消されたツイート
このアカウントはNATOの公式アナウンスがいち早くツイートされる他、NATO事務総長のイェンス・ストロベンブルクや広報官、NATO加盟国要人の発信をリツイートしている。正直ごく事務的なアカウントであり、私の様にロシア情勢をウォッチしている者でない限り、フォローしても大して面白いアカウントではない。
しかし、3月8日の国際女性デーにこのアカウントに投稿されたツイートは大きな騒動となった。問題のツイートがこれだ。
全ての女性と少女は自由で平等に生きるべきだ。
国際女性デーにあたり、我々はウクライナの素晴らしい女性に思いを致す。彼女たちの強さ、勇気、強靭さはウクライナという国の精神を象徴している。
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削除の理由は、欧米の公式機関にありがちな感動を強要するツイートの文章のせいではない。このツイートに添えられた、ウクライナ戦争に立ち向かうウクライナ女性の群像が問題とされたのだ。
薄暗い病院で浮かび上がる女医、3人の幼な子を連れて非難する母親らしき女性の後ろ姿などの写真と共に、迷彩の戦闘服に身を包んだ女性の写真があった。
この写真の何が問題だというのか。NATOの広報官は雑誌『ニューズウィーク』の取材に対してこう弁明したという。
"As part of an International Women's Day collage for social media, we posted an image from stock footage of an international agency," a NATO official told Newsweek. "The post was removed when we realised it contained a symbol that we could not verify as official."
「私たちは国際女性デーに合わせたコラージュに、通信社が配信した写真を使った」と、NATO高官は本誌に説明した。「公式なものと確認できないシンボルが含まれていると気づいて、すぐに削除した」。
このウクライナ女性の戦闘服に縫い付けられた「シンボル」が問題とされたのだ。
問題の「シンボル」
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黒い太陽(くろいたいよう)は、12個の放射状のジークルーネ(ᛋ)あるいは3つの重ね合わせた鉤十字(卐)で構成された、秘教的シンボルの一つである。名はドイツ語のSchwarze Sonneに由来し、このシンボルはまた日輪を意味するSonnenradとして知られている。最初に登場したのは、国民社会主義時代に親衛隊長官ハインリヒ・ヒムラーが親衛隊の中心地となることを意図して改造・拡張した古城ヴェヴェルスブルク(Wewelsburg)の北塔の一室、「親衛隊大将の間」(Obergruppenführersaal)に埋め込んだ日輪の形をした似たような床飾りである
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NATO加盟国ドイツのみならず、欧州ではナチスと関連するシンボルや仕草自体が厳しく禁止されているから、NATOが公式ツイートを削除せざるを得なくなったのは当然だ。
しかし、削除で問題が解決したわけではなかった。最大の問題は、この写真がウクライナ政府軍の参謀本部が公式ツイッターで公開したものだったことだ。今回の騒動によって、NATOが許容できないネオナチのシンボルを身につけた兵士や部隊がウクライナ正規軍に入っているという事実が広く知られるようになった。
「ネオナチ勢力」について全く伝えない日本メディア
NATOのツイート削除を詳報したニューズウィークの記事はこう続く。
The first of the four images included what appeared to be a Ukrainian servicemember bearing a "Black Sun" on the chest area of her military fatigues. The symbol, also known in German as "Schwarze Sonne" or "Sonnenrad," is rooted in Nazi occultism and has been brandished by far-right elements across the globe, including in Ukraine, where it is featured on the official logo of the National Guard's Azov Regiment.
