王室分裂のシンボル

 英王室を翻弄してきたヘンリー王子とメーガン妃の2人がついに王室を離脱した。その後はカナダに住むはずが、あっという間に米ロサンゼルスに。これにトランプ米大統領が「2人の警備費は払わない」と発表するや、大向こうの国民から「よっ、大統領!」の掛け声もかかった。

 2人は2020年1月8日、SNSのインスタグラム上で、「王室の主要メンバーの地位を退き、財政的に独立するため働くつもりだ。進歩的な新たな役割を開拓していく」との声明を出した。米女優だったメーガン・マークルは王子と2017年に婚約、2018年に結婚して以来、実父との長年の不和、政治性、王室の伝統軽視などから、ずっと「王室内分裂のシンボル」(英紙ガーディアン)で、「現在の悲惨な事態をつくった主要人物」(英誌エコノミスト)だったならば、離脱は驚きでも何でもない。

 メーガン妃が王室と別離するよう王子を説得したというニュースが最初に伝わった時、悲しい結末に多くの国民はショックを受けた。しかし、彼女が欲深く、権利意識の強い人柄で、王子は年上女房のわがままに引きずり回されているダメ夫のようだと分かると、世論は2人に厳しくなった。事実、王室は彼女を温かく迎え入れ、1950年代のディズニー映画に出てくるプリンセスのような結婚式を行い、衣装代は55万ドル。同王子の兄のウィリアム王子夫妻も王室の新たな一員として歓迎した。

 ところが、温かい雰囲気に亀裂が見え始める。彼女の度を越した金銭感覚が原因だ。2018年半ばまでに、衣服だけで100万ドル。次いで2019年、2人は住んでいたケンジントン宮殿から出て、ロンドン郊外ウィンザーのフログモア・コテージに引っ越した。彼女の希望に沿った新居の改装費は310万ドル。国民の税金である。

 英紙デーリー・メールに出てくる側近の嘆きも分かる。

「人々は二人のために最善を尽くした。彼らが望む通りの結婚式を挙行し、住居もオフィスも金もスタッフも旅行もすべて望みをかなえた。王室の支援も受けた。これ以上の何が欲しかったのだ?」
 
 メーガン妃に対するタブロイド紙の取材は確かに過剰な面もあった。理由は、

①人種差別(母親が黒人)のため
②米国人だから
③元女優だから
 
 ──などいろいろ考えられるが、どれに基づくものだったのか不明。分かっているのは、ヘンリー王子の母親・ダイアナ妃の自動車事故死以来の激しさということくらい。だからと言って、別に彼女が親切で思いやりのある女性ということではない。逆に、気難しく、利己的、偽善的かつ傲慢なリベラルというのが定評だ。いかにもハリウッドのBクラス俳優らしいが。

ダイアナ妃の香水を

 前回の米大統領選挙があった2016年、女優だった彼女はテレビのトーク番組「ラリー・ウィルモア・ショー」で、自分は他の俳優仲間と同様、熱烈な民主党支持者として、いかにヒラリー・クリントン候補を愛しているかを熱く語った。一方のトランプ共和党候補(現大統領)については「敵対的」「女性差別主義者」と批判し、もし彼がヒラリー氏を破って大統領になったら「私はカナダに移住する」と明言していた。

 トランプ大統領は2019年6月1日、英国を公式訪問し、英王室は大統領を公式晩餐会で迎えた。しかし、王室入りしてメーガン妃になっていた彼女は晩餐会を欠席。「5月に長男を出産したばかりなので」と説明されたが、翌日の別のイベントにはちゃんと出ていた。同年12月14日、北大西洋条約機構(NATO)の首脳会議がロンドンで開催され、3日にバッキンガム宮殿でレセプションが開かれた。今度は何と、ヘンリー王子とメーガン妃の二人とも欠席だった。

 彼女は、王室は納税者に支えられており、政治の領域を超えた位置にいる義務があるという王室メンバーの非政治性も受け入れない。社会問題に大きな関心を持っていることを示さなければならないという考えなのだ。ハリウッド・リベラルの典型的なタイプである。数年前まで米CNNテレビでトークショー「ピアーズ・モーガン・ライブ」の司会を務めていた英ジャーナリスト、ピアーズ・モーガンの回想は興味深い。女優時代のメーガンは彼に非常に好意的だった。それが、彼女がヘンリー王子に会った途端、態度が一変。彼を見ても素知らぬ顔をしたそうだ。彼はその振る舞いに、過去に多くの友人や、母親以外の家族全員と関係を絶ったように、自分が「セレブの階段」を上るのを脅かしそうな人物はすべて切るという強烈な野心の一端を見たという。

