台湾有事で攻撃される島

被害を受けるのは、台湾だけではない。日本国内においても、中国が攻撃し、被害を受ける可能性が高い場所が存在する。ではどのような被害が予想されるのか。八重山防衛協会の山森陽平事務局長に聞いた。

――台湾有事の可能性は?
山森 いつかはわかりませんが、あり得ると思います。その場合、予告はなくある日突然に始まるはずです。ですがその際に中国は、今のロシアの比じゃないぐらい、経済的に大きな傷を負うでしょう。どうせ傷を追うのなら、台湾と尖閣両方攻めた方がいいと考えるのではないでしょうか。最悪の場合、その目標が先島全域に及ばないとも限らないと思います。
――台湾有事が起こると、当然、在日米軍基地と自衛隊基地が攻撃を受けることが予想されます。それ以外の場所で、日本国内で攻められる可能性が高い場所はどこですか?
山森 中国の公船が周辺海域に常駐している尖閣諸島。ここは台湾が領有を主張していますから、台湾を攻めるとなれば戦略的に押さえたい対象となります。もう一つは台湾から110キロの距離にある与那国島も可能性があります。
――与那国が戦火に巻き込まれ、占領されるとすれば、どのような経緯を辿るでしょうか?
山森 与那国にいる160人規模の通信隊に現時点においてあまり火力はないはずなので、中国側が完全装備で上陸成功すれば危険です。もしここが占領されたら、一大ミサイル基地をつくられるかもしれません。そうなれば西表との中間に戦艦を派遣され、そこが最前線となる可能性があります。島民が事前に避難できていなければ島民は中国軍の人質となるかもしれません。
――中国軍が攻めてくる前に、与那国の人たちが全員退避することは可能でしょうか?
山森 上陸船団が近づいているとわかれば、到着するまでに逃げる猶予(ゆうよ)があります。上海など沿岸地帯にある基地から与那国まで直線で約300キロ強。貨物船なら直線で13時間ぐらい。もしくは空挺部隊で島を急襲するということも考えられます。それならば1時間半で到着してしまいます。
――島からの避難が完了するにはどのぐらいの時間がかかると思いますか?
山森 大きな揚陸艦が横付けできれば、自衛隊員やその関係者をのぞく島民1500人を乗せることが可能かもしれません。もし横付けできないなら、沖に止めて、岸壁と船の間をボートでピストン輸送することになる。50人ずつで30往復。空路の場合、民航ジェットが飛べば150人。4回飛ばせば600人。海路と空路、さらには漁船やクルーザーを組み合わせれば、避難開始から一日あれば、運べるかもしれません。ただし、前提として避難するまで「相手側が何もしてこない」ことが条件となります。
――避難するとすれば、どこへ?
山森 九州か沖縄本島ではないでしょうか。遠いですが行かざるを得ないでしょう。石垣に行くよりは、受け入れるキャパシティがあると思います。鹿児島や熊本にある国民休暇村や市民体育館に分散して受け入れられるかもしれません。地震など自然災害に備えてベッドや食料などをストックしていますから、システムが構築しやすいはずです。炊き出しは自治会、風呂は自衛隊などの協力の下で、住環境を整えることが必要になると思います。

 山森さんの解説に、僕は愕然(がくぜん)とした。
 昨年10月の共産党大会で習近平党総書記(国家主席)は異例の3期目続投を決めた。その際、彼は台湾統一について「決して武力行使の放棄を約束しない」「祖国の完全統一は必ず実現しなければならないし、必ず実現できる」と発言、台湾統一を公約としている。とはいえ、体制の違う台湾が平和的な統一に従う可能性はゼロ。となれば、武力の行使による併合の可能性は十分考えられる。その際、山森さんのいう通り、基地や尖閣、与那国が攻撃される可能性もあり得る。

