日下公人:渡部昇一の素朴な疑問

日下公人:渡部昇一の素朴な疑問

 世界中ゴタゴタが絶えないと言うべきか、日本がそれらに巻き込まれないほど強くなったと言うべきかは分からないが、世界は面倒が多い。日本人全体が情報にあふれる時代が到来したのか、単に身辺機器が多すぎるのか、あるいはそもそもから考えれば、アメリカや中国の外国介入が過大になったのか…。

 考えることは他にもいろいろある。例えばミャンマーの軍事政権はどう決まるのだろうとか、インドで伝染病が広がっていることとか、習近平政権による中国共産党の結党百年のお祝いとか、台湾のパイナップルは誰が買うのか…といったものもある。

 気にすればキリがないが、とにもかくにも日本人に生まれてきて日本人になりきっていれば毎日、平和に暮らせるとは有り難い時代である。

 たぶん長くは続かないと思っているが、他の国も苦労している。

 平和をつかむには、どの国もそれなりの苦労を経たに違いない。日本もこうなるまでにはそれなりの山坂を越えてきた…と考えると、どうも腑に落ちないことがある。

 思いつくままに書いてゆくと、まず「日本史」というのがよく分からない。その途中が抜けているような気がする。

 故・渡部昇一先生が日本史について「いつも不思議に思うことがある。天照大神が雲の上から日本列島をみて、自分の子孫が統治するとよい島国があると言われたという。だが、一体どうして島国だと分かったのか。きっと大陸からきた人たちが〝天孫族〟を自称したに違いない」と言われたことがある。

 天孫族はマンモスやオットセイを食料や衣料にしながらシベリアを東方に移動して、日本海まできた。集団の力と石器や鉄器の力である。約二万年前と思われる。
 次は女性の問題である。最初に日本にやってきた天孫族は女性不足で、女性をみると父親は誰かと聞いている。そして結婚している。日本列島は男性不足だったらしい。

 日本列島への渡航は一回きりではなく何回も行われたと思うが、それについて渡部先生は何も言われなかった。

 〝国譲り〟の話のとおりとすれば、体力か腕力で負けた方は北方へ逃げて諏訪神社に入ったというが、それから先の話はよく分からない。よく分からないことだらけだが、しかし富士山信仰はなくならない。〝日本は不滅です〟という結論だけの話がそれに続く。

 カムチャッカ半島へゆくと富士山にそっくりの山がつながって連峰になっている。活火山つづきのところもある。地球儀を見ると同じ形の山が北太平洋にも南太平洋にもあって、太平洋をぐるりとまわっている。それは月が地球から離れてとび出したときの穴だという。火山帯も太平洋を一周しているのでナルホドと思う。よく見ると火山帯は地震帯と手をつないでいる。

 月がとび出したあとの穴を埋めるのが造山運動で、そこで地球の内部から湧きだすのが溶岩だという。
 ハワイで地表に出て北上し、また西行して西に動いて日本列島になる。

 昭和20年のことだが、母が「京都でこんな本をみつけた」といって清野謙次著『日本人種論変遷史』をもってきた。ホントは食べるものを買いにいったのだろうに、と思いながらみると最新本でなかなかの良い本だった。

 流石は京大の先生だと思って読みはじめると、まず「日本人はどこからきたのか」を論じて、北方渡来説、南方渡来説までいろいろあるが、「もともと古代から日本人はここにいたのです」とあるのがよかった。人間も当時は太平洋を一周していたというのが規模雄大だった。

 今なら子供向けの絵本にかいてある話だが、とにかくB29の空襲下に読むにはよかった。それに続いては大東亜共栄圏とか、日本製飛行艇の航続距離が馬鹿に長いのを面白いと思いながら読んだ。それが九七式及び二式の四発飛行艇でどちらも川西製である。日本海軍で最強の戦闘機だったといわれる。

 飛行機が好きだった川西清兵衛氏は昭和初期のことだが、あるとき毛織物で何百万円かを儲けたことがあり、「この金は私の好きに使う」と宣言して飛行艇づくりに乗り出し、川西航空機を設立してつくったのが有名な紫電と〝紫電改〟である。

 個人の金もちの力を考え直すべきかと思う。戦闘機は中島と三菱だと考えていたのは古かったとわかる。それより民営化である。
日下 公人(くさか きみんど)
1930年生まれ。東京大学経済学部卒。日本長期信用銀行取締役、㈳ソフト化経済センター理事長、東京財団会長を歴任。現在、日本ラッド監査役。最新刊は『日本発の世界常識革命を! 世界で最も平和で清らかな国』(ワック)。

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