町から本屋が消える

「国も行政も、そして業界関係者も、あまりにも危機感がありません」

 4月27日、初夏のような陽気のなか、全国の書店の代表者と大手中堅の出版社の代表者が一堂に会した場で、取次会社トーハンの近藤敏貴社長の、出版文化を守りたいがための、それは厳しくも熱い想いのこもった檄(げき)だった。
 日本の紙を主とする出版産業は、コロナの巣ごもり需要が高まり、2020年、21年は売り上げが上向いたものの、22年には急激に悪化し、コロナ禍が終息しつつあるにもかかわらず、危機的な状況は改善するどころか、ますます悪化の一途をたどっている。さらに円安と原油高による原材料の高騰が追い打ちをかけ、出版社は本の価格の値上げに踏み切ったことで買い控えが進行し、まさに〝負のスパイラル〟にはまっている状況だ。

 長引く出版不況を抜け出せないなか、大手出版社4社(小学館・集英社・講談社・カドカワ)は史上空前の決算で賑わっている。
 これは電子書籍やライツ(版権ビジネス)によるもので、講談社の決算数字をみてみると、千六百億円の売上のうち、電子・ライツなどの事業収入が1100億円。紙の製品が500億円であるから、倍以上の差が出ている。他3社も似たり寄ったりだ。

 このことが意味するのは、町の書店での売り物である紙の本の売上が急激な減少傾向にあるということだ。
 本は再販制が適用され、定価販売が義務付けられており、価格決定権は出版社にある。小売りである書店の利益率は非常に低く、本の売上だけでは立ち行かなくなり、1996年の最盛期には2万6000軒あった書店も、2017年には1万4000軒、22年には1万軒を切ってしまった。
 これまでネット書店の急伸で痛手を負っていたところに、今年になって書店もご多聞に漏れず、人件費をはじめ、諸経費の高騰で経営環境が悪化している。昨年7月にツイッターでバズり、ネットニュースにもなったツイート内容は衝撃的だった。

「書店さんが閉店する理由は様々だが、今日聞いた話は衝撃だった。4月以降、電気代を始め諸々(もろもろ)が値上がり、利益率の低い書店業は家賃だの光熱費だの最低賃金だの負担が激増。その結果、傷は浅いうちにで閉店が急増。本が売れないではなく、諸経費を賄(まかな)えない利益構造に端を発した閉店」(シェアニュースジャパン/7月29日掲載)

 本が売れる、売れないではなく、諸経費が賄えないことで閉店に追い込まれる書店が増えているのである。まさに危急存亡の機にあるが、日本では出版文化、ひいては最前線の書店を守るため、どのような取り組みが行われているのだろうか。
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日本の出版文化は守られるのか(画像はイメージ)

文化保護後進国ニッポン

 先進各国では出版文化保護のために様々な政策が実施されている。別掲の表のように、各国では出版という文化を手厚い軽減税率で守っている。
 たとえば、イギリスでは非課税と、日本では夢のような扱いだ。翻って日本では消費税に対して、軽減税率を適用するのは新聞と飲料食品だけ。

 フランスではアマゾンなどのネット書店からリアル書店を守るために、反アマゾン法を制定。これは値引きと送料無料を同時に行うことを禁止することで、文化への接点として不可欠な個人書店を守るための法律である。
 実は、お隣韓国では先進各国以上の保護政策を実施している。

「韓国では国だけでなく、地方自治体が積極的に本という文化を守る働きをしているのです」

 そう語るのは、日本の出版事情に詳しい一般財団法人出版文化産業振興財団(JPIC)の松木修一専務理事だ。4月には訪韓し、現地の出版団体とも交流したという。
 韓国の出版市場は、日本と比べて書店の店舗数(日本は約1万店)は4分の1の2528店だが、売り上げは7060億円と、日本の紙の書籍・雑誌の1兆1千億円と比べても、遜色ない売り上げだ。
 韓国の町の書店はネット書店の割引などで、最盛期3589店舗あったが、2015年には2165店にまで減少した。

「韓国には文化体育観光省管轄の韓国出版文化産業振興院が存在し、出版文化産業振興法の改正をおこなうことで、町の書店を守るための様々な取り組みを始めました」

 国だけではない、地方自治体のソウル市では全国に先駆けて地域書店の活性化に関する条例を制定した。
 日本の公共図書館は東京資本の会社から本を購入することが多いが、韓国は公共図書館も書店の経営に協力するように運営されており、地域書店からの購入を優先している。

