山口敬之:日本は「コロナ下でも明るい米国」を見習え!

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明るい米国(写真は日常を取り戻しつつあるニューヨーク))
 アメリカ東海岸では今、「17年ゼミ」という変わった蝉の大量発生が始まっている。

 蝉の中には、13年とか17年間地中にいて、ある年一斉に地上に出てくる「周期ゼミ」と言われる種類がある。

 今年はワシントンDCやペンシルバニア州などアメリカ東海岸辺りの地中で、17年間木の根の樹液を吸って生き延びていた数兆匹もの蝉が、申し合わせたように一斉に地上に出てきて羽化し、町中を埋め尽くす。

 首都ワシントンDC周辺では、先週位から目立ち始めた。蝉の定位置である、立木の幹のみならず、電柱や電線、木製のフェンスや道路標識、ガードレールからコンクリート壁まで、地上から屹立している全ての構造物に赤い目の17年ゼミが佇んでいる。
山口敬之:日本は「コロナ下でも明るい米国」を見習え!

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フェンスに張り付く17年ゼミ
via 著者提供
 今年の蝉はあまり鳴かず、今のところ静からしい。しかし、17年前の記録を見ると、2004年の蝉、すなわち今年の蝉の親達は、日本の蝉と変わらない大音量で鳴いたので、締め切った室内にいても会話も出来ないほどうるさかったという。

周期ゼミはコロナに似ている

 過去に大発生を経験したことのあるアメリカ人にとっては「恐怖の17年ゼミ」だが、その生存戦略は極めて特異だ。

 どの蝉も数年から十数年地中にいて、ある年初夏に地上に出てきて交配し、短期間で死ぬ。

 蝉は体が大きいため行動が鈍く栄養価も高いため、他の動物にとっては格好のエサとなる。だから、同じ時期に成虫になる個体数が少ないと、天敵に大半を食べられてしまい、絶滅するリスクが高まる。しかし、大量の個体が一斉に成虫になれば、天敵も全ての蝉を食べ尽くす事はできないので、一定数は生き残りを期待できる。これが、普通の蝉の生存戦略だ。

 「短期集中」「大量発生」の生存戦略をさらに特別な形で進化させたのが「素数ゼミ(=周期ゼミ)」だ。8年とか12年などの合成数(=素数でない=割り切れる)の年間地中にいる蝉は、他の周期の同種セミと地上で鉢合わせする可能性がある。すると、これらの蝉は地上で交配し、次に生まれてくるのは周期の混じった交雑種という事になり、何年間地中にいるかは個体によって変わってくる。

 しかし、17年ゼミが、素数である「17」年間に一度だけ、同時に圧倒的な数が地上に出てきたらどうなるか。他の周期の同種のセミと出会うよりも、17年ゼミと出会う確率の方が格段に高くなる。すると、17年ゼミ同士の親から生まれた卵は、やはり17年間地中にいて、17年後に一斉に地上に出てくる。

 同じ素数周期のセミが同時に数兆匹も地上に出てくる事で、「その年だけは」他のセミを圧倒し周期を守って繁殖する。これが17年ゼミの「素数周期」と「圧倒的な発生数」の秘密である。

 もちろん、蝉が個々に考えて発生数や発生周期を選んだわけではない。これまでに様々な周期を持つ蝉がランダムに発生したが、その中で「ある地域で圧倒的な個体数を誇り」「しかもたまたま周期が素数だった」種類のセミだけが、「周期ゼミ」として特異な生存戦略を確立し得たのだ。

 この偶発的生存手法は、コロナウイルスの変異株に似ている。ウイルスは増殖の際に発生する「コピーミス」によって少しずつ変異するが、変異の種類によって、たまたま環境に適合して強い生存力を獲得するものが生まれ、従来のウイルスを圧倒して主流派にのし上がっていく。これを疫学の世界では「ウイルス干渉」と呼ぶ。

 今年大発生する17年ゼミは、まるでウイルス干渉とそっくりの経過を辿って、2021年に大発生をするのだ。
山口敬之:日本は「コロナ下でも明るい米国」を見習え!

