脱原発でドイツは「ロシアの捕虜」に

脱原発でドイツは「ロシアの捕虜」に

※写真はイメージです

安全保障問題に

 新型コロナにより、世界経済は飲食や宿泊、航空事業を中心に大きな打撃を受けた。外出が禁止された国・地域が多かったことから、自動車販売なども世界中で落ち込んだ。旅行者も通勤者も減り、車も航空機も利用者が大きく減ってしまった。4月、米国のガソリン消費は前年の半分近くまで落ち込み、航空用ジェット燃料の消費も4分の1になった。

 電力消費も落ち込んだが、在宅勤務があり、ガソリンほど落ち込んだわけではない。それでも、商業施設や学校、工場などの閉鎖があり、米国ニューヨーク州では十数%、北イタリアでは20%、欧州の中では比較的影響が小さいと言われたドイツでも9%需要が落ち込んだ。その結果起こったのは、固定価格買取制度(FIT)に支えられた再生可能エネルギーの供給量不変による電気料金の上昇だった。既に、ドイツの家庭用は世界一だが、その料金がさらに上がることになる。

 再エネ導入の目的としては、温暖化対策がよく挙げられるが、もう一つ大きな目的は自給率の向上=エネルギー安全保障の強化だ。ドイツの再エネ導入の狙いは、エネルギー依存度の高いロシア離れにあった。ところが、再エネによる電気料金上昇に直面したドイツは、再エネ比率を短期間で大きく上昇させることが難しくなった。2022の脱原発と並行してドイツ国内炭依存の発電所の閉鎖も進めると、ロシア依存度上昇という問題に追い込まれかねない。

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2.4兆円の国民負担

 読者の多くは、朝日新聞が自然エネルギーとして持ち上げる再生可能エネルギーの最大の問題点にお気づきのことだろう。太陽光発電設備は日中しか発電できないし、曇りの日には発電量は大きく落ちる。風力発電設備は風が吹かなければ無論発電できないが、台風のように風が強い日も羽をたたむ必要があるため、発電できなくなる。お天気次第の発電では、凪の夜には停電してしまう。停電しないためには同じ能力の原子力発電か火力発電設備が必要だ。

 再エネの発電コストが火力発電と同じになったと言われるが、発電できない時間があり、その時間をカバーする追加の設備が必要な以上、電気料金としては同じになるはずはない。新設備用に送電線を敷設しても太陽光設備であれば、利用率は十数%しかない。原子力発電所であれば、80%から90%の利用率だ。
 kW時のコストは大きく違う。発電コストについても火力発電と同じになった場所もあるというのが正しい。風が強い場所、例えば欧州北海沿岸、日照に恵まれている地中海沿岸であれば、発電コストには競争力があるが、いつも電気を消費者に届ける必要がある以上、届いた時のコストは高くなる。再エネ導入には補助制度が必要になる。

 日本の補助制度は2012年、菅内閣が導入したFITだ。事業者にとってはリスクがなく、確実に利益がでる気前が良すぎた買取価格のため、導入が容易だった太陽光発電設備は休耕田などに爆発的に増えた。東北地方あるいは九州地方のローカル線の電車に乗れば、線路の両側に太陽光発電設備がずらっと並んでいる場所も目につく。制度導入前には480万kWだった太陽光設備は、いまや6200万kW、中国に次いで世界2位だ。
 
 導入量を押し上げたのは、私たち消費者が電気代を通して負担する再エネの買取額だ。その負担額は、今年間2.4兆円に達している。1kW時当たりにすると2020年度は2.98円だ。18年度の家庭用の電気料金は日本全国の平均で25.03円。18年度の負担額は2.9円だったので、料金の12%は負担金だ。産業用の電気料金平均は17.33円。負担金がなければ、電気料金は14.43円だったことになる。小さな金額ではない。ひと月300kW時利用する標準的家庭であれば、1年間の負担額は1万円を超える。
 
