知事への怒りが爆発

「おかしいだろ……」
 静岡県の川勝平太知事が議会で答弁していると、議場からは反発の声が上がった。静岡県議会で大きな問題となっているのが、静岡県内で開催中の日中韓3カ国による文化事業「東アジア文化都市」の発展的継承センターをめぐる知事の発言だ。川勝知事がこの拠点を三島市につくるとして、静岡県商工会議所連合会の会長らに向けてこう発言した。

「東アジア文化都市を継承する拠点を三島市につくりたい。土地を物色していて、『詰めの段階』に入っている」

 詰めの段階というと、もはや最終局面のように受け止められる。しかし、そのことを問われた川勝知事は、「まだ1つのアイデアに過ぎなくて、何も決まっていないのが現状です」と弁明した。議会最大会派の自民党は、「事実と異なる」と訂正を求めたが、川勝知事は「申し入れを真摯に受け止める」と言いつつ、なぜか訂正を頑なに拒否。議会でも同様に「訂正しない」と答弁したため、冒頭の「おかしいだろ……」という反発の声が上がったのだ。
 その後、自民党の議員総会では怒りを爆発させる議員も出た。

「訂正させろ! もうちょっと闘う姿勢をみせないとダメ! なめられてるんだよ、完全に! 訂正させなきゃダメ!」

 県議会が川勝知事に発言の訂正を求める決議案を提出すると、全会一致で可決された。慌てた川勝知事は発言を全面的に謝罪。「(計画を)白紙に戻す」と明言した。川勝知事は7月の会見で、「今度、人様に迷惑をかけることがあれば辞職する」と表明している。自身の失言に対する全会一致の決議案には、さぞかし震え上がったことだろう。ただし、発言の訂正は頑(かたく)なに拒んだままだ。

自民党は連戦連敗

 幾度となく失言と暴言を繰り返してきたにもかかわらず、川勝知事は現在、4期目となる長期政権を築いている。

 静岡県の政治風土を観察すると、実に奇妙なものが見えてくる。県議会は定数68だが、1人が欠員となっているため、67人の議員がいる。自民党(会派名は自民改革会議)は41議席で、過半数を優に超える議席数を持っており、川勝知事を支える「ふじのくに県民クラブ」はわずか17議席しかない。公明党が5議席、無所属が4議席となっている。

 これだけ自民党が大きな勢力を持っているにもかかわらず、県知事選では連戦連敗している。先日、否決されてしまった川勝知事への不信任決議案は、地方自治法第178条の規定により、議員数の3分の2以上が出席し、その4分の3以上の賛成が必要だが、1票足らず否決されてしまった。自民党本部の職員の一人はこう解説する。

「川勝知事を支える『ふじのくに県民クラブ』会派の議員が1人でも造反すれば可決できたのに、彼らを懐柔できる自民党議員がいなかった。静岡県は東部、中部、西部でそれぞれ気質が違うとされており、自民党の県議団にもそれぞれの地域に声の大きい議員は存在している。しかし、全体をまとめあげる『ドン』がおらず、会派全体はバラバラなままだ。せっかく世論が川勝知事に対して大きな反発をしている今、議会がもう少し頑張らなければならない」

妨害を続ける理由

 リニアをめぐっても、川勝知事は全面的な妨害を企(くわだ)てており、静岡工区における工事着工への見通しがまったく立っていない。現在、リニアの技術は中国との開発競争が続いている。日本のリニア開発が足踏みをすることで、中国資本が世界中の国や地域に「実績」を携(たずさ)えて売り込みをかけることも予測される。

 リニアの開通で、既存の新幹線が静岡県での停車を増やすので、10年で約1700億円の経済効果があることが国土交通省から発表されている。これまでは、静岡県から東京へと出張に行きたくても、静岡県に止まる新幹線の本数が少なすぎると、静岡県の自治体から要望が出ていたほどだ。これがリニアの開通により解消されるわけだ。
「経済効果」の民間試算は、経済効果が本当にあるのかわからないものまで組み込んでしまうようなケースもあるが、この国交省の試算は違う。つまり、純粋に静岡にプラスになる部分の試算ということだ。東京・名古屋間がリニアによって短時間で結ばれるだけでなく、静岡県民にとってもプラスだ。川勝知事による妨害は、中国だけが喜ぶ結果をもたらす。

 川勝知事はあらゆることに「懸念がある」「検討していく」と連発し、ゴールポストを動かし続けている。彼はなぜ、リニアの工事着工を妨害し続けているのか。筆者はその答えが、川勝知事がリニア工事を批判してしまった手前、単純に引くに引けなくなっていることにあると思っている。

 他方、関係者の間では、川勝知事が『中央公論』2020年11月号で「〝命の水〟を戻すことができないのであれば、南アルプス・トンネル・ルートは潔くあきらめるべきです。(中略)迂回ルートへの変更なり部分開業なりを考えるのは『国策』をあずかる関係者の責務でしょう」と寄稿している点を踏まえて、ルート変更をさせたいのではないかという認識がある。しかし、このルート変更に何の意味や経済的メリットがあるというのだろうか。水資源、土、生態系が心配なら、迂回ルートのほうが走行距離が長くなり、影響が大きくなるだけだ。

 静岡を通らなくすればOKという感覚が、私にはまったくわからない。現状の品川と名古屋をなるべくまっすぐ結んだルートが適切であることは明らかで、営業妨害に等しい行為だ。これでは川勝知事がリニアの妨害を続ける理由が「中国のエージェントだから」という指摘にも説得力が出てきてしまう。

まともな対抗馬を立てろ

 川勝知事がいま問題にしているのは、水の問題、土の問題、そして虫の問題だ。水1滴減らすな、土1粒置くな、虫1匹にも影響がないかしっかり調べろなどと、意味のわからないことを言い続けている。

 水の問題については、「田代ダム案」を受け入れたことで、リニア着工へ向けて一歩前進と評価するメディアは多かったが、県のホームページに掲載されている会見動画を確認すると、「県の専門部会に持ち帰って検討」というスタンスは一切変わっていないことがわかる。

 他方でJR東海は、国の有識者会議の取りまとめのなかで、導水路トンネルを通じてトンネル湧水を大井川に戻すという対策を取ろうとしている。中下流域の水資源には影響を与えないとされているが、その戻した水による生態系への影響を考慮し、戻す水の温度にまで気を遣おうとしているのだ。地中からでた水は、温度が高いケースがあり、底生生物などに影響を与える可能性があるためだというが、ここまで徹底したJR東海の「寄り添う姿勢」を、日本国民はもう少し評価した方がいいのではないか。

 県議会がきちんと川勝知事を引きずり下ろすことができないのであれば、2025年6月に行われる次の静岡県知事選挙にきちんとした対抗馬が立てられるのかということになる。これまた不安なのは、静岡の自民党国会議員の弱さである。まとめ役であるはずの塩谷立(しおのやりゅう)衆議院議員(安倍派・座長)は、比例復活組という選挙の弱さを抱えている。

 前々回の県知事選(2017年)では、細野豪志衆議院議員(当時民進党、現在自民党)が手を上げようとしたにもかかわらず黙殺。前回の選挙(2021年)では、1年前からの準備を始めたものの、有力な候補を立てることができずに川勝知事に大惨敗した。2025年の知事選挙には、まともな候補を立ててほしいものだ。
おぐら けんいち
1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社に入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長に就任(2020年1月)。21年7年に独立。現在に至る。

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