撲滅から共存へ

 衝撃的なニュースが駆けめぐった。JR東海・西日本・九州の3社は東海道・山陽・九州新幹線の一部車両に設置されている「喫煙ルーム」について、来年春にすべて廃止することを発表したのだ。民間企業の実施することに、いちいち目くじらを立てないようにしてきたのだが、さすがにこの発表には衝撃を受けた。
 すでに東北・上越などJR東日本の新幹線では、2007年に喫煙車を廃止した際に、喫煙ルームを設置せず、車内での喫煙はできなくなっている。

 国内移動を飛行機でするときと比較して、新幹線での移動は長時間になるケースが多い。私は2023年11月初めの連休に、岩手県の西和賀町というところへ、過疎化経済とクマ害についての取材で赴(おもむ)いたのだが、その移動で片道3時間、新幹線に乗ることになった。普段、あまりタバコを吸うほうではないのだが、車内販売もなく、喉が渇き、お腹も空いてヘトヘトになってしまった。タバコが吸えるスペースがあったら、多少、イライラも収まったのかもしれない。
 特に、JR東日本については、ホームに喫煙所がないために、相当な時間、禁煙を覚悟しないといけない。今回の車内喫煙スペースをなくす決定と同時に、JR西日本はホームの喫煙所も減らすという。分煙の進んだタバコと比較して、よほどお酒を飲んだ酔っ払いのほうが事件を起こすし、迷惑な存在であるのは明らかなのだから、JR各社にはバランスの良い方針をとってもらいたいものだ。

 最近は「喫煙者の撲滅」から「非喫煙者との分煙」に流れができつつある。総務省が10月27日に全国の自治体へ分煙施設(喫煙所)を設置せよと通達を出したように、国も喫煙者をいくらいじめたとて、ゼロにはできないと悟ったようだ。新幹線の中の喫煙所設置はハードルが高いのであれば、ホームの分煙施設を整備する。これは特に、JR東日本に求めたい。
 私の知り合いに、京都と東京を行き来する元衆議院議員で実業家の、大のタバコ好きがいる。数年前、彼に長時間の移動をどうしているのかと聞くと、面白い答えが返ってきた。なんと京都から東京まで、ドアトゥドアで運転手付きのクルマで移動するのだという。彼の京都の家から東京のオフィスまで、タクシーと新幹線で行くとなると3時間ほどかかる。これをクルマにすると、約5時間になる。「乗り換えをするのは煩(わずら)わしい。自由にタバコも吸え、車内でウェブ会議もできる。特にコロナの時期は人混みを避けられたので助かった」のだという。

 富裕層においてはこんな贅沢な旅行の仕方があるのだと感心していたら、日産自動車が高速道路をほぼ手放し運転で走行できるセレナ(全方位運転支援システム付き)を販売した。一度借りて、都内から静岡の方へ高速を走らせてみたが、人間は進行方向をぼんやり見ているだけのほぼ用なしの状態だった。これであれば、先の実業家でなくても、禁煙をすることなく快適な旅行が実現しそうだ。
Wikipedia (13613)

東海道・山陽・九州新幹線の一部車両に設置されている「喫煙ルーム」について、来年春にすべて廃止することを発表した
via Wikipedia

規制強化がルール違反を増やす

 JR東海は3つ並んだ座席の真ん中の席(B席)を潰(つぶ)して仕切りをつけ、半個室のような状態を実現した。販売も好調のようなので、あと一歩進めば、簡易型の個室が実現しそうな予感もする。そうなれば、喫煙スペースが復活することもあるかもしれない。ホームからも喫煙所を撤去した無慈悲なJR東日本とは違うであろう。JR東海の良心に期待をかけたいところだ。
 ちなみに、どうしても飛行機に乗らないといけないときや、すでにタバコを吸うことができないJR東日本の新幹線に乗らないといけないケースではどうしているのかと、その実業家に尋ねたところ「今はやっていないが」という前置きをしつつ、低い声でこんなことを教えてくれた。

「JT社のプルームテックか、もしくは外国のベイプと呼ばれる電子タバコなら座席でも吸える。水蒸気に近いものが出るので、飛行機の火災報知器に引っかかったことはない。匂いもでないものを選んでいるので、隣の人や乗務員にバレたこともない」

 驚いて調べてみると、ルール上は完全にアウトだが、実際に隠れて吸っているという体験談が、ネット上にはあふれていた(絶対におすすめしない)。禁酒法下のアメリカで、脱法的な飲酒が相次いだのと同じように、タバコを禁止したところで、かえって座席で吸う人がでてきてしまっては、本末転倒であろう。鉄道各社にとって喫煙スペースはコストにしか見えないのだろうが、あまり厳しくしすぎるのは、かえって大きな問題を生むことを念頭に置いてほしい。

居心地のいい社会

 それにしても、タバコの規制は新しい局面を迎えつつあると感じている。さすがにこの時代に、擁護派であっても、タバコが身体に良いものだという認識を持っている人はいないのではないだろうか。たしかに、タバコは身体に悪いものであるし、社会的にもコストがかかってしまうものだ(と同時に、生産性を上げているという報告もある)。

 私が新しい時代といったのは、医者を中心に、タバコの害ばかりが目の敵(かたき)にされてきたが、身体に悪いものが他にもたくさんあることがわかってきたということだ。それは、お酒であり、小麦であり、砂糖だ。もっといえば牛肉も身体に悪いことがわかってきた。特にお酒は、人間の判断能力を低下させ暴力的にさせる傾向のある薬物だ。適量だと健康にいいというのも間違った認識であり、社会的な損失はタバコを大きく上回っている。

 つい最近まで、ワイン片手に「タバコは身体に悪いことが証明されています」などと訳知り顔で話していた有識者も多かったが、ワインも身体に悪いのである。その有識者の一人は、飲酒中の暴言で大炎上したことも象徴的だった。
 では、身体に悪いものを並べて、すべてを規制する社会を私たちは受け入れるべきなのだろうか。身体に良いとされる豆腐、蕎麦ばかり食べる人生もいいが、焼肉、ビール、タバコと好き放題やる時間があってもいいではないか。

 逆説的な話になってしまうが、人間が好むものはだいたい身体に悪いことがわかってきた今、タバコの地位向上を果たすときなのではないだろうか。健康に関する情報はきちんと伝えた上で、規制をなるべくかけずに自己責任にするというのが、居心地の良い社会のはずだ。

経済的弱者を救え

 防衛費を倍増するための財源として、取り沙汰されているのが「タバコ税」である。国家の安全保障は、国民がみんなで負担を分かち合う性格のものである。筆者は増税の必要はないという立場だが、今回、そのことは横におこう。喫煙者だけがなぜ、負担を増やさなければならないのだろうか。
 政治や行政は、タバコを吸うような非合理主義者は社会から排斥してもよいと考えているだけのことである。なぜ、酒税増税ではないのか、など疑問は尽きない。

 イギリスのシンクタンク「Institute of Economic Affairs」の出した「2020年ビジョン」という報告書では、たばこ税は、酒税やガソリン税と並んで、最貧世帯の家計を直撃していることを報告している。タバコ、酒は、どんなに行政が規制をかけたところで、利用がゼロになることはあり得ない。むしろ、困窮する家計を痛めつけるだけの結果に終わるという指摘だ。
 今こそ、タバコの地位を向上させ、自由で居心地の良い社会を実現する。それは同時に、経済的弱者を救うことになるのだ。
おぐら けんいち
1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社に入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長に就任(2020年1月)。21年7年に独立。現在に至る。

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