"オワコン"化していたバイデン

 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナ侵略という蛮行を決行した5日の3月1日(日本時間3月2日)、アメリカのジョー・バイデン大統領はワシントンDCの連邦議会で一般教書演説を行った。

 ウクライナ戦争勃発前に用意されていた演説原稿は、就任から13カ月あまり経った自身の政権の成果をアメリカ国民にアピールする内容だった。

 しかし、バイデン政権には実際には誇るべき成果はほとんどなかった。

 アメリカのシンクタンク「ピューリサーチセンター」が1月25日に発表したバイデン大統領の支持率は41%、不支持率56%。1年前、すなわち就任後間もなく行われた2021年3月の世論調査では支持率が54%不支持率が42%だったから、10カ月間で支持率が13ポイントも急降下し、不支持率が14ポイント上昇したことになる。

 個別課題に関する質問でも、コロナ対策、経済政策、国際問題など全ての質問で「信頼できない」と回答した人が「信頼できる」と答えた人を上回った。中でも経済政策については、89%が食料品および消費財の価格が1年前よりも悪化したと答え、82%はガス価格、79%は住居費が上昇したと答え、バイデン政権の経済運営に強烈な不満を抱えていることが判明した。

 そして中間選挙に向けて非常に深刻に受け止められたのは、出身母体である民主党支持者からの不満の声が大きくなっていることだった。アメリカという国家の現状に満足しているかとの問いに対し、「満足」と回答した民主党支持者は29%にとどまり、2021年3月の47%から18ポイント低下した。

 保守系の調査結果はもっと悲惨だ。調査会社ラスムッセンの調査を見ると支持が38%で不支持は60%、中間選挙での惨敗が予測されるレベルに突入していた。

 支持と不支持が同数だったのは8月9日が最後。8月15日のアフガニスタン撤退の頃を境に悪化を続けており、支持率の底が割れ回復の兆しは全くなかった。

書き換えられた一般教書演説

山口敬之:プーチンの侵略を"フル活用"するバイデンの狡猾

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「反転攻勢」のチャンスを捉えたバイデン
 そういう意味では、バイデンにとってウクライナ戦争は、離れていく有権者の心をつなぎ止め反転攻勢させる絶好のチャンスだった。その「喜び」が、一般教書演説に滲(にじ)んでいた。

 急遽、書き直された演説草稿は、冒頭から10分以上がウクライナ情勢に割かれていた。
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 下院議長、副大統領、ファーストレディー、セカンドジェントルマン(副大統領の配偶者)、連邦議会議員、閣僚、最高裁判事、米国民の皆さん。昨年は新型コロナウイルスが私たちを隔離していた。今年、我々はようやく再び共に集った。今夜、我々は民主党員、共和党員、無党派として、しかし最も重要なことには米国民として顔を合わせている。相互への、米国民への、そして憲法への義務と共に。そして自由は常に専制に勝利するという揺るぎない決意と共に。

 6日前、ロシアのウラジーミル・プーチンは自由な世界を彼の威嚇的なやり方に屈服させることができると考え、その基盤を揺るがそうとした。しかし彼はひどい誤算をした。彼はウクライナになだれ込むことができ、世界は言いなりになると思っていた。その代わりに、彼は想像もしなかった強固な壁に出くわした。ウクライナの人々だ。

 ゼレンスキー大統領からあらゆるウクライナ国民まで、彼らの大胆不敵さ、勇気、決意が世界を触発している。体を張って戦車を止める市民たち。学生から退職者、教諭まで誰もが母国を守る戦士となった。この戦いでは、ゼレンスキー氏が欧州議会の演説で語ったように「光が闇を打ち負かす」のだ。

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 プーチンを攻撃し、ゼレンスキーを擁護する演説の端々に、バイデンにとってウクライナ戦争が自分にとって千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスであるという興奮を隠す気もないようだった。

