西岡力:北朝鮮で「紙幣」が刷れない!

西岡力:北朝鮮で「紙幣」が刷れない!

深刻化する外貨不足で臨時通貨を発行

 北朝鮮がついに自国の紙幣を刷ることができなくなった。経済制裁による外貨不足と中朝国境閉鎖などのため、紙幣印刷に必要な紙と印刷資材を中国から輸入できなくなり、北朝鮮は9月に質の悪い国産の紙と印刷資材を使って印刷した「中央銀行トン票」(臨時通貨)を発行した。平時に中央銀行が自国通貨を発行できなくなり、臨時通貨を出すことはまさに体制危機の象徴だ。

 私は9月中旬に「トン票」の写真と関連内部文書、そして最近には関連情報を入手した。まず、「トン票」の写真を見せる。
トン票(表)

トン票(表)

トン票(裏)

トン票(裏)

 通常の紙幣より紙が薄くペラペラだ。表面には中央に平壌の凱旋門が描かれ、その左に、

 「朝鮮民主主義人民共和国 
 中央銀行 
 トン票 
 主体110(2021)年」

 と印刷されている。

 また、凱旋門の左下と右上に「5000」という数字が、右下にハングルで「五千ウォン」と印刷されている。裏面には中央に「5000」と大きい赤字があり、その左上には「朝鮮民主主義人民共和国 中央銀行」、右下にはハングルで「五千ウォン」と印刷されている。

韓国メディアは誤報のオンパレード

 韓国の一部メディアもトン票発行について報じている。たとえば、東亜日報(9月8日付)は「北、住民のドルをかき集めか、19年ぶりに外貨交換『トン票』発行」という記事で次のように書いた。

 〈北朝鮮が最近、19年ぶりに「トン票」を発行したことが分かった。 トン票とは外貨と交換して使用させる紙の貨幣で、北朝鮮当局が住民の外貨使用を制限し、政府が外貨を確保するための手段として使用してきた。専門家らは、紙幣の発行について、「対北朝鮮制裁で外貨高が底をつき、住民が保有している外貨まで回収しようとする措置である可能性がある」と分析した〉

 北朝鮮情報を専門に扱うデイリーNK(9月23日付)、VOA(ボイス・オブ・アメリカ)韓国語版(9月25日付)も今回発行された「トン票」が外貨と交換させて使う通貨だと書いた。

 しかし、私が入手した内部文書「中央銀行のトン票の発行と関連した解説資料」(以下「解説資料」)と内部情報によれば、これらの報道は誤報だ。

 今回発行された「トン票」は1970年代に発行が始まり、2002年に廃止された「トン票」とは発行目的と機能が完全に異なっている。前回の「トン票」は、正確には「外貨と交換するトン票」と呼ばれていた。外貨を持つ外国人や住民に対して、国内で外貨を直接使うことをさせず、手持ち外貨を「外貨と交換するトン票」に交換させて、外貨を集めたのだ。一方、今回の「トン票」は国内通貨の代わりに発行された「臨時通貨」だ。

※強調は編集部
西岡力:北朝鮮で「紙幣」が刷れない!

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解説資料から見る「トン票」発行の意図

 私が入手した解説資料は、トン票発行の意図について以下のように書いている。

 〈(略)国の貨幣流通を円滑にして生活上の条件を保障するために中央銀行トン票を発行するための措置を取りました。
 中央銀行トン票を新しく発行することに対する国家的措置は民族貨幣制度を強固にして朝鮮労働党第8回大会が提示した闘争綱領を高く掲げて社会主義建設に新しい勝利を完遂していき人民生活を安定、向上させるための崇高な意図が込められています。〉

 「国の貨幣流通を円滑に(する)」とされていることに注目したい。ここで問題とされているのは外貨不足ではなく、国内の貨幣流通が円滑でないということなのだ。

 さらに解説資料はトン票発行の目的について次のように書いている。

 〈(略)多くの企業体が生産活動に必要な内貨需要を充足するさせることができないので、人民の消費を生活が楽になる水準で活性化できず、党にて一番心を配っている人民生活安定と向上のための事業に難関が造成されているためです〉

