山口敬之:手のひら返しの「武漢ウイルス起源説」―米国の...

山口敬之:手のひら返しの「武漢ウイルス起源説」―米国の露骨すぎる不正義

露わになったアメリカの不正義

 アメリカは不正義の国だ。もう、そう認識して自衛しない限り、今以上の災禍が日本にふりかかる。

 今アメリカで起きている武漢ウイルスの起源論争は、
 ▶︎ウイルスがどう作られたか
 ▶︎ウイルスがどう漏れたか
 ▶︎アメリカがどう関与したか
 という3つの疑惑が焦点となっている。

 しかし、忘れてならないのは、
 ▶︎武漢ウイルス起源説は、数々の客観的傍証が示されていたにもかかわらず「陰謀論」として一年以上圧殺されていた
 ▶︎今月に入ってから、陰謀論を流布していた大手メディアが、手のひら返しを始めている。
 という、先月末から明らかになりつつある新たな「不正義」である。

 一番顕著な例を一つ挙げよう。アメリカの「高級紙」と呼ばれる、ニューヨークタイムズだ。

 ニューヨークタイムズは5月31日、ブレット・スティーブンス論説委員の「メディアの群集心理と武漢ウイルス研究所流出説」という論考を掲載した。
山口敬之:

山口敬之:

ニューヨーク・タイムズに掲載された、ブレット・スティーブンス「メディアの群集心理と武漢ウイルス研究所流出説」
via 著者提供
 この中でスティーブンス氏は

 ▶︎「今回のウイルスが、武漢ウイルス研究所から流出したという仮説が正しかったと証明された場合」という前置きをした上で、
 ▶︎それは、科学史に残るいくつものスキャンダルを内包しているとして、4つの疑惑を挙げた。

 ①武漢ウイルス研究所で「ウイルスの兵器化(機能獲得)」という倫理的に許されない研究所が行われており、
 ②この危険極まりない実験が技術的な貧弱な施設で行われていた事
 ③こうした事が人命よりもプロパガンダを優先する国家によって隠蔽されて、
 ④それで全世界にパンデミックという悲惨な事態をもたらした

 ただ、スティーブンス氏は、これら4つは、あくまでまだ疑惑であって今後の解明が急がれるとした上で、一つだけ確定した大問題があると指摘した。

 それは、「大手メディアとSNS企業が、この巨大スキャンダルをまともに扱ってこなかった」という事実こそ、メディアの大スキャンダルだというのだ。

 隠蔽の例としてスティーブンス氏は、昨年2月のトム・コットン上院議員の指摘を例に挙げる。
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山口敬之:手のひら返しの「武漢ウイルス起源説」―米国の露骨すぎる不正義

的確な主張をしたステイーブンズ氏
via 著者提供
 前回の記事で紹介した通り、コットン議員は昨年1/30、

 ・中国で感染爆発が起きているウイルスは地球規模のパンデミックを引き起こす可能性がある
 ・中国国内で最高レベルの設備を備えた武漢ウイルス研究所で、最も危険な病原体を使った研究が行われていることに注目すべきだ
 ・研究されていた病原体の中には、問題のコロナウイルスも含まれている
 ・「武漢の動物市場起源説」は、初期の患者が市場を訪れていないなど、仮説として疑わしい
 ・中国は都合の悪い事を、捏造したり隠蔽したりしかねないので、しっかりとした調査が必要
 などと発言した。

 コットン議員の発言は、今振り返っても極めて客観的で、しかも抑制の効いた、適切な指摘だった事がわかる。

 これに対して、大手メディアの反応はどうだったか?スティーブンス氏が挙げたのが、3つの例だ。

 ・ニューヨークタイムズのライバル紙、ワシントンポストは、コットン議員の主張を「専門家に繰り返し否定されたトンデモ論(fringe theory)」と切って捨て、
 ・中国研究を中心とし、中国共産党との太いで知られるパイプシンクタンク「大西洋評議会(Atlantic Council)」は、「間違いだと証明された武漢ウイルス研究所起源説を撒き散らすのは『インフォデミック(真実でない情報の大拡散による災禍)』だ」と非難し、
 ・ネット上では「中国嫌いの保守政治家がよく撒き散らすトンデモ理論」という論評が拡散されたと指摘した。

 このスティーブンス氏の指摘は、真実や検証すべき仮説が、アメリカという民主主義社会でどう葬られていったかを検証する、極めて重要な問題提起だ。

 日本でも、
 ▶︎当時日本で正しい警鐘を鳴らしていたのは誰か
 ▶︎誰が「陰謀論」を唱えて、なすべき検証を阻んできたか、
 ▶︎その人達は、今どんな発信をしているか

 しっかり検証する必要がある。

ニューヨークタイムズの卑怯な隠蔽

 ここまで読んでくると、一見、良心的で傾聴すべきオピニオン記事に思える。ところがこの記事すらも、ニューヨークタイムズという新聞社の、自己弁護のための、卑怯な弁明の一端を担わされている。

 スティーブンス氏は、武漢ウイルス研究所起源説を葬り去ったのは、ワシントンポストや親中派シンクタンクなどの「陰謀論」だと指摘した。

 それでは、次の記事は一体どこの新聞社のものか。
山口敬之:

山口敬之:

むしろ「武漢ウイルス研究所起源説」を陰謀としていた、過去のニューヨークタイムズの記事
via 著者提供
 「トム・コットン議員がまた、ウイルスの起源についてトンデモ理論(fringe theory)を繰り返す」

 これは、昨年2月17日のニューヨークタイムズの、アレキサンドラ・スティーブンソンという記者の署名記事だ。

 記事のポイントは3つだ。

 (1)コットン議員の陰謀論には根拠がなく、科学者に否定されて続けている
 (2)しかし、国内の反中勢力からは支持されている
 (3)トランプ陣営の元首席戦略官スティーブン・バノンも加担している

 そもそもコットン議員は、武漢ウイルス研究所から流出したと断定したのではなく、
 ・武漢ウイルス研究所でコロナウイルスに関する研究が行われていたという事実を示した上で、
 ・武漢ウイルス研究所から流出した可能性について、信頼できるやり方で検証すべきだ
 と言っていたに過ぎない。

 ところが、この女性記者は、ウイルスが武漢ウイルス研究所から流出した可能性を指摘すること自体を陰謀論と決めつけ、激しく非難する記事を書いたのである。

 こうしたメディアの論調こそが、「全ての可能性を虚心坦懐に検証する」という科学的な態度を封印させ、世界中を巻き込んだパンデミックの真実に迫る作業を妨害し続けていた。

 この記者は、6/9にはモンゴルでの感染拡大の記事を、6/3には中国でのマラソン大会の中止について中国の女性記者と連名で署名記事を書いている。他にも中国や中国外交の記事を多く書いているから、取材先の多くは中国共産党関係者なのだろう。問題の記事の文末には、小さなフォントで「カオ・リー」という人物が調査協力者として記載されている。おそらく中国人の取材協力者だろう。
 
 コットン議員の真っ当な問題提起に対して、「インフォデミック(真実でない情報の大拡散による災禍)」だ」と非難したシンクタンク「大西洋評議会」も、現代中国研究と対中外交について、積極的な発信と提言を続けている。

 こうした、日頃から中国側と密接な関係を維持している個人や団体が、「武漢ウイルス研究所起源説」を陰謀論と決めつけ封印する作業において、積極的な役割を果たしてきた事は、客観的事実として記録しておく必要がある。
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アレキサンドラ・スティーブンソン氏の記者証。中国との密接な関係が伺える。
via 著者提供
 もう一つ忘れてならないのは、スティーブンソン氏の記事の要旨の(3)だ。

 彼女はコットン議員の主張を、トランプ政権で首席戦略官をしていたスティーブン・バノン氏と繋ぎ合わせ、「いかにトランプ陣営が信用できないか」という印象操作に相当の字数を割いている。

 トランプ大統領自ら昨年4月に言及していた武漢ウイルス研究所起源説がほぼ完全に圧殺され、バイデン政権発足後にようやく再燃したのは、昨年アメリカで最も熾烈で最も醜悪な大統領選挙が戦われていた事と無関係ではない。

 「トランプ再選阻止」という政治的目的がジャーナリズムよりも優先するスティーブンソンのような自称記者の発信の集積が、ウイルスの真実追求という全人類的課題を妨害してきたという事実は、しっかりと記憶に留めておかねばなるまい。

対岸の火事ではない日本メディア:正面から検証せよ

 自らも武漢ウイルス研究所起源説に対して、陰謀論のレッテルを貼っていたニューヨークタイムズが、今になって、その事実には触れないまま当時のメディアの態度に反省を促す。

 この二重三重のニューヨークタイムズという新聞社の偽善に、嫌悪感を感じる人は少なくないだろう。

 何十万人もの死者を出したウイルスの真実に関する巨大な隠蔽と、隠蔽に加担していた大手メディア。そして、真実が明らかになり始めると、隠蔽に加担していた事すら隠蔽しようとする新聞社。

 腐敗と偽善の果てに、未だに「真実を暴こうとするポーズ」を取る。今アメリカで行われている全ての事が、不正義と茶番の連鎖なのだ。

 翻って、日本のメディアはどうか。

 武漢ウイルス研究所起源説をまともに扱った新聞があったか。トム・コットン議員の問題提起を正面から受け止めたテレビ局があったか。

 絶望感に浸っている余裕は、我々にはない。アメリカで行われている、不正義の中の危うげな真相究明の行方を、日本のメディアの撹乱に惑わされず、冷静に科学的に見つめ続けなければならない。
山口 敬之(やまぐち のりゆき)
1966年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。
1990年、慶應義塾大学経済学部卒後、TBS入社。以来25年間報道局に所属する。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部所属。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月、TBSを退職。
著書に『総理』『暗闘』(ともに幻冬舎)がある。

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この記事へのコメント

宏昌 2021/6/26 22:06

「卑怯」を平気で繰り返すということは、その人の人格が歪み崩れているということです。日本の武漢ウイルス対策不振の責任を国民に押し付ける卑怯、国会に「対中非難決議」をさせない卑怯。小学校3年生までに「正義と潔さ」が十分に染み込んだ少年少女に育て上げていればこのような事態にはならない、と仮定すれば、日本を正義の国にするためには最低でもこれから10年はかかることになります。話は飛躍していません。公立小学校教員採用試験の倍率が史上最低になったというのですから、日本の若者の中に「正義と潔さ」を育てる人材をどこに求めるべきでしょうか。

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