無規律な原子力行政

櫻井 エネルギーの安定供給は国の基本ですが、我が国はこの問題にまともに向き合ってきませんでした。エネルギー問題は、いま大きな技術革新の中にあります。現在はまだ使い勝手が十分に良いとは言えない再生可能エネルギーも、将来、必須のエネルギー源になるでしょう。その時のために、日本は再エネの研究開発を重視する必要があると思います。
 一方で現在と近未来を考えれば、どうしても原子力発電にエネルギー供給の基本を担ってもらわなければなりません。しかし我が国の原子力行政は、いま異常といってよい混乱に陥っています。
 その理由は、三条委員会という、政権も介入できない強い権限と独立性を与えられた原子力規制委員会が機能していないからです。規制委は国際ルールも、日本の法律も守っていません。いわば違法で無規律な規制をしているのです。
 日本が法治国家である以上、規制委も行政手続法に従わなければなりません。にもかかわらず、政治家も電力会社も、規制委の超法規的な振る舞いに声を上げることを躊躇している。原子力行政、さらには日本のエネルギー政策を立て直すために、まずは規制委・規制庁を正すことから始める必要があります。

奈良林 女川原発2号機は、年明けに規制委の安全審査に合格すると聞いていました。しかし、2019年11月末に前倒しで合格した。いま審査中の島根原発2号機も、審査合格の見通しといいます。1月中旬の国際原子力機関(IAEA)のフォロー会議を前に、審査を急いでいるような印象です。

櫻井 私たち国民は、原発再稼働の第一条件は安全性だと考えています。ところが、安全性を盾にとって、あまりにも非合理的な審査がまかり通っているのが現状です。その典型が、テロ対策の特重施設が期限までに完成しなければ、再稼働した原発の運転を停止するという決定です。実際の安全性と結びつかない審査が行われています。そのツケは、電気料金という形で国民に回ってきます。

奈良林 原子力基本法第2条第2項に、原子力規制は国民の生命と財産、環境や安全保障を満足させるように行うべきと書かれている。ところが、その精神が守られていません。更田豊志委員長は電力会社の社長を呼びつけ、「安全対策に金を出し惜しみすることはないだろうな」というようなことを言っている。電力会社は震え上がって、金に糸目をつけずに工事を続けねばならない状況に追い込まれているのです。

櫻井 ひどい委員長です。一般家庭や中小企業に対して、「電気料金をいくらでも払ってもらうぞ」と言っているに等しい。

奈良林 マスコミは、電力事業者に厳しい態度を取る更田委員長を称賛しています。ところが、原発の停止が国民に負担を強いていることを誰も指摘しません。

日本経済にブレーキ

櫻井 いま世界は、原子力発電を加速させ、再生可能エネルギーも普及させる方向に進んでいます。再エネについては、発電量のコントロールが難しいといった弱点を補うための研究開発に力を注ぐべきだと思います。同時に、原子力を活用しなければ日本の産業は衰退の一途をたどること、国民生活に重い負担をかけることも忘れてはなりません。原発を止めていることによって、2030年までに、少なく見積もっても27兆円も国民負担が増えると試算されています。
 福島事故後、全ての原発が停止して不足した電力供給を補うために、液化天然ガスなど火力発電で穴埋めしました。燃料費の増加金額は、ピーク時の2013年度には年間3.6兆円、1日当たり100億円になりました。当時、私は毎日100億円を燃やしている映像を想像して、本当にもったいないと思ったものです。その後、一部原発の再稼働や燃料価格の下落もあり、穴埋め用燃料費負担は少し下がっています。それでも、2011年度から現在までの負担総額は約20兆円に達しているのです。

奈良林 さらに、菅直人元首相が主導して2012年に導入された、再エネの固定価格買取制度(FIT)による国民負担が膨大な数字になっています。FITの「T」、つまり「タリフ」は「税金」という意味で、太陽光事業者に支払う税金にほかなりません。再エネの買取総額は2019年度で3.6兆円、2030年までの累積総額はなんと59兆円。国民の直接負担ともいえる電気料金に上乗せされる再エネ賦課金は年間2.4兆円、累積総額は44兆円と試算されています。再エネ賦課金だけで計算しても、20年足らずで国民1人当たり40万円。子供が2人いる世帯を考えると、160万円を負担することになるのです。

