大局を見誤るな

 「われわれは、すべての起こり得る危険に対して備えることはできません。われわれは最も重大なものに力を集中し、他の面では損害を受ける覚悟をしなければなりません」
 第2次大戦前、ボールドウィン内閣の財務相だったチャーチルは、ナチスドイツの脅威を念頭にこう演説しました。政府はときに些細な過ちを犯すこともあるでしょうが、大局で間違いがなければ評価すべきなのです。

 では、新型コロナウイルスという国難に直面する安倍政権はどうでしょうか。
 3月14日、安倍首相は記者会見を行い、緊急事態宣言を発する状況ではないと述べました。症状が表れないまま他人に感染したり、一度かかって免疫がついたはずの人たちが再度感染したりするなど、新型ウイルスはこれまで見られなかった特徴がある。予断を許さない状況ではありますが、安倍政権のこれまでの対応はおおむね正しかったように思います。世論調査でも安倍内閣の支持率は上昇傾向にあり、国民もそう感じているのでしょう。
 2月末、安倍首相は小中高の休校を要請しました。ニュース番組やワイドショーは、「友達と遊べなくなる」「卒業式が中止になる」「共働き家庭はどうすればいいんだ」などと〝現場〟の否定的な声を強調し、情緒に訴えた。

 ところが世論調査をみると、7割近くが休校要請を支持している。私にも2人の子供がいますが、学校に行かずにすんで喜んでいます。また、要請に応じず小学校を休校にしていなかった群馬県太田市では、保育士の感染が見つかると一転、臨時休校措置をとった。結果的に、政府の対応が正解だったのです。

 ワイドショーは当初、韓国を引き合いに出しながらPCR検査の大規模実施を主張し、「重症化してから検査・治療」という政府方針を非難していた。ところが、いま韓国はどうなっているか。患者が病院になだれ込み、いわゆる「医療崩壊」と呼ばれる状況に陥っています。イタリアも同様です。さらに病院が感染のホットスポットになってしまっている。 重症患者、もしくは重症になる疑いがある人たちに限定して検査する日本のやり方が、今になって評価されています。対照的に、ダイヤモンド・プリンセス号の一件で日本の対応を笑っていた欧米は悲惨な状況です。

野党の批判は支離滅裂

 国内で感染が拡大し、死者が出てもなお、野党は「桜を見る会」について追及していました。ところが、さすがに世論を気にしてか、方針転換して安倍政権の新型コロナウイルス対応に批判の矛先を向けるようになった。しかし、野党の批判は支離滅裂、矛盾だらけです。ダイヤモンド・プリンセス号については「対応が遅い」と言いながら、休校要請は「拙速な対応だ」と批判していた。いったい何をすれば満足するのか。結局、政権批判ありきなのです。

 中国と韓国からの入国制限について、立憲民主党の蓮舫議員は「実効性も未定」「なぜ中国と韓国なのか」「エビデンスを示してもらいます」とまくしたてた。
 対してノーベル賞受賞者の山中伸弥教授は、
「エビデンスを待っていたらいつまでも対策はできない。人類初の経験で、エビデンスなんかどこにもない。その間、何もしなかったら手遅れになる」
 とコメントしました。見事な〝論破〟です(笑)。

 安倍政権を批判する人たちの正体が垣間見える出来事が起こりました。朝日新聞編集委員の小滝ちひろ氏が、
「あっという間に世界中を席巻し、戦争でもないのに超大国の大統領が恐れ慄く。コロナウイルスは、ある意味で痛快な存在かもしれない」
 とツイートしたのです(3月13日)。
 案の定ネットで炎上し、朝日新聞は「報道姿勢と相容れない行為だった」と「お詫び」を掲載するハメになった。しかし、安倍政権の足を引っ張ることしか考えていない朝日新聞の報道姿勢は、小滝氏の発言と「相容れない」とは思えません。死者が出続け、大勢の患者が苦しんでいる事実よりも、安倍首相やトランプ米大統領が困っていることの方が重要だと考えているのでしょう。

 また、元文部科学事務次官の前川喜平氏は、
「新型コロナウイルスは、アベ政権にとって神風だ。『緊急事態』で国民の支持を取り付け、野党の追及を鈍らせ、野党の足並みを乱すことにも成功している。桜を見る会の私物化も、前夜祭の公選法違反疑惑も、東京高検検事長の違法定年延長も、国民の関心の外へ追いやられてしまった」
 と呟(つぶや)いていた(3月10日)。

 世界中で大量の死者を出しているコロナウイルスを「痛快な存在」「神風」呼ばわりとは、朝日新聞や左派〝知識人〟の感覚が、いかに世間とかけ離れたものかがわかります。

リーダーの仕事とは

 左派からの難クセはいつものことで、安倍首相は気にしていないでしょう。しかし今回は、これまで安倍首相を支持していた保守派からも、「もっと早く中国人全員をシャットアウトできなかったのか」「これを機に中国と断交しろ」といった意見が聞かれます。

