本はとても危険

──「本はとても危険だ。ものを考えることを促すからだ」(『アウシュヴィッツの図書係』アントニオ・G・イトゥルベ著より)

 秦始皇帝の焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)に始まり、歴史の中で繰り返される為政者たちの書物への弾圧。人は本を読むことで知識を得、物事を判断する力を培(つちか)い、真実への道筋を見出すのである。
 書物を弾圧するのは時の為政者ばかりではないという、前代未聞の言論弾圧事件が、現代の日本で日々書物を売って生計を営む書店店頭で起こっている。

 扶桑社が刊行している『週刊SPA!』(2017年9月12日号)誌上で、興味深い記事が掲載された。タイトルは「なぜ『ヘイト本』は売れ続けるのか?」。記事はケント・ギルバート氏や、百田尚樹氏の著書に言及。「嫌韓」「嫌中」本が、書店に多く並び、なおかつベストセラーになっていることを問題視している。
『週刊SPA!』の発行元はフジサンケイグループであり、『恥韓論』をはじめ記事にあるような韓国「ヘイト」本を多数出版している。その扶桑社が、どの口が言うのかと思わざるを得ない内容だった。
 一方で、「嫌韓」「嫌中」本ブームの裏では、これらの本を売る現場、つまり、書店において威力業務妨害に匹敵する言論弾圧事件が続発している。いつの間に、こんな状況が生まれてしまったのか。少し過去に時間を戻して、流れを追ってみたい。

 2012年、李明博(イミョンバク)大統領が竹島に上陸し、韓国固有の領土と主張した。さらに天皇陛下の韓国訪問に対して謝罪を要求するという常軌を逸した言動で、日本国民が韓国という国に対して疑問を持ち始めるようになった。出版界でも中国や韓国の実情を著した書籍や雑誌の刊行が増え、ブーム化していく。
 2014年2月11日、建国記念の日、朝日新聞に「売れるから『嫌中憎韓』」という記事が掲載された。この日を境にして、保守系出版社が刊行する書籍や雑誌を「嫌中憎韓」=ヘイト本と呼称し、書店に対する威嚇的・威圧的な行為が常態化していく。

 筆者の独自取材によれば、ある都内の書店では「陳列されている書籍が不快だから撤去しろ」という匿名の電話が本部に何本も入り、売れ行き良好な書籍に対する販売妨害への対応に苦慮した書店の本部側は、売り方を変更したことがあるという。

 また、ほかの書店では、桜井誠著『大嫌韓時代』(青林堂)に店員の手書きPOPをつけて販売したところ、嫌がらせ電話が続発、店舗の写真を撮影、不買を呼び掛けるツイートが拡散されたことがあった。
 京都の書店では、経営者自らがツイッターで同著の販売を自粛すると応えたために、桜井氏を支持する層からも火の手が上がり、ネットを中心にしばらく炎上したのである。
 このような匿名の一方的なクレームに対して、書店側は謝罪を表明、火消しに追われることになった。

 これら一連の抗議活動をしているのは、「左側の人間」、通称〝パヨク〟と見られる。
 こういった流れの中、共産党系出版社である新日本出版社や大月書店の編集者を中心に「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会(BookLovers Against Racism。以下、BLAR)」が設立された。この会は、約20人で活動しており、出版社で編集や営業に携わる人、書店員、作家が賛同、参画。シンポジウムを開催したり、はすみとしこ氏の『そうだ難民しよう!』(青林堂)の少女イラストに抗議を表明している。
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『週刊SPA!』(2017年9月12日号)

右も左もなく

 この本は、自称「被害者」「弱者」たちの実態を暴いたもので、国会前若者デモ(SEALDs(シールズ)など)や、シーシェパード、「パヨク」などを徹底的に批判している。
 2015年、都内の大型書店で『WiLL』を発行しているワックが書籍の大フェアを開催したときに、BLARに所属している人物が、

「□□書店様、日頃お世話になっている業界人として大変残念です。多様な国の人が訪れる首都の玄関口で、排外主義を後押しするかのようなフェアはいかがなものでしょうか」(本文一部抜粋)

 と画像つきでツイートし、書店へクレームをつけるという事態が発生。このときの状況を、フェアを担当した書店員は次のように証言している。

「確かにツイッターを発見したときは、動揺しました。しかし、店長からは過敏に反応することはないと指示。過去の事例からネットの匿名抗議に返答をすると、その返答に対して延々と際限なく抗議を繰り返すことを知っていたこともあって、フェアを中止することはありませんでした。ただ、最近は過激な書名(タイトル)をつけた本が増えているのも事実。苦言を呈するようですが、そのあたりのバランスは出版社にも自制を求めたいところですね」

 これらの事件に共通している点は、発売元の出版社に直接抗議をしていないことだ。反論できない立場の書店へ客を装い匿名電話をしたり、店頭に並べられた本の写真をツイッターなどのSNSにアップして不買を呼び掛け拡散させる……。
 こういう活動を展開しているためか、「因果応報」とも言うべき事態も発生している。

 安保法制が審議されていた2015年、共産党系や当時の民主党議員を中心に、大学生を中心に結成された「SEALDs」という団体を前面に押し出して国会前で抗議デモを繰り返した。その活動の集大成としてBLARの発起人の1人である編集者が『SEALDs 民主主義ってこれだ!』(大月書店)を編集・刊行した。
 ところが、書店に対して「ヘイト本だ」と勝手にレッテル貼りをし、本の不買を煽(あお)ったツケが回ったのか、SEALDsを支持する書店員が企画した「自由と民主主義のための必読書50」フェアが、俗に言う「右側の人間」(通称ネトウヨ)から集中砲火の如く抗議を受け、フェアを撤去する事態を引き起こしたのだ。