櫻井 原発停止による化石燃料負担に加えて、太陽光事業者に払う再エネ賦課金で発生するコストも国民経済に重くのしかかっています。国民が一生懸命働いてGDPを増やしても、10兆円単位の負担がかかっていては、なかなか日本経済は飛び立てません。アベノミクスにブレーキがかかってしまいます。
 また、規制委が青天井の工事を求めることで発生するコストは、電気料金本体に含まれています。こうした事情で生じる負担の大きさは、なかなか消費者に伝わりません。

合法的な搾取システム

奈良林 生活に欠かせない電気の値段を上げると、年金だけで暮らす高齢者や低賃金で働く若者など、社会的弱者の生活を直撃します。ある程度の収入がある方は、電気料金が上昇しても、さほど負担に感じないかもしれない。ところが、ギリギリの生活を送っている人たちにとって、電気料金の上昇は文字通り、生死に関わる。
 伊方原発に近い愛媛県八幡浜市が主催する講演会に呼ばれたことがあります。午前中は反原発派の講師が話し、午後は私が講演しました。会場には、地元でも有名な反原発派の共産党市議が最前列においでになり、聴衆の3分の1は反原発派で埋まっていました。
 地球環境が危機的状況にあること、太陽光発電が非力で火力発電に頼らなければならないこと、そして原発が再稼働しないことで莫大なコストがかかっていることについて説明しました。原発をストップしていることで発生するコストのうち、一兆円でも保育園や託児所の拡充、介護施設で働いている方々の待遇改善に使ったら、どんなに良い国になるか。生活に身近なテーマにつなげて話すことを心がけました。太陽光を「現代における合法的な搾取システム」と批判する有識者がいることも伝えました。富裕層は太陽光パネルを屋根に設置し、余った電気を電力会社に買い取ってもらうことができる。でも、それができるのは100世帯に1世帯くらいの割合です。
 講演が終わると、その共産党市議がにこやかに微笑みながら、「太陽光発電ってこんなに酷いんですね」と発言されました。弱者の味方を掲げる共産党にとって、格差解消は最優先課題です。私の話が、共産党の市議にも響いたのでしょう。会場の皆様が皆、笑顔になり、大変和やかな質疑が続きました。嬉しかったです。八幡浜市長からも、「データに基づいた話は分かりやすく、参加者の満足度が高かった」とお礼状をいただきました。

櫻井 先ほど奈良林さんがおっしゃったように、規制委は、事業者から無尽蔵にお金をとってもいいと考えています。それはすなわち、国民は無尽蔵に負担すべきという考えです。でも、エネルギー政策は、経済合理性に適ったものでなければなりません。民生の安定と産業の繁栄を図るために、廉価なエネルギーを供給する必要があるのです。

「裸の王様」と化す委員長

奈良林 更田さんが委員長になる以前、委員の頃は日本保全学会で改善案や対策案を提示し、20回以上にわたって打ち合わせしました。当時は、我々の意見を非常によく理解されて、規制行政に反映していただいた。
 委員長になる3カ月前、更田さんにアポを取ろうとすると、原子力規制庁の秘書担当者に、「委員長になられるのが決まったので、マスコミのカメラが回っているところでしかお会いできません」と言われた。私は反原発派から原発推進の権化、いわば「御用学者」だと思われています。本当は原発の安全の推進者なのですが、安全対策の面談でカメラに映ると、原子力ムラが規制委に圧力をかけていると誤解される恐れがある。だから、今は更田さんとの面会を控えています。委員長になると適切なアドバイスを受ける機会がなくなってしまうのです。

櫻井 上に立つ人間は、最も都合の悪い情報を踏まえたうえで判断を下さなければなりません。自らへの批判を退けているようでは、裸の王様になってしまいます。いま更田さんにアドバイスしているのは、どういう人たちなんでしょうか。

奈良林 経済産業省の中に置かれていた旧原子力安全・保安院の人たちと旧原子力安全基盤機構(JNES)の人たちが多いですね。実はこのJNESが、2007年の報告書で津波のリスクを指摘していました。また、米国原子力規制委員会(NRC)もテロ対策として、送電線の切断(外部電源喪失)と海水冷却ポンプの破壊(冷却源喪失)が起きても、炉心に注水する手段を確保するよう要求していたのです。

櫻井 旧保安院は本当にお粗末な組織でしたね。東京電力は3.11の前、津波の到来に備えて対策を取らなくてはならないと議論していました。JNESの報告書を読んだ保安院は当然、津波対策をする必要性も、NRCのテロ対策も知っていたはずです。