 つまり外貨ではなく、内貨すなわち北朝鮮の貨幣が足りないので、満足に生産活動ができず、人民の生活が苦しいから、トン票を発行すると言っている。

 ではなぜ、貨幣を増刷しないでトン票を新たに発行するのか。解説資料はこう書いている。

 〈中央銀行トン票はすべてのものが不足し困難な環境の中で輸入資材ではない我が国の原料と資材で作ったため中央銀行券より多少質が落ち使用に不便な点があり得ます〉

 北朝鮮は工業力が低いため貨幣印刷に必要な高品質の紙や印刷資材を国産できない。これまでそれらを中国から輸入してきた。ところが、経済制裁の結果の外貨不足と昨年からの中朝国境封鎖でそれらを輸入できなくなった。その結果、市中に流通する貨幣が不足し、経済活動に支障が生じることになった。それで質の悪い、ペラペラ紙で汚い印刷のトン票を貨幣の代わりに「臨時通貨」として発行することになったのだ。
西岡力:北朝鮮で「紙幣」が刷れない!

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ミサイルを発射している場合か!

深刻化する北朝鮮の体制危機

 トン票配布直後には、2009年の貨幣改革の再来で、現在所持している貨幣は使えなくなるのではないか、という噂が拡散し混乱が起きた。当初は、多くの住民がトン票を受け取ることを嫌がった。しかし、繰り返し中央銀行と地方銀行が一般紙幣と同様に扱うと保証をし、当局も必ず通常の通貨と交換できると強調しているので、現在は一定程度流通しているという。

 解説資料でも繰り返し、これまでの貨幣と同じ価値を持つ、1対1で交換すると次のように強調している。

 〈中央銀行トン票は中央銀行が担保して発行している現金と同じ地位を持って発行、流通される臨時通貨であり、現在流通している現金とまったく同じ価値で流通および支払い手段、貯蓄手段などの機能を遂行します。
 繰り返し言うなら、新しく発行される中央銀行トン票はいま私たちが日常的に利用している現金と同じくどのような制限もなく使用でき、現在利用している現金と自由に交換できます〉

〈中央銀行トン票は一定の期間流通したら銀行で中央銀行券と1対1で交換してもらうことになります。〉

 ただし、先に書いたように紙がペラペラで印刷もよくないので、何回か使ったら破けるのではないかと見られており、偽札が作りやすいという欠点もある。

 その点について解説資料は以下のように書いている。

 〈すべての公民はトン票が今、使っている中央銀行券より紙が良くないことをよく理解し、トン票をオカネのカバンに必ず入れて丁寧で清潔に利用し、すぐに汚れたり破損したりさせず少しでも長い期間利用するように愛国心を発揮しなければなりません〉

 〈トン票に仕込まれている偽造防止技法をよく知って偽トン票が流通しないようにしなければなりません〉

 〈すべての公民は中央銀行トン票の利用過程で偽造、変造されたトン票を発見したら、即時に該当法機関と銀行に知らせて、偽トン票が広がらないように注意を向けなければなりません〉

 10月初めの時点で、すでにパソコンなどを使って偽トン票が作られ、流通し始めていると聞いた。

 では、このトン票は誰に配られたのか。私が入手した情報では、最近まで稼働していて資金不足のため稼働が止まった企業所と、放っておくと飢え死にするかもしれない最貧階層に9月に入って無償で配られたという。前者の場合は、その企業所の規模に合わせて配布額が決まり、後者は1世帯10万ウォンだったという。ただ、この配布先と金額については解説資料には記載がないので、別の情報源からの確認作業を進めているところだ。

 ついに北朝鮮は自国で自国紙幣を印刷することができず、ペラペラ紙の臨時通貨を発行せざるを得ない状態まで追い込まれた。体制危機はここまで深化している。

【西岡力】北朝鮮、紙幣すら刷れないほど追い込まれていた【WiLL増刊号#667】

本件を解説した西岡先生の動画はコチラ!
西岡 力(にしおか つとむ)
1956年、東京生まれ。国際基督教大学卒業、筑波大学大学院地域研究科修了。延世大学留学。外務省専門調査員、月刊『現代コリア』編集長を歴任。2016年、髙橋史朗氏とともに「歴史認識問題研究会」を発足。正論大賞受賞。「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)」会長。朝鮮問題、慰安婦問題に関する著書多数。

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