左派勢力の亡霊再び

 2019年12月末、文部科学省は「新しい歴史教科書をつくる会」を中心に執筆・編集した自由社の歴史教科書を検定不合格とした。事の顛末については、藤岡信勝氏論文を参照されたい。
 新聞記者時代から、歴史認識や歴史教科書改善問題に取り組んできた筆者としては啞然とした。同時にこの検定で、歴史教科書の改善は19年前に時計の針を戻した、いやそれよりはるかに後退してしまったと思わざるを得なかった。

 端的にいえば、19年前、つまり平成12(2000)年度の検定にあたり、「つくる会」教科書を徹底攻撃、不合格にしようと画策した朝日新聞など左派勢力の亡霊が蘇った。それが文科省の教科書調査官らに憑りつき、執念深く不合格に導いたといえる。
「新しい歴史教科書をつくる会」は平成9年1月、評論家の西尾幹二氏らによって結成された。日本の歴史の光と影の「影」ばかりを強調、自虐史観に陥っている歴史教育や従来の歴史教科書を正す目的だった。
 そして3年後の平成12年には、自ら執筆・編集した中学校用の歴史教科書を扶桑社から出版することにし、文科省に検定申請した。当然その中身は、歴史の「光」の部分にもスポットをあて、人物や歴史のエピソードも数多く記載し、子どもたちが日本の歴史に親しみやすい教科書を目指していた。検定に合格すれば、翌平成14年度から使用される予定だった。
 しかし、検定が始まって間もない平成12年夏ごろから、その内容に対し朝日新聞をはじめ左派勢力が批判を始める。本来検定が終わるまで非公表が原則であるにもかかわらず、検定申請図書(通称「白表紙本」)が流出していたのである。とりわけ「朝日」の攻撃は、一教科書に対する批判としては常軌を逸していた。
 たとえば、平成13年2月22日付の社説では「歴史教科書 検定の行方を注視する」として、「つくる会」系教科書が合格することに「懸念」を示した。その理由として、教科書の具体的中身に触れることは巧みに避けながらも「『つくる会』のメンバーらのこれまでの主張が、あまりにもバランスに欠けていると思えるからだ」とした。
 さらに「彼らはその著書などで『戦後の歴史教育は、日本を否定的にとらえるマルクス主義史観と東京裁判史観に支配されてきた。その自虐史観を克服しなければならない』と主張してきた」と批判した。

 早い話、マルクス主義史観や東京裁判史観を否定するような連中が書いた教科書はダメ、というわけである。
 噴飯ものは「太平洋戦争」を「大東亜戦争」と呼んでいることまで批判していることである。「大東亜戦争」は開戦直後に日本政府が閣議で決めた正式名称で、「太平洋戦争」は戦後、GHQが押し付けた戦争名にもかかわらず「朝日」は、「大東亜戦争」と言うような者が書いた教科書は認められないという常識はずれの論理だった。
 さらに検定中から、中国、韓国の「つくる会」教科書批判をたびたび掲載、日教組や文化人たちの「声」を連日のように載せ、不合格とするよう、やっきになって報道を繰り返した。
 もっとも、ときの森喜朗政権は対外的な配慮からの政治介入はしない、つまり中国、韓国からの圧力に屈して検定に介入することはしないとの方針を打ち出した。このため検定は明らかな事実誤認や極端なアンバランスを正すという本来の姿に戻り、「新しい歴史教科書」は137項目の修正に応じたうえ、4月3日、合格となった。「朝日」による「外圧」は退けられたのである。

 それでも「朝日」は執拗に攻撃をやめなかった。検定結果発表翌日の4月4日朝刊一面では「自国中心主義に貫かれた歴史認識が目立つ」などとして、「合格」を批判した。
 同日付の社説では「やはりふさわしくない」とのタイトルで、「戦争を日本に都合よく見ようという偏狭さがある」「天皇を中心とする姿勢が際立っている」などと、口をきわめた。
 ほかの面でも、直木孝次郎、木村茂光ら「朝日」系と見られる学者を総動員して、「天皇を中心とする国家観や歴史観がまったく修正されていない」(木村)などとほとんど批判一色の紙面を展開、まるでほかの教科や教科書など、どうでもよいという報道姿勢だった。
 このため、「新しい歴史教科書」は検定で合格しながら、平成13年夏までの全国公立中学の採択戦では、「朝日」の影響を受けるなどした左派勢力の不採択運動で惨敗せざるを得なかったのである。