奈良林 ところが重要なことを放置したまま、事業者に品質保証制度(QMS)に基づく膨大な機器・配管の検査記録の報告書の提出を要求したのです。わが国の全原発の毎回の定期検査で、報告書は10万ページにもなりました。その結果、安全上重大な欠陥を炙り出す対策の中身を審査するのではなく、資料自体の検査に陥(おちい)ってしまった。例えば、誤字脱字があると、報告書の「品質」が悪いと判断されてしまうのです。

櫻井 10万ページというのは、ファイルに閉じて積み上げると四階建ての建物くらいの高さになります。膨大な資料をどうやって運ぶのかを電力会社に尋ねたところ、「トラックと台車を使います」と。どこに納めるのか聞くと、「倉庫に納めます」と。文字通り、お蔵入りです(笑)。

奈良林 それぞれの地域に保安院の検査官事務所があって、そこのスタッフが書類をチェックしている。事務所で書類を検査している検査官に話を聞くと、「誤字脱字を見逃すと叱られるので、まず誤字脱字の検査から始めます。毎日が書類との格闘で、これで原発の安全が高まるとは到底思えません。現場に行く時間も減ってしまいます」と嘆
いていました。

「目途に」は守られない

櫻井 そんな保安院の人々がいまや規制庁に移り、更田さんを囲んでいるわけです。規制庁が、保安院の悪しき時代に戻っている。先祖返りしているのです。

奈良林 我々は外部有識者なので、委員時代の更田さんには簡単にアポが取れた。保全学会の会長として、様々な提言をしてきました。
 例えば、特重施設に猶予期間を与えること。最初は適合審査に合格してから五年でしたが、十分な工事期間を取るために、工事認可が下りてから五年にしましょうと提言しました。その間に生じ得る危険に対しては、電源車とポンプ車を組み合わせれば、原発がテロに遭っても炉心注水機能が確保できるからです。この提言は、しっかりと工事を進めるために必要だとして、規制委が聞き入れてくれました。
 審査を加速するための手段を保全学会に考えてほしいと依頼され、型式化・重点化を提案したこともあります。加圧水型原子炉の場合、蒸気発生器が3つと4つの2種類ある。原子炉は配置から何から全部一緒なので、型式が同じなら同じ審査書類を使えばいい。敷地や現地の特有な事情についてだけ審査すれば十分なわけです。この型式化・重点化が導入され、原子炉七基を同時に審査していたこともある。瞬間的ではありますが、7倍のスピードで審査ができていたのです。

櫻井 かつての更田さんは開明的だったわけですね。5年前には、規制庁職員に対し、「1年を目途にと、よく『目途に』と使われるが、守られたためしがない。だらだらと長い時間をかけることがないように」と叱責しています。奈良林先生の助言を受け入れ、7倍のペースで進められていた時期です。

IAEAの厳しい勧告

櫻井 規制委も規制庁も、原子力に関する国際的な権威とされるIAEAの意見を真摯に受け止めなければなりません。

奈良林 IAEAの専門家チームが2016年1月に来日して、規制委・規制庁の評価を行いました。その結果に基づいて総合規制評価サービス(IRRS)ミッション報告書がまとめられましたが、規制委・規制庁に厳しい勧告を出しています。

櫻井 IAEAの報告書には、「規制委の人的資源、管理体制、特にその組織文化は初期段階にある」「課された任務を遂行するのに能力ある職員を抱えていない」と記されています。

奈良林 規制の判断基準がはっきりしていれば、事業者はそれを参考に対策工事を進めることができる。しかし実際は、まず事業者が改善案を示し、それに規制委・規制庁が条件をつけている。しかも、条件を途中で変えてしまうのです。NRCは、経済合理性を考慮した規制を採用しています。まずは、低コストで劇的にリスクを低下させることができる方策を優先的に求めるのです。
 更田さんが委員だったとき、原子炉の水位をしっかりと測れるようにすべきだと提言したことがあります。1979年に事故を起こした米国スリーマイル島(TMI)原発2号機では、炉心の水位が下がっているにもかかわらず、満水状態と表示されていた。運転員が炉心冷却系のポンプを止めて、それが事故の原因になったのです。米国ではすでに対策がされていて、日本で導入できるように提案しました。しかし、いまだに導入されていません。3大原発事故のうち、TMIと福島第一は運転員がずれた水位表示で勘違いしたことが原因になっています。福島でも事故発生後しばらく、水位は確保されているからメルトダウンなどしていないと言われていました。

櫻井 事故直後、奈良林先生はテレビや新聞で、まっさきにメルトダウンの可能性を指摘されていました。素人の私でも納得できる解説をお聞きし、国家基本問題研究所にお呼びすることにしたのです。

