【櫻井よしこ・奈良林 直】震災から十年を迎えて―

【櫻井よしこ・奈良林 直】震災から十年を迎えて―

右:櫻井 よしこ氏
中:奈良林 直氏
左:山根 真(司会・WiLL編集部)

つらい状況にも負けず

山根 来年、2021年は東日本大震災から10年の節目にあたる年です。

 復興庁が今年2月にまとめたデータによれば、震災による避難生活者は約48,000人と、前年に比べて6,000人減少しました。経済の状況をみると、基幹産業の1つである水産業は風評被害の影響で低迷が続いていましたが、岩手、宮城、福島の三県で製造出荷額は徐々に震災前の水準まで回復。しかし、新型コロナウイルスの影響で現在、飲食・観光業は厳しい状況に追いやられています。

 さて、櫻井さんは講演で全国各地を回っておられますが、一昨年には石巻を訪れる機会もあったそうですね。被災地を訪れて、どんな感想を抱かれましたか。

櫻井 3・11の後、取材や講演で東北を訪れ、現地の方たちに現状を聞いたり、ともに未来を語り合ったりしました。被災地で感じたのは、皆さんがつらい状況にも負けず、前向きに頑張っていらっしゃるということ。東京にいる我々は見習わなければなりません。

女川(おながわ)原発は安全の象徴

山根 女川原発を見学したこともあるそうですね。

櫻井 ええ、震災直後に女川を訪れました。あまり知られていませんが、実は女川原発は、震災時に地域住民の避難所として活用された発電所なのです。2011年3月11日、マグニチュード9.0の大地震と津波が東北を襲いました。その日の夜、近隣住民の皆さんが安全な場所を求めて避難したのが女川原発でした。

奈良林 最大で364人、長い方は3カ月にわたって女川原発の体育館で過ごしました。東北電力が備蓄していた食料や毛布が提供され、住民は集団生活を送っていたのです。

櫻井 原発はテロや他者が侵入する可能性を踏まえ、セキュリティが厳しく、普段は関係者以外なかなか立ち入ることができません。しかし、女川原発の当時の所長は住民を発電所敷地内に避難させるという判断を下しました。東北電力の方によれば、震災当日、住民の代表者が「ここしか安全な場所がない」と訴えたそうです。日頃から事業者と住民の間に信頼関係が醸成されていない限り、そのような声は上がりません。

奈良林 福島第一原発の事故によって、原発=危険というイメージが広がってしまいました。事故から学び反省することも重要ですが、同時に女川原発についても広く伝えなければなりません。原発の安全性を象徴する存在ですから。

歴史と科学に学ぶ

山根 今年2月、女川原発は原子力規制委員会(以下、規制委)の安全審査に合格しました。6月には、政府が原子力防災会議を開催して、被曝対応と新型コロナウイルスなどの感染拡大防止策を盛り込んだ住民避難計画を了承。地元の宮城県も再稼働に前向きな姿勢を示していて、2023年にも再稼働する見込みです。

奈良林 努力の賜物ですね。女川原発は震災に際しても、設計どおり「止める」「冷やす」「閉じ込める」が有効に機能し安全に停止しました。将来にわたって原発の安全性を高めるうえで、モデルケースになり得ます。

 三陸沿岸には平安時代の「貞観(じょうがん)地震」をはじめ、津波を記録する石碑があちこちに残っていて、「ここより下に家を建てるな」というような教訓が記されています。女川原発の原子炉建屋は、海抜14.8メートルに位置していますが、設計にあたっては、東北大学の地震と津波の専門家の知見を聞きながら、東北電力が約半年にわたって侃々諤々の議論を重ねました。

 その際、石碑や津波の地層中の痕跡の調査も踏まえたうえで敷地の高さが決まった。実際に〝千年に一度〟といわれる東日本大震災の津波を耐え抜いたわけですが、女川原発は、科学と歴史の両方を考慮しながら設計されたのです。

櫻井 日本は「自然災害大国」です。世界に占める日本の国土面積は0.25%にもかかわらず、マグニチュード6.0以上の地震の発生回数は22.9%、活火山の数では7.1%を占めています。だからこそ、自然に対する畏敬の念を抱いた先人たちの知恵から学ぶ必要があります。その一方で、人類の英知の結晶ともいえる科学も信じなければなりません。

