韓国総選挙、保守系野党大敗

 韓国の総選挙は与党(共に民主党・共に市民党)が全体の6割、180議席を獲得する圧勝、改憲以外何でもできるフリーハンドを得た。保守系野党(未来統合党・未来韓国党)は103議席で大敗だった。たぶん、日本のマスコミでも文在寅政権が武漢肺炎対策を現段階でたいへん成功させていること、武漢肺炎を理由に多額の現金をばらまく政策を公表しそれが多数の国民を引きつけていることなどが勝因とされるだろう。

 私が見るところ黄教安代表が率いる未来統合党(自由韓国党と新しい保守党などが合併)は韓国政治の危機から目をそむけ、戦うべき戦いをしなかったから必然的に負けたのだ。保守派知識人らはこの総選挙を「血を流さず自由民主主義を守れる最後の機会」ととらえていた。真の争点は、韓国が建国の国是である反共自由民主主義を守るか、親中従北全体主義の道に進むかの選択だった。文在寅政権勢力の武器は噓による煽動だ。保守派は「まただまされれば家畜の道、真実に目覚めれば自由人」というスローガンを叫んでいた。全国の6000人以上の大学教授らも、今の戦いは「右派と左派の戦いではなく真実と噓の戦いだ」という声明を出した。

 本連載でその動きを紹介し続けてきた良識的保守派の叫びは残念ながら国民の多数に届かなかった。昨年10月3日と9日にソウル中心地に100万近くの自由市民を集めて文在寅下野大集会を成功させた全光焄牧師はいま、留置場に監禁されている。集会などで自由韓国党を大勝させよ、などと演説したことが、事前選挙運動だとして選挙法違反で逮捕された。全牧師の演説が逮捕されるような犯罪なら、誰も政治発言ができなくなる。全体主義国家への足音が聞こえてくる。全牧師は獄中から毎日書信を公開して、真理の側に立って自由民主主義を守る戦いに立ち上がれ、と檄を飛ばし続けている。

 投票日の1日前の4月14日には、朝鮮日報に全面意見広告を出した。それを読むと、いま韓国が直面している巨大な噓との戦いの実態がよく分かる。題は「韓国現代史に対する左派の噓、噓で崩れる大韓民国、歴史を正しく知ることができず歴史から教訓を得ることができない民族は未来がない、全光焄牧師が若者たちに送る手紙」だ。歴史認識が歪むと国がここまで崩れていく、その実験をみるようだと私は繰り返し書いてきた。まさにそのことを指している。

 全牧師は広告で次の8つの噓を挙げて、それに対して真実を分かりやすく説いている。8項目を訳し、私が矢印の後ろで簡単に解説をつける。

1 1945年9月8日、米軍が日本軍を追い出してその代わりに韓国を植民地にしようとした?

2 南北分断の責任は米国にある?
→北朝鮮は韓国を米国帝国主義の植民地と位置づけており、韓国左派もその歴史観を受け入れている。しかし、米軍は韓国で自由な選挙を実施させて撤退することを目的にしていた。ソ連のスターリンは1945年9月に北朝鮮に反日政権を作れと北朝鮮を占領したソ連軍司令官に極秘で命じ、同年11月、北朝鮮には臨時人民委員会と称する政府が作られた。

3 6・25(朝鮮戦争)は韓国が起こした?
→韓国左派はいまだに朝鮮戦争は米軍が起こしたという古い説や、民族統一のための聖戦だったという説を信奉している。しかし、事実は金日成がスターリンと毛沢東の同意を得て奇襲南侵して朝鮮戦争を起こした。

4 米国は狂牛病で韓国人を殺そうとした?
→李明博政権発足後すぐに韓国のテレビ局が米国が輸出拡大を求める米国牛肉を食べると狂牛病で死ぬというデマを流し、そのデマを悪用して左派が連日反李明博ろうそくデモを続けた。

5(2002年6月に米軍特殊車両でひき殺された)美善さん、孝順さんは米軍が意図的に殺した?
→単純な交通事故を左派が米軍の殺人事件だと宣伝し、反米ろうそくデモが起き、その雰囲気のなかで左派の盧武鉉が大統領選挙で当選した

6(事故で沈没した旅客船)セウォル号は朴槿惠が故意に起こした事件だ?