 しかし演説の内容を詳細に検証すると、戦時のアメリカ大統領の一般教書演説としては、実は極めて異例の内容だったと言える。

 演説の冒頭からずっと、戦争を防ぐという方向でも、ロシアを成敗するという方向でも、「アメリカ」や「バイデン政権」が主語となる文が出てこないのだ。

 アメリカ大統領の一般教書演説と言えば、外交や内政に関する自身の政権の成果をこれでもかと強調するのが常だ。ところがバイデンはウクライナ戦争について自身の成果や取り組みをほとんどと言っていいほどアピールしなかった。
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 我々は歴史を通して、独裁者が侵略の代償を払わなければ、彼らはさらなる混乱を引き起こすという教訓を学んできた。彼らは進み続ける。そして米国と世界へのコストと脅威は増し続ける。だからこそ、第2次世界大戦の後、欧州での平和と安定を確保するために北大西洋条約機構(NATO)同盟が創設された。米国は他の29カ国と共に一員だ。米国の外交、米国の決意は大きな意味を持つ。
 
(中略)

 そして彼が行動に移したため、自由な世界は彼に責任を取らせている。フランス、ドイツ、イタリアを含む欧州連合(EU)の27カ国や、英国、カナダ、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドといった国々、さらに他の多くの国々、スイスさえも共に。我々はロシアに痛みを与え、ウクライナの人々を支援している。プーチンはかつてなく世界から孤立している。

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 こうした文章が大統領の本心をハッキリと映している。バイデンがウクライナ戦争に関して誇ったのは、過去の大統領と自由主義陣営の成果でありバイデン政権の成果や取り組みではなかった。

 当たり前である。バイデンはロシアがウクライナを侵略すると知りながら放置した。戦争を防ぐ努力を全くしなかったのだ。

プーチンの開戦決断を後押しした「米軍派遣否定」宣言

 バイデンは今月に入ってから、何度も「ロシアが侵攻を決断した」と言い続けた。
 その一方で、2月10日にはテレビ局のインタビューで「ロシアがウクライナに侵攻してもアメリカ軍をウクライナ国内に派遣することはない」と断言した。

 ウクライナはアメリカの同盟国ではなくNATOにも加盟していないから、アメリカに防衛義務はない。だから、アメリカには「米軍を派遣しない」という選択肢はもちろんある。

 その一方で「派遣する」という選択肢もある。実際アメリカはこれまで何度も、非同盟国の紛争に米軍を派遣して戦争を主導した。そしてそのために、世界中に米軍を配置している。欧州とロシアに睨(にら)みを効かせているのが、ドイツのシュトゥットガルトに本部を置くアメリカ欧州軍(US-EUCOM: United States European Command)だ。
 ウクライナの隣国ポーランドには、陸軍第4歩兵師団の第3機甲旅団戦闘団(ABCT)の約3500人が駐留。これはロシアによる侵攻の抑止を目的とした「大西洋の決意作戦(Operation Atlantic Resolve)」の一環で、ポーランド軍の訓練や安全保障を支援するものだ。
 
 同様の部隊はウクライナにもいる。数百人の軍事顧問団がキエフなどに展開して、ウクライナ軍に軍事教練を施している。これ以外にも米軍らエストニア、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、ブルガリア、ハンガリーなどに展開している。

 欧州に配置されたこれらの米軍がフル稼働したのが1999年のコソボ紛争だ。親露派のミロシェヴィッチ大統領が率いるユーゴスラビア連邦共和国と周辺地域に、NATO軍を率いて大規模な空爆を実施したのだ。

 ユーゴスラビアはアメリカの同盟国ではなく、NATOにも加盟していなかったが、アメリカは「コソボ地域におけるアルバニア系住民の保護」を武力行使の口実とした。その後は「ユーゴスラビア各地でセルビア系住民による集団虐殺が行われている」として、ベオグラードを始めとするユーゴスラビア全土に空爆地域を拡大した。

 この攻撃で、多くの戦闘員ではない無辜(むこ)の市民が殺害され、広島・長崎への原爆投下や東京大空襲以来の、米軍による非戦闘員の大量殺戮となった。当時のユーゴスラビア政府は「NATOの行為は市民を標的とした恐怖攻撃」と激しく批判した。
wikipedia (11335)