 事実、台湾有事の前哨戦なのか。台湾にほど近い日本の島々の付近では、中国による威嚇行為がすでに行われている。尖閣諸島では中国海警局の公船が常駐し、沖縄本島と宮古諸島の間の海域や、与那国島と台湾の間を中国の艦船がしばしば通行している。また昨年8月には、台湾を取り囲むようにして行われた中国の演習が行われ、与那国島の排他的経済水域(EEZ)にミサイル5発が打ち込まれた。
 そうした中国の威嚇行動に呼応するように、南西諸島がにわかに忙しなくなってきた。11月17日、与那国島で在日米軍と自衛隊による日米合同訓練(キーンソード23)がはじめて行われた。自衛隊は16式機動戦闘車(MCV)などを輸送機で持ち込み、空港から自衛隊駐屯地までの6キロを走行させた。また同月30日には、内閣官房が主催しての国民保護訓練がはじめて開催された。これはミサイル飛来を想定しての訓練である。
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日本最西端の島、与那国島

のんびりしている町民たち

 実際、台湾有事が起こった場合、与那国島はどうなってしまうのか。戦火に巻き込まれるかもしれないという現実に対し、備えはあるのか。急速な有事シフトが進む状況を島の人びとはどう受け止めているのか、現地を訪れ、声を拾った。 

 2022年冬至(12月22日)、与那国島を訪れた。日本の最西端にあるこの島は、東京から南西へ実に2000キロあまりも離れた遠い島だ。島の中央に位置する与那国空港には、宿の人が車で迎えにきてくれていた。漁師を営んでいるという若い男性である。宿までは十分ほど。その間に、彼に話しを聞いた。

――このところ、中国がミサイル撃ってきたりして、大変ですね。島の雰囲気が変わったんじゃないですか?

 すると、彼はあっけらかんとした様子で応えた。

漁師 いや、なにも変わらないですよ。
――でも、8月の中国のミサイル発射のせいであの時期、5日間、漁師の皆さんは操業を自粛したんですよね。
漁師 守ったのは最初の1日だけ。あとは普通に漁をしていたよ。8月のはじめは漁が忙しい時期。高級魚ミーバイ(300~400メートルの底魚)が獲れる時期なんで。

 あまりに平然としていることに狼狽(ろうばい)した僕は、食い下がるように言った。

――でも避難訓練があったり、日米合同訓練があったり、にわかに緊迫してきたんですよね。
漁師 訓練? 20人ぐらいしか集まらなかったそうです。というか海に出てたから知らなかった。日米合同訓練? 機動戦闘車が通ったそうだけど、見てなかったね。

 心配して島に駆けつけた僕は彼の答えに、肩透かしをされたような気分になった。
 国境の漁師だから特別に肝(きも)が座ってるんじゃないか。そう思った僕は、この後、島で人に会うたびに僕は尋ねた。

「台湾有事? 何も変わらない。空港の防災無線が3カ月前に壊れたまま。2カ月前から言ってたのに。それぐらいのんびりしてる」居酒屋店員(女性)
「避難訓練と日米合同訓練も終わってから知りました。島外の人たちからは心配されるけど、島に変化はない」食堂店主(女性)
「8月のミサイル着弾以降、お客さんが減ることはなかった。日米合同訓練のときは米軍や自衛隊の車両がこの前を通っていったよ。反対派が沖縄本島から40人ぐらい来るのかと思ったら10人しかいなかったね」民宿経営者(男性)

 島の人たちの受け止めは大差がなかった。ただ呑気(のんき)というのとは違うし、関心がないというのとも違った。台湾有事という単語そのものは誰もが知っていた。その上で、いつもと変わらず、平静に振る舞っているようなのだ。
 どういうことなのか。その真意について、30代と思(おぼ)思しき研究者(女性)のコメントに真意が見えた気がした。

「自分が行動することで、戦争を止められるわけでもない。だったら、いつも通りの生活を送るしかないなと思っています」

 止められないのなら、深刻に考えるのはやめて生活を丁寧に淡々と送るしかない――そう覚悟を決めて、おのおのの島民たちは生きているのかもしれない。
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島民たちの国防意識は

