ローカルな問題ではない

 混迷を極めるリニア中央新幹線の静岡工区問題。静岡県知事の川勝平太がJR東海のリニア建設着工をありとあらゆる手段を使って妨害している。当初、2027年の予定だったリニア中央新幹線開業は、かりに川勝がすぐに着工許可を出したとしても、最短で2030年。大幅に遅れているのだ。

 川勝からは、現在行われている「水」の議論が終わったとしても、「生態系」の問題で着工を妨害する意図が見え隠れしている。私たち日本人が楽しみにしているリニアが開業するのは、さらに5年、10年と後ろ倒しされる可能性すらある。今でこそ世界最先端の技術であるリニアだが、中国勢などによる猛烈な技術開発や模倣などによって、陳腐化してしまうかもしれない。
 このままでは日本経済は衰退し、習近平が笑うだけである。かつて日本共産党は「リニアが開業すれば大量の電気を消費する。その大量の電気を供給するために、原発が必要になる。ゆえに反対」という陰謀論ともいえるロジックでリニア計画に反対をしてきた。私たちはリニアを静岡県だけの問題と捉えるべきではないだろう。

 川勝はなぜ、リニア開業を妨害し続けるのか。
 様々な憶測が流れているが、リニア開業は、少なくとも静岡県民にとってデメリットがない。リニアが開業すれば、JR東海はダイヤ改正をして、静岡県に停車する新幹線の数を増やすことを公表している。
 すでにJR東海は、工事用車両の通行の安全確保と地域振興のために、大井川の中流域に位置する井川地区と静岡市街地を結ぶ南アルプス公園線に約4・7キロの「県道トンネル」を建設する費用140億円を負担することにしている。本来であれば、地域振興の恩恵を受ける静岡市が半分は負担すべきだが、JR東海が譲歩して全額を負担することになった。静岡県からは「リニアによるメリットがない」と主張する声が聞こえるが、南アルプスへのアクセスが改善されることで、観光客の増加などが見込める。交通アクセスの悪い過疎地域もリニア建設によって発展するだろう。
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日本のリニアの未来は――?(画像はイメージ)

理不尽な要求

 静岡県民にとってメリットばかりだが、川勝はなぜ反対するのか。これまでの経緯を振り返ると、どうやら川勝はリニア建設許可と引き換えに「新幹線静岡空港駅」をJR東海につくらせようとしていたフシがある。現在、静岡県には6つの新幹線駅があり、公開されている駅ごとの乗客数をみても大半は赤字駅と考えられる。

 ここにまた一つ駅をつくるというのは、民間企業であるJR東海にとって受け入れがたい。静岡県下の他の新幹線駅の廃止を県が主導し、さらに新駅をつくることによって生まれる赤字をすべて静岡県が負担するという姿勢がなければ、物事が進むわけがない。

 そもそも空港へのアクセスが悪いという問題は静岡空港、あるいは静岡空港をつくった静岡県が解決すべき問題だ。かつては近くのJR駅まで「空港アクセス線」という路線をつくることも計画されていたが、川勝が「新幹線静岡空港駅」に執着するあまり、計画は止まったままである。また致命的なことに、川勝は選挙戦術の中で「新幹線の静岡空港駅の着工と、リニアは関係がない」と自身で言明してしまった。川勝の何も考えていない思いつきと妄念(もうねん)によって、「静岡空港」の改善は今後も見込めないだろう。

 川勝にもう少し交渉力、コミュニケーション能力が備わっていたなら、違う展開があったかもしれない。「リニア建設を巡る大井川水量」と「静岡空港駅の建設」は当然、別の問題である。川勝はその二つが関係あるようなこと、つまりJR東海が静岡空港駅をつくれば大井川の水量は不問にすることを匂わせてきたが、最後まで同じテーブルの上に乗せることができなかった。川勝がやったことといえば、国の審議会でも相手にされないような「大井川の水を一滴残らず全量戻せ」という無理筋の主張を、自分の息がかかった識者を集めた静岡県の審議会で披歴したくらいである。