コソボ紛争時の空爆の模様
via wikipedia
 アメリカは「同盟関係にないから米軍を派遣できない」のではなく、自分が参加したければ様々な口実を見つけて世界中のどこにでも戦争をしにいく国なのだ。

 だからバイデンは、ロシアの侵攻前にあえて「米軍を派遣しない」とカメラの前で宣言する必要はなかった。

 もしバイデンに戦争を防ごうという意図があったなら、内心では「ロシアが戦端を開いても米軍は派遣しない」と決めていたとしても、「米軍を派遣するという選択肢もある」「軍事オプションを排除しない」などと言って、プーチンを牽制すれば良かったのだ。

 バイデンが早期に米軍派遣を全否定したことについて、日米のメディアは「アメリカ国民の厭戦(えんせん)気分に配慮した」と解説した。

バイデンが戦争を望んだ証左

 ところが、この解釈では説明できない事態が起きた。プーチンが侵攻を開始した2日後の2月26日、アメリカのブリンケン国務長官がウクライナに対して最大3億5000万ドル、日本円にしておよそ400億円の追加の軍事支援を行うと発表したのだ。

 この支援の最大のポイントは、対戦車ミサイル「ジャベリン」の大量供与だ。
著者提供 (11328)

大きな効果を発揮している対戦車ミサイル「ジャベリン」
via 著者提供
著者提供 (11329)

「ジャベリン」発射の瞬間
via 著者提供
「ジャベリン」は戦車などの装甲を貫通する強力なミサイルを標的に向けて自動で誘導する精密兵器で、経験の少ないウクライナ兵士でも短時間の指導ですぐに使えるようになる。

 ウクライナ軍はジャベリンで破壊したロシア軍の戦車の残骸の写真をSNSで公表している。
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「ジャベリン」により破壊された戦車
via 著者提供
 敵地に侵入した戦車や装甲車は、ジャベリンなどの対戦車兵器の攻撃に対しては極めて脆弱(ぜいじゃく)だ。もしアメリカが事前にウクライナへのジャベリン大量供与を発表していれば、プーチンに地上部隊による全面侵攻を躊躇(ちゅうちょ)させることができた。

 ところが、アメリカがジャベリン供与を発表したのはロシア軍が国境を超えてウクライナ領土への侵攻が確認された後だ。この時系列を見ただけでも、アメリカには戦争を未然に防ぐ意思が全くなかったどころか、逆にプーチンの本格侵攻の決断を妨害しないようにしていたと言わざるを得ない。

 他にもバイデンが戦争を望んでいた事を示すいくつかのインテリジェンス情報と、いくつもの状況証拠がある。

 実際、バイデンはロシアの暴挙で国際的にも国内的にも計り知れない利益を得た。

 ○ロシアの孤立化
 ○北欧・東欧地域の嫌露感情の情勢
 ○ドイツとロシアの切り離し
 ○プーチン政権弱体化
 ○中間選挙に向けた支持率テコ入れ 
 ○プーチンと近いトランプへの牽制


 ロイターによる最新の米世論調査で、ロシアのウクライナ侵攻を受けたバイデン大統領の対応への支持率が43%と、前週の34%から上昇した。

 バイデンはウクライナを見捨て、プーチンを戦争に誘い込むことで、支持率回復という果実を得た。

 侵略という暴挙に出たプーチンは、いくら糾弾してもしたりない。しかし、密かにプーチンを戦争に誘い込んだバイデンの悪行は、アメリカの巧妙な情報操作によって完全にかき消されている。
山口 敬之(やまぐち のりゆき)
1966年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。
1990年、慶應義塾大学経済学部卒後、TBS入社。以来25年間報道局に所属する。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部所属。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月、TBSを退職。
著書に『総理』『暗闘』(ともに幻冬舎)、新著に『中国に侵略されたアメリカ』(ワック)。

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