山口敬之:エマニュエル新駐日大使という"爆弾"

山口敬之:エマニュエル新駐日大使という"爆弾"

ラーム・エマニュエル 新駐日大使

日本を舞台にした「米露戦争」

 日本を舞台に、米露戦争が勃発している。もちろん実際の戦闘ではなく、両国の全権大使が激しく罵り合う「武器を使わない戦争」だ。

 米露舌戦の口火を切ったのは、今月着任したばかりのアメリカのラーム・エマニュエル駐日大使だ。
SNSで舌戦の口火を切ったエマニュエル氏

SNSで舌戦の口火を切ったエマニュエル氏

via twitter
 The Russian Ambassador’s timing to intimidate Japan could not have been worse and lacks self-awareness with Northern Territories Day on Monday. Rules and respect count. The U.S. stands with Japan and its Prime Minister for our shared values and principles.

ロシア大使が日本を恫喝したタイミングは最悪だ。月曜日が北方領土の日だというのに自覚が足りない。ルールと経緯が重要なのだ。アメリカ合衆国は、価値と原則を共有する日本と日本の首相と共にある

 この前日には、ミハイル・ガルージン駐日大使が日本外国特派員協会での記者会見で、ウクライナ情勢をめぐって米欧が計画する対露制裁に日本が同調しないように促していた。

 ロシア大使を名指しで批判したエマニュエル氏の一文には「好戦的な野心家」という氏の本質がよく現れている。

 アメリカ・バイデン政権の現在の最大の外交課題は、「ウクライナ問題でロシアを孤立させる」ということだ。

 エマニュエル大使は、「北方領土は日本の領土だ」という立場を鮮明にすることで、

 ・日露を分断すると同時に
 ・着任地の国民の心を鷲づかみする

 という一石二鳥の作戦に出たのだ。
 ロシア側の反応は予想通りだった。駐日ロシア大使館は3日、ツイッターで「タイミングは完全に正しい」と応酬した。北方領土の返還を求める日本の主張をロシアは認めていないと反論した。
ロシア大使館も応酬

ロシア大使館も応酬

via twitter
 ここまではエマニュエル大使の作戦通りだ。月曜日の「北方領土の日」を前に、ロシア大使に「北方領土はロシアの領土」と主張させた。

 ロシアの不法占拠に対する日本国民の怒りを惹起(じゃっき)し、自分は日本の主張に寄り添ってみせる。

 着任早々の駐日大使の日本国民に対する「挨拶」としても、「ロシアの孤立化」「日露の分断」という外交方針としても、極めて戦略的な完璧なデビューだった。

「戦後最悪の米露関係」を担ったエマニュエル氏

 エマニュエル氏は2011年から2019年までオバマ元大統領の地元のシカゴで市長を務め、その前はオバマ政権の首席大統領補佐官を務めていた事もあり、オバマ政権幹部との関係の深さで知られている。

 バラク・オバマといえば、2008年のロシアのグルジア(ジョージア)侵攻で悪化していた米露関係の「リセット」を掲げて2009年に大統領に就任したが、プーチン大統領との相性が決定的に悪く、オバマ政権の8年間で米露関係は「戦後最悪」と言われる状態に陥った。

 エマニュエル氏は発足当初のオバマ政権で、バイデン副大統領と共に対露政策など外交全般にも深く関与した。

 昨年大統領となったバイデンもオバマ時代の反ロシア体質をそのまま引き継いだ。象徴的なのが、国務次官にビクトリア・ヌーランドを抜擢したことだ。

 ヌーランドは大学卒業後すぐに国務省に入省した生粋の外交官だ。欧州との関係を担当するセクションが長くNATO大使などを歴任したが、その外交姿勢は「反ロシア」に貫かれていた。ウクライナの反露デモに参加してビスケットを配ったエピソードは有名だ。