 2017年日本の従業員30人以上の製造業が支払った電気代は3兆9300億円だった。この電気料金のうち、約6000億円は再エネの買い取りに使われている。年間の給与総額は28兆円だったので、給与に換算すれば2%以上が支払われたことになる。製造業には大きな負担だ。小売業の負担も少なくない。ある百貨店の2020年2月期の売上高は8485億円、光熱費は107億円だった。FITの負担額は10数億円だろう。営業利益256億円の企業にとっては大きな負担額だ。従業員数4600名で考えれば、1人当たり年間30万円から40万円を負担していることになる。

 なぜ、こんな制度を始めたのか。原発を停止したため温暖化対策として再エネ導入が望ましいとの再エネ推進派の主張を当時の菅直人首相が真に受けたからだ。ドイツを筆頭に欧州の主要国で導入されていたFITをコピーしたが、欧州と異なっていたのは1kW時当たりの負担額だった。日本が導入した2012年、欧州主要国はFITによる電気料金上昇に音をあげ、買取価格の引き下げと制度の見直しに躍起だった。そんななかで導入された日本の買取価格は、太陽光発電事業を中心に事業者に大盤振る舞いのレベルだった。

 日本がお手本の一つにしたドイツは、2014年に大規模設備にはFITを廃止し、事業用設備には入札と市場での売却価格に上乗せ額を支払う制度に変更を行い国民負担の抑制に乗り出した。しかし、ドイツでは2000年から導入された設備の電気を導入当時約束された額で20年間買い取る必要があるため、電気料金を通した負担額が減少することは直ぐには起こらない。そのドイツはコロナ禍により再エネが重しになってきた。再エネ比率が高い国、地域では新型コロナが再エネに伴う電力供給問題を暴いている。

コロナ禍で上昇する電気料金

<span> 温暖化問題に熱心に取り組んでいるカリフォルニア州は、独自に自動車の排ガス規制を導入したり、あるいは太陽光と風力を中心に再エネを積極的に推進している。今年から住宅を新築する際には屋根に太陽光パネルを設置することを義務付けた。太陽光パネル導入量は家庭用を含め2700万kW、全米一だ。風力は590万kW、全米5位だ。

 カリフォルニア州は、風力、太陽光設備からの発電量が増え需要がない時には隣のアリゾナ州などに輸出をしているが、隣の州も需要がない時にはお金を付けて電力を引き取ってもらっている。これはカリフォルニア州に限った話ではなく、ドイツもデンマークも再エネからの発電量が多く需要がない時には同じようにお金を付けて近隣諸国に輸出している。電気料金を上昇させるが、再エネからの電気を可能な限り優先して引き取ることが義務付けてられているからだ。
 
 コロナ禍により、電力需要が大きく落ち込んだため、マイナス価格の輸出でも電気を州外に売れなくなり、カリフォルニア州内で捨てられる電気の量は急増している。日本でも一部で行われている出力制御だ。今年4月の制御量は史上最高の3.2億kW時、前年同期比68%増、一般家庭100万世帯の消費相当量だ。コロナ禍が明らかにしたのは、需要に合わせて発電できない再エネの供給量が多いと、マイナス価格で輸出するか捨てるかの選択になり、電気料金上昇を招くことだった。FIT制度が利用されているドイツでは、電気料金はさらに影響を受けそうだ。

 ドイツの4月の電力需要量は9%、電力発電量は18%落ち込んだ。周りの国も電力需要が落ち込んで、電力輸出がゼロになってしまったからだ。発電量は大きく落ち込んだが、日照時間が短くなるわけでも、風が吹かなくなるわけでもないので、再エネからの発電量は変わらない。そのため、水力とバイオマス(生物資源)を含めた再エネの比率は大きく上昇し、2019年4月の49%が2020年4月には59%まで上昇した。需要はないのに再エネからの発電が維持されると他の設備は稼働率を落とすことが必要になる。
 