 英米で活躍する英ジャーナリスト、ケイティ・ホプキンズがバッキンガム宮殿筋から取材したエピソードは少し怖い。ヘンリー王子は2017年、カナダでテレビ映画を撮影中のメーガンと会い、母親を失った悲しさなどを話して、意気投合した。初デートのために、彼女は何をしたか。ダイアナ妃の香水である。ダイアナ妃が生前、どんな香水を使っていたかをリサーチし、同じ品を買い、それをつけて王子に会ったのである。ホプキンズは「見事に巣を張った蜘蛛」に例えているが、メーガンの「人柄」の一端はうかがえる。

 2人の決定にエリザベス女王は失望し、その手法にも驚いた。「王室離脱」という王室のみならず、国家にとっての重大事なのに、それをSNSに流す前に、何と女王に何も話していなかったからだ。父親のチャールズ皇太子ら他の王室メンバーも寝耳に水だった。

商標登録も水の泡

 英国の欧州連合(EU)からの離脱は「ブレグジット」と評されたが、それになぞらえて、メディアは2人の「王室離脱」を 〝メグジット〟と呼んでいる。また、世界的に超人気を誇ったあのビートルズが分裂したのは1970年4月中旬。今年4月はちょうど50年になる。分裂・解散の一因をつくったジョン・レノン夫人、ヨーコ・オノの例で言えば、今回は英王室の〝ヨーコ・モーメント〟だった。

 トランプ大統領は1月10日、FOXテレビの報道解説番組「イングラム・アングル」に出演、アンカーのローラ・イングラムを相手に、女王への深い同情の念を示した。「悲しいことだ。本当にそう思う。女王は偉大な女性で、尊敬している。彼女にこんなことが起きるべきではない」。まさに「臣トランプ」の風情とでもいうか。

 英王室は1月18日、最終合意内容を発表した。2人は3月31日を最後に王室メンバーから外れる。今後は王族への敬称「ロイヤル・ハイネス」(殿下、妃殿下)を使わず(剝奪ではない)、サセックス公爵ヘンリー、サセックス公爵夫人メーガンとなる。ヘンリーの「王子で王位継承順位六位」は変わらないが、4月からは公務に就かないので、公費で賄われる王室助成金は受け取らず、フログモア・コテージの改装費も返却する。

 その翌日、1月19日のことだった。ロサンゼルス市内のあちこちのバス停や公共の建物の壁に大きなポスターが張り出されていて、ニュースになった。
 ポスターの1つは、ヌード姿のヘンリー王子がメーガンに抱きついている絵柄。
 もう1つはヒッピー姿の2人が手に花を持って路上に座っている姿。
 いずれも、ベトナム戦争当時に撮影、公開されて話題になったジョンとヨーコの写真がベースで、ポスターでは2人の顔をヘンリーとメーガンに差し替えてあった。制作したのは、「サボウ」というペンネームで同市を中心に活動しているストリートアーチスト。海兵隊出身という経歴も面白いが、ここでも「ヨーコ・モーメント」である。

 夫妻のスポークスマンは2月21日の声明で、2人は「ロイヤル」「サセックス・ロイヤル」という王室ブランドの言葉を使用しないことを明らかにした。春に新たな非営利組織を立ち上げる予定で、「サセックス・ロイヤル財団」の名称にする計画だったが、女王の「ノー」で禁じられた。衣類、文房具、バンダナなど百以上のアイテムに「サセックス・ロイヤル」を商標登録してきたが、それも使用不可になった。

 すでに「サセックス・ロイヤル」のウエブサイトを立ち上げ、商標登録に多額の資金を注ぎ込んできたメーガン妃は最後まで抵抗した。昨年のクリスマス時、王室メンバーとは別にカナダで6週間過ごし、王室の陰でせっせと励んだ商標登録も水の泡。

「メグジット2」の衝撃

 こうした事情が、2人が同日SNSで発表した「王室という言葉の海外での使用に対し、英王室も内閣も管轄権はない」との〝捨て台詞〟になって表れた。2人が「メグジット」後、初めて公の場にそろって姿を見せたのは2月6日、米フロリダ州マイアミのホテル。銀行大手JPモルガン・チェースが主催した投資サミットの会場だった。億万長者や実業家を前に、まずメーガン妃が壇上に上がってヘンリー王子を紹介。王子は母ダイアナ妃の死によって受けた心の傷をいやすため、何年間も精神科の治療をうけたエピソードなどを披露した。

 2人のスピーチが投資戦略の何かのヒントになったという話は全く伝わってこない。それでも講演料は50万ドル。前出のケイティ・ホプキンズは「多くの国民が最初から疑っていた通り、王子との結婚は『名声と金』が狙いだった証明」と手厳しいが、そもそも、よく言われる「心の傷」は〝売り物〟にすべきものなのだろうか。

 2人は1月8日の声明の中で、英国とカナダの両国で暮らす意向を発表していた通り、2019年11月にカナダのバンクーバー島に移住していた。以来、王立カナダ騎馬警察がロンドン警視庁を補助しながら、2人の身辺警護に当たってきた。しかし、警護には年間数百万ドルがかかるという試算から、2020年1月に始まった「民間人の警護は私費で賄え」と要求するトルドー首相あて嘆願書の署名運動があっという間に10万人を超えた。国民の73%が2人の警護に税金を使うことに反対という調査結果も出て、同国公安省は2月、公務を離れる4月以降は警護費用を負担しないと発表した。

