山口敬之:中国・最新型兵器の破壊的インパクト

山口敬之:中国・最新型兵器の破壊的インパクト

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 イギリスの「フィナンシャル・タイムズ」(FT)は11/22、中国が今年7月に実施した極超音速滑空体(HGV)の発射実験で、飛翔中の滑空体からミサイル様の物体が発射されていたと伝えた。
山口敬之:中国・最新型兵器の破壊的インパクト

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ミサイルが発射されていたことを伝えるFTの記事
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 FTによれば、このHGVは南極周りで地球を周回したが、極超音速(マッハ5程度)で南シナ海上空を飛翔中に何らかの物体が滑空体から切り離され、南シナ海の海上に着弾したという。

 この物体については、核搭載可能なミサイルという見方と、敵の迎撃ミサイルシステムを撹乱するデコイ(擬似弾頭)だという見方に分かれている。

 いずれにしても、滑空体は空中分解したり一部が破損したりしたのではなく、中国の設計通り作動してミサイル様の物体が分離・発射されたものと見られているという事だ。

 北朝鮮などの新型ミサイル実験では、飛翔中のミサイルが爆発して複数片に空中分解してしまう事がある。しかし、今回の実験では、物体分離後も本体のHGVは順調に飛翔を続けた。実験は成功したのだ。

動揺するアメリカ当局

 そもそも「中国が今夏HGVの発射実験を行っていた」というスクープを10/16に放ったのも、FTだった。これについては11/5の本稿で詳報した。
 FTは「フィナンシャル」と冠した社名からもわかる通り、経済や市況の報道に定評があるイギリスの高級紙で、日本で言えば日本経済新聞にあたる。海外53都市に600人の記者を配置し、国際報道にも定評がある。

 しかし、アメリカの情報機関や軍事組織担当だけで数百人の精鋭記者が集中的に取材しているアメリカの主要メディアには、取材のスピードも質も本来FTがかなうはずもない。それなのになぜ、中国のHGVについてだけは、イギリスの経済紙がスクープを連発するのか。

 答えは簡単である。アメリカ政府と米軍関係者の受けた衝撃が大き過ぎて、自国メディアにリークする「余裕」がないのである。
 敵国の新型ミサイル実験情報は、宇宙空間を飛翔する未確認飛行物体を捕捉する能力を持つ米軍のミサイル防衛局に入る。

 そしてその情報は、バイデン大統領をはじめとする、アメリカ政府でも最高レベルの機密情報へのアクセス資格をもつ、ごく限られた幹部間で共有される。

 情報は、専門知識を持った分析官によって逐次アップデートされる。具体的には
 (1)ミサイルの種類、型式、スピード、軌跡など
 (2)弾道の特殊な挙動、最新技術の評価
 (3)アメリカの防衛システムに与えるインパクト
 (4)どのように対処すべきかというアメリカ政府としての方針

 (1)(2)が完了し、仮想敵国の著しい技術革新が明らかになると、(3)も同時並行的にアセスメントが進められ、(4)によって非常に大きな追加予算が必要となれば、世論を喚起するためにメディアへのリークが組織的に行われる事もある。

 しかし、この件についてはアメリカ政府当局者からアメリカメディアへのリークが一切行われていない所を見ると、アメリカ政府は中国のHGV実験の内容に驚愕し、実験から4ヶ月が経った今でもまだ対処基本方針を立てるには至っていないものと推定される。

事態は極めて深刻

「HGV=極超音速滑空体」はその名の通り、
 ・マッハ5以上という極超音速で、
 ・自在に滑空する
 最新型の兵器である。
山口敬之:中国・最新型兵器の破壊的インパクト

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中国のHGV「DF-17」(東風17)
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 アメリカの科学誌サイエンスが掲載した解説図では、HGVは「宇宙空間を上下動しながら縫うように進む」(Bobbing and weaving)と説明された。
サイエンス誌によるHGVの軌道解説

サイエンス誌によるHGVの軌道解説

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 だからこそ、弾道ミサイルが放物線を描いて飛ぶ事を前提に作られたアメリカのミサイル防衛システムでは、HGVを飛翔中に迎撃する事はほとんど不可能なのだ。

 唯一の迎撃可能性は、滑空体が標的に向かって突入する最終段階で、PAC-3というごく限られたエリアを守る迎撃ミサイルで撃ち落とす事だが、
・弾道ミサイルよりも低空を飛び
・飛翔コースも予測不能なHGVは
迎撃準備に入るタイミングが大幅に遅れるため、PAC-3でも迎撃が極めて難しいものと見られていた。
低空を飛ぶミサイルは極めて迎撃が難しい

