「グレート・リセット」の欠陥

 「グレート・リセット」(いまの社会全体を構成するさまざまなシステムを、いったんすべてリセットすること)によって世界経済が大きく変容され、2050年にはCO2排出量がゼロになる(=脱炭素)、という将来シナリオが猛威を振るっている。

 かかる将来シナリオは、ダボスに集う資本家によって推進されてきた。そして今や、国連、G7諸国政府、日本政府、経団連など大手経済団体、NHK・日本経済新聞・朝日新聞などの大手メディアが唱道する「公式の将来」となっている。
杉山大志:「グレート・リセット」シナリオ①―「グリーン...

杉山大志:「グレート・リセット」シナリオ①―「グリーン成長の未来」は夢物語だ

「グレート・リセット」はもはやG7の常識なのか?
 だがこの将来像には、根本的な欠陥がある。技術的・経済的・政治的な実現可能性が殆どゼロなことだ。

 にも関わらず、長いものに巻かれるのが習性の日本の主要企業は、軒並み、公式には「脱炭素」を掲げている。そしてこのために、事業を預かる現場では混乱が起きている。不可能に向かって突き進むという事業計画を立て、実施しなければならないからだ。

 ありそうにない将来像に基づいて事業を計画・実施することは、企業としての経営判断・投資判断を大きく歪め、利益を損ない、事業の存続すら危うくする。


 そもそも将来は不確実である。従って、複数の将来シナリオを描いた上で、ありそうな全方位に備えるロバスト(堅牢)な事業計画を立てる必要がある。シェル流のシナリオプランニングの思想と手法の要諦である。

 以下、このシナリオプランニングの実践として、3つの異なるグローバルシナリオを、2回に分けて検討する。(なお本稿について更に詳しくは筆者の論文を参照されたい。)
3つのグローバルシナリオ

3つのグローバルシナリオ

via 著者提供

シナリオ① :「再起動」シナリオ、またはグレート・リセット・シナリオ

【概要】
 このシナリオは、前述したように、いま日本政府などの「公式の将来」となっているものだ。

 このシナリオでは、世界経済が「グレート・リセット」され大きく変わる。その結果2050年にはCO2排出量がゼロになる(=脱炭素)。

 その原動力は、環境問題に目覚めた国民であるとする。それが政治を動かし、金融機関・企業が投資の方向を変えることで再生可能エネルギー・電気自動車などのグリーン技術が発達し、それが世界に普及することで、やがて脱炭素が実現する。
【背景】
 イギリスやドイツなどの西欧諸国では、キリスト教と共産主義が衰退した心の空隙に、「温暖化教」が浸透した。人々は神への信仰は失ったが、「人間に原罪があって終末が訪れる、悔い改めねばならない」という物語の基本的パターンは、説教や物語を共有する文化の中に根強く生き残った。そのテンプレートに「温暖化教」がぴたりとはまった。

 欧州のイギリスBBCやドイツZDFなどの主要メディアは資本主義に反する左翼思想の牙城でもあり、気候危機を煽る映像を過去数十年にわたって流し続けた。このため、イギリスでは児童の5人に1人が温暖化による災害の悪夢を見るようになったというほどだ。いまや人々は、本気で気候危機があると思い、CO2ゼロといった極端な目標を掲げる政府を支持している。

 ここ数年になって、ダボスの資本家は、この脱炭素が、じつは儲かることに気が付いた。既存の化石燃料利用の経済から、脱炭素した経済に「グレート・リセット」されるとなると、その過程で巨額のお金が動くためだ。

 すなわち、ある産業が潰れるなら、その価格下落局面で儲けることが出来る。別の産業が興るなら、そこに投資して儲かることになる。理由は何であれ、お金が大きく動くとき、巨額な儲けを挙げることが出来る。

 かくして、世界の大手金融業者が昨年11月の国連気候会議COP26において、グラスゴーネットゼロ金融連盟(Glasgow Financial Alliance for Net Zero 、GFANZ)を立ち上げ、脱炭素に向けて、その投資ポートフォリオを変容させてゆくとした。
罪を冒した人間に神罰が下る ※イメージ

罪を冒した人間に神罰が下る ※イメージ

via 著者提供
【展開】
 このシナリオでは、今後は以下のように世界情勢が展開してゆく。

 1.ドイツの新政権では緑の党が入閣し、2050年となっていたCO2ゼロの目標年を2045年に前倒しして、2022年のG7議長国として他国に同調を求める。支持率低迷にあえぐ英国ボリス・ジョンソン首相と米国バイデン大統領がこれに合わせて、一層野心的な目標を発表する。

 2.日本もこれに前後してCO2ゼロの目標年を2045年に前倒しをする。これに合わせて2030年のCO2削減目標も46%から54%へと一層の深堀をする。

 3.いま世界を襲っているエネルギー危機は一過性のものと判明する。すなわち、OPEC、ロシアによる原油の増産、ロシアとカタールによる天然ガスの増産、および中国の石炭増産によって、需給は緩和、価格も沈静化する。エネルギー価格が下がったことで、脱炭素政策への支持は揺らがず継続する。

 4.コロナ禍後の、諸国政府による大型財政支出継続は継続する。その一環として、GFANZが推進するグリーン投資にも、膨大な資金が流れ込む。
「グリーン成長の未来」は非現実的なシナリオなのでは?

「グリーン成長の未来」は非現実的なシナリオなのでは?

【帰結】
 このシナリオでは、以上の展開によって、数々の望ましい帰結が実現する。

 A) 再エネと電気自動車(EV)は順調に拡大し、不要になった石油・ガスは、国際エネルギー機関(IEA)のネットゼロ・シナリオで予言されたように、需要も価格も低迷する。

 B) 環境・人権と経済安全保障を重視する先進国では、グリーン投資がけん引する形で、重要鉱物の採掘業・精錬業と製造業が復活する。

 C) 国連気候会議では毎年、自信を持った先進国のリーダーシップによって、継続的に諸国の脱炭素政策が強化される。

 D) 産業を取り戻し、環境対策に率先して取り組むG7は、リーマンショック以来の地政学的な失地を回復し、世界のリーダーとして復権を果たす。

 次回は、このグリーン成長のシナリオが「脱線」ないしは「反攻」に逢うシナリオを紹介する。
杉山 大志(すぎやま たいし/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。温暖化問題およびエネルギー政策を専門とする。産経新聞・『正論』レギュラー寄稿者。著書に『脱炭素は嘘だらけ』(産経新聞出版)、『地球温暖化のファクトフルネス』『脱炭素のファクトフルネス』(共にアマゾン他)等。

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