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かとう こうこ
東京都出身。慶應義塾大学卒業後、CBSニュース調査員を経て、ハーバード大学ケネディスクール政治行政大学院修士課程修了(MCRP)。主な著書に『産業遺産』(日本経済新聞社)がある。元内閣官房参与、「九州・山口の近代化産業遺産群」世界遺産登録推進協議会コーディネーター、(財)産業遺産国民会議専務理事。「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」のユネスコ世界遺産、「山本作兵衛炭坑記録画・記録文」の世界記憶遺産の推薦書作成と登録に尽力した。近著に『EV推進の罠』(ワニブックス)、『SDGsの不都合な真実』(宝島社)など。
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おかざき ごろう
1966年、東京生まれ。青山学院大学理工学部機械工学科在学中から執筆活動を始め、卒業と同時にフリーランスのモータージャーナリストとして活動を開始。1年間に試乗する車は150台以上。「生活を共にして気持ちが良いかどうか」が車を評価するうえでの最大の関心事項。「ahead」「engine」「yahoo!ニュース」などに寄稿のほか、SNSでも自動車関連情報を積極的に発信している。tvkテレビ神奈川の自動車情報番組「クルマでいこう!」MC。近著に『EV推進の罠』(ワニブックス)、『SDGsの不都合な真実』(宝島社)がある。

脱炭素は“地獄への道”

加藤 世界の政治は動いています。米国ではペンシルバニア州でのトランプ氏銃撃という大事件が起きました。トランプ前大統領の返り咲きが濃厚になっています。フランスの下院選挙でも左派が勝ちましたが、「反移民」「反環境」を掲げる政党の躍進が注目されました。
 日本のメディアは“極右台頭”などと報じますが、公約をみると、彼らは移民排斥や環境破壊を唱えているわけではない。「外国人よりも自国民を優先する」「経済成長を犠牲にする脱炭素政策はやめよう」「エネルギーの安全保障」という当たり前のことを唱えているだけです。

岡崎 ポリティカル・コレクトネスの欺瞞(ぎまん)が明らかになっている。「みんな仲良く」「環境を大切に」という言葉には誰も反対しない。しかし、それを実現するために不便な生活、貧しい生活を強いられるのは勘弁してほしい。綺麗事だけでは生きていけないことに“ふつうの人たち”が気づき始めた。

加藤 欧州には「地獄への道は善意で敷き詰められている」という諺(ことわざ)があります。地球環境を守るという美名の下、世界規模で脱炭素政策を進めてきました。その代表が再生可能エネルギーの導入。何百万枚もの太陽光パネルが敷き詰められ、何万本もの風車が建設された。
 その結果、どうなったか。電力供給が不安定となり、電気料金は上昇。経済成長は鈍化し、雇用は減り、庶民の生活は貧しくなりました。ウクライナ戦争によるエネルギー価格高騰などを契機に、脱炭素の限界は誰の目にも明らかとなった。脱炭素は“地獄への道”だったのです。

岡崎 アメリカ大統領選では、トランプ前大統領がバイデン大統領に勝利する可能性が高い。トランプ氏は大統領時代、アメリカ経済と自国民の生活を守るために、パリ協定から離脱しました。トランプ氏が大統領に復帰すれば、バイデン政権が重視した環境政策の転換を図るでしょう。“脱炭素”をめぐる世界の潮流が変わりつつあります。

加藤 暗殺未遂からの生還により、トランプ前大統領の勝利はほぼ確定したといわれています。トランプ氏はなぜ支持されているか。アメリカ経済を最優先に考えてくれるからです。バイデン氏はなぜ不人気なのか。健康不安も一因ですが、環境政策に熱を入れるあまり、アメリカの製造業に大きな損失をもたらしたからです。

岡崎 アメリカ大統領選は激戦州の動向がカギとなります。注目すべきは、鉄鋼や石炭、自動車などを主要産業とする「ラストベルト」。バイデン政権の脱炭素政策により、工業地帯は大損害を被った。トランプ氏はその被害者たちに手を差し伸べています。

加藤 自動車部品メーカーが多いミシガン州もそのひとつです。バイデン氏は前回の大統領選では、ミシガン州で勝利しました。しかし、EV推進で、地域の部品メーカーの仕事と雇用を奪うバイデン政権には嫌気が差している。自動車産業はこれまで民主党を支持してきましたが、ミシガン州ではトランプの集会の熱気がすごい。今回はトランプ氏に票を入れるでしょう。