奈良林 バランスが大切ですね。

櫻井 ええ。ところが、日本の原発をめぐる議論はどうか。原発の恐怖を煽るような声があまりにも大きいのが現実です。片方に偏るのではなく、全体像から判断することが重要です。

本対談の模様はこちらからご覧いただけます。

規制委の「後出しジャンケン」

山根 政府はエネルギー基本計画(以下、エネ基)を策定し、電源構成の数値目標などを決めています。2018年に策定された最新の第5次エネ基では、2030年に原子力の比率を20~22%、再生可能エネルギーを22~24%、石炭・石油・天然ガスなど化石燃料を56%にするよう目標値が定められている。

 そのうえで、現状をみてみましょう。2017年の電源構成は、原子力が3.1%、再エネが16%、火力が80.9%。震災前、2010年は原子力が25.1%、再エネが9.6%、火力が65.4%です。震災以降、原子力の割合が下がり、その分を火力で穴埋めしていることがわかります。

奈良林 民主党政権下で、一時は国内の原発すべてがストップしました。その後、規制委による過剰ともいえる厳しい新規制基準が設けられ、その審査に合格した九基が再稼働しました。ところが、司法判断による運転差し止めや、テロ対策の特定重大事故等対処施設(以下、特重施設)の完成が遅れたため、今年11月には原発の運転は1基になってしまいます。

櫻井 このような状況を招いてしまったのは、規制委の責任が大きいと思います。三条委員会という、政府すら介入できない強い権限と独立性が与えられた規制委ですが、たいへん不合理な審査を行っています。その典型が、テロ対策の特重施設が期限までに完成しなければ、再稼働した原発の運転を停止するという決定です。

奈良林 福島事故を踏まえた新規制基準に適合させるための工事認可から5年以内に特重施設を完成させることが、運転継続の条件になっています。しかし、これは「何年何月まで」という期限を守れないからストップするという、安全の本質とは関係ない新規制基準の運用上の理由にすぎない。たとえ期限内に特重施設が完成しなくても、原発自体の安全性は変わりません。これは、規制委の更田豊志委員長もおっしゃっています。

櫻井 私と奈良林先生は、これまでにいくつかの原発を取材しました。そこで判明したのは、原子力規制委員会は電力会社に「これもやりなさい」「あれもやりなさい」と、次々に追加の要求をしてくるということ。

 規制委と電力会社を、著者と編集者の関係に置き換えてみましょう。編集者の山根さんに「10月末までに原稿用紙20枚分の記事を書いてください」と依頼されると、私は締切に向けて取材の予定を組み、文章の構成を考えながら筆を執ります。ところが1週間後、必死で原稿を書いている最中に、山根さんから「そういえば、あのテーマも加えてください」と言われる。頑張って加筆すると、その1週間後に「やっぱり、このテーマもお願いします」と再度の追加が入る。

 こうなると、取材対象も広がってしまいますし、構成もはじめから練り直さなければなりません。それでいて、当初の締切を過ぎてしまうと、「原稿ができていないじゃないか!」と怒られる。あまりにも理不尽ですが、これを100万倍も大規模にしたものが規制委の追加注文なのです。

奈良林 言うなれば「後出しジャンケン」ですね。次から次へと追加される要求に応えていては、期限は守れません。

櫻井 新たに注文するのであれば、その分の猶予期間が必要です。ところが、規制委は期限を延ばすこともしない。規制委と電力会社の関係はどう見てもフェアではありません。

奈良林 欧米の原子力規制は、むやみに原発を停止させないのが鉄則となっています。原発をいたずらに止めてしまうと、電力供給が危うくなる。電気代も上がるので、国民に損害が生じることを知っているのです。そんななか、規制委は原発を稼働させないリスクを十分に認識していないし、国民に損害を与えている認識もないのではないでしょうか。

櫻井 政治の責任も大きいですね。旧民主党政権が脱原発を掲げ、原子力安全・保安院から規制委を三条委員会にしてつくりました。規制委には原発に恨みを持っているような人たちも少なくありません。それを国会で正式承認したのは自民党政権ですから、自民党の責任も大きいと思います。

