町から書店が消えた!

 1冊の本が人生を変える──そんな本との出会いの場が〝書店〟であろう。ところが、今、全国の書店は危機的状況にあり、書店のない自治体が急増している。
 最盛期2万6000軒以上あった書店は、今では約1万4000軒と、半分近くにまで減少。ふらりと立ち寄り、気ままに本を手にする機会が失われてしまった。
 成人であればネット書店で、最速で即日に届けてもらうことが可能だ。しかし、本との出会いを最も必要としているのは、次代を担う子どもたちである。幼い頃から本を手にする機会を失うのは、日本の未来に少なからず悪影響を及ぼすのではないか。

 日本を代表する印刷会社、大日本印刷の北島義俊社長の信念は「出版は国力である」という。幼少の頃から本に親しむことで、考える力を自然と身につけ、人間としても魅力ある成長を遂げられる。ひいては心豊かな日本人が増えることで、日本がより魅力的な国になる……。だからこそ誰もが本を気軽に手に取り、読める環境を整えることは大切だ。
 しかし、書店が置かれている状況は、経営的にも人的にも厳しくなる一方。毎日のように書店の閉店が続き、「町の本屋さん」は絶滅の危機に瀕している。

 そのような絶望的状況に「なんとか現状を変えたい」という思いで取り組んだのが、本の街・神保町(じんぼうちょう)に本店を構える三省堂書店だ。行動を起こしたのは「地域に書店を」という多くの人々の想いに応えたい一心からだった。

 書店が絶滅した地域の一つが、北海道留萌(るもい)市である。少子高齢化と過疎化にあえいでいる留萌は、最後の書店が閉店して数カ月が経っていた。
 もし本が欲しいとなれば、大人だと車を走らせて近隣の旭川市や深川市の書店に行くか、もしくはネット購入できる。
 しかし、子どもたちは学校で用意された図書館の本や、親が買い与える本しか手にすることができない状況であった。大人気のコミックや雑誌を、お小遣いで買いに行く書店がまわりにまったくないのだ。

 このような中、地元の大人たちが「子どもたちが本に触れ合える場所を」と切に願い、主婦が中心となって署名を集め、「三省堂書店を留萌に呼び隊」を結成、三省堂書店へ出店の要請をしたのである(後に「三省堂書店を応援し隊」に改名)。
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留萌ブックセンター

次の世代へ書物をつなぐ

 三省堂書店では新しく店舗を出す際、商圏30万人という条件がある。留萌の人口は約2万2000人なので、遠く及ばない。
 これ以外にも経営を成り立たせる要件を満たすのが難しく、出店には否定的な経営判断であった。

 誰もが「出店は困難だ」と思う中、当時、営業本部の森雅夫氏、札幌店エリア・マネジャーの横内正広氏をはじめとする面々が、留萌の子どもたちへ本を届ける書店を開店すべく、指揮を執って尽力。「接客」「品ぞろえ」「チームワーク」の3本柱をコンセプトに店作りを進めた。
 森・横内両氏をはじめとした三省堂書店の努力は実り、平成23(2011)年7月、「留萌ブックセンターby三省堂書店」は無事開店に漕ぎ着けることができた。

 これは森氏・横内氏2人の力ではなく、出店を決断し黒字を維持すべく経営の舵(かじ)を取っている亀井忠雄社長をはじめ、支店全体に本が行き渡るよう取次や出版社と仕入交渉をする本部スタッフ、そして、日々お客様と接する店舗スタッフ全員の力が生み出した結晶であるといえよう。
 2017年4月に放映されたNHK「にっぽん紀行」で、留萌の人々が「留萌ブックセンターby三省堂書店」をいかに待ち望んでいたか、そして、多くの人々が大切に想い、自分たちのできる範囲で町の本屋を守る様子が克明に記録されている。

 開店から6年が経過しているが、順調に黒字を計上。それを可能にしたのは、森氏曰く「現地にちゃんとした読書人がいた」とのこと。町から書店が消えることの危機感が、「留萌ブックセンターby三省堂書店」を支えている大きな原動力になっている。「三省堂書店を応援し隊」の方々の下支えが売上につながっているのは確かである。もちろん、町の人々の交流の場として機能していることも、見逃せない要因の一つだ。
 地方の自治体が税金を使って開店した書店や、東京や大阪といった都会の地の利を生かして開店するセレクトショップのような書店、ある意味ニッチな書店は少なからず増えてきている。
 