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17年セミの戦略はコロナウィルスにそっくり?
via 著者提供

「飛び込み」で打てるワクチン

 そんな一風変わった蝉の大発生が始まっていたワシントンDC郊外メリーランド州ウィートンでは、武漢ウイルスワクチンの「予約なし」「誰でも」「どれでも」という、究極のコンビニ接種が行われていた。

 会場となったコストコは、日本でも展開している会員制の大規模スーパーだが、元祖アメリカでは、550店舗以上あり、たいていの地方都市では車で15分も走ればコストコが見つかる。店内には必ず医薬品やビタミン剤を売る一角があり、そこに臨時のワクチン接種スペースが設られているのだ。

 気が向いた買い物客は、調剤受付で申し込みをすれば、「ファイザー」「モデルナ」「ジョンソン&ジョンソン」の3種類から好きなものを指定して、その場でワクチンを接種してもらえる。

 今週コストコのワクチン会場を覗きに行った近隣住民によれば、行列は皆無で、待ち時間ゼロですぐに打ってもらえるという。
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米・コストコでは待ち時間ゼロでワクチン接種できるという
via 著者提供
 それもそのはず、アメリカでは4月末までに3億回分以上のワクチンが供給され、2億4000万回分が接種された。総人口の3割以上がワクチン接種を完了した計算だ。その一方で、ワクチン接種に否定的な人が、どの調査でも若年層を中心に4割近くいる。

 だから、現在のアメリカは「打ちたい人は皆打ち終わった」状態なのだろう。そして、人口の2割程度は「どう説得してもワクチンを接種しない人達」と見られている。

  だから、今残っているのは人口の3割程度の「打つかどうか、悩んでいる人」なのだ。

集団免疫獲得には程遠い米国の接種率

 武漢ウイルスのような新しい感染症を完全克服する唯一の方法が「集団免疫」という状態に達する事である。

 ご存知のように、ヒトはウイルスに感染したり、ワクチン接種をしたりすると、体内に抗体ができてウイルスに触れても感染・発症しにくくなる。

 「集団免疫状態」とは、その集団の7割程度の人が抗体を獲得している状態の事を指す。すると、感染者が非感染者に無差別で濃厚接触を繰り返しても、その集団の中では感染爆発が起きないので、行動制限が不要になる。

 ここで注意しなければならないのは、集団免疫状態とは「誰も感染しなくなる状態」ではなく、「感染爆発が起こらない状態」であるという事である。

 集団免疫獲得のために必要な抗体保持者の割合は60%〜90%の間と見られているが、はっきりとした数字がわかっているわけではない。

 アメリカ政府のコロナ対策チームのファウチ博士は昨年末、「70%から90%の間だろう」と発言している。要するに「少なくとも6割では足りない」という立場を明確にしたのだ。
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集団免疫獲得のためには70-90%の抗体保持者が必要とするファウチ博士
 集団免疫を獲得するために必要なワクチンの数は確保した。後は国民に打ちまくれば、アメリカは武漢ウイルスを「完全克服」できる。

 だからアメリカ政府と各州政府は「打つかどうか悩んでいる人」をターゲットとして、あの手この手のワクチン勧奨策を繰り出している。

 ワクチン接種を嫌がる人は、

 ①年齢的には若年層
 ②思想的には保守層
 ③人種的には黒人やヒスパニックなどマイノリティ層

 に多いという分析結果が出ている。

 だから、

 ①コストコなど大規模商業施設や大リーグの試合会場など若年層の来場が期待できる施設に臨時接種会場を設けたり、
 ②マスク嫌いの多い保守層向けに「ワクチン打てばマスクは不要」とアナウンスしたり、
 ③黒人やヒスパニックの多い地域に臨時接種会場を設けたりしているのだ。

 それでも、5月中旬段階で、アメリカでワクチン接種を完了した割合は35〜40%程度。ファウチ博士の言う「最低7割」という目標値には遠く及ばない。もはや、アメリカのワクチン接種率はいくら経っても7割には達しないという見方すら出ている。