取り残される日本

岡崎 脱炭素政策の見直しにともない、EVは曲がり角を迎えています。つい最近まで、「ガソリン車の廃止」「EVの導入」が声高に叫ばれていた。EUは2035年以降、二酸化炭素(CO2)を排出するエンジン搭載車を販売禁止にする方針まで発表。各国政府はEVを普及させるために、巨額の補助金を投入した。にもかかわらず、EVの売れ行きは伸び悩んでいます。

加藤 これだけ補助金を投じても、世界の自動車市場の9割が内燃機関(エンジン車)。欧州におけるEVの普及率は15%ですが、北米では6%弱、日本では2%に及びません。

岡崎 いくらEVを推したくても、ばら撒きには限界がある。ドイツなどはEV購入の補助金をついに停止しました。自動車メーカーもEV重視から方向転換、ハイブリッド車の開発に力を注いでいますね。

加藤 世界の潮流が変わりつつある。それに取り残されているのが日本です。日本政府はいまだにEVの購入補助金を止める気配がない。“地獄の道”を突き進んでいます。

岡崎 “地獄の入口”は菅義偉政権でした。

加藤 安倍元総理の体調不良を受け、菅前総理が2020年に首相に就任しました。菅氏の「カーボンニュートラル宣言」により、日本政府は2035年までにガソリン車の販売終了を目指すことになった。自動車産業を取り巻く環境がガラリと変わった瞬間です。

岡崎 菅政権はなぜ、急進的な脱炭素政策に舵を切ったのか。

加藤
 カギを握るのが水野弘道氏という投資家です。水野氏は国民の年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の最高投資責任者だった方ですが、退職後、2020年4月にテスラの社外取締役に就任。その翌月、経済産業省の参与になっている。

岡崎 経産省は文字通り、日本の産業を活性化させ、経済成長をもたらすことを使命に掲げている。経産省の参与が、日本メーカーの競合相手であるテスラの社外取締役を兼任するというのは、明らかな利益相反です。

加藤 水野氏が官邸に入り、菅氏を説得したそうです。テスラの時価総額は当時、約40兆円だった。トヨタの時価総額は約20兆円。日本の自動車メーカー9社の時価を合わせても、テスラには及ばない。テスラの株価は、EV化に対する期待の高まりを表している──。水野氏は菅氏にそう伝えたとか。

“クルマ素人”なのに

加藤 世界の新車販売台数は8600万台。その約3分の1にあたる2600万台強が日本メーカーの車で、エンジン車が大部分を占めます。日本経済を牽引する自動車産業で、そのビジネスモデルの根幹をなすエンジン車をあと十年で廃止するとなれば、倒産を余儀なくされる企業が続出するでしょう。メーカー各社は製造ラインの設計やエンジン開発に10年単位の時間をかけています。そんなことも知らずに、投資家や政治家が技術者のモノづくりに懸ける情熱を蔑(ないがし)ろにしてしまう。

岡崎 水野氏のSNSを見る限り、彼はクルマのことを十分に理解していない。彼は投資の分野ではプロかもしれませんが、自動車の構造や仕組み、業界の動向には詳しくない。素人同然の水野氏により、日本経済の根幹たる自動車産業の未来が決められたのです。

加藤 製造業はGDP(国内総生産)の2割にあたる。製造業における設備投資の26%、研究開発費の30%は自動車産業が占めています。日本の基幹産業であり、外貨の稼ぎ頭でもある。自動車なくして、日本経済は立ちゆきません。
 エンジン車は3万点の部品を必要としますが、EVはエンジン車よりも構造が単純なので部品数も少ない。EVの製造コストの4割を占めるのは電池ですが、電池は原材料と精製過程における圧倒的なシェアを中国が握っている。EVが普及すれば、中国が自動車覇権を握る仕掛けになっているのです。

岡崎 中国はバッテリーやモーターの原材料を牛耳っています。性急なEV推進は中国への依存度を高めることにもなる。経済安全保障、つまりは日本国民の命に関わる問題です。目先の利益を追求する投資家の意見を、菅氏はなぜ真に受けてしまったのか。

