なぜ女性が防大に?

 防衛大学校(以下、防大)と聞くと、多くの方はきっと、真っ先に「屈強な若い男性」を想像するでしょう。けれども防大は男女共学であり、全学生の約1割を「女子学生」が占めます。かつて私も“防大女子”のひとりでした。
 いったい、どんな女子が防大を目指すのか。国防意識があり、リーダーシップを執れる強い女? 
 みなさんの高校時代を思い出してください。男女問わず、齢十八にして国防意識を持たせる教育を、現代日本ではほとんど誰も受けていないでしょう。
 持っているとすれば、世間一般的には「変わり者」としてみられてしまう。少なくとも、私は中高時代に友人との会話で、国防について触れた記憶はありません。たとえば、みなさんが電車に乗っていて、となりに座っている高校生が「台湾有事」の話をしていたら驚きますよね。

 それでは、どんな女子たちが防大を目指し、入校してくるのか。突出して多いのは「金銭的な理由」です。

 防大生は公務員なので、一般の大学とは異なり学費はかかりません。それどころか、月額11万7000円(2019年12月時点)の学生手当が支給され、年2回のボーナスもあります。朝昼晩のご飯は食堂で出され、制服も支給される。寮費もいらなければ、校内に医務室があって薬も処方されるため、医療費もかからない。つまり、基本的に衣食住すべてにお金がかからないのです。

 私自身、第1志望だった東京の私立大学は、家計の事情から断念せざるを得ませんでした。そんなある日、防大の説明会があると聞き、興味本位で行ったみたところ、お金をもらえて自立でき、勉強もできる公務員という条件に魅かれ、防大を受けてみたのが志望理由です。そうしたところ、スルスルと試験を突破し、防大に受かったのです
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陸上要員の訓練で擬装する筆者

期待と不安の初日

 2007年4月1日。私は防大にたどり着きました。場所は京浜急行馬堀海岸駅(神奈川県横須賀市)からバスに乗ること数分、坂道を登ったところにあります。持ち物はハンコ、文房具、洗面用具、下着、Tシャツと短パン、それにいくばくかのお金程度。とてもこれから大学生活を始める女子の荷物の量とは思えず、きびしい環境でやっていけるだろうかという一抹の不安がありました。

 正門からは白くきれいな建物が見え、一見美しく整備された防大の姿に、「ここならやっていけそうだ」と何の根拠もない感慨が湧いたことを覚えています。
 校門から学生舎までの道のりは桜が立ち並び、思わず見惚れてしまいました。校内を移動中に他学年とすれ違えば敬礼を交わし、ひんぱんに「1300(ひとさんまるまる)舎前(しゃぜん)に集合せよ」といった専門用語を交えたアナウンスが流れるため、最初のころはそんな一つひとつに「おぉ、軍隊だ……!」と心の中で感動していました。

「これが防大か」

 防大に到着した4月1日から入校式がある4月5日までの期間は、通称「お客様期間」とよばれ、まだ防大生として正式に認められない期間です。最初は歓迎ムードでやさしかった上級生も、入校式を終えて正式に「1学年」として認められると、一転してきびしい態度に変わります。

 この数日間は「すぐに防大をやめられる期間」とも言われます。入校までに退校の意思を伝えると即日受理され、家に帰ることができますが、入校式を過ぎてからの退校手続きは完了までにかなりの時間がかかります。やめるなら早いほうが本人のためになると信じている上級生は、この「お客様期間」にあえてきびしい態度を見せつけます。ただし、まだお客様の1学年にではなく、2学年にきびしく指導するのです。

 入校当日から、1学年の期別の数(私の場合は55期=55回)だけ上級生が腕立て伏せをする“儀式”を披露し、いつも以上に清掃や点呼のきびしさを見せつけて1学年を震え上がらせます。しかし、それはまだ序の口。自分たちにやさしく新生活について説明してくれた同じ上級生が、2学年に対しては顔の表情も声色も変え、「そんなんで上級生になっていいと思ってんのか」「なめてるなら今すぐにでも学校やめろ」と迫ります。

「これからこの環境でやっていくのだ」という覚悟を持たせるとともに、「『1学年』になってしまえば、今度はこの苛烈な指導が自分に向くのか」と、暗澹(あんたん)たる気持ちにさせる数日間となります。

5日で1割が退校

 とはいえ私は、「幹部自衛官になると決意して入校してきたやつが、数日やそこらでやめるわけがないだろう」と思っていました。入校案内にも「熟考し、しっかりとした自覚と、やり抜く覚悟を持って入校することを期待する」と書いてあります。しかし驚くことに、学生の数はみるみる減っていったのです。
 私の隣に座っていた北海道から来た女子学生も、2日目までは「とりあえず最初の給料日まではがんばろう」と言い合っていたのに、3日目には「ごめん、やめる」と去っていきました。