低空を飛ぶミサイルは極めて迎撃が難しい

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 ただでさえ迎撃が難しいHGVが、飛翔中に次々とミサイルを放出したらどうなるか。滑空体の攻撃ターゲットを絞り込めないだけでなく、ターゲットが一つなのか複数なのかすらわからなくなってしまい、迎撃確率はさらに下がる。

 一つの飛翔体から複数の弾道を放出する技術はMARVないしMIRVと呼ばれ、米中露などが配備済みである。しかし、HGVから複数の弾道を放出する技術を持っているのは現段階では中国だけだ。

米軍のプライドを粉砕した中国

 アメリカが受けた衝撃の大きさの理由は、「迎撃の困難さ」だけではない。

 アメリカは今年4月、マッハ1未満の低速で飛ぶ航空機から HGVを搭載した弾道ミサイルを投下する実験を行ったが、失敗している。いわば、HGV開発の第一段階で大きくつまづいてしまったのだ。

 これに対して中国は今回、地球をマッハ5以上で周回中のHGVから弾頭ないし擬似弾頭を発射して見せた。

 数学になぞらえれば、アメリカが小学生レベルの足し算引き算で四苦八苦しているのに対して、中国は微積分の難題で正解を導き出す寸前という位、実力差がついてしまった。

 極超音速での弾頭放出についてアメリカ軍の関係者はFTに対して「一体どのような技術なのか、その概要すら皆目見当がつかない」と告白している。

 世界の軍事関係者の間では「中国は少なくともこの先十年、アメリカに軍事技術では追いつけない」とみられていた。しかし、少なくともHGVというジャンルにおいては米中の立場は完全に逆転し、中国が圧倒的にリードしてしまったといえる。

ミサイル防衛システムが無力化する

 10/16に外国メディアであるFTに大スクープを書かれてしまったアメリカの大手メディアの軍事・情報機関担当する記者は、数百人に上る。

 自分の担当分野で他社の記者にスクープを書かれる事を「抜かれる」といい、記者にとって最大の屈辱である。10/16にFTが歴史的スクープを飛ばして以降、数百人の「抜かれた」精鋭記者が血眼になって「抜き返す」ための取材を1ヶ月積み重ねた。にもかかわらず、「滑空体からミサイル分離」というスクープ第2弾を飛ばしたのもFTだった。

 政府関係者にとって大手メディアの記者は、ある意味ではタダで非常に効果的に国民に情報を伝達してくれる貴重な仲間だ。いつもは持ちつ持たれつのはずのアメリカ政府当局者が、このHGVについてだけは、未だに固く口を閉ざしているのである。

 この一点を持ってしても、中国の極超音速滑空体がアメリカ当局に与えた衝撃の大きさがわかる。

 アメリカは、数兆円をかけて作り上げてきた弾道ミサイル防衛システムがまもなく完全に無力化される。中国の1000基にも及ぶ核ミサイルが、習近平が決断すればいつでもどこにでも確実に着弾する。すなわちアメリカ全土が丸裸になってしまうのだ。

 この状態をアメリカ軍制服組のトップ、マーク・ミリー統合参謀本部議長は「スプートニク級の衝撃」と告白した。
山口敬之:中国・最新型兵器の破壊的インパクト

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「スプートニク級の衝撃」と告白したマーク・ミリー統合参謀本部議長
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 中国は日本に照準を合わせた弾道ミサイルを少なくとも1300基は保有している。ミサイル防衛をアメリカのシステムに全面的に依存している日本も、中国の核ミサイルに対して丸裸になった。

 いったん飛び始めたら全く迎撃できないミサイルを中国や北朝鮮が完成・配備したら日本を守る手段は一つしかない。「飛ぶ前に撃つ」、すなわち敵基地攻撃である。

 こういう事態に直面してもなお、河野太郎や公明党は「敵基地攻撃能力は昭和の概念」「古臭い議論」というのだろうか。
山口 敬之(やまぐち のりゆき)
1966年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。
1990年、慶應義塾大学経済学部卒後、TBS入社。以来25年間報道局に所属する。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部所属。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月、TBSを退職。
著書に『総理』『暗闘』(ともに幻冬舎)、新著に『中国に侵略されたアメリカ』(ワック)。

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