パウエル弁護士は、トランプ氏が14日、Twitterで「われわれのすばらしい弁護士たち」と紹介したことから、トランプ陣営の弁護団の一員とみなされてきた。
続いて登壇したパウエル弁護士は、問題のドミニオン社が各州に提供した集票ソフトを通じて、トランプ氏の票が消去されたり、バイデン氏に変更されたりするなどの不正が行われたと明言。さらにベネズエラや中国、クリントン財団、ジョージ・ソロス氏などが不正に関係している可能性を示唆した。
ところがそのわずか3日後、トランプ弁護団は驚くべき発表を行った。
この発表に対し、パウエル氏もトランプ陣営の発表を追認し、こうコメントした。
「私は引き続き、アメリカの国民を代表して戦い続ける。国民は、トランプ氏と共和党を選んだが、DominionとSmartmaticに票を奪われた。私たちは間もなく訴訟を起こす。何が起こるかわからないが、我々はアメリカ合衆国の基盤を守り抜く」
大手メディアの報道
___________________________________
【11月23日 AFP】米大統領選で敗北が確実になったドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領の陣営は22日、大統領選に関する根拠の無い陰謀論を主張し、広く嘲笑の的となっていた弁護団の一員だったシドニー・パウエル(Sidney Powell)弁護士とは無関係だと明らかにした。(中略)
トランプ氏の再選を阻む「国家的な陰謀」が進んでいると証拠を示すことなく主張した。
パウエル氏はこの会見で、大統領選ではジョー・バイデン(Joe Biden)前副大統領が選挙人306人を獲得して勝利を確実にし、得票数でも600万票以上の差をつける見通しにもかかわらず、232人しか獲得していないトランプ氏が圧勝したと力説した。
___________________________________
要するに、パウエル弁護士は「根拠のない陰謀論を撒き散らしたから解任された」というのだ。そして記事全体に、トランプ陣営による選挙不正の追及そのものを「荒唐無稽(こうとうむけい)」と印象付けるような意思が強く滲(にじ)んでいる。
ところが、この報道には強いバイアスがかかっていることがほどなく明らかになった。
トランプ弁護団の正式メンバーであるベテラン弁護士リン・ウッド氏が「パウエル氏は私と似た者同士だ。私たちは『異なる法律分野』で同じクライアント・アメリカ国民のために戦っている。アメリカ国民はトランプ氏の再任を選んだ」とパウエル氏を支持する意思を表明した。
AFP通信が書いたように「根拠のないデマを流布し」「広く嘲笑の対象になっていた」からトランプ弁護団から解任されたのであれば、弁護団の正式メンバーがパウエル弁護士についてこういう発言をするはずはない。
明らかな偏向記事だが、アメリカではほとんどの大手メディアが似たような記事を配信した。こうした「メディア」は、ジャーナリズムではなく特定の政治勢力に属するプロパガンダ機関と見るべきだ。
そして日本のメディアも、産経新聞など多くの新聞・テレビが同じコンテクストで報道した。これら「日本語メディア」も、アメリカメディアの偏向報道を鵜呑みにし、日本語に直すだけの「翻訳メディア」と見なした方が、読者としては安全だろう。
パウエル離脱の真相
重大なヒントとなるのが、トランプ弁護団の「離脱声明」の前日に行われたパウエル弁護士の発言だ。
保守系メディア「ニュースマックス」のインタビューに応じたパウエル弁護士は、こんな発言をした。
「20日に再集計を終えたジョージア州に最初の焦点を当てる。ブライアン・ケンプ知事とブラッド・ラッフェンスパーガー州務長官が不正に加担し、両者の家族が同社から金銭的な利益を得たとして、州捜査当局が調査する必要がある」
問題なのは、ケンプ知事とラッフェンスパーガー州務長官は、共和党の政治家であることだ。
大統領選挙と同時に行われた上院選挙で、ジョージア州の勝敗は大接戦となり、決着が来年1月5日の決選投票に持ち越されている。上院の勢力は共和党と民主党が拮抗(きっこう)しており、ジョージア州の選挙結果は、今後数年にわたってアメリカ政治の力学を大きく左右する。
さらに、トランプ弁護団の選挙不正追及の展開によっては、連邦議会が大統領と副大統領を決める事態もあり得る。1月5日のジョージア州の決選投票は、共和・民主両党にとって「絶対に負けられない戦い」なのだ。
ジョージア州内共和党の結束が喫緊の課題となる中、パウエル弁護士が不正に加担したとして共和党の知事や州務長官を名指しした。
共和党としては、対応の選択肢は2つしかない。パウエル弁護士と距離を置くことでジョージア州内の結束を図るか、あくまでパウエル弁護士と手を携えて「全ての不正を暴く」路線を堅持するか。
共和党の重鎮であり、政治家としてニューヨーク市長を務めたジュリアーニ弁護士としては、もちろん前者の対応をするしかなかった。翌日、ジュリアーニ氏の指示でパウエル弁護士の「離脱声明」が発表された。
しかし、ジョージア州での選挙不正を指摘するパウエル弁護士の主張が、荒唐無稽なものでないことは、トランプ弁護団のリン・ウッド弁護士自身が認めている。
ジョージア州出身で「23年無敗」を誇る辣腕弁護士であるウッド弁護士自身、パウエル離脱後もジョージア州での選挙不正を暴く発信を繰り返しているのだ。
元々ケンプ知事は「名ばかり共和党員」(Republican In Name Only)と揶揄(やゆ)され、民主党との癒着が噂されていた人物だ。そして、問題の集票ソフト採用で巨額のリベートをドミニオン社から受け取った疑惑も報じられている。今回の選挙不正問題は、民主党のみならず共和党をも巻き込んだ巨大スキャンダルに発展する可能性を秘めているのだ。
しかし、政治の現実として、トランプ陣営の不正追及は、共和党の支持を失えば瞬時に頓挫(とんざ)する。現在不正摘発の最前線に立っているのは激戦州の共和党支部なのであって、共和党が「撃ち方ヤメ」の決定をすれば、トランプの闘いは立ち行かなくなるのだ。
パウエル弁護士がバイデン・民主党陣営のみならず、共和党や政府部門を含め「全ての不正を暴く」という姿勢を堅持する以上、今回の「別離」は至極当然であり、自然な展開だった。
トランプ大統領は11月26日、トランプ政権の初代国家安全保障担当補佐官、マイケル・フリン氏に恩赦を出した。「身内への恩赦」は、早くも反トランプ勢力から激しい批判が出ている。
このフリン氏の弁護人こそ、パウエル弁護士だ。大きな注目を浴びていたフリン氏の訴訟が完全に終結したことで、パウエル弁護士は「選挙不正の聖域なき追及」に集中できるようになった。
フリン恩赦は、アメリカ政界全体を巻き込んだ巨大スキャンダル告発という未踏の荒野に、独り足を踏み入れたパウエル弁護士への、トランプの餞(はなむけ)という見方もある。そして、こうしたトランプ政権と共和党内の政治力学こそ、本来アメリカの大手メディアが知り尽くしているものだ。にもかかわらず、パウエル弁護士の離脱を「解任」と表現し、選挙不正の主張を「嘲笑の的」と断じた日米の大手メディア。
パウエル弁護士がこうした組織的侮辱を覆すことができるかどうかは、裁判所とアメリカ国民が納得できる「決定的な選挙不正の証拠」を示せるかにかかっている。