河井案里に見る政治家の妻の「今・昔」

河井案里に見る政治家の妻の「今・昔」

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古き良き「政治家の妻」像とは

 河井克行前法相と妻の案里参議院議員が東京地検特捜部に公職選挙法違反容疑で逮捕されてから半月余り。未だ、夫妻が、昨年7月の参議院広島選挙区で、どれだけ現金をばらまいたか、また、自民党本部から提供された1億5000万円の資金の流れについて、連日報じられている。実は、私も、この事件には別の意味でも深い関心を寄せている。それは、案里という女性に深く惹かれたからに他ならない。

 ここまでの騒ぎになっているのは、克行容疑者が安倍政権の中枢メンバーだったこと、法相経験者の逮捕者は戦後初めてであること、妻である案里議員の強烈な個性に加え、克行容疑者が「安倍(晋三首相)さんから」と言って、現金を渡していたエピソードが明らかになるなど、コロナ渦に見舞われ、逆風にさらされている安倍政権にさらに、ダメージを与えかねないからだろう。

 事件の概要については、捜査の行方を見守るしかないが、私が、気になったのは、案里容疑者のおおよそ政治家の妻とは思えない強い自己愛である。夫の克行容疑者がだらしなさすぎると言えばそれまでだが、脱法行為をさせるほど、骨抜きにした女としての手腕。夫の愛情とキャリアを踏み台に、自らの立身出世を求める権力欲。案里容疑者は、「古き良き政治家の妻像」をものの見事にぶっ壊したのである。その勢いは、安倍総理まで巻き込もうとしているのだから、強烈としか言いようがない。

 克行容疑者は、カラオケで「天城越え」を歌う案里容疑者にひとめ惚れしたという。若い頃は、男の気を引く美人だったのだろう。しかし、女の情念の炎がこめられている歌詞を見事に歌う若い女にたらしこまれているのだから、相当な間抜けとしか言いようがない。

 かつて、政治家の妻は、夫の代わりに地盤を守る影武者のような存在に徹するのが「政治家の妻の鏡」と讃えられた。夫の代わりに地元の支持者の声を聞き、代理で出席する。血は水よりも濃い――とされる世界では、秘書よりも妻の方が歓迎された。

 古い自民党議員の妻たちは特に、政治家一家や地元の資産家の子女が、閨閥づくりなどを目的に嫁いでいたことも多く、裏で夫を経済的にも、政治的にも支えるという行動が普通に身についていた。

 また、政治は夜動く――とされる世界では、夜の会合が多く、夜の蝶と浮名を流す政治家も少なくなかったが、そうした事が露呈しても、夫を守り立てるのが妻たちの誉(ほま)れであった。中には、夜の蝶に惚れ抜いて、親の反対を押し切り結婚まで行くこともあったが、そうした妻ほど、自分の分を心得ているものだった。

 もちろん、自民党議員にもサラリーマン議員が増えるのと反比例して、そうした妻たちは減っていったし、報道を見ていると、克行容疑者が案里容疑者の背中を押した部分もあったようだが、なぜ、彼女は、夫に違法行為をさせてまで、国政に出たかったのだろうか。

止まらない「上昇志向」

 不思議に思った私は、彼女の経歴やキャリアをざっと見てみた。そして、全てにおいて「突き抜けていない感」が満載なのに逆に目を奪われた。

 建築家だった父は、事業に失敗し、故郷の宮崎に帰郷。案里容疑者は、幼稚園から地元のエリートコースを歩み、慶應義塾大学に入学。同大学院で政策・メディア研究科の修士号を取得し、文科省所管の科学技術振興機構に勤務する。霞ヶ関のキャリア官僚ピラミッドの中では、だいぶ格下であり、案里容疑者程度の学歴はゴロゴロいる。転機は、克行議員と01年に結婚したことだろう。翌年から広島文化短期大学で講師を務めて、翌年広島県議会選挙に出馬し、運と夫の名前で当選している。これが大いなる勘違いの始まりになったのかもしれない。

 09年には一国一城の主を目指し、広島県知事選に出馬。元通算官僚の湯崎英彦現知事に敗れ、落選の憂き目をみる。しかし、案里容疑者は諦めない。参議院選挙出馬への道を模索した挙げ句、あっさり県議に復活。2011年のことだ。そして、念願の参院選出馬の道が再び開けたのが、昨夏の選挙だった。

 案里容疑者の若い頃の写真を見つけてみると、美人ではあるが、芸能界に入って女優やモデルとして活躍できるほどではない。LINEのアカウントにハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーの愛称や写真を使用していたそうだが、案里容疑者のイタいコンプレックスを感じさせる。

 案里容疑者のポジションは、一流でも二流でもない、“一流半”。これはこれで不幸なことだと私は思った。下を見ればキリがないけれど、上を見てもまたキリがない。なぜなら、庶民なら見えない上流を垣間見ることができる場所にいるからだ。克行容疑者の年齢からして、仮に安倍政権が終焉を迎えたとしても、まだしばらく政治家の妻ではいられたし、県議として地道に力を蓄えていたら、こうはならなかった。

 日本の国会議員の女性が後進国より少ないことは確かだし、増やす政策を政府はとるべきだとも思う。しかし、クォーター制の導入の促進をはかるよりも、実力ある女性候補者を育成する方が先ではないか。政治家の妻と、議員活動を両立・維持するのは並大抵の努力や実力では無理だ。その点、私は最近、丸川珠代議員を見直しているのである。
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横田由美子(よこた・ゆみこ) 

埼玉県出身。青山学院大学在学中より、取材活動を始める。官界を中心に、財界、政界など幅広いテーマで記事、コラムを執筆。「官僚村生活白書」など著書多数。IT企業の代表取締役を経て、2015年、合同会社マグノリアを立ち上げる。女性のキャリアアップ支援やテレビ番組、書籍の企画・プロデュースを手がける。

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