 オバマ時代も国務次官補としてヨーロッパ地域を担当した。日本で言えば外務省欧州局長だ。この時、政情不安に陥っていたウクライナの内政に介入して反ロシア派の大統領候補を露骨に後押しした。これにはロシアのみならずウクライナ側からも「内政干渉」として批判を浴びた。
著者提供 (11025)

ビクトリア・ヌーランド国務次官
via 著者提供
 バイデンはそんな人物を国務省の外交政策全般を指揮する国務次官に抜擢したのだ。ウクライナ情勢が緊迫する中で、そんな人物を外交の司令塔に据えているのだから、ロシアとの関係がうまく行くはずがない。

 バイデンはオバマ時代の「最悪の米露関係」という負の遺産を、自ら進んで引き継いだのだ。
 
 ヌーランドの祖父はロシアからアメリカに移民したユダヤ人だ。「シオニスト(ユダヤ主義)」という共通点を持つエマニュエル氏とは浅からぬ縁だ。駐日大使となっても、様々な局面でヌーランドと連携するものと見られている。

 こうして見てくると、エマニュエル氏は「民主党のロシア脅威論」と「オバマ・バイデンのプーチン嫌い」という、二重の反露姿勢を今でも貫いていることがわかる。

 だからこそ駐日大使として就任早々、「日露の分断」に精を出しているのだ。
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反露の二人(左:バイデン、右:オバマ)

プーチンの「対日軽視」を利用

 嫌露が骨の髄まで染み付いたエマニュエル大使にとっては、冷え切った日露関係は格好の「付け入る隙」だ。

 しかし、第2次安倍政権前半の日露関係は希望に満ちていた。2016年12月にプーチン大統領が訪日して安倍首相の地元山口県で行われた日露首脳会談では、平和条約問題について率直かつ非常に突っ込んだ議論が行われた。その結果「北方領土問題を解決する」という強い意志が、安倍・プーチン両首脳によって内外に示された。

 そして北方四島における共同経済活動が、平和条約の締結に向けた重要な一歩になるとして具体的な協議が始まった。

 2018年11月にシンガポールで安倍首相と会談したプーチンは、平和条約締結後の色丹島と歯舞群島の日本への引き渡しが明記されている1956年の日ソ共同宣言を基礎として、平和条約を加速化させることで合意した。

 さらに2019年6月の日露首脳会談で両首脳は、北方領土で日露共同のパイロット・プロジェクトを実施することで一致し、ゴミ処理や観光など具体的なプロジェクトが選定された。

「北方領土とロシア極東地域の日露共同開発」こそが、難しい領土問題を解決するエンジンだったのだ。
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日本を軽く見てます!
 ところが、その後ロシアは北方領土で日本抜きの開発を加速させ、日露首脳会談の精神を蹂躙した。

 そして個人的な信頼関係のあった安倍氏が首相の座を退くと、プーチンの「日本軽視」はさらに加速した。昨年12月には、ロシアが北方領土への外資誘致を目的に一方的に準備を進める特別地区について、韓国企業に参加を求めた。ロシアの副首相が韓国側とのオンライン会談で、「クリル諸島の開発に韓国を招待する」と述べたのだ。ロシアの言うクリル諸島には北方領土が含まれる。

 2012年には、韓国企業「クムト総合建設」が択捉(えとろふ)島内岡(なよか)港における港湾整備事業に参加することが明らかになるなど、韓国企業の北方領土進出には度重なる前科がある。 

 ロシアは今、日本との信頼醸成の道筋を意図的に閉ざしている。そして「戦後最悪」と言われる日韓関係に乗じて、日本人の神経を逆撫でしている。

安易な「日露分断」「日韓関係改善」に乗るな!