NATOのツイートに添えられた4枚のうち最初の写真には、戦闘服の胸に「黒い太陽」の徽章をつけていた。問題の徽章は、ドイツ語でシュバルツェ・ゾンネ(黒い太陽)またはゾンネンラート(日輪)と呼ばれるもの。ナチスのオカルト的な秘儀に使われたとされるシンボルで、今では世界中の極右が誇らしげに見せつける図案となり、ウクライナの準軍事組織「アゾフ連隊」の公式ロゴともなっている。
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アゾフ連隊のシンボルは、「黒い太陽」と「ヴォルフスアンゲル」を組み合わせたものだ。
したがって現代社会ではヴォルフスアンゲルはネオナチ集団が愛用するシンボルとなっており、欧州のほとんどの国では「鉤十字(ハーケンクロイツ)」や「黒い太陽」と同様、公の場で掲出することを禁じられている。
国連人権高等弁務官事務所は、アゾフ連隊について「大量略奪、違法な拘禁、拷問などの戦争犯罪を行なっているネオナチ組織」と断定する報告書を発表している。報告書では、アゾフ連隊が2014年9月から2015年2月までの間に、民間住宅の略奪、および民間地域を標的にした攻撃を行ったことなど、組織的犯罪行為が具体的に示されている。
また、アゾフ大隊は国境を越えたネオナチネットワークの重要な拠点と指摘されている。実際、彼らは外国人戦闘員を広く受け入れており、思想教育と軍事教練を行なっており、カリフォルニアのネオナチ組織との連携も判明している。
2019年、ニュージーランドの都市クライストチャーチのモスクで発生した銃乱射事件の実行犯でオーストラリア人のブレントン・タラントは、アゾフ連隊で軍事教練を受けた白人至上主義者だった。中国共産党によるウイグル人の弾圧について、キリスト教以外の宗教を邪教と断じるタラントは「100万人のイスラム教徒を消滅させた」として、虐殺そのものを肯定し称揚していた。こうした危険な人物に、殺傷能力の極めて高い襲撃用自動小銃の扱い方をアゾフ連隊が教え込んだからこそ、たった1人で2カ所のモスクを襲撃して、51人もの無辜の人々を殺戮できた。
情勢は「ファクト」で理解すべし
親露派のヤヌコヴィッチ政権が崩壊して3カ月後の2014年5月2日、南西部の要衝オデッサで、親欧米派のデモ隊とロシア系住民が衝突。ロシア系住民が避難した建物に暴徒が放火するなどして、ロシア系住民少なくとも50人が惨殺された。衝突を激化し、殺戮を実行したのが、親欧米派のネオナチ勢力だった。
ロシア政府はこれまで、ウクライナのネオナチ勢力について数々の「疑惑」を主張してきた。
アゾフ連隊については、ロシア軍の部隊が包囲している複数の都市で「彼らが市民を人質に取っている」、ロシア軍が砲撃したとされている人道回廊を「アゾフ連隊が塞(ふせ)いでいる」、ロシア軍が空爆したとされている東部マリウポリの産科医院を「彼らが占領していた」と主張している。
しかし、日本の報道ではこうしたロシア側の主張はおろか、アゾフ連隊などウクライナ政府軍にネオナチ勢力が混入しているという事実すら伝えられない。だからこそ、ウクライナ政府軍に義勇兵として参加する日本人の動きも極めて肯定的に伝えられている。
しかし、日本のメディアが伝えなくても、ウクライナ政府軍にネオナチ勢力が入っている事は紛れもない真実である。そしてこうしたウクライナ国内の極右勢力の動向は、ウクライナ情勢の本質を理解するために不可欠なファクターの一つである。
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Ukraine's own experience with Nazism has been the subject of great debate within the country and abroad. Ukraine was occupied by Nazi Germany from 1941 to 1944, and while some Ukrainians fought against the invaders, some nationalists, such as Stepan Bandera, who sought independence from the Soviet Union, chose to collaborate with Berlin against Moscow. Ukraine today considers both Nazi Germany's Holocaust and the Holomodor famine that took place under Soviet rule about a decade earlier to be genocides inflicted upon the Ukrainian people.
ウクライナとナチスとの関係は、国内外で大きな議論のテーマになっている。
ウクライナは1941年から1944年にかけてナチス・ドイツに占領された。この時、一部のウクライナ人は侵略者に抵抗したが、ソ連からの独立を模索していたステパン・バンデラのようなナショナリストたちは、ナチス・ドイツと協力してソ連と戦うことを選んだ。現在のウクライナでは、ナチス・ドイツによるホロコーストも、その約10年前にソ連の統治下にあったウクライナで起きた人為的な飢饉「ホロドモール」も、ウクライナ人に対するジェノサイド(大量虐殺)だったと見なされている。
1991年に独立を果たした後のウクライナでは、ビクトル・ユーシェンコ元大統領をはじめとする一部の指導者が、バンデラのレガシーを高く評価してきた。それにより、ウクライナ・ロシア間の緊張が深刻化。2014年の反政府デモで西側諸国との関係強化やNATOとの連携を目指す政府が誕生すると、ロシア政府はウクライナを「極右勢力が率いている」と主張した。この西側寄りの政権の誕生が、ウクライナ東部での親ロシア派による武装蜂起、そして南部クリミア半島のロシア併合につながった。
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ウクライナ政府ほど歴史を改竄し続け、ネオナチのプロパガンダを宣伝し続けている政府は他にない」
しかしウクライナ側で何が起きているのか、どういう勢力が蠢(うごめ)いているのかという「ファクト」を伝えなければ、紛争の全体像を掴むことは到底できまい。日本の大手メディアは、「ロシアは絶対悪」「ウクライナは絶対善」であるかのような報道に終始し、ウクライナにネオナチ集団がいてロシア人を惨殺した史実にも、ウクライナ政府軍にナチスのシンボルを掲げた組織が入っていることも、ほとんど触れようとしない。
これでは、ウクライナ情勢の全体像が理解できるはずもない。
1966年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。
1990年、慶應義塾大学経済学部卒後、TBS入社。以来25年間報道局に所属する。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部所属。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月、TBSを退職。
著書に『総理』『暗闘』(ともに幻冬舎)、新著に『中国に侵略されたアメリカ』(ワック)。