【十市 勉】「2050年CO2排出ゼロ」は原発再稼働な...

【十市 勉】「2050年CO2排出ゼロ」は原発再稼働なしに実現せず

コロナ禍と気候変動の危機

 コロナ禍は世界を一変させており、社会・経済活動に甚大な影響を与えている。

 世界各国は、新型コロナウイルスのワクチンや治療薬の開発に全力を挙げているが、その実用化は早くても1、2年先になり、またその根絶は難しいと見られている。そのため「ウィズコロナ」の時代が続く可能性が高く、新しい働き方や生活スタイルが求められている。日本でも、テレワークやオンライン授業、ネット通販、遠隔医療などコロナ対策に有効な暮らしや産業のデジタル化、活動拠点の分散化などが急速に広がっている。

 一方、近年は気候変動によって世界各地で豪雨や干ばつなどの異常気象や大規模な森林火災が相次ぎ、日本では記録的な豪雨と大洪水、超大型台風の襲来などの自然災害が頻発し、国民生活に甚大な影響を与えている。コロナ禍と気候変動という二つの危機に共通しているのは、その対応には技術と政策面でのイノベーションによって、経済社会構造の抜本的な改革が必要なことである。

 このような中、菅義偉首相は、就任後初の所信表明演説で、国内の温暖化ガスの排出を2050年までに実質ゼロを目指す方針を発表した。温暖化ガスの大部分を占める二酸化炭素(CO2)は、化石燃料の消費によって排出される。日本の1次エネルギー供給の90%近くを石油、石炭、LNG(液化天然ガス)が占めているため、エネルギーの脱炭素化が急務となる。再生可能エネルギーと原子力の利用拡大によって電源の脱炭素化を進めると同時に、輸送用燃料や建物、産業での熱利用を化石燃料から電気や水素などに転換することが求められる。

 2011年の東日本大震災と福島事故を契機に、ほとんどの原子力発電所が稼働停止に追い込まれる中、大手電力会社は、既存の火力発電所のフル稼働と新増設を進めることで、何とか電力不足を回避してきた。その結果、石炭やLNGなど火力発電の比率は、2010年度の約60%から2018年度には約80%に上昇し、CO2排出量は大幅に増加してしまった。

 このような中、経済産業省は、2020年7月にCO2を多く排出する非効率な石炭火力の約90%を、2030年度までに段階的に休廃止する方針を打ち出した。しかし、すでに建設中あるいは計画中の大規模な石炭火力が全て稼働すれば、2030年度で50基、約3,300kWが残ると推計されている。それ以降も稼働を続けるには、バイオ燃料や水素との混焼、CO2回収・貯留(CCS)設備の設置などが必要となり、発電コストの上昇は避けられない。

 石炭火力は、2018年度の全発電量の32%を占めており、LNG火力(同38%)と並ぶ主要電源として、安定供給に大きな役割を果たしている。また石炭は、LNGに比べて燃料費が安いため、石炭火力の休廃止による電気料金の値上げ圧力や、雇用など地域経済への悪影響が懸念されている。その意味でも、安全最優先で原発の再稼働を進めることが、気候変動対策に加えて、電力の安定供給と料金の安定化にとって一層重要となる。

急増する再生エネとエネ安保

 すでに菅政権は2021年の夏をメドに、「第6次エネルギー基本計画」の策定作業に入っている。最も注目されるのは、CO2ゼロ電源である再生エネと原子力をどのように位置づけるかである。現行の「長期エネルギー需給見通し」では、2030年度の全発電量に占める比率は、再生エネが22~24%、原子力が20~22%、LNGが27%、石炭が26%などとなっている。

 再生エネは、固定価格買い取り制度や発電コストの低下によって、太陽光発電を中心に急増しており、2018年度には水力(約8%)を含めて17%に達し、2020年代半ばには2030年度の目標に到達する見込みである。そのため新しい基本計画では、再生エネの主力電源化を加速するため、目標値の引き上げと導入の促進策がとられるだろう。

 その際、エネルギー安全保障を確立するため、再生エネや蓄電池の技術力や人材育成など、産業基盤の強化を並行して進める必要がある。世界における再生エネ設備の生産シェアを見ると、太陽光パネルでは中国が70%以上を占めており、また風力発電機では日本企業が事実上、撤退しているため、欧米や中国企業が中心になっている。さらに出力が不安定な再生エネが急増すれば、蓄電池の大量導入が必要となるため、その原材料となるリチウムやコバルトなど希少資源の安定確保も重要な課題となる。

原発再稼働と新増設の必要性

 一方で原子力発電は、現行の基本計画では、重要なベースロード電源と位置づけられ、世界でもトップレベルにある技術力や人材、産業基盤を堅持すると同時に、核燃料サイクル政策の推進が明記されている。また2050年に向けて、安全性、経済性、機動性に優れた小型モジュール炉など、次世代炉の開発にも取り組むとしている。