7 朴槿惠は弾劾されるべき犯罪を犯した?
→セウォル号事件は荷物の積み過ぎなどが原因で起きた海難事故であり、朴槿惠大統領が救助作業をせず青瓦台で親友の崔順実に会っていたなどという弾劾キャンペーンは全て噓だった。朴槿惠大統領はワイロをまったくもらっておらず、ワイロとされたお金は合法的につくられた財団への大企業からの寄付金などだけだった。

8 文在寅は4・3事件(1948年、済州島で韓国を建国するための選挙を妨害するために共産主義者らが起こした武力蜂起)の記念行事演説で4・3事件を「済州島がまず統一国家の夢を見て犠牲になった事件」と規定した?
→今年4月3日、文在寅大統領は共産勢力による武装蜂起をあたかも政権の弾圧の犠牲者だったかのように美化する演説をした。ところが、保守野党は文在寅演説の危険な歴史認識をまったく問題にしていない。

 この8つとも、みなこの間、左派勢力が拡散してきた噓の歴史認識だ。それを一言で要約すると、反韓従北自虐史観だ。韓国は建国されてはならなかった汚れた国で、北朝鮮こそが民族の正統性を代表するという歴史認識だ。そしてこの8つには入っていないが、噓の歴史認識の代表が慰安婦強制連行などに代表される反日歴史観だ。それに正面から挑戦したのが李栄薫教授らの『反日種族主義』だと本連載で繰り返し書いてきた。

 李栄薫教授らは、黄教安代表をはじめとする野党政治家に野党主催で反日歴史認識の間違いを正すセミナーを開催せよと提案したが、世論を恐れて逃げられてばかりだった。噓の歴史観と戦わないから野党は惨敗するしかなかった。

 一方、政権与党側は、今回の選挙の争点は親日派への審判だというおかしなキャンペーンを展開し、比例候補に慰安婦の噓を世界中に広めている挺対協(挺身隊問題対策協議会。現在、「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」に改称)の尹美香代表を立て、当選させた。国会のなかで噓の反日は強まるだろう。

 毎週水曜日に日本大使館前で慰安婦像撤去を求める集会を行い続けている良識派知識人は、挺対協代表の比例擁立を撤回せよとの声明を出した。彼らこそ韓国保守の希望だ。

尊敬する〝金与正〟同志

 先月号本連載で書いたように、金正恩政権は「感染者ゼロ」を言い続けているが、北朝鮮では武漢肺炎が蔓延している。3月下旬で、死者が1万人だという驚くべき内部情報に接した。肥満で心臓と肺などに疾患がある金正恩は早々と平壌を逃げ出し、元山などの豪華別荘で暮らしている。行事があるときだけ平壌に出てくる。平壌の労働党庁舎では、妹の金与正が金正恩に代わって独裁政権を率いている。

 3月3日には与正の名前で、韓国の文在寅政権を激しく非難する談話文が、また3月22日にはトランプ大統領が金正恩への親書を送ってきたことに感謝する米国への談話文が公表され、政権ナンバーツーとしての地位を内外に示した。

 内部から伝わってきた情報によると、金正恩は数年前から自身の健康に不安を覚え、もしもの場合に備えて与正への権力委譲の準備をしているという。今年に入り、国内での武漢肺炎蔓延という危機に瀕してその作業の最終段階に入ったようだ。

 金正恩の健康は悪化している。腎臓、心臓、肺が悪い。不整脈が出ていて、息苦しいのか息が荒い。不眠症で、夢に自分が殺した張成沢ら最高幹部が出てくるらしい。それでスイス製のチーズをつまみに、ブランデーなど強い酒を暴飲するという。日常業務に差し障りがあるまで健康状態は悪いらしい。ときどき対外活動をするのは、健康悪化を外部に知らせないためだ。もちろん、最高権力者の健康状態は極秘事項だから、以上の話も「こういう情報がある」という理解をしていただきたい。金正恩が与正に権限を集める作業を進めていることは間違いない事実だ。そこで与正について、私が最近入手した内部情報を紹介しよう。

