小川芳樹:脱炭素は 総力戦で臨め!

小川芳樹:脱炭素は 総力戦で臨め!

迫りくる気候変動危機

 一年以上にわたって世界はコロナ禍に苛まれてきたが、その最中でも猛暑や集中豪雨といった異常気象は一段と深刻化し、気候変動危機はひたひたと我々の身近に押し寄せている。科学的不確実性の問題はなお残っているが、気候変動危機の存在を直截的に実感して、一般国民からも抜本的な対策を求める声が強まっている。この点は、京都議定書までの過去には見られなかった大きな変化といえる。

 ポスト京都議定書の国際対応として、先進国も途上国も削減目標を持つ形で2015年末にパリ協定が合意された。〈表1〉にパリ協定締結のために提示された代表的な国・地域の削減目標と、最近までの削減目標強化の動きをまとめた。パリ協定は、温暖化の影響を問題のない範囲に抑制するため、産業革命後の気温上昇を2℃以下、できれば1.5℃以下に抑えることを目指し、そのため温室効果ガスの実質ゼロエミッション化が必要としている。
表1 パリ協定締結に向けた削減目標提示と米国気候変動サ...

表1 パリ協定締結に向けた削減目標提示と米国気候変動サミットまでの強化の動き

via 環境省、経済産業省などの各種情報に基づいて著者が作成
 その後、米国トランプ前政権がパリ協定から離脱したため、パリ協定の取り組みは足踏みせざるを得ない状況に陥っていたが、後継のバイデン政権がパリ協定への復帰を決定・実施したため、先進国を中心に2030年の削減目標を強化するとともに、実質ゼロエミッション化の時期を早める動きが活発化した。このため、〈表1〉に示すように、4月に開催された米国気候変動サミットまでに2030年の削減目標の強化声明が先進国から相次いだ。

 わが国も昨年10月末、菅首相が実質ゼロエミッション化の実現を2050年に早めることを所信表明し、4月の米国気候変動サミットで2030年度の削減目標を2013年度比46%削減、できれば50%削減に強化することを表明した。これまでの2030年度までに26%削減であれば、従来対策の強化で対応可能と考えられるが、実質ゼロエミッション化の実現や2030年度の46%削減にはこれまでにない革新的な対策の導入が不可欠である。

再エネはオールマイティなのか

 従来より力を注いできた対策の中で、国民の期待が最も高いのは、再生可能エネルギーの導入拡大である。〈図1〉は、温暖化問題が顕在化した1990年以降の主要な国・地域における一次エネルギー消費に占める再生可能エネ消費(水力消費は含まない)の構成比の変化を示している。2000年前後から再生可能エネルギーの導入拡大が始まっており、特にドイツ、英国などEUで再生可能エネの顕著な増大がみられた。これらと比べると低いが、米国も高い水準にある。
図1 温暖化問題顕在化後の再生可能エネルギー構成比の増大

図1 温暖化問題顕在化後の再生可能エネルギー構成比の増大

via BP統計2020のデータに基づいて著者が作成
※1次エネルギー消費に占める再生可能エネルギー消費の構成比である。水力は再生可能エネルギーの中に含めていない。
〈図1〉に示すように、わが国の場合は2012年まで再生可能エネの構成比が世界平均をかなり下回る水準であったが、2012年に固定価格買取制度の本格導入が実施されたため、ようやく最近になって世界平均を上回った。途上国代表ともいえる中国は、わが国に追いつく勢いで再生可能エネの構成比を上昇させてきた。これまでの国際的変化をみると、わが国の再生可能エネだけが市場競争力を確保できていないのではないかという懸念が生じる。

 再生可能エネは、ゼロエミッションの実現を目指す切り札としてオールマイティの存在になれるであろうか。経済性の問題もあるが、再生可能エネで大規模のエネ供給を実現するには、膨大な敷地面積が物理的に必要となる点が大きなネックである。また、太陽光や風力の持つ日々の変動性をカバーするバッファーが必要となる点もネックである。これらの問題点を考えると、再生可能エネはオールマイティの存在とはいえない。

 わが国は2012年の固定価格買取制度の本格導入でようやく再生可能エネの構成比が上昇を始めたが、過熱した太陽光以外は固定価格の水準が下がっていない。太陽光の固定価格水準は確かに下がったが、国際的競争水準に到達したといえるだろうか。エネルギー・環境で特別のケアを求める甘えの構造が市場競争力確保を妨げる結果となっていないだろうか。再生可能エネがオールマイティの力を持つにはまだまだほど遠いようである。