奈良林 菅義偉政権には、ぜひ「行政改革」の一環として、原子力規制の在り方にメスを入れていただきたい。

ツケは国民が払う

櫻井 さきほど奈良林先生が大事なことをおっしゃっていました。特重施設が完成していなくても、原発自体の安全性には何ら問題はないという点です。昨年、シンクタンク「国家基本問題研究所」は、奈良林先生を座長として原発再稼働に向けた政策提言を行いました。

奈良林 ええ。自衛隊元幹部の知見も取り入れながら、航空機テロ対策についても具体的に提案しています。原発の敷地の外にポールを立てて直径2センチメートルほどの金属製ワイヤーフェンスを張れば、航空機が突っ込んできても原子炉に直撃しません。

櫻井 航空機がフェンスに引っかかってしまうから、原発本体を狙ったテロを阻止することができますね。低コストかつ効果的な手段といえるでしょう。

奈良林 航空機テロだけでなく、ミサイル攻撃にも対応できます。航空機もミサイルもロケット砲も、ワイヤーにぶつかって目標に到達する前に爆発してしまいますから。特重施設の完成まで、ワイヤーフェンスを設置して稼働し続ければいいのです。海外の原発に実例がありますし、広島空港ではアンテナに引っかかって損傷したアシアナ航空の実例もある。規制委は柔軟に対応すべきです。

櫻井 柔軟に考えることを忘れて規制委のように非合理的な審査を続ければ、そのツケは電気料金の上昇という形で国民に跳ね返ってきます。

 福島事故後、全ての原発が停止して不足した電力供給を補うために、液化天然ガスなど火力発電で穴埋めしました。燃料費の増加金額は、ピーク時の2013年度には年間3.6兆円、1日当たり100億円。その後、一部原発の再稼働や燃料価格の下落もあり、穴埋め用燃料費負担は少し下がっています。それでも、2011年度から現在までの負担総額は20兆円以上に達しています。

奈良林 生活に欠かせない電気の値段を上げると、年金だけで暮らす高齢者や低賃金で働く若者など、社会的弱者の生活を直撃します。ある程度の収入がある方は、電気料金が上昇しても、さほど負担に感じないかもしれない。ところが、ギリギリの生活を送っている人たちにとって、電気料金の上昇は文字通り、生死に関わります。

櫻井 原子力を活用しなければ、日本の産業は衰退していきます。また、国民生活にも重い負担となります。こうした点を忘れてはならないと思います。原発を止めていることによって、2030年までに、少なく見積もって27兆円も国民負担が増えるという試算もあります。

再エネの普及は進むが…

山根 再生可能エネルギーとして、太陽光に注目が集まっています。しかし、「安定的な電源」という観点から、まだまだ課題が残されているようですね。

奈良林 世界最大の太陽光発電は中国で、太陽光パネルだけで175GW分の発電能力を有しています。1GWというのは、だいたい原発1基分。つまり中国には、原発175基分の太陽光パネルが設置されているということ。第2位が日本で、57GW。つまり原発57基分の太陽光パネルが置かれている。3位がアメリカ、4位がドイツです。

 瞬間的なパワーで見れば、「もう原発はいらない」ほど普及したように見えます。しかし太陽光は、稼働率(正確には設備利用率)が低いという大きな欠点があります。太陽が強く照るのは24時間のうち6時間として、25%しか稼働しない。晴天率を50%として乗じると12.5%。つまり、原発57基分の発電能力を持っていても、実際に発電できるのは原発7基分程度なのです。

櫻井 太陽光の不足分は、火力発電に依存することになりますね。

奈良林 電力会社は普段から、天候や時間帯に合わせて調整しています。晴れていたのが曇り始めると、太陽光発電の出力は下がる。いま電力会社は、管轄地域を500メートル四方のマス目に区切って、そこに設置されている太陽光パネルをすべて把握しています。そこに気象衛星「ひまわり」が送る雲の衛星写真を重ねると、15分後、30分後にどれだけ発電するか予想できる。それに合わせて電力の供給量を調整するため、AIを用いて火力発電所に焚き増しの指令を出しているのです。