 ロシアの日本軽視は、「日露分断」を至上命題と位置付けているエマニュエル氏にとっては、強烈な追い風だ。

 しかしバイデン政権の日露分断工作に、日本は安易に乗ってはならない。

 というのは、クリントン・オバマ・バイデンと引き継がれてきたアメリカ民主党の大統領こそ、徹底的な「日本軽視」「韓国重視」の傾向が色濃い、危険な政権なのだ。

 1998年に大統領として初めて中国を訪問したクリントンは、同盟国であった日本に立ち寄らずに帰国し、日本軽視の姿勢を鮮明にした。この時、日本を無視するという意味合いの「ジャパン・パッシング」という言葉が生まれた。

 クリントンのジャパン・パッシングは、外遊日程にとどまらなかった。欧米の投資マネーが日本以外の中国やシンガポールなど金融・資本市場に流れる現象も、クリントン政権下で加速した。

 この時、大統領上級顧問を務めていたのがエマニュエル氏であり、クリントン家とエマニュエル氏は今なお「シオニスト」と「国際金融マフィア」という2つの軸で深く繋がっている。

 そしてエマニュエル氏が首席大統領補佐官を務めたオバマ政権の日本軽視は、拙著『暗闘』(幻冬舎)で詳述した。

 クリントンのジャパン・パッシングを継承したオバマ政権の中でも、バイデン副大統領の「日本軽視」「韓国重視」は有名だった。

 慰安婦問題に関する日韓合意を陰で日本に押し付けたのはバイデン周辺だったが、韓国が一方的に合意を破棄しても、文句一つ言わなかった。
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私も日本を軽く見ています―
 その一方で、安倍首相の靖国参拝に対して「deeply disappointed」(非常に失望した)という、同盟国の首脳に対しては通常使わない激しい言葉で国務省に非難させようとしたのが、バイデン副大統領である。

 大統領就任後もバイデンは、レーダー照射事件など韓国側の日本に対する度重なる外交非礼は批判せず、日本側にばかり「日韓関係の改善」を要求している。

 はっきりしているのは、バイデン政権には中韓ロビーが奥深くまで浸透しているという動かし難い事実であり、だからこそ歴史問題では露骨に韓国寄りの姿勢を見せ続けてきたのだ。

 今回の日本赴任にあたり、エマニュエル氏はバイデンから「日韓関係の改善」という課題も与えられている。

「史上最悪の米露関係」と「史上最悪の日韓関係」。そして、野心家のエマニュエル大使。

 日本政府として最も大切なのは、バイデンに直接電話できるエマニュエル大使に、日本の立場と韓国の理不尽を完璧に理解させることだ。そして大統領本人の「日本軽視」「韓国贔屓」の姿勢を改めさせる。

 そのためには、間違った歴史認識にはハッキリとNOと言い、しっかりと闘う姿勢を見せなければならない。

 しかし先月、佐渡金山のユネスコ世界遺産推薦問題では、岸田首相の「事勿れ主義」が露呈した(2/4日配信『今度は「敵前逃亡」で歴史戦"連敗"の岸田首相』を参照)。
「弱腰」岸田政権で太刀打ちできるのか―

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 様々な軋轢(あつれき)を背負い、強烈な主張を携えて日本にやってきたエマニュエル大使を日本の味方にできるか。百戦錬磨の新大使に対峙する岸田政権に求められるのは、「日本の国益を徹底的に守る覚悟」と「論争から逃げない胆力」である。
山口 敬之(やまぐち のりゆき)
1966年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。
1990年、慶應義塾大学経済学部卒後、TBS入社。以来25年間報道局に所属する。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部所属。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月、TBSを退職。
著書に『総理』『暗闘』(ともに幻冬舎)、新著に『中国に侵略されたアメリカ』(ワック)。

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この記事へのコメント

2022/3/28 01:03

米国の思惑に乗る必要はないが、ロシアは北方領土を侵略している敵国であるから経済協力で希望などという頓珍漢な発想に陥らず、もともと分断している状態から敵国に歩み寄らないよう注意していきたい。

本郷 2022/3/13 10:03

山口敬之氏は、見事にアメリカ大使(ユダヤ系アメリカ人)の本質を見抜き、嚙み砕いて説明しています。お見事です。

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