【石角莞爾】「ハンコ廃止論」を再考する

【石角莞爾】「ハンコ廃止論」を再考する

 ハンコ廃止主義はコロナ感染防止にとってマイナスではないか――。

 私は菅新政権がデジタル化促進のためのデジタル庁の設立とハンコ廃止運動を提唱する以前に、この「WiLL Online 版」にデジタル化の遅れとハンコ廃止主義を発表していた。いわば菅政権の政策は私の主張をコピー&ペーストしたものと言っても過言ではない。
 私のデジタル化とハンコ廃止主義については「WiLL Online版」2020年7月5日(過去記事①)をご覧いただきたい。

 ところが、最近になってコロナ感染を防ぐためにはハンコは欠かせない、コロナ感染を防ぐためにハンコは有益である、感染を防ぐためにはハンコ文化が役立っている……ことに気づいた。

 日本でコロナ感染が少ないファクターXの1つとして、「ハンコ文化」について述べてみたい。

 日本でハンコの使われ方は多くの局面がある。どの局面でハンコを廃止すべきか、ということにつき、私は「WiLL Online版」で色々な局面に分けて述べている(過去記事②)。

 宅急便や書留郵便その他庶民の生活の日常で要求される認印は日本では「認印の代わりにサインでいいですか?」と聞くと、「サインでも結構です」と言われることが多い。そこで、そんな場面でハンコを廃止するとどうなるか。実はコロナが蔓延する恐れがあることを、ここで指摘したい。

 なぜならば、サインをする時に使うボールペンが問題なのである。ボールペンは多くの場合、相手方のボールペンを使用することが多い。相手方というのは店側業者側である。となると、そのボールペンの使い回しが行われている。

 何人もの人間の手に触れたボールペンを使ってサインをすれば、当然そのボールペンに付いているコロナウイルスが自分の指先に付き、その付いたウイルスをマスクのところに持って行って触れると、マスクにウイルスが付着し、それを吸い込んでしまうことによって感染する。あるいは口や鼻、目のところにその手指を持っていけばそこにウイルスが付き、それを吸い込むことによって感染する。

 しかし、認印ならこのリスクはない。なぜならば、認印は全て自分の印章を使うから、自分の印章は自分しか触れていないので、決して他人が触れたものに触れることにより、コロナを自分に付着させるというリスクがゼロになるからである。

 そういう意味で、コロナ感染防止には認印、受領印の使用を強く勧め、認印、受領印の代わりにサインで代用することを強く抑制するべきだ、と、ここで主張しておきたい。


 過去の記事では日本のビジネスを停滞させている1つの原因として「ハンコ主義」はある旨を述べたが、日常のコロナ感染防止という観点からはハンコが有用であることに気づいた。ハンコ論議も100かゼロではなく、様々なシーンを想定して使い分けを論じるべきであろう。
石角 完爾(いしずみ かんじ)
1947年、京都府出身。通商産業省(現・経済産業省)を経て、ハーバード・ロースクール、ペンシルベニア大学ロースクールを卒業。米国証券取引委員会 General Counsel's Office Trainee、ニューヨークの法律事務所シャーマン・アンド・スターリングを経て、1981年に千代田国際経営法律事務所を開設。現在はイギリスおよびアメリカを中心に教育コンサルタントとして、世界中のボーディングスクールの調査・研究を行っている。著書に『ファイナル・クラッシュ 世界経済は大破局に向かっている!』(朝日新聞出版)、『ファイナル・カウントダウン 円安で日本経済はクラッシュする』(角川書店)等著書多数。

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