「韓国の書店の特徴は、日本でいうところの学参(学習参考書)が売上の7割を占めていることです。雑誌や文庫・新書は日本の市場のようには発達していません」

 雑誌やコミックは日本の出版界が先んじているが、国を挙げて出版産業の活性化に取り組み、出版都市の整備やK文学として韓国文学を世界に向けて発信している。
 日頃、慰安婦や、いわゆる徴用工問題で難クセをつけるばかりの韓国だが、気がつけばスマホに最適な縦スクロールのウェブトーン(2000年初頭に韓国で開発された新しいフォント)のコミックを生み出したり、アメリカを中心に世界的なアーティストを輩出したり、アカデミー賞で話題になったりするなど、文化においては先進国である。まさに国策の賜物である。
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書店議連に期待

 では、日本はどうなのだろうか。
 松木氏は、

「日本では韓国と比べて出版文化を守ることは民間が主体となっており、2016年にようやく自民党の議員でつくられた、街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟(書店議連)が活動を開始しました」

 と述べている。

 出版文化の衰退を憂える自民党議員が結成した書店議連。昨年末から提言を取りまとめ、4月の第1次提言のたたき台を経て、まもなく提出される予定である。書店経営を根幹から蘇(よみがえ)らせるべく、様々な提言が盛り込まれるとのことだ。
 書店経営の営業利益率は、他業種の小売りと比べても厳しい状況にある。前出のとおり、日本では書籍雑誌は再販制で定価販売となっており、また取引条件などから書店の営業利益率は1%以下という。

 では、再販制を撤廃すればよいのかといえば、逆効果でしかない。再販制の意義は、日本国に住む人たちが、全国どこでも等しく文化を享受できる権利を守るためのものだ。撤廃されると人口の多い都会は本を安く買えるかもしれないが、地方は運賃などがもろに上乗せられ、1000円の本を2000円にして販売しなければならないという弊害もあり得る。
 再販制のもとで書店の収益を増やすには、基本的な作業効率の向上を図ることで、人的資源の有効活用を行うことだ。

 書店の仕事に対する一般的な見方は、本を扱っているので知的で物静かなイメージがある。しかし、実際には書店員の多くが腰痛や肌荒れに悩まされている。本1冊は軽いものだが、段ボールに詰め込まれた何百冊もの塊の重さは尋常ではない。
 毎日入荷する書籍や雑誌は50坪の小規模店舗ですら数百冊に及ぶ。50坪のコンビニと比べてみると、その業務の厳しさが如実である。

 コンビニの扱う商品点数は約2500点であり、1点で複数個の在庫が通常だ。書店では約3万点の書籍雑誌を扱い、新刊や話題書こそ平積みで複数冊あるが、それ以外は1点1冊の在庫となる。
 日々入荷する何百点もの本を入庫検品するだけでも大変なのに、店頭の棚に並べ、期限のきた雑誌や書籍の返品作業、レジでの接客と、同規模のコンビニの作業量とは比較にならないほど多忙である。

 利益率の低い書店では人件費も都道府県の最低賃金と同等で、人材不足は恒常的に起きている。店長1人がいくつもの店舗を兼任し、その下で一つの店舗を2~3名のバイトで回すなど、知的で物静かどころか肉体労働でブラック企業顔負けである。
 50坪の小規模店を比較するモデルにしたが、日本の書店の多くが100坪以上であり、広さが増えれば、在庫点数も倍々で増える。毎日の入庫検品、返品処理、在庫管理(棚卸)の効率が上がれば、余剰の時間で読者へ向けた販促も可能となり、売上増にもつながるのである。

 もう一つ、国が推し進めるキャッシュレス化も書店の経営に大きなダメージを与えている。
 書店に限らずだが、日本のキャッシュレス決済の手数料は全ての小売りで、規模が小さいほど負担が大きい。営業利益が1%未満の書店にとって手数料を3~5%支払ったら、赤字以外の何ものでもない。
 先進各国は売上規模の小さい小売りに対して乗率を下げているのに、日本は逆に売上規模の少ない店舗ほど高くなるので、個人商店の経営に不利益な構造となっている。書店議連ではキャッシュレス決済の手数料にも言及しており、手数料の問題は書店だけでなく広く小売業全般に関わることである。
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電子書籍の売り上げが向上している(画像はイメージ)

なぜ書店を守る必要が?