加藤 菅氏は“安倍政権との差別化”も考えていたでしょうね。安倍氏は7年8カ月にわたり、アベノミクスや外交・安全保障などで大きな成果を残してきた。偉大な前任者に負けたくない──。水野氏は「最も先進的な目標を打ち出せば、スガヨシヒデの名が国際社会に知られることになる」と口説き落としたとか。

岡崎 菅氏は叩き上げの政治家です。世襲の安倍氏に対抗心もあったのかもしれない。功を焦るあまり、名誉欲をくすぐる水野氏の言葉に騙(だま)されてしまった。

得をするのは誰か

加藤 水野氏は2020年末、気候変動対策の国連特使に就任しました。現在は国連からESG投資の重要性を呼び掛けています。ESGというのは「環境」「社会」「ガバナンス」の頭文字を合わせた言葉。環境や社会に配慮する企業へのESG投資を推奨する動きがある。

岡崎 水野氏は2015年から2020年にかけて、GPIFの最高投資責任者も務めていました。200兆円を超えるカネを動かせる立場にあったわけです。彼は当時からESG投資を推進。年金積立金を元手に、国債から外国株に投資先を切り替えていった。

加藤 安倍元総理の3回忌にあたり、増上寺で法要が営まれました。菅氏はアベノミクスを評価しつつも、GPIFによる巨額の運用収益を自身の成果としてアピールしていました。しかし、手放しに称賛していいのか。日本国民から預かった年金積立金により、日本政府はアメリカのテスラ、中国の自動車メーカー「BYD」などの外資系企業を育てたことになります。

岡崎 ESG投資を推進することで、いったい誰が得をするのか。投資対象となる企業、株式を保有する資産家、取引手数料を稼げる金融機関にほかならない。金持ちが豊かになり、貧しい庶民は恩恵を受けられない。ごく一部の関係者にカネが集まる仕組みなのです。

加藤 エンジンとモーターを組み合わせたハイブリッド車のほうが、トータルとしてのCO2排出量を減らすことができる。ところが、ハイブリッド車を製造する日本企業はESG投資の対象ではない。

岡崎 元も子もない話ですが、EVは必ずしも環境に優しいわけではない。EVはエンジンを積んでいないので、走行中は排気ガスが出ない。しかし、バッテリー製造時に多くのCO2を排出します。さらに、動力源の電気がどのように生産されるか。火力発電が主流である限り、石炭や石油を焚きまくることになる。マフラーからCO2が排出されない代わりに、火力発電所の煙突からCO2が出ているのです。
 2001年から20年間、先進国のなかで自動車によるCO2削減率が大きいのは日本です(マイナス23%)。イギリス(マイナス9%)、フランス(マイナス1%)と続き、“環境先進国”の印象が強いドイツはプラス3%、米国は9%も増えている。日本の削減率がダントツなのは、ハイブリッド車の普及率が高いから。燃費のいい軽自動車が販売シェアの約4割を占めていることも要因に挙げられます。

動かない官僚

加藤 昨年五月に開催されたG7広島サミットは、EVをめぐる世界的な転換点となりました。CO2削減が議論される際、それまでは「EV化」ありきだった。しかし、その流れが変わったのです。G7首脳が出した共同声明は、脱炭素というゴールを引き続き掲げながらも、削減の手段はEVに限らず、すべての選択肢を容認するという現実的なアプローチがとられた。

岡崎 共同声明にEV販売の数値目標は盛り込まれなかった。文書化されたのは「2035年までに保有車両のCO2排出量を2000年比で半減」というフレーズだけ。

加藤 EV導入がなかなか進まない現実を前に、各国首脳が方針転換を迫られたわけです。

岡崎 アメリカのケリー前大統領特使(気候問題担当)は原理主義的な環境保護論者です。ケリー氏は最後までEV販売目標の記載にこだわったとか。それでも、最終的には議長国の日本が押し切った格好です。岸田総理と経済産業省、サポート役の日本自動車工業会は素晴らしい仕事をしました。

加藤 岸田総理は世界的な“脱EV”の道筋をつけた。ところが、大メディアはこういう話は書かない。政治家も官僚も動きが鈍い。いまだにEV推進を続けています。

岡崎 その背景に何があるのか。

加藤 安倍政権時代、菅氏が官房長官として霞が関の人事を握っていた。各省庁の幹部は現在、菅氏に引き上げられた役人たちが多い。安倍政権と菅政権の8年以上にわたり、霞が関を“菅派”で固めたわけです。彼らは岸田総理の言うことを聞かない。