決断の人、糸数健一町長

 迫りくる島の危機に対して、島の行政はどのような施策を計画、実施しているのか。与那国町長をつとめる糸数健一氏に話をうかがった。糸数町長こそ、2016年、与那国島に陸上自衛隊を誘致した中心人物。
 それまで、警察官2人が所持する拳銃2丁だけが防衛手段だった島に、まともな抑止力が加えることができたのだ(基地には約160人が任務。レーダーを使い、周辺海域・空域を通行する艦艇や航空機を警戒・監視している。防衛省は今後、島にミサイル部隊を配備する方針)。

――島に自衛隊の誘致をすすめてきたそうですね。
糸数 石垣島までが127キロなのに対し、台湾まではわずか110キロしかない。いわば台湾の離島みたいな位置にこの島はある。そしてその台湾を中国が狙いにきています。それにこうしてミサイルを落とし、脅すようなことをしてくるわけです。いざ戦争が始まったら無傷で済むとは考えられない。この島には、避けて通れない現実的な脅威があります。だからこそ、紛争が起こらないようにするために自衛隊の配備はやらざるを得ないことです。
――有事に対してどんな備えをされているのか。
糸数 町に権限がないので何もできないですよ。予算もなければ、県の支援も国の支援もない。国や県に「有事の際、どうするんですか?」と質問していますが、答えすらありません。
 2017年、町は有事に全町民が島外避難することを念頭に国民保護計画を策定している。しかし町ができるのは空港や港に移送するところまで。島外への移送のため、国や県に調整を求めているが、今のところ無回答だという。
――11月には動きがありました。17日には、自衛隊と在日米軍による日米合同訓練、30日には弾道ミサイルによる攻撃を想定した国民保護訓練がそれぞれはじめて行われました。
糸数 そうですね。政府と県がやっと本腰を入れてくれました。だけど参加者はたったの22人。集落のはずれにある公民館へ逃げ込んだという想定で行われました。内閣官房ら政府の人たちや彼らが引き連れてきた報道陣は30人以上。報道関係者のほうが多いぐらいでした。町がコロナ前に実施した防災訓練には、自衛隊が協力した規模の大きなもの。それにくらべると中途半端でした。
――避難訓練を行ってみて、わかったことは?
糸数 時間との勝負ということ。台風なら来るまでに時間的な猶予がありますが、ミサイルはそうは行かない。発射され、Jアラートが鳴ったら数分以内に身を隠さなければ間に合わない。そのためには、各家庭の地下にシェルターを設置できるよう、国や県に予算措置を求めたい。
――キーンソード23(日米合同訓練)のときは?
糸数 特にトラブルもなく無事に済みました。辺野古みたいな大騒動になったら困るということで、県警の機動隊が40名ほど来ましたが、反対派は10名程度。つつがなく無事に訓練を終えることができました。メディアは「すごい反対がある」「島を分断している」といった書き方をしますが、実際はそうではない。むしろ賛成派のほうが圧倒的に多いです。実際、励ましの意見をいただきました。「戦闘車両、たった1台で大丈夫なのか? たった1台で与那国を守れるのか」「持ってきてまた引き揚げるのか。島に置くんじゃないのか」「戦闘車両を5~6台、常駐させろ」と。
――いざ開戦となって、島外へ避難する段になった場合の足は?
糸数 石垣や那覇を結ぶ飛行機は50人乗り。石垣と結ぶフェリーの定員は120人。いざというとき、これでは町民全員の避難は困難です。今、滑走路の長さは2000メートル。滑走路の西側に利用可能な土地がありますから、500メートル延伸し、有事の際は、大型輸送機をチャーターし、町民を避難させたい。
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与那国町長をつとめる糸数健一氏

