうぞう)
香川県生まれ。京都大学卒業後、住友商事入社。同社地球環境部長などを経て、2008年、プール学院大学国際文化学部教授。2010年4月から現職。財務省財務総合政策研究所「環境問題と経済・財政の対応に関する研究会」などの委員を歴任。現在、新エネルギー・産業技術総合開発機構技術委員、NPO法人・国際環境経済研究所所長などを務める。著書に『電力不足が招く成長の限界』(エネルギーフォーラム)、『経済学は温暖化を解決できるか』(平凡社)など。エネルギー・環境政策について、テレビ、雑誌で積極的に意見を発信、各地で講演も行っている。

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