対策オプションは何か

 再生可能エネの実力がまだまだであれば、ゼロエミッション化の実現に貢献できる対策オプションは何が考えられるであろうか。
 まず第一に、自動車や家庭など小口に分散したエネ消費は電力や水素など温室効果ガスの排出を伴わない形態に変換することが不可欠である。この面では電気自動車、燃料電池自動車などゼロエミッション対策の導入が国際的にも進み始め、その革新的技術開発にも力を注ぎ始めている。

 問題は、電力や水素はあくまで二次エネでそれらを何から製造するかということである。もちろん必要な電力や水素を再生可能エネから大量に製造できれば問題は解決するが、再生可能エネはすでに述べた問題点を抱え、オールマイティの力を発揮できない。

 第二は、発電所やコンビナートなどの拠点で大規模なCO2回収を実施して大気中への排出とならない物質に変換し、固定化・有効利用できる革新的技術開発を進めることである。

 第三は、原子力発電の活用である。東日本大震災の勃発による福島原発事故で国民の信頼性は大きく損なわれたが、その後に確立された厳しい安全審査をクリアさせ、少なくとも既存の発電プラントの有効活用を進めた方がよいと判断される。このためには電力会社が頻発する不祥事をなくして社会・国民の信頼感を獲得することが何よりも重要である。原子力もオールマイティではないが、ゼロエミッションに立ち向かうオプションの一つである。

 第四は、エネ消費サイドの革新的な技術開発である。これまでもLEDやリチウムイオン電池の開発に日本の技術者が大きく貢献し、これらの技術は省エネやエネ供給のあり方にこれまでにない大きな変革を加えてきた。ゼロエミッションに立ち向かえるオプションは何かといえば、上述の四項目を挙げることができるが、再生可能エネと同様に一つでオールマイティはないので、これらオプションのミックスが重要である。
小川芳樹:脱炭素は 総力戦で臨め!

小川芳樹:脱炭素は 総力戦で臨め!

ゼロエミッション化の対策として、原子力発電の活用は有効なオプションの一つだ。

需要サイドの主体的行動

 これまでに述べたことをまとめると、ゼロエミション化の実現を目指すには従来対策だけでは不十分で革新的な対策の導入が不可欠である。再生可能エネへの国民の期待は大きいが、残念ながらそれだけではオールマイティの力を発揮できない。ゼロエミッションに立ち向かえるオプションはいくつかあるが、これらの包括的な追究が重要である。すなわち従来対策と革新的な対策のミックスによる総力戦で臨む必要がある。

 総力戦といえば、前節までの対策の議論はエネ供給サイドに力点があるようにみえるが、わが国はエネ消費大国で供給サイドと同規模を占めるエネ需要サイドの総力戦への参画も検討すべきである。一般の人々が気候変動危機に対する抜本的な対策を求めているという先に述べた認識に立てば、エネ需要サイドの総力戦への参画は不可欠である。どういう仕方で需要サイドの主体的行動を引き出せるか、具体的な検討が必要である。

 エネルギー・環境問題に対するわが国の対応は、これまで安定供給の確保に最大の力点を置いてきた。このため、多少割高でも安定確保を重視する点に特別なケアが加わった感が否めない。しかし、わが国が脱炭素のゼロエミッション化で主導的役割の実現を国際的に目指すのであれば、市場競争力を持った革新的な技術開発の推進こそが不可欠である。その意味で国際競争力の確保も総力戦の鍵として位置づける必要がある。

 ゼロエミッション化に必要な革新的対策のオプションは、現時点で未知のものも存在すると考えられる。この未知の存在を社会に顕在化させるためには、これまでにない技術開発のやり方が求められる。競争の土俵を設定して可能性のあるすべてを登場させ、競争による選別を行うのも一つの方法である。脱炭素のゼロエミッション化は、新しい発想も果敢に織り込みながらわが国がチャレンジすべき重要課題といえる。
小川芳樹(おがわ よしき)
1950年、岩手県生まれ。1979年、東京大学大学院理学系研究科化学博士課程修了。同年、財団法人日本エネルギー経済研究所入所、2003年理事に就任。2004年から2021年3月まで東洋大学経済学部教授。環境経済、地球温暖化対策、環境税、排出権市場、エネルギー経済、エネルギー安全保障、石油価格高騰、石燃料資源枯渇の研究に携わる。

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