櫻井 少しでもAIや人が判断を誤れば、大停電に陥りかねません。まさに命がけの作業であることを、私たちは知っておきたいですね。

奈良林 昨年の夏、ある電力会社の中央給電指令所を視察したことがあります。高校野球のシーズンでしたが、指令所の中にも大型のテレビが置かれていて、甲子園の中継を仕事で見守っていました。ヒットを打ったりして試合が盛り上がると、SNSでそれを知って冷房を入れてテレビをつける人が増える。AIでは予想できない電気使用量の増加を、長年の経験をもとに多数の火力発電所に出力増加を指示しているのです。バット1振りによる首都大停電を防ぐための現場の必死の頑張りを、多くの方に知ってほしいですね。

世界は「脱・脱原発」へ

山根 次に、原子力をめぐる各国の動きをみてみましょう。世界は「脱・原発」の方向に進んでいるかのような報道も目にしますが、実際のところどうなのか。

櫻井 世界は「脱・脱原発」の方向に動いています。アメリカやインド、さらにはサウジアラビアやアラブ首長国連邦など中東の産油国ですら、石油の枯渇に備えて原発へのシフトを図っています。

奈良林 一時は脱原発を決めたものの、原発の重要性に気づいて原発推進に転換した国も多い。

 スウェーデンは、国民投票で原発廃止を決めましたが、日照時間が短い北欧では太陽光に依存するのも難しい。暴風雪で大停電が発生したこともあり、いまや国民の80%以上が原発推進に賛成しています。高レベル放射性廃棄物の処分など、国家として原子力政策を進めている。

 フランスのマクロン大統領は、原発からの電気供給を70%から50%まで減らすことを公約に掲げて当選しました。しかし現在では、再エネではCO2が減らせる見通しがないことを理由に、10年先まで原発の運転基数削減を先送りすることにしました。

櫻井 注目すべきは中国です。現在、200基を超える大型原発建設計画を策定し、イギリスなど国外輸出にも力を入れています。

奈良林 今の技術では、太陽光発電を増やしてもCO2の削減ができないことに気づいた中国は、太陽光パネルの大規模工場をいくつも閉鎖すると同時に、一気に原発推進に舵を切りました。

 原子力は、クリーンなエネルギーとしても評価されています。WNA(世界原子力協会)は、2050年代にCO2排出量を80%削減するには、原発を新たに1000基建設すれば達成できると主張しています。

櫻井 エネルギー資源に乏しい日本は、本来であれば他国よりも真剣にエネルギー政策を考えなければなりません。またCO2削減は、地球規模で取り組むべき課題です。技術大国の日本こそ、先頭に立って貢献しなければならないにもかかわらず、我が国は世界の流れとは真逆の方向に進んでいます。

奈良林 スーパーコンピュータもAIも、これらによって制御される工場の生産設備や商品輸送の物流も、すべて膨大な電力を必要とします。すべてがインターネットに接続されることで実現するIoT(モノのインターネット)や工場の生産革命インダストリー4.0のスマート社会は、安定した安全かつ安価な電力を前提にしたものです。

櫻井
 長期的な国家戦略に基づき、最適な電源構成を考える必要がありますね。

※本記事は、ユーチューブ番組「WiLL増刊号」で配信された内容を編集・整理したものです。
櫻井 よしこ(さくらい よしこ)
ベトナム生まれ。ハワイ州立大学歴史学部卒業後、「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙東京支局勤務。日本テレビニュースキャスター等を経て、現在はフリージャーナリストとして活躍。国家基本問題研究所理事長。『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』(中央公論社)で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『日本の危機』(新潮社)など一連の言論活動で菊池寛賞受賞。第26回正論大賞受賞。
奈良林 直 (ならばやし ただし)
1952年、東京都生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科原子核工学修士課程修了。東芝に入社し原子力の安全性に関する研究に携わる。91年、工学博士。同社原子力技術研究所主査、電力・産業システム技術開発センター主幹を経て、2005年、北海道大学大学院工学研究科助教授に就任。16年から名誉教授。2018年4月より東京工業大学特任教授。2018年1月、国際原子力機関(IAEA)、米国原子力規制委員会(NRC)などの専門家が参加する世界職業被曝情報システムの北米シンポジウムで『この1年に世界で最も傑出した教授賞』を受賞。

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