米中対立は最大のチャンス~地政学から読み解く米中激突~

米中対立は最大のチャンス~地政学から読み解く米中激突~

「ランドパワー」と「シーパワー」

 トランプ政権が仕掛けた米中対立は、貿易戦争、IT技術の覇権争いの段階から、領事館の閉鎖へとエスカレートし、「米中冷戦」というべきレベルに達しています。武漢発新型コロナウイルスの蔓延と、香港に対する言論統制の導入が、両国の激突を加速させたのは事実です。しかし、私は今回の米中対立を、「世界史の必然」ととらえています。

 米中関係を分析する際に有効なのが、「地政学的観点」です。地理的な条件からその国の行動パターンを類型化する地政学的な立ち位置から見ると、アメリカは自由な海上交易に依存する「シーパワー(海洋国家)」、中国が土地と人民の管理を最重視する「ランドパワー(内陸国家)」であることが理解できます。

「ランドパワー」は、古代オリエントや中国に出現した諸帝国が典型です。雨が少ない乾燥地帯では、頻繁に氾濫する大河の水をコントロールして農業に利用するために、小さな村々をいくつも束ねて、堤防や用水路などの土木工事をする必要があります。となると、土地と人民を管理できる強大な中央集権が必要になる。
 ランドパワーの国は必然的に中央統制的、あるいは社会主義的な専制官僚国家になるのです。その典型が中国であり、習近平の中国はまさに先祖返りしているのです。

 一方、イギリスや日本など「シーパワー」の国では、人々がどんどん海に出て行って勝手に交易を始めます。大海原に出てしまえば政府のコントロールは及ばず、自己責任の原則とイノベーション、商人同士の信義に基づいたルールが自然に生み出されるので、自然と資本主義的なルールが人々の間にでき上がるのです。
 中には「アメリカは大陸なのだから、ランドパワーでは?」と思われる方もいるかと思います。ですが、そもそもアメリカはヨーロッパのはぐれ者が大西洋のはるか彼方に建国した国です。だからこそ「欧州列強」と呼ばれるフランス、ドイツ、イギリスなどとの争いを回避できました。もちろん北米は大陸ですが、アメリカの北のカナダにも、南のメキシコにも、アメリカを攻める意志も能力もありません。アメリカは近隣諸国の脅威は無視してよかったのです。そういう観点からすると、アメリカ大陸そのものを巨大な「島」と見るのが、地政学的な考え方です。

 面白いことに欧州諸国もランドパワーとシーパワーに分けられます。オランダやイギリスなど西側諸国は典型的なシーパワーで、欧州大陸には領土を求めず、国力のすべてを海洋進出に投じました。ドイツやロシアは完全なランドパワーですが、フランスは中途半端で欧州でも海外でも領土を求めた結果、イギリスとの競争に敗れた。
 米ソ冷戦時代も、西欧のシーパワー諸国が自由主義陣営、東欧のランドパワー諸国が共産党独裁体制になりました。これも偶然ではなかったのです。

中国は昔から独裁国家

 小著『「米中激突」の地政学』(ワック)では、ランドパワーvs.シーパワーという地政学的な条件が、両国における政治思想にも大きな影を落としていることを指摘しています。中国共産党はマルクス・レーニン・毛沢東思想を指導理念としていますが、実ははるか二千年前の始皇帝の時代に、すでに共産主義そっくりの思想ができていたのです。
 春秋戦国時代の思想家の総称である「諸子百家」のうち、韓非子に代表される「法家」が典型的なランドパワー思想でした。一人の独裁者が官僚機構を抑え込み、法律と刑罰で人民をコントロールする。
 
 そんな法家を徹底的に批判したのが、孔子に代表される「儒家」でした。儒家は国家より血縁集団を優先します。中国における血縁集団──「宗族」は、同じ苗字を持ち、同じ祖先を祀る何百人という集団を意味し、日本人の考える「親戚」よりはるかに大きく、結束の強いものです。もともと中国の人々は、「宗族」に守られていたのです。孔子はこの宗族の結束を国家のモデルとし、父親が子供たちを愛するように、君主は人民を慈しむべきだと説いた。

 始皇帝はこの宗族を破壊してバラバラな個人とし、法と刑罰で人々を縛り、これを批判する儒家を弾圧しました(焚書・坑儒)。しかしそのあまりの強権政治に人民が蜂起し、帝国はわずか15年で崩壊した。この反省から、次の漢王朝は宗族の復活を許し、儒家のイデオロギーを採用したのです。このように儒家の思想(儒学)は法家的独裁に対するブレーキの役割を果たしてきました。