奈良林 規制委・規制庁の審査は、NRCが重視している費用対効果や優先順位をあまりにも軽視しています。原発に火災報知機を2000個設置しろ、なんて無茶なことを指示していますからね。

櫻井 火災報知機はケーブルでつなげなくてはなりません。原発は、作業員の被ばくを避けるために厚さ1メートルを超えるコンクリート製の遮蔽壁を設けています。火災報知機を設置するには、そこにドリルを突き刺して穴を開け、2000本のケーブルを通す必要がある。かえってリスクが増してしまいます。潜水艦の船体を穴だらけにするようなものです。

奈良林 北海道室蘭市にある日本製鋼所室蘭製作所で製造する原子炉圧力容器は、世界一と評価されています。継ぎ目が少なく、欠陥もないものです。
 今度は溶接線の全数検査を要求しています。米国は炉心から遠いため、中性子に晒されるリスクが低い箇所の除外規定がある。リスクが少ないところの検査数を増やしてしまうと、重要なリスクを見出せなくなります。現在の規制委は、保安院に戻ってしまっている。やっている人が同じだから、福島第1原発事故を防げなかった保安院と同じことをしている。

権力は人を変える

櫻井 米国には、原子力規制を司るNRCをチェックする原子炉安全諮問委員会(ACRS)というグループが存在しています。そこには、原子炉安全分野をカバーできる一級の経験と実力をもった専門家が集まっている。ACRSの助言に基づいて、NRCが行動できる仕組みになっているのです。

奈良林 ACRSは、NRCの中にある真の専門家集団です。NRCは、ACRSの提言を採用するかどうかを多数決で決める。さらに、NRCがちゃんと規制をやっているかをチェックする組織も内部にあり、米国議会も監視機能を発揮しています。議会は国民から選ばれた代表です。さらに、NRC委員長は、その年の規制の方針を宣言することになっている。

櫻井 日本の原子力規制だけが世界標準から大きく外れています。IAEAから優秀な人材がいないと指摘されているにもかかわらず、その人たちが日本のエネルギー政策の根幹たる原子力を左右し続けているのですから。

奈良林 保安院の時代も、同じことが言われてきました。日本の規制のおかしさは、世界でよく知られている。IAEAによるフォローアップ評価が2020年1月14日から予定されています。そこで、4年間何をしていたのかといった指摘を受ける可能性は大きい。

櫻井 保安院の人間が、規制委に横滑りしていること自体おかしいのではありませんか。

奈良林 私のようにメディアで解説している人間は、目立つから排除されています。そうすると、原子力に詳しくない人たちが集まってしまう。

櫻井 一流の専門家を欠いた規制委・規制庁になっています。これだけ重要な責務を担い、権限を持った組織なのですから、名実ともに一流の専門家が綺羅星のごとく揃っていなければならないはずです。

奈良林 米国にはNRCの他にも、専門家団体が2つあります。原発の技術基準の策定、発電所の評価活動、運転員の教育訓練、トラブルの分析評価を行う原子力発電運転協会(INPO)と、NRCに対して技術者集団として直言できる能力を持つ原子力エネルギー協会(NEI)。2つの組織の機能も含め、更田さんは米国の規制についてよくご存じです。にもかかわらず、2000個の火災報知器ですから。権力は人を変えるんですね。一度権限を握ってしまうと、それ自体が快感になってしまう(笑)。

櫻井 総理大臣すら何も言えない地位にいるんですから、権力の絶頂に立ったような思いになっているかもしれません。ただ、私たちは遠慮なく言うことができます。

奈良林 間違いを間違いと指摘し、国際的な常識をしっかりと訴えていく。そうしない限り、経済も国民生活も成り立たなくなってしまいます。

良心を取り戻せ

奈良林 検査すれば安全になると思っているのが、そもそもの間違いです。すべて絨毯爆撃のように検査していては、書類が積みあがるだけ。真にチェックすべきことが何かがわからなくなり、本質的な危険を炙り出せないのです。その結果、福島事故が起こってしまったのです。津波に襲われたら原子炉がメルトダウンする、という一番高いリスクが放置されたままだった。
 保安院の下に、技術支援組織としてJNESがありました。そこには三菱重工や日立、東芝から、技術者集団が入っていた。2007年にJNESが出した報告書に「津波リスク」というページがあり、そこに福島事故を予測したような図が載っています。原子炉建屋の敷地に水が入り、冷却ポンプが海水で濡れて機能喪失するという図です。しかし、保安院幹部から圧力がかかり、その図1枚を出すのもやっとだった。掲載の交渉に1週間かかったと聞きました。