 保守派の〝強硬論〟は一見、筋が通っているようにみえる。しかし、中国との関係を断ってしまえば、最も大きな被害を受けるのは機械部品などをつくる中小企業で、仕事を失えば自殺者も増えかねません。またインバウンド減少によって、飲食店や旅行業などもダメージを受ける。安倍首相はあらゆる懸念材料を天秤にかけながら、渡航規制のレベルやタイミングを決定したのです。我々には計り知れない葛藤があったことでしょう。

 一国のリーダーたる首相は、白黒つけがたい問題について決断を迫られます。個々の利害やしがらみが絡み合っている以上、誰もが納得できる決断などありません。ワイドショーでの専門家の発言を聞いてもわかる通り、その見解はさまざまです。専門家の意見は参考にこそすれ、最適解を見出して最終的に決断するのは政治なのです。竹下登氏は首相就任が決まったとき、周囲に「51対49の問題に決着をつけなければならない立場になった」と漏らしたといいます。
 東日本大震災後、菅直人政権で20にも及ぶ「会議」が乱立した。「復興」と名のつく組織だけでも「復興構想会議」「復旧・復興検討委員会」「復興実施本部」と3つあり、どの組織が何をやっているのか混乱しない方が不思議なほど。「船頭多くして船山に上る」を体現しているかのようでした。結局、菅氏の自己満足に終わり、何も決められなかったのは周知の通りです。

 そんな菅氏は休校要請について、
「安倍総理は対応の遅さを批判されて、それを気にして急遽準備もなく対策を発表しているように見えます。リーダーとして最悪です」
 とツイッターで呟いていました(2月27日)。案の定、「お前が言うな」というコメントが殺到していましたが(笑)。

総理大臣は独裁者ではない

 来日予定の習近平に配慮したから入国規制が遅れてしまった、という声も耳にします。しかし安倍政権からすれば、どうしても習近平に来てほしい理由などありません。国内の新型コロナ対応に追われる中国政府は、習近平が予定通り来日できないことをわかっていた。ただ、中国側から延期を言い出すとメンツにかかわるから、日本からの提案を期待していたのです。どちらが先に言うか、水面下で外交チキンレースが展開されていたわけですが、結局、菅官房長官と中国の報道官は同じタイミングで来日延期を発表しました。

 中国はウイグルや香港での人権問題で、国際社会から猛批判を浴びています。そこに新型コロナが直撃し、さらに冷ややかな目を向けられている。共産党内部からの突き上げもあるでしょうし、習近平が苦しい立場に追い込まれていることは事実です。つまり、日本にとっては中国に貸しをつくるチャンスだった。「中国に貸しをつくってもあてにならない」と言われればその通りですが、虚々実々に相手の腹を探るのが外交。1月末、日本政府は各国に先駆けてチャーター機を派遣し邦人を帰国させましたが、表面的とはいえ日中友好を装っていたからこそ優先的に手配してくれたのです。

 第1次安倍政権が河野談話を踏襲した際、保守派はこぞって政権批判を展開しました。安倍首相が保守派の理想をすべて実現してくれる──そんな期待を裏切られたと感じたのでしょう。しかし日本の総理大臣は、独裁者でもスーパーマンでも、ましてや全知全能の神でもない。世間の後押しを受け、さらに民主的な手続きを踏まない限り、何もできないのです。
 第1次政権時代、保守派からの批判は安倍首相を疲弊させ、政権の力を削ぎ、結果的に左派を喜ばせることになりました。もちろん安倍首相が道を誤れば批判し、正しい道に引き戻す必要があります。とはいえ、現実的・建設的な批判でなければ意味がない。あれこれ注文をつけるのは簡単ですが、長期的な視点から国益を考えなければなりません。

 電子部品を扱う製造業など、日本企業の中国依存が決断を下すうえでネックになったことは事実です。安倍首相も生産拠点の国内回帰を後押しする考えを示していますが、サプライチェーンを見直してリスクを分散させるよう提言することは建設的といえます。しかし、日本の経済界の対中警戒感が薄く、何十年もかけて出来上がった中国依存という現状を、まるで安倍政権の失策のように語るのは的外れです。

消費減税も検討せよ

 ライブハウスなどで集団感染「クラスター」が発生しています。安倍首相がイベントなどの自粛を呼びかけましたが、春のセンバツ高校野球の中止には政府も驚いたことでしょう。無観客試合で実施すれば何ら問題はなかったと思いますが、観客が金を落とさなければ経営がもたない──主催者の毎日新聞の懐事情が影響したのかもしれません。