 だが、火力発電設備を完全に止めてしまうと再稼働に大きな費用が掛かるので、止められない。結果起こったことは、需要がない時間帯の卸電力価格がマイナスになることだった。最低限の稼働率で運転する火力発電所と再エネからの電力供給が需要量を超えてしまうので、お金を付けるので電気を引き取ってくださいとの現象だ。再エネ設備の大半はFITで買取価格が保証されているため、卸価格がマイナスになっても買取価格との差額を負担してもらえるので、損はない。負担は日本と同じく電気料金を通し消費者が行う。

 卸価格がマイナスになっても発電コストは電気料金の一部であり、電気料金引き下げ効果はほとんどない。それよりも卸価格がマイナスになることにより、FITで保障された買取額との差額が大きくなり消費者負担額が増えることになる。そのため、ドイツではFITの負担額が増え、電気料金が上昇すると見られている。ドイツの家庭用電気料金は昨年デンマークを抜き世界一、日本の約1.5倍になったが、それがさらに上昇することになりそうだ。

ロシア依存度を高めるドイツ

 再エネ比率の高まりにつれ電気料金は上昇し、しかも再エネからの発電が止まった時に電力供給を行う設備の稼働率も下がることになり、収益率が低下する設備を維持することが段々難しくなる。しかし、だからといって設備を維持していなければ停電してしまう。ドイツ政府はこのため火力発電所設備を緊急用として維持し、万が一に備えている。
 
 だが、万が一の事態がなくても2022年にはドイツは全原子力発電所を閉鎖するため、供給力の問題に直面する。原子力は今年4月の時点でもドイツの電力供給の14%を担っている。この供給量を全て再エネで賄うのは難しい。閉鎖される原発が供給を行っているのはドイツの自動車産業の中心地南部だ。これから導入される再エネの中心は北部北海とバルト海に建設される洋上風力だが、いま北部から南部への送電線が不足している。建設中だが、2022年には間に合わない。
 
 国内の褐炭を利用する火力発電所は、温暖化対策のため徐々に閉鎖する方針だ。石炭火力を新設することも難しい。結局、天然ガス火力に頼ることになる。ここで、問題がある。ドイツへの天然ガス供給の主体はロシア・ガスプロムなのだ。トランプ大統領が「ドイツはロシアの捕虜になっている」と発言したほど、エネルギー供給についてはロシアべったりだ。ロシアからは海底パイプラインで他国を経由せず天然ガスを輸入している。そのパイプラインをさらに増強しており、ことし完成予定だ。結果、ドイツは天然ガス需要の3分の2前後をロシアに依存することになる。原油、石炭輸入量の約4割もロシアから供給されている。

 エネルギー供給を握られることは国の命運を委ねることにもなるが、脱原発を進めるドイツには他に選択肢はない。送電網もパイプラインも隣国と連携している欧州諸国の安全保障は日本とは異なるが、トランプ大統領が警告を出したくなるほどの依存度だ。エネルギー安全保障には、供給源の多様化が最も大切だ。国民はどこまで高騰する電気料金を受け止めることができるのだろうか。
 
 送電線もパイプラインもつながっていない日本は、エネルギー安全保障を強化するために取れる施策は多くない。原発から再エネへと考える人はドイツがどうなっているのか、よく見た方がよい。ドイツは脱原発はできないとの見方もある。電気料金、安全保障、温暖化の問題を解決するのに原発の選択肢を捨てることはできないとの見方だ。2022年、ドイツで何が起こるか注目だ。
山本 隆三(やまもと りゅうぞう)
香川県生まれ。京都大学卒業後、住友商事入社。同社地球環境部長などを経て、2008年、プール学院大学国際文化学部教授。2010年4月から現職。財務省財務総合政策研究所「環境問題と経済・財政の対応に関する研究会」などの委員を歴任。現在、新エネルギー・産業技術総合開発機構技術委員、NPO法人・国際環境経済研究所所長などを務める。著書に『電力不足が招く成長の限界』(エネルギーフォーラム)、『経済学は温暖化を解決できるか』(平凡社)など。エネルギー・環境政策について、テレビ、雑誌で積極的に意見を発信、各地で講演も行っている。

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