ゴミ扱いの1学年

 防大には、ひそかに脈々と受け継がれている学年別のステージを表す言葉があります。4学年は「神」、3学年は「人」、2学年は「奴隷(石ころという説も)」、1学年は「ゴミ」というものです。そんな1学年は、上級生から理不尽な難クセをつけられることがあります。

 ある日、私が上級生に提出する報告書の締め切りに間に合わず、罰として腕立て伏せをすることになりました。それだけなら(嫌だけど)よくあることでしたが、その上級生は廊下を見渡して、たまたま目に入った私の同期を部屋に呼び込み、「おい、お前の同期が腕立て伏せをする。同期だから連帯責任だ。お前は空気イスをしながら腕立て伏せをしているコイツを応援しろ」と言い出したのです。
  同期は苦悶の表情を浮かべながら、腕立て伏せをする私に「がんばれー!」と声援を送りつづけ、私は「なんなんだこれは……」と泣きそうになりながら腕立て伏せを続けました。

 しかし、どれだけ泣きたくても、防大では独りになれる空間は限られていて、泣く場所はトイレか、シャワーの最中か、布団の中しかありませんでしたね。
 そんな防大生が心待ちにするのが休日です。とくに1学年時は、休日を心の支えに平日を乗り切るといっても過言ではありません。ただ、1学年は休日とてきびしい制限があります。休日でも私服外出が許されないのです。それは成人式も例外ではなく、一浪していた私は制服で参加するのがイヤで成人式には参加しませんでした。

 制服の場合はある程度混んでいる電車で座ることは禁止され、飲酒、宿泊、自販機、買い食いはダメ。そして目立つ制服はつねに誰かからの視線を集めます。ちなみに、冬の制服は駅員に間違われて質問を受けやすかったです。

 1学年時の自由がない生活のメリットを言うのなら、健康的な生活が送れることや給料がもらえること。同世代の大学生と比べて自由に遊べない分、お金がたまることです。
 公務員という身分が保証されているので、ゴールドカードをつくれました。地元で高校の同級生と遊ぶとき、ゴールドカードをチラつかせることができたのが、ちょっとした自己満足でした。
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陸上要員の訓練はとにかくきびしい

防大や自衛隊という男社会で女性が生き抜くには

 私の憧れは、『機動戦士ガンダム』に登場するマチルダさんでした。凜として美しく、女の子っぽくはないけど女性らしさを失わない女性軍人です。

 しかし、私はマチルダさんにはなれませんでした。

 自衛隊の世界はまだまだ「男社会」。防大時代には、どれだけ努力しても「女だから」という理由で認めてくれない人も少なからずいました。

 高校時代は陸上部に所属していたこともあり、体力には自信があったのですが、男子と同じ訓練をすると、どうしても体力面で劣ってしまいます。「男子には負けない」と意気込み、挫折していく。私が卒業してから10年経ったいまでも、この負のスパイラルが多くの防大女子を苦しめています。この悩みの構造は、私が『防大女子』を通じて伝えたかったことでもあります。
 防大生や自衛隊を取材してみて、現役の自衛官ほど「防大の訓練は男女平等でこのままでいい」と考えていることがわかりました。
 
 しかし男女平等の訓練をするにしても、男女のカラダの違いを知り、部隊に体力が劣った隊員がいるときにはどのようにすればいいのかを考える必要があります。180センチの男子と、150センチの女子が体力を必要とする同じ訓練をする場合、男子と同じ、もしくはそれ以上の努力をしても、男子のほうがいい成績を残すのは当たり前です。

 なにも、女子にやさしい訓練をしろ、と言っているわけではありません。むしろ、そうすべきではない。脈々と受け継がれてきた指導は本当に正しいのか、防大が果たすべき目的とは何なのか、その本質を考え、必要な行動を取るべきだと言いたいのです。