 この二つの人種(パヨク・ネトウヨ)に共通するところは、本を読んで考えるという力が備わっておらず、ネットの情報を鵜呑(うの)みにするだけで、情報を分析して判断することができない点である。
 BLARでは『そうだ難民しよう!』の販売中止の署名をネットで募るという、言論の自由を脅(おびや)かす行為にまで発展。署名を集めた首謀者の一人は、「右側の人間」から個人情報をネットで晒され、勤務先に嫌がらせの電話をされるという事象も発生するなど、泥沼の様相を呈している。

 なぜこのような事態を招いてしまったのか?
 冒頭の引用にあるように、本を読むことで日本と朝鮮半島や中国との誤った歴史認識、いわゆる自虐史観に疑問を持ち始める人が増えることは、反社会的勢力である彼らの立場を危うくするからだ。
 このような公序良俗を害する勢力が、「差別=悪」という正論を振りかざして、本の販売を妨害しているのではないのか……確かに穿(うが)った見方ではあるが、的を射ている面もあると思われる。
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「なぜ『ヘイト本』は売れ続けるのか?」

書店は「闘技場(アリーナ)」

 東アジアや世界の情勢を分析し、日本の立場を真摯に追究する保守言論誌『WiLL』を販売している書店へ、販売中止を要請する抗議文の送付や、陳列されている雑誌へ汚物をまき散らすという愚挙まで発生している。
 百田尚樹氏の『カエルの楽園』(新潮社)も、都内大型書店だけでなく全国各地の書店で、ベストセラーランキングの上位であるにもかかわらず店頭にはわずかな部数や目立たない棚に置いている事態が散見され、百田氏自身はツイッターで、そのような状況に疑問を呈している。

 これら書店への言論弾圧事件を契機に、ジュンク堂書店難波店の店長、福嶋聡(ふくしまあきら)氏が、自著『書店と民主主義』(人文書院)などを通じて書店の置かれている状況を開陳。福嶋氏は次のように述べている。

「フランスの思想家、ヴォルテールは『私はあなたの意見には反対だ、だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る』と宣言しています(実際には彼の言葉ではないようですが)。言論に対しては、言論で対抗すること。必ずしも自分の志向には合わない、また、荒唐無稽(こうとうむけい)と思われる本であろうとも、安易に書棚から外したくはありません。むしろ、なぜそのような考え方が生まれるのか、どうして、その本に共感し、購入する読者がいるのか、そこに強い関心があります。
『ヘイト本』を並べていても、『アンチヘイト本』を並べていても、お客様から直接クレームを受けることは、実はそれほど多くはありません。ただ、売れているからという理由だけで、並べているわけでは毛頭ない。対立する意見の一方を主張する本だけを並べることを、よしとしないのです。
 書店は常に発見に満ちた刺激的な場であってほしい。そして、書店は、書物が喚起した議論が実り、豊かな結果を生み出す、活気に満ちた『闘技場(アリーナ)』でありたいのです」


 陰湿な販売妨害に悩まされる書店は、店頭の目立つ場所での販売を自粛する事態にまでなっている。ワックをはじめとした、さまざまな出版社による韓国関連の書籍が重版に次ぐ重版でベストセラーのランキングに登場するも、販売現場ではひっそりと販売するしかないのが現状である。
 福嶋氏が「活気に満ちた『闘技場(アリーナ)』でありたい」と述べているように、多くの書店員は信念と矜持(きょうじ)、勇気を持って日々の業務を遂行している。しかし、パヨクやネトウヨからの執拗な嫌がらせに、身の危険を感じる事態にまで追い込まれている。
 強い言論活動に対して、社会的な公共観念でもって規制をかけると、真の「自由」の意味が見失われがちである。

 2016年、「永青文庫」(東京都文京区目白台)主催で、大英博物館などヨーロッパからの里帰り18点の春画を含む、日本初の春画展が開催された。以前から、大英博物館では史上最大規模の春画展が開かれ、約九万人が訪れる大盛況となっており、「日本でも開催しよう」という機運が高まり準備が始められていたのだが、会場となる候補の美術館20カ所以上に断わられてしまった。

「これまで日本では浮世絵展の一部というかたちで春画が展示されたことはありますが、本格的な春画展は一度も開催されたことはなく、美術館側は苦情が来るのを恐れたり、イメージを気にして自主規制したようです」

 と、永青文庫の理事長、細川護熙(もりひろ)は述べている。
 言論界も、信念に基づいて発表するのであれば、いたずらに自主規制を敷くのではなく、勇気を持って闘う姿勢が必要ではないか。
 BLARに参加する編集者や作家は、ネットで煽って書物を弾圧するのではなく、ぜひとも「闘技場(アリーナ)」に相応しい言論の書を自ら生み出して闘ってほしい。
 読者の方々には本記事で今、言論の自由が保障されている日本の書店・出版界で起きていることを知ってもらいたい。そして、少しでも社会に警鐘を鳴らすことができれば本望である。
真藤 弘介(まふじ こうすけ)
ブックジャーナリスト。出版社に勤務するかたわら出版業界の出来事を雑誌『WiLL』誌上に寄稿している。2014年頃から激化した書店店頭の保守系書物を排除する活動を批判。「種々雑多世に出る本はすべからく内容を評価するのは読者」が信条としている。

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