岡崎 計画が修正されたら当然、予算も減らされる。それを恐れているのかもしれない。

加藤 菅政権時代、「2050年にCO2排出ゼロ」「2030年度のCO2排出を46%減」という目標が決定した。目標を達成するための手段として、EV推進がすでに組み込まれています。各省庁に予算が配分されたら、役人たちは数値目標にむかって走ってしまう。

岡崎 官僚組織は融通が利きませんね。彼らが追い求めるべきは省益ではなく、国益でなければならない。

加藤 日本メーカーもふくめ、世界の自動車メーカーはEV推進という各国政府の方針に従ってきた。メルセデスは2030年までに新車販売をすべてEVにすると宣言。ホンダも2040年にすべての新車をEVとFCV(燃料電池車)にする計画を発表していた。そんななか、EV化に抗っていたのがトヨタ自動車です。菅氏は「トヨタと日本製鉄だけはオレの言うことを聞かない」と言っていたとか。

岡崎 トヨタはなぜ政治権力と闘うことができたのか。ひとえに豊田章男会長の経営哲学です。豊田氏のモットーは顧客第一。老若男女問わず、クルマの利便性と楽しさを享受してほしいと思っている。EVは高価だから、若者など低所得層はクルマに手が出せない。マンションやアパートの住人たちは、EVの充電設備を探すのも一苦労です。

加藤 EVだけの世界になれば、クルマが限られた人たちだけの嗜好品になってしまう。一般庶民がクルマに乗れなくなってもいいのか。それにEVはユーザーに不便を強いる。

岡崎 豊田氏は自動車産業に関わる人たちのことも考えています。日本国内において、自動車産業に従事するのは約550万人。労働人口の約10%を占めている。そのうち、製造に関わるのは約90万人です。エンジン車が廃止されたら、彼らやその家族は路頭に迷う可能性がある。

加藤 その多くは大手メーカーではなく、協力会社の部品工場などで働き、地域経済を支えている人たち。日本経済を支えているのは投資家ではない。生産現場なのです。急速なEV化を進めれば、内燃機関やトランスミッションなどの部品を供給する会社は経営が厳しくなります。

メディアは“トヨタ叩き”に奔走

加藤 メディアのトヨタ叩きもすさまじい。日経新聞や朝日新聞はEVをつくっているアメリカのテスラや中国のBYDを“先進的”と褒め称え、トヨタを“時代錯誤”と批判する。一体全体、どこの国のメディアなのか。

岡崎 メディアは近年、「EVに出遅れたからハイブリッドという過去の栄光にしがみついている」などとトヨタ叩きを繰り広げている。
 典型例が、2021年8月に朝日新聞系のウェブサイト『論座』が掲載した「米国で強まるトヨタ自動車批判」なる記事です。トヨタのロビー活動がEVの普及を妨害していると指摘する『ニューヨークタイムズ』の記事を引用しながら、トヨタに“気候変動対策に消極的なメーカー”というレッテルを貼っている。『ニューヨークタイムズ』といえば、朝日新聞の提携相手。身内の記事を逆輸入して、トヨタが海外でも批判されているかのように印象操作を行った。朝日新聞の自作自演にほかならない。

加藤 日本のメディアだけでなく、『フィナンシャルタイムズ』『ブルームバーグ』などの国際経済メディアもEVを礼賛している。彼らはトヨタにも厳しい。

岡崎 そんななか、『ウォールストリートジャーナル(WSJ)』(2023年6月)がトヨタ叩きに疑問を呈する社説を掲載しました。「トヨタのEV対応、異端視され標的に」というものです。

加藤 WSJはトランプ前大統領についても客観的に評価している。数少ない信頼できるメディアの一つです。

岡崎 社説では、環境保護のロビー団体や投資家たちがトヨタに圧力をかけている実態を伝えている。さらに、日本のメディアが伝えない“不都合な真実”も紹介している。急激にEVを増産しようとしても、天然資源の確保が困難であること。EV1台分のバッテリーに使う原材料があれば、ハイブリッド車を90台も生産できること。90台のハイブリッド車によるCO2削減量は、EV1台による削減量の37倍に達すること……。

