「一発不合格」制度

 昨年のクリスマス、ありがたくないプレゼントが届いた。
 「新しい歴史教科書をつくる会」(高池勝彦会長)が推進する自由社の歴史教科書が、文部科学省(萩生田光一文部科学大臣)の検定で不合格処分を受けたのだ。
 教科書検定では、普通は「検定意見書」が交付され、各教科書会社でそれに基づく修正表の作成作業が始まるのだが、自由社の歴史教科書に関してはこれで検定完了とされた。
 不合格処分を受けた教科書には、「検定審査不合格理由書」が交付される。検定意見が一覧表になって示されているという点で、文書の形式・内容は「検定意見書」と全く同じで、指摘箇所の件数が異なるだけだ。指摘箇所がある基準を超えると、「検定意見」が「欠陥箇所」に〝変身〟するのである。
 教科書検定の合否を分ける基準は、検定申請図書(通称「白表紙本」)のページ数に基づいて決められている。教科用図書検定調査審議会(略称「検定審議会」)が決定した「教科用図書検定審査要項」(2016年4月1日施行)によれば、次のようになっている。なお、基準を自由社の歴史教科書のページ数に適用した数字も付けておく。

① 指摘箇所が検定申請図書のページ数(自由社では314ページ)に達しない場合(自由社では313件まで)→留保
② 指摘箇所が検定申請図書のページ数以上で、ページ数の1.2倍の数より少ない場合(自由社では314~376件まで)→不合格(ただし、70日以内に白表紙本をつくり直して再申請すれば、年度内合格は可能)
③ 指摘箇所が検定申請図書のページ数の1.2倍以上の場合(自由社では377件以上)→不合格(年度内合格は不可能)

 このうち、①の「留保」とは、合格・不合格の決定を留保するという意味で、冒頭に説明した「検定意見」が交付される通常のルートである。
 ②の「不合格」は、再申請すれば年度内合格が可能である。従来は以上①②の区別しかなかった。
 中学教科書の前回の一斉検定(注)は2014年度に行われた。翌年の3月に結果が発表されたが、この検定で自由社も、新規参入した学び舎も、ともに②の再申請ルートによって合格した。
 ③の制度は、「一発不合格」というべき制度で、これが新設され施行されたのは2016年度からである。今回初めて一斉検定に適用されたものであった。

(注) 検定は4年に1度行われる。前回の検定機会は2014年度の4年後、すなわち2018年度にもあったのだが、学習指導要領が変わる1年間の端境期が対象で、ほとんどの教科書会社は検定申請を見送った。

「欠陥箇所」の偏り

 自由社の歴史教科書の「欠陥箇所」は405件であった。驚くべき多さだ。この数字は③の「一発不合格」の領域に入るものである。とはいえ、再申請ルートの基準を上回った数は29件に過ぎない。405件中のわずか7%である。
 日本人はいまだに「お上」意識が強いから、405件も欠陥箇所があるといわれれば、よほど杜撰なつくり方をしたのだろうと思われるかもしれないが、そうではない。
 自由社はこの「一発不合格」制度に引っかけられることを警戒し、合計25回の校正チェックをした。また、5年前に合格した現行版を極力生かすような編集をした。だから、誤植などのミスは多くはない。
 このことを確かめるために、405件を検定基準の項目別に分類し統計をとってみた。
 その結果は次のとおりになった。

・学習指導要領との関係:5件(1.2%)
・資料の信頼性:3件(0.7%)
・著作権関係:2件(0.5%)
・誤り・不正確・矛盾:59件(14.6%)
・誤記・誤植・脱字:29件(7.2%)
・理解し難い・誤解するおそれ:292件(72.1%)
・漢字等表記の不適切:15件(3.7%)

 ご覧の通り、単純ミスの比率は小さい。
 他方、教科書調査官の主観を紛れ込ませる余地がある「生徒が理解し難い表現」「誤解するおそれのある表現」という基準が、実に全体の7割以上を占める。では、これら2つの検定根拠はどのようなものだった
のか。

検定を私物化した不正行為

申請本には、邪馬台国と卑弥呼について、

〈魏志倭人伝には、「倭の国には邪馬台国という大国があり、30ほどの小国を従え、女王の卑弥呼がこれをおさめていた」と記されていました〉

 とある。
 これが欠陥箇所だとされ、「生徒が誤解するおそれのある表現である」というコメントがついた。何も誤解するような記述ではないはず、と首をかしげたが、(魏志倭人伝の忠実な引用であるかのように誤解する)と説明されている。
 教科書調査官は、鉤括弧内は文献の直接引用にしか使ってはならないと思い込んでいるのだろうか。実際は、古典なども著者の主張の内容をコンパクトにまとめて、鉤括弧つきで紹介することは普通に行われている。教科書も例外ではない。
 学術論文ではそういう約束事で書かれる慣行があるし、論争や訴訟で相手の主張を正確に引用するルールがある場合もあるが、そういう例外を除けば、鉤括弧を直接引用に限るというルールは存在しない。
 現に、現行版の自由社教科書には、魏志倭人伝の紹介をしたあと、

〈そこには、「倭の国には邪馬台国という大国があり、30ほどの小国を従え、女王の卑弥呼がこれをおさめていた」と記されている〉

 と書かれていた。このように現行版の「である」体を「です・ます」体に変えただけで、引用の中味も全く変わっていない。こうした類の指摘箇所がいくつもいくつも出てくるのである。
 前回の検定に合格している現行版の教科書の記述の通りに書いても、このように欠陥箇所とされるなら、一体どうすれば合格できるのか。このようなことは、「行政の一貫性」という観点からも決して許されない、重大な国民の権利の侵害である。
 この間、検定の説明を受けるために、文科省側の歴史担当の教科書調査官4人と2回にわたって面接する機会があった。次の面々である。

・村瀬信一
・橋本資久
・中前吾郎
・鈴木楠緒子

「前回とは担当者が変わった」という(理由にならない)言い訳を阻止するために、私は全員の在職年数を尋ねた。最長20年、最短5年であった。全員が5年前の前回の検定にタッチしているではないか。私は「公開論争をやりましょう。出てくれますか」と一人ひとりに訊いた。誰一人首をタテに振らなかった。
 ハッキリ言おう。これは検定を恣意的に私物化した不正行為である。箇所によっては、他社の教科書では合格、自由社だから不合格というケースも複数発覚している。これは憲法15条「公務員は全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」という規定と、国家公務員法に違反している。
 このような不法行為に泣き寝入りするつもりはない。今まで23年、「つくる会」を支えてくださった支援者の皆様にも申し訳が立たない。

藤岡 信勝(ふじおか のぶかつ)
1943年、北海道生まれ。北海道大学教育学部卒業。北海道教育大学助教授、東京大学教育学部教授などを経て、2012年より、拓殖大学客員教授。1995年、教室からの歴史教育の改革を目指し、「自由主義史観研究会」を組織。97年、「新しい歴史教科書をつくる会」を創立して、副会長、会長などを歴任した。著書に、『「自虐史観」の病理』(文藝春秋)、『教科書採択の真相』(PHP新書)、『国難の日本史』(ビジネス社)など。​

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