 カナダを騒がせたそんな2人は3月、新型コロナウイルス問題で米国との国境が20日夜から一時閉鎖される直前、プライベート・ジェット機で極秘に入国し、ロサンゼルスに着いた。2人はいずれ英国に戻るものと望んでいた王室は驚いた。カナダが英連邦の一員だからと移住し、同国と英国を行き来するはずだったのでは。特に、93歳の女王、98歳の夫フィリップ殿下、71歳の父チャールズ皇太子らにショックを与えた突然の米移住は「メグジット2」と称される。

 新型コロナウイルスへの対策として、不必要な米入国が禁止される恐れが出てきたため、ロサンゼルス移住の計画を前倒しして実行に移したわけだ。スポークスマンは、カナダのコロナウイルスから緊急避難したと話したが、被害はロサンゼルスの方がもっと深刻なので説明にならない。

SNSの声

 トランプ大統領は29日午後2時、こうツイートした。

「私は女王と英国を称賛している。英国を離れたヘンリーとメーガンはカナダに永住すると報じられていた。彼らは今、米国移住のためカナダを離れたが、米国は彼らの警備費を払わない。彼らが払わなければならない!」

 カナダでは警備費をめぐって問題があったため、2人の動きに先手を打ち、釘を刺した形だ。大統領の断固とした方針表明に国民は拍手の渦で応じ、ツイッター上では54万人近くが「いいね」と称賛した。

「サンキュー、トランプ大統領。米国民はヘンリーとメーガンの警護費に責任なし。代わりに国境の警備を」「よくやった」「素晴らしい決定、大統領」「その根性だ、大統領」「彼らは英国に戻れ」「カナダも望んでいない」「誰も異議なし」「米国を嫌っている人々のための支出はもう十分。米国第一だ」「国外追放せよ」「トランプがいる限り米国には行かないと言ったのを忘れるな」「甘やかされた子供がコロナで失業した米国民に警護費を払えって? 要求却下」「彼は米市民ではない。彼女は忠誠心がない。警備費はチャールズ皇太子が出せ」「トランプ大統領になったら米国を去ると言った同じメーガンが、税金の警護を求めるわけ? バイバイ、ガール」……など。

 テレビを見ていれば分かるように、トランプ大統領はほぼ連日、新型コロナウイルス対策チームとともに記者会見に臨む。超多忙の中、ツイートの時間がよくあると思うが、睡眠は1日数時間で十分というナポレオンみたいな体質だからできるのだろう。トランプ氏がツイートした数時間後、二人のスポークスマンが声明を発表した。「夫妻は米政府に警備を求める計画はない。個人の資金で警護する段取りをつけている」。
 それが当然で、警備にはローカルチームだけでも年間500万ドルはかかるそうだが、カナダでもそうすればよかったのに。

 ロサンゼルスに移住した2人は、メーガンの希望通りハリウッド近くに住めば、ハリウッドのエージェント、PR会社やビジネスのマネジャー、タレント・マネジャーが多数いて、支援ネットワークになる。彼らはオバマ前大統領夫妻の〝商才〟に感化されたそうだが、まず「講演」(講演料は標準1回20~30万ドル、二人なら50万ドル)、セレブ本の「出版」なら容易に800~1000万ドルのアドバンスが手に入る。このへんが出発点になるのだろう。

 友人もオバマ夫妻以下、テニスプレーヤーのセレナ・ウィリアムズ、ファッションデザイナーのミシャ・ノヌー、歌手ジェニファー・ロペス、かつての俳優仲間などがいるようだ。FOXテレビで時々、同局専属アンカーのピンチヒッターを務めているカナダ人の評論家マーク・スタインが先日、メーガンについてうまいことを言っていた。

「まず自分の家族と絶縁して、ハリウッド時代には得られなかった名声を英王室のおかげで手に入れた。今度はその王室と縁を切って、再びレッドカーペットの方を選んだ。彼女にとって唯一重要なのは、依然として、ハリウッドのセレブ・ライフなのだ」

 かつてのBクラス女優が今度は超セレブになって〝凱旋〟する。そこには4年前、彼女と同じように「トランプが勝ったらカナダへ移住する」と広言したバーブラ・ストライサンドらの俳優が今も残っている。約束通りに米国を去った者は1人もいないからだ。

 2人は今後、セレブ・ビジネスの傍ら、メーガンがヘンリーを連れて、「ハリウッド・レフト」と呼ばれるそんな世界に加わっていくのだろう。
草野 徹(くさの とおる)
1947年、北海道生まれ。1970年、早稲田大学第一法学部卒業、時事通信社入社。政治部、外信部、ニューヨーク特派員、外信部次長、ロンドン特派員を歴任して退社、その後、2001年米国へ。

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