頼れるのは安倍さんだけ

――港湾については?
糸数 大型船舶が入れるよう港湾整備をしなければと思います。久部良(くぶら)と祖納(そない)、2港の岸壁整備は難しい。島の南にある比川(ひがわ)に新設を国や県に提案しています。
――9月末の安倍さんの国葬に参加されたと記事で知りました。
糸数 行って参りましたよ。
――親交がおありだったのですね。
糸数 東京で3回ほど面会し、台湾有事の際の住民保護について要請しました。安倍さんのほうから、細かいことは一切おっしゃらなかったです。ただただ真剣に耳を傾けてくださった。中台問題に関して相当心痛めておられたし、与那国島のことを心配されておられた。私自身、「頼れるのは安倍さんだけ」と思っていたので、お亡くなりになって大変残念に思います。
――安倍さんは与那国のことに心を寄せておられたんですね。素晴らしい。
糸数 亡くなられた安倍さんほどの指導者は世界を見わたしてもいないんじゃないですか? 日本だけでなく世界にとって損失ですよ。アベガーとかいうつまらない人たちもいるけれども、日本にとって大変な方を亡くしてしまった。今、ウクライナの問題にしたって、ほかに仲介できる人は誰もいないじゃないですか。安倍さんがご存命ならその仲介ができたんじゃないかと思います。
――一方、玉城デニー県知事はどうですか? 与那国の住民保護については?
糸数 9月に行われた知事選挙の遊説で、与那国に来られました。せっかく来られたんだから、様々な要請をあげようと思っていました。ところがこうおっしゃるんです。「今回、公務じゃなくて政務で来ているから要請は受け付けない」と言われました。
――それは酷いですね。知事選の際、玉城デニー氏の会見で僕も質問したことがあるんです。「台湾有事になった場合、どういうふうにして県民を守るつもりですか?」と。僕は避難について聞いたつもりだったんですけど、勘違いしたのか、「国が変なことをしないように抵抗するし、ミサイル防衛は体を張ってでも食い止めます」とおっしゃっていて、とても驚きました。
糸数  抗議する相手が違うんじゃないでしょうか。本来なら中国に抗議すべき。なのに中国に抗議せず、日本政府に抗議していますからね。
――この調子ならば、島の避難態勢を盤石なものにするための滑走路延長や港湾の整備、協議が難航する可能性がありますね。政府が戦闘機や護衛艦の利用を想定していることに対して、玉城デニー県知事が難色を示していますものね。さて、話題を変えますね。島民が避難するときに使う給付金を制定したと聞きます。お金があったとしても足がなかったら困るのでは?
糸数 お話ししたように、町が独自に町民を避難させることに限界があります。町独自でできることはないかということで、危機事象対応基金を提案、9月に町議会で可決されました。本当に危なくなってきたら、各町民がそれぞれ島外に出るしかない。その場合、必要となるのはお金です。お金がなければ、生活が立ち行かなくなりますから。1人あたり100万円ほど必要になるでしょう。いざというとき、給付できるよう、今後積み立てをすすめる方針です。
――今後、台湾有事が起こる可能性がある中で、国に望むことは?
糸数 国がシェルターを設置するならば歓迎します。しかし私はウクライナの二の舞にはしたくない。町民をシェルターの中に閉じ込めたままの状況は避けなければいけない。そうした事態になる前に、島外避難の道筋を付けなければ、と思います。
――戦争の抑止については?
糸数 戦争が起こらないように、政府は中国に対し、間違ったメッセージを送ったり、曖昧な態度をとったりせず、毅然とした態度で意思表示を明確にしていただきたい。あと、できれば米国と台湾との間で、台湾関係法に似たような法律を日本でも制定してもらいたい。また台湾軍も入れて日米台、3カ国での訓練することが何よりの抑止力につながるでしょう。紛争を何とかして食い止めてほしい、という祈るような気持ちです。

 年に何度か島から台湾が遠望できる。それほど台湾とは近い距離に位置する与那国島。ひとたび戦争が起これば、何らかの形で否応なしに巻き込まれることだろう。そうならないよう国は先島諸島での抑止力の強化を急ぐべきだ。それこそが、中国が台湾侵略を断念させる特効薬であることは間違いない。また、島民を1人残らず、救えるようなシェルターの建設、避難態勢の構築に取り組むべきである。最後に玉城デニー県知事に一言、歪(ゆが)んだ平和思想から、有事への備えを妨害することは厳に慎んでもらいたい。
にしむた やすし
1970年、大阪府生まれ。ノンフィクション作家。アジア・太平洋諸島の元日本領土、北方領土や竹島といった国境の島々をテーマにした作品で知られる。著書に『〈日本國〉から来た日本人』『ニッポンの国境』『僕の見た大日本帝国』『わが子に会えない』など。

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