 与正は1989年9月生まれ、現在30歳だ。金日成大学経済学部短期特設班(6カ月コース)を卒業したという。年齢には諸説あるが、私の情報は与正と同時期に金日成大学に在学した関係者の話だ。昨年12月末の労働党中央委員会全員会議で、すでに「労働党中央委員会副部長」だったのに、新しく「同第一副部長」に任命された。具体的にどの「部」なのかは公式には明らかにされていない。内部情報では、金正恩の随行秘書的な役割を果たす宣伝煽動部一号行事担当第一副部長から、「党の中の党」と呼ばれ、独裁体制の要である組織指導部の第一副部長に転じたという。すでに数年前から組織指導部が持つ党、軍、政府の局長級以上の人事権が彼女の手に委ねられていたという内部情報もある。なお、後任の宣伝煽動部一号行事担当副部長には、金正恩の愛人とされる玄松月・三池淵管弦楽団団長が就いた。

 内部情報では、すでに昨年7月21日、中央党幹部らに「与正は組織指導部副部長、玄松月が宣伝扇動部副部長に就任した」と非公開で伝達されたという。玄松月を宣伝扇動部副部長に、少し前に崔善姫を第一副外相に任命したのも、女性を重用する雰囲気をつくって与正体制に抵抗感を持たせないための布石だという。与正は結婚していたが、離婚した。与正に権力が集まると夫一族が権勢を振るう危険があるので、それを事前に除去する目的だという。玄松月も離婚している。今年に入り、党や軍、政府などに対して「尊敬する金与正同志指示文」が下されている。私は1月に三池淵の工事に取り組む軍部隊にその指示文が出たと聞いていた。「今日の難局をどのように克服するか」というような題だったという。

 朝鮮日報(3月25日付)は「金正恩国務委員長の妹である金与正労働党中央委員会第一副部長が最近、連続して対南、対米談話を発表する中、労働党内部で『尊敬する金与正同志指示文』が下達されていることが24日に明らかになった」「北朝鮮内部では『金与正が軍隊事業を除外した政治・外交分野を担当している』という評価が出てきていると伝えられている」と書いた。

 政治犯収容所出身の脱北者人権活動家である姜哲煥氏は、自身が主宰するYouTubeで3月28日に、2月頃から「尊敬する金与正同志」という尊称が彼女に使われており、その尊称で指示文が出ている、と伝えた。同氏は3月23日のYouTubeでは、金正恩から党、国家、軍幹部に金与正の指示は党中央の指示、格別な姿勢で「モシラ」(仕えよ)という指示が出た、「モシラ」という動詞は北朝鮮では首領に対してのみ使うので、与正の指示を党の方針と命令として受け入れよという指示だ、と明らかにしていた。

与正の絶大な影響力

 北朝鮮内部では与正に対する個人神格化作業も進んでいるようだ。「彼女には神の気がある」「与正のほうが金正恩より頭が鋭利で良い」「過去に金正日が、与正が男の子だったら後継者にしたいといっていた」などという話が広められているという。

 与正にも金正恩と同じレベルの警護がついた。
 2月から護衛総局が2つに分かれて、第一護衛局、第二護衛局になっている。第1が金正恩、第2が与正担当だという。このような体制は金正日が後継者に決定されたあと、第1が金日成、第2が金正日になったとき以来のことだ。その意味で与正は金正日並みの後継者の地位を得たと言えるのかもしれない。

 昨年12月に、与正が金正恩に対してどれほどの影響力を持っているのか分かる出来事があった。これも内部情報だが、金正日は昨年末に米国を挑発するため、太平洋まで進出できる大型潜水艦からSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の発射実験をしたいと考えていた。金正恩は9月に、12月25日までに大型潜水艦を完成させてSLBMを発射できるように準備せよと命令した。しかし、潜水艦は未完成、SLBM発射システムも不安定で、発射すると潜水艦が沈没する恐れがあると報告された。

 SLBMの発射実験ができなくなったので、人民軍が太平洋へのICBM(大陸間弾道ミサイル)発射を検討した。だが、米国が軍事行動を取ると予想した軍以外の幹部らが与正に情報を集め、与正が金正恩を説得してICBM発射実験の保留を決定させた。直接金正恩に話を持っていくと、金正恩は感情が不安定で突発的に決断する恐れがあるので与正に説得を求めたというのだ。

 北の〝兄妹政権〟が追い込まれていることは間違いない。
西岡 力(にしおか つとむ)
1956年、東京生まれ。国際基督教大学卒業、筑波大学大学院地域研究科修了。延世大学留学。外務省専門調査員、月刊『現代コリア』編集長を歴任。2016年、髙橋史朗氏とともに「歴史認識問題研究会」を発足。正論大賞受賞。「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)」会長。朝鮮問題、慰安婦問題に関する著書多数。

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