女性自衛官は必要なのか

 ここまで読んでいただいた方の中には、「最初からキツイのはわかるんだから、キツイと言うなら防大に入らなければいいのに……」と思われた方もいるでしょう。一部の軍事学者には、「軍隊に女性は必要ない」と主張する方もいます。

 たしかに、男性と女性が一対一で戦ったら男性が勝ちます。そう考えれば女性自衛官は必要ない。しかし、これは近接戦闘にかぎった話です。
 近年、戦争のスタイルは近接戦闘から、無人機やサイバーに変わっています。その戦闘スタイルには、男女の体力差は関係ありません。

 実際に、防大での空や海の訓練では男女差は感じられず、優秀な成績を修めたり、訓練の成績でトップになったりする女子もいました。自衛隊の任務は、すでに女性ナシでは成り立ちません。もちろん女性側の努力も一定量必要ではありますが、目的はあくまでも任務達成です。「女性は男性よりも劣る」「男性と同じ訓練をこなしてからモノを言え」という考え方はナンセンスです。

防大を志す者へ

 防大に入校した私の選択が正しかったのかどうか。正直、ツラかった思い出を正当化するために、正しかったと信じ込んでいるフシもないとは言えません。実際に在校中は、「一般の大学に行けばよかったかな」と何度も考えました。

 それでも、防大に入校した選択は間違いではありません。なにより、同期と出会えたことは一番の宝物です。キツイ防大生活を4年間も共に乗り越えるので、ほかの大学の同級生とは比べ物にならない“絆”が芽生えます。

『防大女子』を書こうか悩んでいるときも、同期が各方面からの批判を気にしていた私の背中を押してくれました。いまでもツラいときには、いつでも相談に乗ってくれます。産後すぐに病院に駆けつけてくれた男性の同期もいるくらい。夫以外来ますかね、フツー(笑)。

 防大時代に毎朝6時に起床していたこともあり、いまも早起きは苦ではありません。1学年のときにある部屋の学生が「訓練非常呼集!」と寝言を言って、同じ部屋の全員が起きたというエピソードがありましたが、いまでもラッパの音を聞いたら起きてしまうでしょう(笑)。
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卒業してもなお、防大生の絆は固い

防大進学に後悔はない

 入校時には薄かった国防意識も、4年間のうちにいつの間にか育まれます。自衛隊を離れると専門的な知識からは遠ざかりますが、離れた後もなんらかの関心を持っている人がほとんどです。私自身いまでも、防衛白書や軍事関係の本は目をとおします。

 そして、現在の日本が置かれている状況を憂うばかりです。ひんぱんに北朝鮮からミサイルが飛んできて、日常的に尖閣諸島周辺海域に中国公船が領海侵入をしています。
 しかし、一般的な日本人の国防意識はまだまだ低いまま。高校時代の私のように、自衛隊の「じ」の字もろくに考えさせない教育を受け、大人になります。

 戦前の反省があったのだとは思いますが、国防の重要性を考えると日本の教育にはかなりの疑問があります。同じ敗戦国であるドイツは、過去の過ちに向き合いながらも反省し、国民一人ひとりが確固たる国防意識を持っています。
 日本人の平和ボケの原因を、「アメリカに憲法を押しつけられたからだ」と切り捨てるのではなく、まずは教育から見直すべき時期に来ているのです。

 そういった意味では、国防意識を育むことができる防大は、幹部自衛官を育成する観点ではもちろん、自衛隊を離れたとしても国そのものをよりよくする人材を育てる重要な場所だと感じています。
松田 小牧(まつだ こまき)
1987年、大阪府生まれ。2007年防衛大学校に入校。人間文化学科で心理学を専攻。陸上自衛隊幹部候補生学校を中途退校し、12年、株式会社時事通信社に入社。社会部、神戸総局を経て政治部に配属。2018年、第一子出産を機に退職。その後はITベンチャーの人事を経て、現在はフリーランスとして執筆活動などを行う。

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