 だが、残念ながら「留萌ブックセンターby三省堂書店」のように、子どもから大人まで気軽に立ち寄って楽しめる〝町の本屋さん〟というべき書店は、依然として危機的状況にあることには変わりない。
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留萌ブックセンターはこんなところに(Google earth)

誰もが集まる町の本屋

「厳しい業界だからこそ〝米百俵の精神〟で次代を担う世代へ本を繫ぐ」──そう決意して私財を投じて書店を開業した、もう一人の人物が内田眞吾氏だ。

 三省堂書店と同じ志を持つ内田氏は出版社を経営、自ら現役を退いた後、私財を投じて「那須ブックセンター」を10月13日に開店させた(2021年末閉店)。栃木県那須町もご多分に漏れず書店が1軒もない地域であり、人口は約2万5000人と商圏としても厳しい。それでも内田氏はこの地に書店を開業することを決めた。

 なぜ、那須だったのか。
 これには書店業が抱える問題が関係している。書籍・雑誌は再販制のもと定価販売が義務づけられている。このため、書店は利益を生み出しにくい経営構造にある。固定費にしめる人件費を削ることは自らの首を絞める行為に他ならず、抑えるべき最大の支出は家賃となる。内田氏は全国各地の書店のない地域で格安物件を探したが、そう簡単に条件に見合うところがなかった。家賃以外にも交通の便や集客力、さまざまな条件がある。
 可能な限り物件を探し、ようやく条件に適う物件を見つけ、誠心誠意交渉、家主から破格の条件で借り受けることができたのが、那須だったのだ。

 もう一つ乗り越えるべきハードルがあった。内田氏にとって、書店は取引先。出版社の経営ならまだしも、書店経営はまったくの門外漢だった。困った内田氏が相談したのが、旧知の間柄で、「留萌ブックセンターby三省堂書店」開業に尽力した森氏である。森氏は留萌で培(つちか)った経験を踏まえ、惜しみなく内田氏にアドバイス。
 特に重要な点は、本だけを取り扱うということ。現在、多くの書店では文房具販売や、CD・DVDレンタルを複合的に取り扱っている。

 だが、そうすると、本の販売スペースは縮小せざるを得ず、また、文房具の万引きが横行、結局、経営的に失敗することが多いという。コーヒーは提供するものの、本を愛する人たちが訪れる場所、というコンセプトを最後まで曲げることはなかった。

 内田氏は、こう言う。

「情報を取得することでは、速さや量において、本はネットにかないません。でも、情報を考えたり、感動しながら吸収するのは、雑誌や書籍のほうが優れていると思います。また、情報を素通りさせず、自分のものとして定着させるには、本の方が優れている。本を読むときの一種の〝間(ま)〟みたいなものが重要ではないか。それと、ものを見て考えながら読むというのが大事ですから、本の役割はまだすごくあると思います。書店の役割は情報の発信。それも、現在、何が起きているかが瞬時にわかること。理想は、世の中が見える書店です」

 森氏と内田氏、両氏に共通する志──それは、町の本屋がなくなり本を読みたい子どもたちに悲しい思いをさせたくない。その思いが、さまざまなマイナス要因を乗り越えて書店を開店させた原動力である。
 斜陽産業といわれて久しい出版業界にあって、那須ブックセンターのような町の本屋の未来は、決して楽観できない。ただ、町の人々に愛される書店を目指していることには変わりがない。お客様の声を大事にしつつ、理想的な書店を目指していく。那須ブックセンターには、10~15人ほど座れるテラスがあり、地域住民のコミュニケーションの場としても期待される。

 本を読者に届ける熱い気持ちを持った、森氏や内田氏のような人物が1人でもいる限り、日本から町の本屋がなくなることはないだろう。
真藤 弘介(まふじ こうすけ)
ブックジャーナリスト。出版社に勤務するかたわら出版業界の出来事を雑誌『WiLL』誌上に寄稿している。2014年頃から激化した書店店頭の保守系書物を排除する活動を批判。「種々雑多世に出る本はすべからく内容を評価するのは読者」が信条としている。

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