「出版は国力なり」――大日本印刷の北島義俊会長の言葉である。識字率は世界有数でも、読解力が身についていなければ、国家の繁栄のための知識は得られない。

 松木氏は町の書店を守ることは、すなわち「本の生態系」を守ることであると述べた。「本の生態系」とは新刊を発売する書店があることで、作家への印税(収入)が入り、作家が新たな本を生み出すという流れである。町の本屋がなくなるということは、新刊が売れなくなり作家がいなくなることを意味する。加えてこれまで築きあげてきた配送網を壊すことでもある。

 少しばかり話が逸れるが、デジタル教科書も出版文化を阻害する一因である。
 教科書会社の社長は「紙を使わない教科書は経営的なことで反対なのではない。たしかに端末での英語のリスニングにデジタル教科書は適しているが、読書習慣を身に付け物事の理解を深めるための読解力の低下につながるから反対だ」と言っていた。

 2022年7月22日付の読売新聞の記事「紙の本、内容記憶しやすく読解力高まる。スマホと比較」で、昭和大学の研究チームが発表した論文を紹介。紙の本で読むのと、スマホで読むのでは、正答率も集中力も紙の方がスマホを上回っていた。
 ジャーナリストの堤未果氏が昨年の秋に名古屋の講演で話されたアメリカの状況も、紙の教科書の必要性を説いている。

 アメリカでは富裕層の子息は私学で紙の教材を使った授業を受けているが、貧困層の公立学校ではオンラインによる端末に向かっての授業となり、学校の図書室も閉鎖されているそうだ。
 メタのザッカーバーグ氏は私財で貧困層の子どもたちへ、電子書籍読み放題の端末を1人1台寄贈したが、贈られた子どもたちは感謝の言葉に沿えて「私たちに先生と図書館を返してほしい」と訴えた。
 デジタルの教科書でオンライン授業が日常化したことで、教師の目が届かない、いわゆる落ちこぼれのケアができず、学力格差が激しくなることや、俯瞰して本を選ぶ図書室がなくなったことで、本当の意味での本を探す行為が阻害され、学力低下に拍車をかけたのである。

 昭和大学だけでなくアメリカの大学でも同様の結果が出ており、紙で読むことで読解力が高まる検証結果とあわせ、教科書の完全デジタル化で子どもたちの教育環境が格差を生み出すのであれば、はたして日本の未来に有益な事なのか、今一度検討を要する。
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メタのザッカーバーグ氏は私財で貧困層の子どもたちへ、電子書籍読み放題の端末を1人1台寄贈したが……

未来の子どもたちへ本の大切さを伝える

 話を戻そう。
 商社の丸紅と大手出版社3社(講談社・小学館・集英社)によって、株式会社PubteX(パブテックス)が設立された。アナログな紙の本をデジタル環境で管理するDXを活用することで、書店の作業効率の向上を図り、出版物の商流でのデジタル管理によりロスをなくし、書店で本を選ぶ楽しみを未来の読者へつなげることを目的としている。

 電波を用いた非接触型のシステムと連動したICタグを書物に実装することで、書店現場の日々の業務を軽減し、諸経費圧縮をすることで経営の安定を図る――パブテックスが目指すのは持続可能いわゆるサステナブルな出版界だ。ICタグの実装と、そのインフラ整備は出版社が担うことだが、書店のオペレーションを補助するうえで、このシステムを書店へ導入することを、ぜひとも国策として取り組んでもらいたい。

 一店舗に要するシステム一式は約200万円だそうだが、全国の書店店舗数が1万軒なので200億円あれば足りる。コロナ禍でばら撒いた税金と比べても微々たる金額ではないだろうか。
 本を読む習慣をつける入口となる教科書がデジタル化され、町から書店がなくなり子どもたちが気軽に本に触れる機会を奪われた未来の日本がどうなるのか。考えただけで暗澹(あんたん)とした気持ちになる。

 増税ばかりで文化を蔑(ないがし)ろにする岸田政権には、韓国に負けない文化保護政策で日本の、日本人の価値を高めていただきたいものである。
真藤 弘介(まふじ こうすけ)
ブックジャーナリスト。出版社に勤務するかたわら出版業界の出来事を雑誌『WiLL』誌上に寄稿している。2014年頃から激化した書店店頭の保守系書物を排除する活動を批判。「種々雑多世に出る本はすべからく内容を評価するのは読者」が信条。

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