 それでも「つくる会」教科書はその後の改訂でも4回の検定をパスした。根拠のない「従軍慰安婦強制連行」が他社の教科書からほとんど姿を消すなど、教科書改善運動に寄与した。
「朝日」自身、自らの「従軍慰安婦強制連行」の誤報を認めざるを得なくなり、「つくる会」教科書をたたく余裕はなくなった。ようやく脱外圧の教科書検定が軌道に乗ったかに見えた矢先、今回の異常検定である。
 その原因は、文科省内に何らかの地殻変動が起きたことや、「つくる会」を支持してきた保守勢力の弱体化にも求められようが、何より、何としても「つくる会」を潰そうとした「朝日」の執念が教科書調査官らに乗り移ったと見る方がよさそうだ。

常軌を逸した〝ケチ付け〟

 今回、文科省は「新しい歴史教科書」を不合格とする理由として405カ所にわたって「欠陥」箇所を指摘した。
「つくる会」と自由社では専門家を交えて検討した結果、175カ所に絞って反論書を提出したが、その全てを却下した。その欠陥指摘、反論却下の理由を見ると、これが19年前の「朝日」の「つくる会」否定の理由ときわめてよく似ている。
 欠陥の理由の大半は、「生徒が誤解する恐れがある」「理解しがたい表現である」「断定的すぎる」の3点に絞られる。だがこれは、実際に中学生に読ませ、「誤解する」「理解しがたい」と判断したわけではない。執筆した側からすれば「誤解しない」「理解できる」箇所であり、あくまで調査官や審議会委員の「主観」「歴史観」に基づくものなのである。
 その点「朝日」の攻撃理由である「バランスを欠く」も、主観によるものであり、一方からいえば「バランスは欠いていない」となる。「マルクス主義史観や東京裁判史観」を否定するのが悪い、というのも朝日の主観であり、歴史観の押し付けである。

 具体的にみると、「朝日」は「つくる会」教科書を「天皇を中心とする姿勢が際立っている」と決め付けたが、今回の検定意見にも天皇を否定したいという願望が見られた。
 たとえば新設した「人物紹介コーナー」で仁徳天皇(にんとくてんのう)を「世界一の古墳に祀(まつ)られている」としたところ、この「祀られ」という部分にクレームがついた。生徒が誤解するというのだが、どうやら天皇を敬うことを教えてはいけないということのようだ。
 だが、天皇を神のように敬うというのは日本人の自然な感情であり、そうした感情は日本の歴史に不可欠である。これを否定するのは「朝日」による批判と軌を一にしている。
 本居宣長(もとおりのりなが)を大きく取り上げたことにも意見がついた。当時、ほとんどの人が読めなくなっていた古事記を宣長が35年の年月をかけて読み解き、蘇らせたという史実をコラムで掲載したのだが、これも「欠陥」とされた。
 調査官の説明によれば、「神主には読めた人もいたらしいから」というとんでもない理由だった。「つくる会」教科書を「古事記など神話を詳述している」と批判した「朝日」にならって、「古事記」を教科書から追放したいという「願い」がうかがえる。
 いずれにせよ、辛うじて歴史観の多様性を保ってきたこれまでの検定を、一夜にしてぶち壊した文科省の調査官や、これを追認した審議会委員の罪は大きい。

皿木 喜久(さらき よしひさ)
1947年、鹿児島県生まれ。京都大学文学部卒業、産経新聞社入社。東京本社政治部次長、特集部長、論説委員長などを経て2015年退社。現在、産経新聞客員論説委員、新しい歴史教科書をつくる会副会長。主な著書に『新聞記者 司馬遼太郎』(文春新書)『明治という奇跡』(展転社)『子供たちに知らせなかった日本の「戦後」』『軍服の修道士 山本信次郎』(ともに産経新聞出版)など。

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