 ところが現代になって、始皇帝の独裁を称賛し、儒学を「封建道徳」として嫌悪する政治家が出現しました。毛沢東です。毛沢東時代の「反体制派」に対する迫害と弾圧は、始皇帝の再来かと思われました。宗族は再び解体され、人々は人民公社に組織され、共産党の命令で動くようになった。
 このような専制官僚国家では、人民は党の計画に従うだけの無気力なロボットと化して自発性を失い、イノベーションも経済発展も起こりません。むしろ資本主義的な立場で自由に交易できる、シーパワーの国の方が経済発展には有利なのです。実際、毛沢東は「大躍進」と称する経済政策にことごとく失敗し、結果的に数千万人規模の餓死者を出しました。

 そんな中、「シーパワー思想で経済を再建すべきだ」と考える人物が中国共産党の中にも現れます。鄧小平です。改革開放政策に転じ、海を開いて日本資本とアメリカ資本を引っ張り込むことに成功しました。しかし計画経済が不要なら、中国共産党の独裁は必要ありません。この結果、共産党の幹部の間でも宗族が復活し、国益より私利私欲に走り、企業から賄賂をもらって許認可を与える輩が続出しました。

 ランドパワー的な法家思想とシーパワー的な儒家思想との矛盾、すさまじい汚職と貧富の格差、この矛盾が爆発したのが1989年の天安門事件であり、今日の香港民主化運動なのです。
 習近平は国家主席に就任以来、「腐敗撲滅」を掲げて権力を固めてきました。彼は鄧小平的なやり方では中国共産党の体制が揺らぐと気づき、始皇帝的、毛沢東的な専制官僚体制に回帰しようとしているのです。孔子がこれを見たら、「習は仁徳なし」と批判したでしょう。共産党イデオロギーを宣伝する機関として「孔子学院」を世界展開しているのは、ブラックジョークでしかありません。

アメリカの「回帰」現象

 一方、アメリカの思想は大きく分けて二つあります。

 まず一つは「個人主義」、いわゆる「フロンティアスピリッツ」です。ヨーロッパのはぐれ者がアメリカ大陸に新しい国を建国しようとしたものの、アメリカ大陸が広すぎて、政府のコントロールが及ばない広大な荒野を開拓する必要があった。そこでは自然の猛威や、先住民の抵抗運動から身を守るのは自分自身であり、そこで生まれたのが強烈な個人主義でした。一人ひとりが銃を持ち、自分の生活は自分で守る。国家に頼らず、福祉も求めなければ税金も払わない、これがアメリカ人の特性の一つです。

 もう一つは「キリスト教(プロテスタント)」です。それでも、やはり荒野を一人で開拓するのは不安だった。キリスト教は、そこに救いと使命感を与えたのです。
 やがて彼らは「ヨーロッパを追われて、アメリカ大陸の荒野に移動してきたのは神のご意志だ」「神はこの大陸から異教徒を追い払い、文明化する使命をお与えになった」と領土拡張を正当化します(マニフェスト・ディスティニー/明白な天命)。この思想により、先住民の迫害も、カトリックのメキシコへの侵略(テキサス州からカリフォルニア州まではメキシコ領だった)も正当化できたわけです。

 こうしてアメリカは自分たちの正義を掲げて太平洋に進出し、ハワイ、フィリピンと侵略を進めていきました。その過程で、19世紀末ごろからアメリカが掲げる正義は、キリスト教的な正義から「自由」や「人権」「民主主義」といった普遍的な正義へと変容していったのです。ハワイ併合では「カメハメハ王朝による絶対王政は許せない」、フィリピンについても、当時フィリピンを治めていた「スペインの圧政から解放する」ことを名目に出兵し、併合しました。

 アジアの中で、最も苦戦したのが日本です。幕末にペリーが来航して以降、日本はアジアの未開人のくせにロシアを打ち負かすほど強大な海軍力を持つ民族で、中国市場をめぐって、アメリカの競争相手でした。そのため、大東亜戦争では「日本人を軍国主義から解放し、民主主義をもたらす」と民間人の虐殺や原爆投下までも正当化できた。