 ただでさえ昨年の消費増税で景気が落ち込んでいたところに、過剰な自粛ムードが続けば、経済はガタガタになります。早急かつ大規模な経済対策を打たなければなりません。3月14日、安倍首相は記者会見で「機動的に必要かつ十分な経済財政政策を間髪を入れずに講じる」と語った。自民党内からは、消費減税などを求める声も上がっています。もともと「リーマンショック級」の事態があれば消費増税を延期すると言っていました。リーマンショック以上のダメージが予想される今、消費減税は検討されてしかるべきです。
 もちろん、手続きに時間がかかり、いま直接的被害を受けていない人も恩恵を受ける消費税引き下げより、他の手段や直接給付の方が効果的だとの見方もあるでしょう。そこは総合的に検討し、判断することになります。

 また今回、2012年に制定された新型インフル特措法を改正したうえで、安倍首相は緊急事態を宣言する状況ではないと述べました。ただ、これは対象期間が2年以内の時限立法です。つまり、もし3年後に新種のウイルスが流行した場合、また法改正の手続きを踏まなければなりません。
 憲法に緊急事態条項を加える議論が始まることを期待したいところですが、野党やメディアの妨害は目に見えています。日頃は人権を高らかに掲げている西欧諸国が、国境封鎖や外出禁止などの強硬な手段に出ていることを思えば、日本の言論界はまだまだ憲法由来の「お花畑」状態にあるといえます。

 羹(あつもの)に懲(こ)りて膾(なます)を吹く──いまだに75年前の戦争を引きずり、日本人を信用していないのが野党とメディアです。一時的に権力を首相もしくは官邸に集中させる緊急事態条項を「独裁につながる」というのが彼らの常套句ですが、あまりにも日本人をバカにしすぎではないでしょうか。民主的な手続きで選ばれた首相への不信は、国民への不信と同義だからです。

したたかな国であれ

 パンデミックを背景に、国際社会を舞台にした〝宣伝戦〟が展開されています。WHOのテドロス事務局長が、中国政府のスポークスマンと化していることは知っての通りです。3月10日、習近平が武漢を訪れ「ウイルスは抑え込んだ」と発表しました。その翌日、タイミングを見計らったかのようにWHOがパンデミックを宣言した。見事な連携プレーといえます(笑)。
 いま中国は、必死でパンデミックの罪を他国になすりつけようとしています。共産党系機関紙は、「感染拡大を招いた欧米は反省すべき」「習近平の対応に感謝しろ」などと言い出し、中国外務省の報道官に至っては、ツイッターで「新型ウイルスは米軍が武漢に持ち込んだもの」と主張し始めた。つくづく中国は、手段を選ばない国なのだと痛感させられます。

 台湾はいち早く中国本土からの入国制限を敷きましたが、コロラド州立大学名誉教授で毒物研究の権威でもあるアンソニー・トゥ(杜祖健)氏がその理由を話してくれました。氏によれば、蔡英文総統の再選以降、台湾政府は中国からの〝報復〟を警戒していたというのです。
 1997年、台湾では口蹄疫が流行し、380万頭もの豚が殺処分されました。台湾の畜産業は壊滅し、約70億ドルの被害を受けた。実はその前年、独立派の李登輝が総統選に勝利していました。その報復として、中国が口蹄疫をバラまいた疑いがあるというのです。つまりトゥ氏の主張は、武漢のウイルス研究所から製造過程の生物兵器が漏れた可能性もあるというもの。トゥ氏によると、中国政府はまず武漢に、医療関係者ではなく人民解放軍の生物兵器担当高官を派遣したそうです。あくまで可能性ではありますが、中国共産党ならやりかねないと思ってしまいます。

 プロパガンダ合戦の様相を呈してきた米中、さらにはダイヤモンド・プリンセス号で日本に罪をなすりつけたイギリスのメディアなどをみるにつけ、世界の「したたかさ」を改めて痛感します。
「政治家の人生は、その成し得た結果を歴史という法廷において裁かれることでのみ評価される」
 これは中曽根康弘元首相の言葉ですが、安倍首相は目先の評価など気にせず、「強い日本」づくりに邁進していただきたいものです。

阿比留 瑠比 (あびる るい) 
1966年生まれ、福岡県出身。早稲田大学政治経済学部卒業。90年、産経新聞社入社。仙台総局、文化部、社会部を経て、98年から政治部。首相官邸、自由党、防衛庁(現防衛省)、自民党、外務省などを担当し、第1次安倍内閣、鳩山内閣、菅内閣、第二次以降の安倍内閣で首相官邸キャップを務める。『総理の誕生』(文藝春秋)、『安倍晋三の闘い』(ワック)など著書多数。

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