加藤 ハイブリッド車がEVよりも効率的にCO2を削減できるというデータは、トヨタ自身が明らかにしています。

岡崎 WSJはこう結論づける。
〈気候変動対策推進の信奉者にとって不都合な真実を語る豊田章男氏の姿勢は支持に値する。そして、自動車業界リーダーの中で、そうした行動を取る勇気を持った人物が彼だけだというのは、恥ずべき状況だ〉
 この記事を紹介した私のSNSに、豊田章男会長からコメントがつきました。
「残念ながらこんな記事を書いてくれるメディアは日本にはありませんね。日本での発信は、正直、意味がなくなってきてますね」

現場を知らない新聞・テレビ

加藤 EVの限界が周知され、世界は脱EVに方向転換しつつある。にもかかわらず、日本のメディアはいまだにEVを礼賛、トヨタを叩き続けています。

岡崎 WSJ社説の1カ月後、日本経済新聞が「日本車は謙虚な学びでEV化に対応を」と題した社説を掲載しました。
〈電気自動車(EV)の波が自動車市場の競争ルールを塗り替えつつある。エンジン時代に世界をリードした日本車各社は、過去の栄光にとらわれて後手に回ってはならない。先を走る海外の例から学んで事業モデルを刷新し、日本を引っ張る基幹産業として存在感をさらに発揮してほしい〉
 数年前の記事ならまだしも、EVブームの減速はすでに始まっている。どれだけ周回遅れの議論をしているのか。日経新聞はロクに取材などしていません。自動車関係者は怒りを通り越して、もはや呆(あき)れています。

加藤 日本のメディアには、豊田章男氏が約16億円も役員報酬をもらうのはケシカランという論調がある。嫉妬以外の何物でもない。その一方、イーロン・マスク氏がテスラから受け取る8兆8000億円の巨額報酬は批判しません。日本企業に厳しいのに外資系企業には甘い。二重基準にほかならない。

岡崎 世界一の自動車メーカーのトップが16億円というのは夢がない(笑)。日本のメディアはつい数年前まで、テスラのEVが世界を席巻すると訴えていた。テスラの勢いが落ち込むと、今度は中国のBYDを猛プッシュしている。どんなに間違ったことを報じても、マスコミは決して責任をとらない。楽な仕事ですね。

加藤
 私たちは3年前、『EV推進の罠』(ワニブックス)という本を出しました。誰よりも早く、急進的なEV導入の危うさに警鐘を鳴らした。その指摘は不思議なほど的中している。

岡崎 私はモータージャーナリストとして年間、150台ほどの新車に試乗する。1台につき2、3人のエンジニアと直接会話をします。対照的に、新聞社やテレビ局は現場を取材していない。販売台数を調べたり、記者会見の内容をそのまま垂れ流すだけです。デスクに座ったまま、目の前の情報だけをもとに記事を書いてしまう。

トヨタ“不正”への疑問

加藤 型式認証をめぐる“不正”についても、メディアはトヨタ叩きに狂奔しています。“不正”と表現すれば、トヨタが悪事に手を染めたような印象を与える。しかし、そこまで騒ぎ立てるほどの問題ではない。

岡崎 型式認証とは何か。自動車メーカーが新型のクルマをつくるとき、安全性や環境適合性をクリアする必要がある。国土交通大臣の基準を満たせば、販売が認められる仕組みです。

加藤 ダイハツの不正が発覚した後、政府は自動車メーカー各社に過去十年分の調査を命じた。トヨタが約20万件を調べたところ、6件の“不正”が発覚した。99.97%は基準をクリアしています。

岡崎 6件にしても、さほど問題視するレベルの“不正”ではない。トヨタは国交省が定めた基準よりも厳しい試験をパスしていると主張している。
 後ろから衝突された際の燃料漏れを確認するテストで、国内の基準では重さ1100キロの台車をぶつけるルールになっている。トヨタはさらに重い1800キロの台車を衝突させる実験を行っていたのです。
 歩行者と衝突したときの衝撃を測定するテストでは、人間の頭部を模した丸い重りをボンネットに当てます。トヨタは重りが衝突する角度を、基準の50度よりも垂直に近い65度にしていた。90度に近づくほど衝撃は大きくなります。