 大戦後の冷戦期には、「ソ連共産党や中国共産党の脅威から自由と民主主義を守る」ことを新たな「正義」とし、朝鮮戦争では毛沢東の軍隊と戦いました。その後、鄧小平が改革開放に転じ、民主主義を受け入れるそぶりを見せたため、米中は蜜月を迎えましたが、習近平政権の「先祖返り」をうけて、トランプ共和党政権のアメリカも西部開拓時代に先祖返りしたのです。

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米中結託は日本の「悪夢」

 しかし米中関係史を振り返ると、アメリカと中国は意外にも仲がいい。アメリカにとって、中国はマーケットであり投資先、言ってみれば金儲けの場所だったからです。
 
 それに中国は、米国のキリスト教(プロテスタント)を布教する絶好の場所でもありました。19世紀、アヘン戦争に負けたとき、中国には大勢の宣教師たちがやってきた。そして中国布教は、日本布教と比べて思いのほか上手くいったのです。中国の伝統思想である儒学(朱子学)における論理性が、西洋思想や哲学と親和性があったのだと思います。アメリカは中国に投資をして豊かにし、キリスト教的な教養を与えることで、アジアに強力なキリスト教の同盟国ができると本気で考えていた。しかし、それは大きな間違いでした。

 7月23日にポンペオ国務長官が演説で引用したニクソン元大統領の言葉通り、「中国は〝フランケンシュタイン〟に育ってしまった」のです。アメリカの言いなりになるはずの人造人間が、アメリカに刃向かう怪物に育っていたのです。

 そんな2大国の狭間で、日本が最も警戒するべきことは何か。
 それは、「米中の結託」に他なりません。

 これまで米中の結託により、日本は多くの災難に見舞われてきました。

 1930年代、日華事変が泥沼化する中、蔣介石の夫人・宋美齢がアメリカに助けを求めて渡米しました。彼女の父親は上海出身のクリスチャンであり、娘に英才教育を施してアメリカ留学させました。日本が何のメッセージも発しないのに対し、宋美齢はアメリカ各地で講演を行い、流暢な英語で「日本軍の残虐行為」を説いて回ったのです。観衆は涙を流し、「日本を叩け!」の声が高まりました。敵ながら、見事な世論工作です。

 また1990年代、民主党であるクリントン政権は、冷戦が終結したことで「日米同盟はもはや不要だ」と考え、「ジャパン・パッシング(日本無視政策)」を行いました。1998年のアジア歴訪の際には、東京に立ち寄ることなく北京に直行しました。
 現在アメリカ大統領選挙を控えて、トランプ大統領も民主党のジョー・バイデン候補も、演説で互いに「中国に弱腰だ」と批判し合っています。ですが、中国利権でがんじがらめになっているバイデン氏の「対中強硬姿勢」は選挙パフォーマンスであり、当選すれば親中路線に回帰するだろう、と習近平が期待していることは間違いありません。

 ただアメリカで500万人以上が感染、16万人以上の感染死者(8月10日時点)が出た以上、「新型コロナ蔓延の責任が習近平にある」というのは、もはやアメリカ世論の総意となりました。ですから、たとえバイデン民主党が勝利したとしても、そう簡単に中国へ抱きつくことは、アメリカ国民が許さないでしょう。

 繰り返しますが、日本にとって最大の利益は「米中の離間」です。米中新冷戦は、日本にとって数十年の一度の絶好のチャンス。下手に両国の仲を取り持ってはいけません。今こそ日本は旗幟を鮮明にして政権内部の親中派を排除し、自由主義社会の一員として、アメリカをはじめとするシーパワー側(自由主義)につくと明言すべきなのです。
茂木 誠(もぎ・まこと)
歴史系YouTuber、著述家、予備校講師。駿台予備学校、ネット配信のN予備校で世界史を担当し、iPadを駆使した独自の視覚的授業が好評。世界史の受験参考書のほか一般向けの著書に、『経済は世界史から学べ! 』(ダイヤモンド社)、『世界史を動かした思想家たちの格闘』(大和書房)、『世界史で学べ! 地政学』(祥伝社)、『ニュースの〝なぜ?〟は世界史に学べ』シリーズ(SB新書)、『超日本史』(KADOKAWA)、『日本人が知るべき東アジアの地政学』(悟空出版)、『「戦争と平和」の世界史』(TAC)など。
最新著作は『米中激突の地政学』(ワック)
YouTubeもぎせかチャンネルで時事問題について発信中。

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