「お客様期間」では毎日入校式のための練習があり、最後に学生代表が「総員○名!」と言う場面があるのですが、当初520名ほどいた学生が、入校式当日には470名超になっていました。わずか数日で約一割が減ったのです。ちなみに、卒業時にはもう一割ほど減っています。

 一つ補足しておくと、やめていく人間は、別に弱い人間でも、がんばれない人間でもなく、単に自衛隊という組織に合わなかっただけ、ということです。国の守り方、志の実現の方法などはほかにもいくらでもあり、やめることは決して“逃げ”ではない。自衛隊的にいうと、長い目で見て勝利を得るために必要な「戦略的撤退」。この点は声を大にして言いたいところです。
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防大時代の筆者

お姉系だった私の「断髪式」

 防大生は全員“防大生にふさわしい髪型”にしなければなりません。毛髪の長さには指定があり、染髪は当然禁止。女子は一学年のみショートカットにしなければならず、その長さも耳や襟足が完全に隠れればアウト。ショートのなかでも“ベリー”がつくショートです。

 高校時代の私は、コテで髪をグルグルに巻いたり、茶髪に染めたりと、いわゆる“お姉系”(ギャル系より少し年上のファッション)を軽く自称していました。その髪をバッサリと……ツラかったです(苦笑)。
 しばらくのあいだは、鏡で自分の姿を見るたびに落ち込んでいましたが、同時に一学年時はドライヤーで髪を乾かす時間すら取れないため、あっという間にドライヤーいらずで髪が乾くこの髪型は、防大一学年の生活を送るうえでは、なるほど合理的だ、とも思いました。

 ちなみに、男子の髪型は「帽子からハミ出さない」が基準となります。そのためトップには多少ボリュームを残し、サイドが短いといった男子が量産される。最初のうちは女子も男子も、「みんな似たような髪型で同じ制服を着て、見分けがつかない」と思っていましたが、みな同じ服装だからこそ、その人の持つ本質的な個性がより浮き彫りになることを実感したのは面白い発見でした。
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お姉系時代の筆者

汚い東京湾で遠泳訓練

「防大出です」と自己紹介すると、「訓練ばかりしてるんでしょ」と言われることがあります。しかし、防大は文科省の大学設置基準に準拠しており、ほかの一般大と似たような授業が大半を占めます。

 防大と聞いてイメージしがちな訓練の授業は、日常的には週に1回、2時間程度しかありません。それにくわえて春、夏、冬(1学年のみ秋も)にまとまった訓練期間があります。
 やはり自衛隊幹部を育成する組織ということもあって、とてもキツイ訓練もあります。山の夜道を3日間歩いたり、手の皮、お尻の皮がむけるまでカッター(短艇)訓練をしたり。

 1学年のときに受ける「遠泳訓練」もきびしい訓練の一つです。東京湾を8キロ、4時間超かけて泳ぐのですが、水の汚さといったら……。
 夏季訓練期間中は毎日のように遠泳訓練がありますが、1学年は毎日洗濯機を回せないため、入浴の際にあわせて浴場で水着を洗うことになります。水着を洗うと、水が緑色になり、それをみて「こんな海で毎日泳いでいるのか……」とげんなりさせられました。

 本番当日の休憩時間には、船の上から乾パンが投げられます。それをキャッチして食べるので、「私はコイか」と心のなかで思った記憶があります。ただ、海水につかり塩気を増した乾パンは思いのほかおいしかったです(笑)。
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東京湾での競泳訓練。なんといっても水が汚い
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『防大女子』(ワニブックスplus)
松田 小牧(まつだ こまき)
1987年、大阪府生まれ。2007年防衛大学校に入校。人間文化学科で心理学を専攻。陸上自衛隊幹部候補生学校を中途退校し、12年、株式会社時事通信社に入社。社会部、神戸総局を経て政治部に配属。2018年、第一子出産を機に退職。その後はITベンチャーの人事を経て、現在はフリーランスとして執筆活動などを行う。

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この記事へのコメント

某男子校 2022/4/1 13:04

体験者氏にしか分からない情報は面白いです
続編を希望します
東京湾:汚い方を選んだのは、波が穏やかな内海でって親心では・・・ないですよねぇ、きっと
私は某大入試を模試のように受験させる某男子校に通っていましたが、途中で転校し、某大は受験せずに済みましたが

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