加藤 トヨタの主張に対して、国交省はメディアを通じて反論しています。しかし、トヨタに理がある。トヨタが一部のテストで、国とは異なる基準を用いたことは事実。とはいえ、安全性が損なわれているわけではない。メディアは官尊民卑で物事をとらえるので、トヨタと国交省の対立を煽っています。
 私は国交省の自動車局にときどき質問に伺いますが、自動車局には自動車を愛し、内燃機関を愛する技官が実に多い。メーカーとは本来対立ではなく、ともに良い自動車をつくる共存関係にある。メディアの報道だけをみると誤解を生むと思います。生産ラインを止めるということは、日本経済のエンジンを止めるということです。自動車産業を育むというスタンスで、そこはもう少しやり方を考えないといけませんね。

岡崎 フォルクスワーゲンの排ガス不正は世界的にも大々的に報道されました。組織ぐるみの悪質な不正には約1兆5000億円の罰金が科され、逮捕者まで出た。対照的に、今回は海外でも、日本の自動車メーカーに制裁を科そうという動きはありません。世界基準に照らせば、取るに足らない問題なのです。にもかかわらず、日本のメディアはトヨタを攻撃。国交省はメディアを利用して、自分たちの正当性をアピールするのに必死です。

加藤 本来であれば官民が一体となり、オールジャパンで日本経済の根幹たる自動車産業を盛り上げる必要があります。政府はダブルスタンダードをやめて、燃えるEV車の現状にもメスをいれてほしい。
 先日も千葉でアウディが8台燃えていましたが、調査はどうなったのか。2021年から中国ではBYDのショールームで10件の火災が確認され、先日も福建省でディーラーが燃えた。テスラの自動運転もアメリカでは訴訟の嵐ですが、日本ではあまり報道されない。BYDのEVバスの6価クロムの使用も人体には有害です。日本メーカーだけ狙い撃ちで重箱の隅をつつくのは優先順位が違うのではないか。
 自動車メーカーは海外のライバル企業と同時に、霞が関をも相手にしなければなりません。

再エネ推進の政治家たち

加藤 製造業を蔑ろにする永田町や霞が関とは対照的に、ものづくりの現場で産業を支えている人たちは、自分たちが日本経済を支えているという誇りを持っている。自動車産業は日本経済を牽引し、半導体製造装置の分野ではいまだに世界トップクラスの技術を有しています。鉄鋼など素材産業や化学工業も競争力がある。とはいえ、現場の頑張りにも限界があります。政治の後押しがなければ、ポテンシャルを十分に発揮できない。

岡崎 先述したように、岸田政権は自動車産業をはじめとする製造業を重視していた。しかし、支持率は低迷している。9月に自民党総裁選を控えていますが、岸田総理が再選するかどうかは怪しい。
“ポスト岸田”として名前が挙がる面々を眺めると、菅前総理の息がかかった顔ぶれが並んでいます。菅氏は霞が関に隠然たる影響力を有していますが、自民党内でも“キングメーカー”として相当な影響力を誇っている。とくに注意すべきは小泉進次郎氏と河野太郎氏です。神奈川県を地盤とする2人を菅氏は将来の首相に育てたいと思っているでしょうね。

加藤 彼らは菅政権時代、再エネとEVを推進するための実働部隊となりました。再エネとEVとバッテリーこそが中国の国家戦略の中心にあり、日本政府はそれを公金で支援しているわけです。河野氏は“中国企業ロゴ問題”でもわかるように、自民党きっての再エネ推進派でもある。小泉進次郎氏も菅政権時代、環境相としてEV推進の実働部隊となりました。小泉氏は今年2月、「ゼロエミッションフォーラム」というイベントに出席。そこでも彼は「全国1700の自治体にEVを配ろう」などと提案していた。

岡崎
 残念ながら、小泉氏や河野氏のような製造業を軽視する政治家が“次期首相ランキング”の上位を独占している。有権者に訴えたいのは、小泉氏や河野氏こそが国民生活を貧しくしてきた元凶だということ。

加藤 再エネやEVが導入された結果、電気料金は上がり、自動車メーカーは苦しんでいる。日本経済が弱体化すれば、国民の生活も貧しくなります。自民党総裁選では、安全保障とエネルギー政策を最大の争点にしてほしい。そう願ってやみません。

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