たゆまぬ技術開発により、核融合は今や夢物語などではなく、手の届く技術になった。設計、材料、制御などの主要な課題はすでに解決の見通しが立っている。後は、まず実験炉を造って動作を確かめたのち、いよいよ実用炉へと開発を進めてゆけばよい(岡野邦彦氏による平易な動画解説および講演資料はこちら)。ただし、いましばらくの時間と、大きな先行投資が必要である。最近話題の新方式の核融合炉にも触れよう。
杉山大志:「核融合炉の実用化」はどこまで来ているのか

杉山大志:「核融合炉の実用化」はどこまで来ているのか

via ITER機構

技術開発の現状:必要な投資額とコスト

 核融合は、二酸化炭素を出さずに、安定して電力を供給できる技術として注目されてきた。

 いま日・米・露・中・韓・印の6か国+1地域(EU)の国際協力で、核融合実験炉ITER(イーターと発音する)の建設がフランスで進んでいる。完成は2020年代後半で、2035年にはフルパワーの50万キロワットの熱出力を計画している。普通に見る火力発電所並みの大きさの核融合炉がいよいよ誕生する。

 ITERの建設コストは、2.5兆円前後とされている。こんなに高いのか、という心配はごもっともである。ただし、これはあくまで「国際協力による実験」の段階で必要なコストで、実用炉はもっと安くなる。
 では実用段階では、幾らになるのか。

 内閣府原子力委員会核融合会議 開発戦略検討分科会報告書の試算に基づけば、116万キロワットの発電能力の場合、建設費は4900億円である。

 これは発電コストにすると7.6円/kWhとなる。これならば、今知られているあらゆる発電方式と比較して遜色がない。さらに設計を工夫しコストダウンを進めると、5.4円/kWhまで下がると試算されている。
 「核融合は高くつく」というのは、あくまで実験段階だけの話だ。そこさえ乗り切れば、実用段階では核融合炉は安くできる。既に述べた様に、実験炉であるITERには2.5兆円かかる。さらに、実用炉を設計する前に、もう1度2兆円程度をかけて発電を実証するための原型炉を建設する必要がある。だがその後の実用段階になれば、十分に安価でCO2を出さない、ほぼ無尽蔵の発電技術を人類は手にすることになる。

サイズ面:なぜ核融合炉は大きいのか?

 核融合炉は大型だ。図1をみても、人の大きさ(画像左側の白丸)から、その規模がうかがい知れる。
図1 核融合炉イメージ図

図1 核融合炉イメージ図

via 画像はITER機構提供。人物を囲む白丸は筆者が追加
 ただし大きいとは言っても、同じ規模の出力の原子炉とあまり変わらない。原子力発電所を見学に行かれた方は多いと思うが、それとだいたい同じイメージである。図2から分かる様に、100万キロワット級の原子力発電所と、核融合炉の規模感はあまり変わらない。
図2 核融合炉と原子力発電所のサイズ比較

図2 核融合炉と原子力発電所のサイズ比較

via 著者提供
 ところで、最近の報道では「小型の装置で核融合が実現出来る(以下、”新方式”と呼ぶ。具体的な例は文末注を参照)」とするものが散見される。では、もはや大型な核融合炉は無用の長物なのだろうか?

 決してそうではない。

 核融合炉が大きくならざるを得ない理由は、単に「核融合を起こす」だけではなく、「核融合から熱を取り出し発電をする」ためには、この大きさが必要なためだ。

 核融合炉の構造は図3のようになっている。リング状に並んだ超伝導コイル(赤)の中に燃料である重水素(陽子1つと中性子1つ、海水から採取)と三重水素(陽子1つと中性子2つ、炉内で生産)を閉じ込める。

 図3右に、その断面を示す。プラズマと超伝導コイルの間には、ブランケット(=毛布の意)という装置がある。
図3 核融合炉の構造

図3 核融合炉の構造

via 著者提供
 ブランケットでは、①核融合反応で発生した強力なエネルギーを受けとめ、②発電のための蒸気を発生し、③リチウムを核種変換して燃料である三重水素を生成し、④核融合で発生した中性子が超伝導コイルに当たるのを防ぐ。

 プラズマを発生するだけなら小型化できるかもしれない。だが、核融合で発生したエネルギーに耐えつつ上記4つの機能を同時に果たすためには、ブランケットの内側の表面積はある程度大きくなければ表面の材料が持たないし、ブランケットの厚さは1mは必要になる。また、その外側には超電導コイルも必要になる。

 という訳で、新方式でプラズマだけ小さくできても、ブランケットは小さくできず、コイルも無くならないから、核融合炉自体は、あまり小さくできない(図4)。
図4 超電導コイルの構造

図4 超電導コイルの構造

via 著者提供
 核融合を起こすだけでなく、そこからエネルギーを取り出し、かつ燃料を内部で製造するなど、核融合炉として発電を続けるために必要な一通りのことをするためには、核融合炉はどうしても大きくなるのだ。

大型でも安定・安全とコスト削減をもたらす

 このように、新方式によって、核融合を起こす「プラズマ」を小さくできるとしても、核融合炉全体としてはそれほど小さくできる訳ではない。

 ただし、様々な方法を試すことで、安価に、安定してプラズマを製造できるようになれば、それはコスト低減につながる。大型の核融合炉の一部として、そのようなアイデアは活かされてゆく。従って、並行してさまざまな新方式を研究する価値は十分にある。

 核融合炉は放射性廃棄物をあまり出さず対処が容易であるし、安全性も高い。これは何としても日本の手で実現したい。

 いま日本は再生可能エネルギーの賦課金だけで毎年2.5兆円をかけている。今後も、現行の日本のエネルギー基本計画案を見ると、温暖化対策には何十兆円もかかることになりそうだ。

 ならば、核融合技術開発を重点化、加速化する価値がある。上手く育てれば日本の基幹産業になり、地球温暖化対策の切り札ともなるであろう。
 ★参考

 新方式の例 ※全て英文サイト

 ①MIT and Commonwealth Fusion Systems

 ②Tri Alpha Energy Technologies

 ③Tokamak Energy

 ④Lockheed Martin
 文献資料

 1. プラズマ・核融合学会誌、Vol.93, No.1(2017)pp.18-20

 2. 『核融合エネルギーのきほん』 小川、岡野、笠田著、誠文堂新光社(2021)pp.118-119
杉山 大志(すぎやま たいし/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。温暖化問題およびエネルギー政策を専門とする。産経新聞・『正論』レギュラー寄稿者。著書に『脱炭素は嘘だらけ』(産経新聞出版)、『地球温暖化のファクトフルネス』『脱炭素のファクトフルネス』(共にアマゾン他)等。

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