ベイカー元ブレクジット大臣の反乱

 日本では菅首相が「2050年までにCO2を実質ゼロにする、すなわち脱炭素を目指す」としている。

 英国でも、本来はもちろん「保守」である筈の英国保守党のボリス・ジョンソン政権が、リベラルのアジェンダである「脱炭素」に邁進している。

 これまでは威勢の良い(無謀な)数値目標を言っていただけなのでさしたる反発も無かったが、具体的な政策の検討が始まったとたん、お膝元の与党議員が公然と反旗を翻した。

 英国の大手大衆紙「The Sun」に「ネットゼロ――ボイラー禁止で、英国の最貧層は寒さに震える」と題した記事を寄稿したのは、スティーブ・ベイカー。保守党議員で、元ブレクジット担当大臣だ。
杉山大志:英国ガス使用禁止令に元大臣が反旗~日本も「脱...

杉山大志:英国ガス使用禁止令に元大臣が反旗~日本も「脱炭素」の負の側面を伝えよ

「脱炭素」に反旗を翻したスティーブ・ベイカー元ブレグジット担当大臣

「脱炭素」がヤバい3つの理由

ベイカー氏の主張は以下の通りだ。
1.ガスボイラー禁止のコスト

 ・いま英国の大臣らは14年以内にガスボイラーを禁止することを検討している。 
 ・住宅所有者はガスボイラーを交換するために数千ポンド(注:1ポンドは150円)を支払うことを余儀なくされる可能性がある。
 ・この政策は、英国は2050年までに脱炭素(カーボンニュートラル)を達成するためとして今後数か月以内に発表される予定の「NetZero計画」の中心になる。
 ・英国のCO2の3分の1は、家庭用暖房システムから発生している。
 ・CO2を排出しない電気式のヒートポンプなどへの交換には、通常、少なくとも10,000ポンドの費用がかかる。
 ・交換しない場合、家庭に「罰金」が科される可能性がある。
 ・古い物件に住んでいる場合は、ヒートポンプで暖房可能にするための断熱改築が必要になり、更に何千ポンドも費やす必要があるかもしれない。
2.更に大きい脱炭素の経済的負担

 ・ガスボイラーの禁止は、政府の脱炭素計画のほんの一面に過ぎない。
 ・脱炭素という急進的な計画は、生活のあらゆる側面に影響を与え、非常にコストがかかる。
 ・これまで、コストは隠されていた。ないしは、少なくとも我慢できる範囲のものだった。だが最早そうではない。脱炭素を目指す政策によるコストは急速に上昇している。
 ・英国の風力発電への補助金は世帯あたり年間400ポンド(=6万円)に達している。
 ・その結果、電気料金は過去20年間で2倍になった。
 ・これは脱炭素政策によって今後数十年で再び2倍以上になると予想される。
 ・政府は全員が電気自動車に切替えることを望んでいるが、電気自動車は通常、同等のガソリン自動車よりも10,000ポンド高くなる。だが利便性ははるかに低くなる。
 ・車庫が無い人にとっては、自動車の保有は過去のものになるかもしれない。
 ・自家用車の保有率は現在の半分未満に低下する可能性がある。
杉山大志:英国ガス使用禁止令に元大臣が反旗~日本も「脱...

杉山大志:英国ガス使用禁止令に元大臣が反旗~日本も「脱炭素」の負の側面を伝えよ

寒い冬に暖房ナシで過ごすことになりかねない、とベイカー氏は危惧する。
3.安定した電気が供給されなくなる

 ・脱炭素となると、風が吹いていないときは発電する方法がない。
 ・大臣は電力貯蔵用のバッテリーが好きだが、エンジニアはナンセンスであることを知っている。数時間ならともかく、バッテリーには数日や数週間も送電を続ける能力は無い。
 ・燃料電池用の水素は非常に高価である。また実際に使用するには危険すぎることが判明する可能性がある。
 ・電気を蓄える手段がなければ、風が止まると壊滅的な事態になる。
 ・今年の4月のように3週間も風が吹かない場合、寒い冬の夜を毛布に包んで家で過ごし、風が再び吹き始めるのを待つことになる。

「脱炭素」が消費税増税を超える政治危機になる可能性も

 ベイカー氏は記事を以下のように結んでいる。

 「これまで国民は脱炭素のコストを知らされていなかった。ボリス・ジョンソン党首が、高価で効きの悪い暖房を国民に強制し、さらには自動車の保有を諦めさせたりしたら、保守党は有権者から手痛い報いを受けることになるだろう。脱炭素のコストは、人頭税よりも大きな政治危機をもたらすのではないか。」

 最後に言及している人頭税とは、文字通り人に対して課する税で、サッチャー政権時の1989年に強引に導入されたが、強い反対に遭った。保守党内でも異論が続出し、1990年のサッチャー退陣後、廃止された。

 さて、日本でもすでに再生可能エネルギー賦課金は世帯あたり年間6万円に達している。以前の記事で書いたように、菅政権が2030年の数値目標を26%から46%に20ポイントも深堀りしたことによる追加の経済的負担は世帯あたり年間48万円に達し、仮にすべて電気料金に上乗せされるならば電気料金は現在の5倍となり、世帯当たり年間60万円となる。

 過去の再生可能エネルギー賦課金の実績では1%のCO2削減のために毎年1兆円かかった。20%の深堀であれば毎年20兆円も余計にかかることになる。いま、日本の消費税率は10%で税収は20兆円だ。奇しくも同じ20兆円だ。

 つまり脱炭素政策は、9年後の2030年に消費税倍増と同じだけの国民負担をもたらすことになる。

 さすがにそこに行き着く前に見直しが入るとは思うが、それまでのコストだけでも十分に経済を破壊し生活を脅かすだろう。

 まずは「脱炭素」が引き起こしかねない負の側面をきっちりと国民に知らせたうえで、その施策の是非を問うことが必要であろう。そして、日本の議員も正しい情報を把握し、国民の経済生活を守るという観点からはむやみな「脱炭素」推進に異議申し立てをすべきではないか。

 「脱炭素にまい進した挙句、生活が貧しくなった」では有権者が黙っていないだろう。
杉山 大志(すぎやま たいし/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。温暖化問題およびエネルギー政策を専門とする。産経新聞・『正論』レギュラー寄稿者。著書に『「脱炭素」は嘘だらけ』(産経新聞出版)、『地球温暖化のファクトフルネス』(アマゾン他)等。

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