櫻井 JNESにいた方々は、いま何をされているのでしょうか。

奈良林 溶接線の全数検査を主張するような方も含め、かなりの人数が規制庁に入りました。でも、正しい主張が通らずに懲りた優秀な方が電力中央研究所などの民間研究所に移りました。

櫻井 絶望的ですね。どうすれば、かつての保安院の双子ともいえる規制委・規制庁を変えることができるでしょうか。

奈良林 正しいことを言うのですから、テレビカメラを気にすることなく直言しなければなりません。先日、国家基本問題研究所で提言をまとめました。更田さんにとっては耳が痛いことも書いてあるでしょう。しかし、首相官邸だけでなく、この提言を規制委・規制庁にも伝える必要がありますね。

櫻井 当初はきちんとした意識を持っていた方ですから、国民のために、専門家としての良識と良心を取り戻していただくしかありませんね。

民主党を追認した自民党

奈良林 規制委で地質・地震などを担当する石渡明委員の原発敷地内断層審査についても、日本原子力学会で3年かけて報告書をまとめています。
 断層が変異しても、原発の冷却系にはさほど影響はない。リスクを分散させる対策がすでに取られています。むしろ断層の変異そのものより、変異によって生じる地震の加速度の方が耐震設計上は厳しい。耐震評価をすれば、むやみに廃炉にしなくてもいいと、土木や地盤、建築など多くの分野の専門家も交えて報告書を作っています。

櫻井 にもかかわらず、現場での審査は「活断層」でないと証明できない限り、原発再稼働を許さない状況にあります。しかし、それが活断層でないことを証明せよといっても、その証明に必要な地層は、建屋を建設するときに取り除かれています。深い岩盤まで掘り下げられて工事が行われていますから、証明がなかなか難しい。石渡氏らが問題にしている「活断層」は、12~3万年前の地層です。

奈良林 「ないこと」を証明するのは不可能に近い。「悪魔の証明」です。

櫻井 政治の責任も大きいと思います。旧民主党政権が日本の原発を潰すという考えの下、保安院から規制委を三条委員会にしてつくった。規制委には原発に恨みを持っているような人たちが少なくない。有り体に言えば、一流の学者というより二流、三流の学者が少なくない。それを国会で正式承認したのは自民党政権にほかなりません。

奈良林 菅直人氏は、北海道新聞の顔写真入りの大きなインタビュー記事の中で、「10基も20基も稼働することはあり得ない。なぜなら原子力安全・保安院を潰して規制委員会を作ったからです。彼らは活断層の議論を始めている」と発言しています。規制委はまさに、菅氏の息のかかった脱原発政策の〝実行部隊〟にほかならない。
 古いプラントは40年超えの審査や安全対策工事費用を高騰させ、新鋭プラントは「活断層」で廃炉宣言させる。このため、廃炉宣言したプラントは20基を超え、新鋭プラントは敷地内断層の審査を厳しくし、泊3号や志賀2号、浜岡5号、東通1号など、最新鋭原発の審査が進んでいません。国民への損害は何10兆円に及びます。これを黙認している政権はどうかしていますよ。

櫻井 自民・公民の与党は、きちんとした議論をしないまま、旧民主党政権の決定をそのまま引き継いでしまいました。さらに、規制委の横暴ぶりをわかっているのに批判を加えず、制度の見直しを行わない。そんな政権与党にも、大きな責任があります。


櫻井 よしこ(さくらい よしこ)
ベトナム生まれ。ハワイ州立大学歴史学部卒業後、「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙東京支局勤務。日本テレビニュースキャスター等を経て、現在はフリージャーナリストとして活躍。国家基本問題研究所理事長。『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』(中央公論社)で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『日本の危機』(新潮社)など一連の言論活動で菊池寛賞受賞。第26回正論大賞受賞。

奈良林 直 (ならばやし ただし)
1952年、東京都生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科原子核工学修士課程修了。東芝に入社し原子力の安全性に関する研究に携わる。91年、工学博士。同社原子力技術研究所主査、電力・産業システム技術開発センター主幹を経て、2005年、北海道大学大学院工学研究科助教授に就任。16年から名誉教授。2018年4月より東京工業大学特任教授。2018年1月、国際原子力機関(IAEA)、米国原子力規制委員会(NRC)などの専門家が参加する世界職業被曝情報システムの北米シンポジウムで『この1年に世界で最も傑出した教授賞』を受賞。

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