 だいぶ知れ渡ってきたので簡単な説明に留めるが、「大井川の水を一滴残らず全量戻せ」なる主張は、工事をして水量が減った分を補充するというものではなく、工事中に湧き出た水をすべて汲み上げて大井川に流せというものだ。関係者からは「コストがかさむうえに、専門家からは『水量がかえって増える』との分析結果が出た」と懸念の声が聞かれる。
 さらに川勝はいま、山梨県側で行う工事により、静岡県内の地下水が引っ張られて山梨県側のトンネルに流出する可能性があるとして、山梨県側の工事も止めるべきだと主張している。これに対して、山梨県の長崎幸太郎知事は「県境をまたいでいない。そこ(山梨県側)で出てくる水は100%山梨の水だ」と反論している。

静岡新聞の異様な川勝擁護

 静岡県民には、川勝の正体がバレてしまっているようだ。
 4月11日に公開された、静岡市の有権者を対象にした朝日新聞と静岡朝日テレビの世論調査。そこでは、川勝を支持しない有権者が51%と過半数を突破した。同調査内では、リニア中央新幹線の着工については五九%が賛成と、反対の32%を大きく上回っている。
 それでも川勝がここまでつけあがる理由は一つしかない。静岡新聞の存在である。県内の静岡新聞のシェアは60%を超え、2023年1月(ABC協会調べ)の発行部数は約53万500部。静岡県民は約360万人、有権者は約300万人なので、県政に絶大な影響力を誇る。

 そんな静岡新聞は、川勝に対して異様な肩入れをし、リニアの妨害を応援し続けている。先日も、合理性のない「川勝の全量戻し論」を批判するメディアに対して、「ここに来て静岡県と川勝平太知事の『悪者論』が横行している」「今年に入り、全国紙やネットメディアが相次いで誤報を流した」と主張しているのだ。
 静岡新聞は、何が誤報なのか明らかにしていないので、印象操作で読者を誘導しようという意図を感じるが、「リニア妨害」を批判する記事はすべて偏向していて、信じていいのは静岡新聞だけだと言いたいのだろう。

 川勝のいう「疑問点を一つひとつ解消する作業」はいつまで続くのだろうか。疑問点を解消したところで、川勝は次の疑問点を出してくる。そして、それを垂れ流す静岡新聞。このままでは時間だけが過ぎていく。
 私が着目しているのは、スズキ自動車の鈴木修、国民民主党の支持母体である民間労組、そして自民党静岡県連の会長となった城内実衆議院議員である。静岡県政に多大なる影響を与えるという鈴木修と、工業地帯で基盤が強い民間労組の支持に支えられて、川勝は県知事に初当選することができた。川勝に鈴をつけられる人がいるのだとしたら、鈴木修か民間労組ということになる。県民の利益につながる交渉もできず、すべてが行き詰まり、籠城を繰り返す川勝は、心の何処かで助け舟を待っているかもしれない。

 城内には、2025年の静岡県知事選挙に向けて、強力な対抗馬を打ち立てる責任がある。城内といえば、安倍晋三との深い絆で知られている。郵政選挙の際には、自分の「義」を信じて、落選覚悟の選挙に出たこともある。2021年の知事選挙では、圧倒的な人気を誇る川勝に対して、自民党は強い対抗馬を立てることができなかった。上川陽子(当時・法務大臣)も対抗馬として名前が挙がったが、怖気(おじけ)づいて出馬しなかった。議員が自分の身分を守りたいがために、戦わないのはおかしい。

 私は、静岡県内で人気の高い城内の出馬を強く求めたい。いま戦わずして、いつ戦うのか。日本国存亡の危機だ。戦え、城内。日本を救え!
おぐら けんいち
1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社に入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長に就任(2020年1月)。21年7年に独立。現在に至る。

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