 原子力発電は、福島事故前には全発電量の約30%を占めていたが、再稼働の大幅な遅れで2018年度には6.2%にとどまっている。2030年度の目標を達成するには、30基前後の稼働が必要だが、2020年10月末時点で再稼働したのが九基、新規制基準の審査に合格して地元自治体の同意待ちが7基、審査中が11基となっている。これら全てが稼働すれば27基になるが、それでも目標の達成が厳しい状況にある。

 原発の運転期間については、2013年に改定された新しい規制ルールで原則40年とされているが、新規制基準を満たせば1回に限り最長20年は延長できる。すでに関西電力の高浜1、2号機と美浜3号機、また日本原電の東海第2は、原子力規制委員会の審査を終えて、地元自治体の同意を待っている。国と大手電力会社は、立地地域における経済の活性化と雇用確保に万全を期すと共に、地元自治体の理解と信頼を得ながら再稼働を着実に進める必要がある。

 同時に新しい基本計画では、これまで先送りされてきた原発のリプレースや新増設の必要性について正面から議論して、国家としての長期的な原子力政策を明確に打ち出すべきである。今後、新増設が進まなければ、2030年以降は稼働する原発の基数が急減し、技術や人材を維持することも難しくなり、2050年までにCO2排出ゼロの実現が一層遠のくことになる。2020年6月にIEA(国際エネルギー機関)が発表した報告書では、電源の脱炭素化を進めるには、原子力の活用が不可欠だとし、その支援策として固定価格買い取り制度やCO2ゼロ排出クレジット制度などを提案している。

電化の促進と水素の活用

 CO2排出ゼロの実現には、電源の脱炭素化を進めると同時に、消費段階で石油やガスをできるだけ電気に転換することが必要となる。電力部門のCO2排出量は全体の約40%で、残りの大部分は輸送や産業、家庭や商業施設で消費される化石燃料に起因しているからだ。ガソリン車に代わって電気自動車の普及を加速させたり、また住宅やビルでの暖房、工場での熱利用を電気による高効率ヒートポンプなどに切り替えたりすれば、エネルギーの脱炭素化に大きく貢献する。

 さらに脱炭素社会では、水素燃料の役割が高まってくる。水素は、地上では単体でほとんど存在しないが、水の電気分解や化石燃料の熱分解、高温ガス炉などで生成できる。例えば、太陽光や風力などの余剰電気で生成した水素を、大気中の酸素と化学反応させれば燃料電池として発電にも使える。また水素は、電動化が難しい大型トラックや船舶、航空機の動力源として、また鉄鋼やセメント、化学など超高温が必要な工業プロセスでの利用も可能となる。ただし、発電用を含めて大規模な水素利用を実現するには、技術開発によるコスト低減やインフラ設備の整備が必要となる。

持続可能な原子力事業体制を

 世界に目を転じると、欧州連合(EU)は、コロナ禍からの経済復興を図るため、総額約90兆円の復興基金を創設し、脱炭素社会の実現に向けて「グリーン・リカバリー(緑の復興)」を推進しようとしている。その一方で菅新政権は、感染防止と経済活動の両立、大胆な規制改革、デジタル庁の創設などを早急に進めると共に、2050年までに温暖化ガス排出の実質ゼロを国家目標として掲げた。わが国も、今後の経済復興を進める際、コロナ対策と「クリーンエネルギー転換」を新たな成長機会と捉えるべきである。

 重要なのは、どのような技術選択と政策が最適かは、各国が置かれた条件によって異なるということである。

 EUでは、脱原発を進めるドイツと電力の約70%を原発に依存するフランスなど全加盟国間で送電網がつながっており、天候次第で出力が変動する再生エネの欠点を補っている。それに対して日本は、周波数が50Hzと60Hzの地域に大きく分断されている上に、周辺国の中国や韓国、ロシアとは領土問題や歴史認識をめぐって対立が続いており、国際送電網の整備が容易ではない。そのため、エネルギー供給を太陽光や風力など再生エネに全面的に依存するのは、電力の安定供給やコスト面から非常に大きな制約を受ける。

 今後は石炭火力の利用が一層難しくなることを考えると、わが国にとって原子力発電の長期的な活用は不可欠な選択肢である。それを担保するには、国および大手電力会社は、全体最適の観点から、地域間の垣根を越えた持続可能な原子力事業体制のあり方を真剣に検討すべきである。

十市 勉(といち つとむ)
1945年生まれ。東京大学理学部地球物理学科卒、同理学系大学院地球物理コース博士課程修了。理学博士。1973年、日本エネルギー経済研究所入所。米・マサチューセッツ工科大学エネルギー研究所客員研究員を経て、1991年に日本エネルギー経済研究所総合研究部長。2006年、専務理事・首席研究員。2013年に研究顧問、2017年から参与。著書に『シェール革命と日本のエネルギー』(電気新聞ブックス)など多数。

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