すべての責任を背負った昭和天皇【日下 公人:繁栄のヒント】

すべての責任を背負った昭和天皇【日下 公人:繁栄のヒント】

 ゼロ戦は最初あれほど強かったのに、後半はどうしてあんなに弱くなったのか──とよく聞かれるが、逆に第一線機を6年も続けたのは強かったからだと考えた方がよい。
 
 ゼロ戦は最後まで強かったとも言えるから、飛行機は不思議なものである。ズバ抜けた長所が一つあれば、それを活かす方法は他にいろいろ考えられる。ゼロ戦をよく知っている人ほど答えるべきことがたくさんあって、どれか一つに絞ることは難しいが、私は専門家でないから簡単に答えることができる。
 
 まず大事なことは、ゼロ戦の航続距離がバカに長いことだ。それを活用する方法を考える専門家を別に設ければよかった。
 
 ゼロ戦が登場した初期の大活躍は、まだレーダーが普及していなかった時代で、長大な航続距離を活かしてゼロ戦は敵基地を不意に攻撃した。それが長所だったが、それをあまり自覚していなかったところが面白い。

 第一線のパイロットは何回もゼロ戦を使っているうちに気がついて、やがて長大な航続距離を積極的に活用して戦闘を組みたてるようになる。が、それまでの間は無用の長所のように思われたので、パイロットたちの会話にも戦闘報告にも航続距離の功はあまり登場しなかった。勝った原因は技術や機転や偶然のせいだと思い込んでいた。
 こんなことはヨーロッパの戦場でもあった。メッサーシュミットかスピットファイアか…の論戦でも、ヒトラーはメッサーびいきだといわれたものだが、発動機を大馬力に発達させてゆくスピードの差が両者にはあったと今ならわかる。

 大馬力エンジンがあれば高速が得られるというのは子供でもわかるから、ゼロ戦の次は「誉」という新エンジン(キ-ハチヨン)を搭載した別名「大東亜戦争決戦機」だといわれたが、誉一型は二千馬力がやっとで、二型の詳細は不明──としかわからない。その後、甲子園球場の中に置いてあるのを見たが、それだけではわからない。やっぱりダメかと思いながら、中学生の私は誉の部品をリヤカーに積んで桑畑の道を汗をかきながら歩いていた。

 『航空朝日』という月刊誌には「近着米誌より」という欄があって、アメリカのグラマンやロッキードは二千馬力以上のエンジンで、速度はかくかく武装はしかじかと書いてあった。
すべての責任を背負った昭和天皇【日下 公人:繁栄のヒント】

すべての責任を背負った昭和天皇【日下 公人:繁栄のヒント】

長大な航続距離を誇ったゼロ戦
 それを読んで、なぜ日本の飛行機は弱馬力なのかと不思議に思っていた。アメリカは民間が開発して陸海軍に売りこむから、採否の決定にはカタログが大事なのだと考えていた。日本は〝餅は餅屋〟で、用兵のことは陸海軍が考えるだろうと思っていた。しかし、支那事変の功労者が会議をリードしていた軍は、速度より旋回半径重視で、さらに言えば発言者のかねての地位や実績が重視されたので、旋回半径より旋回時間だというメーカーの主張は無視された。
 中島飛行機の工員たちは、日本にはそれ以上の飛行機はないのだろうかと心配していた。ないのなら戦争の先は見えたとも話していたから、ではなぜ終戦の前に一花咲かせる工作を上の人はしないのか不思議に思った。
 今ならわかるが、天皇から先にそれを言ってもらいたかったとは何とも無責任な人たちである。こんな大臣たちと国民の上に立って天皇はすべての責任を背負ってこられたのだから、国民もいい加減だった。田中義一首相以来、責任をめぐる〝昭和憲法〟の解釈は天皇か首相かで対立していた。

 話を戻すと、ゼロ戦が強かったのはレーダーが普及するまでのことで、普及してからはゼロ戦の長距離進攻による不意打ちの効果はなくなってしまった。

 それは昭和18年の夏からだが、それまでこのことを報告すべき人は一体何をしていたのか不思議である。レーダーの重要性は誰もが指摘するが、それが全部ムダになっていた相手の変化を報告する人はどこにいたのか。任務にされるまで、部下は単なる雑用でいいのか。
 その点、アメリカは組織で戦争をしていたので、大統領に報告する係や直言する係が別々にあったが、日本は田中義一首相が「天皇はシンボルでよい。それが昭和憲法である」と教えこむだけだった。若い天皇は明治憲法はもう古いのか、と思っていただろう。

 そして昭和憲法とは陸軍の日本支配のことかとも思ったはずである。その昭和天皇が日本に失望したとき、陸軍も日本国民からの信を失っていた。
日下 公人(くさか きみんど)
1930年生まれ。東京大学経済学部卒。日本長期信用銀行取締役、㈳ソフト化経済センター理事長、東京財団会長を歴任。現在、日本ラッド監査役。最新刊は『日本発の世界常識革命を! 世界で最も平和で清らかな国』(ワック)。

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