 アメリカは世界最悪の感染者を出した。発症して治癒した人はもちろん、感染しても無症候だった人も、体内に抗体が出来ているはずだ。しかし、3000万人を超えた感染者も、人口比で言えば1割程度なので、ワクチン接種者と足しあわせても、抗体保持が期待できる人の割合は
5割に満たない。

それでも明るいアメリカ

 要するに、疫学的見地から言えば、アメリカという社会が早期に集団免疫を獲得する可能性は極めて低いのだ。

 ところが、アメリカ国内の空気は、どこまでも明るい。蝉の大発生が始まったワシントンDC郊外のメリーランド州の一部の地域の教育委員会は、小中高の学校のスポーツイベントなどの際に「マスクはしなくていい」という指針を発表した。ワクチンを打っていようと打っていまいと、マスクすらしなくてもいいというのだ。

 そしてついに5/22から、メリーランド州のほとんどの都市と郡で、レストランや飲食店のフル営業が再開された。無粋なアクリル板を残している店はほとんどない。理容室や美容室など、顧客との距離が近い職種の営業も再開された。アメリカ全体がコロナ前の社会に戻りつつある。

 しかも、誰もが「集団免疫は未達成」という事実を熟知している。累計60万人近い死者を出した武漢ウイルスによるパンデミック再発の可能性を否定できないのに、アメリカ経済は回り始めた。

 凄惨なコロナ禍を乗り越え、出口が見え始めた今、政治家は悲観的な物言いをやめ、メディアも前向きなニュースを流すようになった。

 今年もしアメリカでオリンピックが予定されていたとしたら、5月段階で開催に反対する人はほとんどいないだろう。
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スポーツイベントの「マスクなし」観戦も増加中のアメリカ

どちらが異常か

 蝉の仲間は世界中に分布しているが、「素数ゼミ」という特異な集団的進化を遂げた蝉は何と、アメリカ合衆国の、しかも東部にしかいない。

 集団免疫の獲得には程遠いのに、根拠なく、とにかく明るく前向きなアメリカ。

 アメリカよりも遥かに低い感染者/死者に抑えられているにもかかわらず、とにかく暗く後ろ向きな日本。

 どちらが正しいかを素人が断ずるのは詮ない事である。

 ただ、今年2回日米を往復した私にしてみると、「とにかく明るいアメリカ人」よりも、「とにかく暗い日本人」の方が、世界的に見れば「素数ゼミ」並みの希少種のような気がしてならない。
山口 敬之(やまぐち のりゆき)
1966年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。
1990年、慶應義塾大学経済学部卒後、TBS入社。以来25年間報道局に所属する。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部所属。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月、TBSを退職。
著書に『総理』『暗闘』(ともに幻冬舎)がある。

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この記事へのコメント

ホッとした人 2021/5/23 10:05

久し振りに、米のBLMでもなく、バイデン・トランプの対立でもなく、国民性の違いに焦点を当てた内容にホッとしています。

先ずは「コロナ」改め「武漢ウイルス」の登場、おめでとうございます!私は雪国の人間なので、コロナと言えばストーブでしかなく、間違っても太陽表面の超高温ガスなど浮かびません。

さて、日本政府もワクチン接種が上手く進まず、日本人の副作用を異常に恐れる国民性が妨害となっている、と発表している程ですから、山口さんが喝を入れたくなるのも分かります。

イスラエルや英国のワクチン接種への対応を見ていると、良いものは直ちに例外なく受け入れる民族性と、心配が絶えないまま、他国が完了するのを指を咥えて黙って見ている我が国の「安心・安全第一」というリスクを極端に恐れる国民性は、何れ「台湾・尖閣」辺りで、崩れて欲しいというのが私の願いです。特に苛め被害者の子供達が、自らを絞首刑にする価値観だけは、「台湾・尖閣」辺りで、何としてもひっくり返して欲しいと、切に願っております。

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