現行の日本の「グリーン成長戦略」を見ると、2050年までにCO2ゼロと言う目標を実現するのは、極めて困難というほかない。のみならず、同戦略を実施に移すとなると、深刻な社会的悪影響が起きることは必定。

 根本的な変更が必要だ。

 本稿では、より現実的な長期戦略を提案しよう。その核心は、現実的な時間軸の設定と、原子力の活用である。
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日本の「グリーン成長戦略」は亡国戦略だ

現実的な時間軸の設定

 いまの日本のグリーン成長戦略を見ると、2050年時点において、

①電力部門においては脱炭素電源を活用し、
②非電力部門においては電化を進め、電化できない部分については、水素、メタネーション、合成燃料、バイオマスなどのCO2排出のない燃料を用いて、
③それでも発生するCO2についてはDACCS(大気からCO2を回収して地中に処分する技術)や植林で相殺(そうさい)する

 としている。(図)
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政府のグリーン成長戦略
 だが、ここで列挙された技術のうちで、技術的にすでに確立して経済的に導入可能と見込まれるものは原子力と一部の電化に留まる。他の技術はいずれも、未熟な技術であって研究開発段階に過ぎないものや、あるいは再生可能エネルギーのように高価なものばかりである。

 これらの未熟ないし、高価な技術が大量導入されるとなると、その経済的な悪影響は甚大になる。
 日本には悪しき先例がある。太陽光発電等を大量導入するために、いま毎年再生可能エネルギー賦課金として年間2.4兆円を徴収しているが、これによるCO2削減の効果は2.5%に過ぎない。1%のCO2を削減するのに1兆円もかけている。この轍(てつ)を踏んではいけない。この調子で100%のCO2削減など目指せば大変な災厄になる。

 より現実的な日本の戦略としては、まずは、

①原子力を最大限活用すること
②電化を進めること
 
 であり、長期的には、

③技術開発を進め、経済性を有するようになった技術を導入すること

 となる。

原子力の推進と電化

 直近の課題として、発電部門については、安価で安定な電力供給を実現しなければならない。
 これにより、競争力のある電力供給を実現し、日本の産業部門を活性化することができる。

 のみならず、電気料金を抑制することで、家庭部門および業務部門の電化を促進できる。

 いまの日本は電力価格を高くするような政策ばかり実施しているが、これでは電化は進むはずがない。電力価格は低く抑えねばならない。
浜岡原子力発電所(愛媛県)

浜岡原子力発電所(愛媛県)

求められる日本の原子力

電力政策の抜本的改革

 いまの日本の電力市場は複雑怪奇なものになっている。多くの「市場」が導入され、制度変更は果てることなく続いていて、投資回収の予見可能性が低くなっている。
 その中にあって再生可能エネルギーは手厚く優遇され、おおきなコスト要因になっているのみならず、火力・原子力発電事業の収益性を低下させている。

 電力価格を抑制するためには、電力市場の歪(ゆが)みを取り除かねばならない。再生可能エネルギーへの優遇措置を全廃した上で、再生可能エネルギーが電力系統へ与えている負荷については応分の負担を求める必要がある。

 日本をとりまく現在の地政学的状況においては、天然ガス火力発電、石炭火力発電は、いずれもエネルギー安全保障の観点から一定の割合を維持する必要がある。長期的には、原子力発電の増大に伴って、これら火力発電の設備利用率は低下し、CO2排出量も減少する。

 政府は原子力を国策として明確に推進する必要がある。

 そこでは、政府のファイナンスも活用して、予見可能性のある原子力事業が可能にならなければならない。

 まずは既存原子炉の再稼働を進め、ついで運転期間の60年、80年への延伸、新増設を進める。外部動力がなくても安全に停止するパッシブ安全技術を用いた新型の原子炉を導入する。

 重要な技術開発としては、小型モジュール炉SMR、および核融合炉がある。

長期的視点に立つと

 原子力を活用し、経済的な電化を進めることで、現状の技術においてもCO2を半減することは可能であろう。

 長期的には、運輸部門や産業部門における脱炭素化は、技術開発を伴う、さらなる電化の推進、および原子力による水素供給によって挑戦する。

 グリーン成長戦略に掲げられている様々な技術がいつ導入されるかは、基礎的な技術開発の成否にかかっている。経済性を有するようになれば導入すればよいが、全く予断はできない。これらの技術は、じつは30年以上前から取り組んできたものばかりだ。
 科学技術は全般に進歩しているので、今後30年の間にブレークスルーが現れ、普及が進む可能性はあるから、研究開発を進めることは結構だが、過度な楽観論は根拠がない。

 例えば、電気自動車はどうか。これはいまだ高価なので大量導入すべきではない。だが、バッテリーの技術革新があれば、運輸部門の半分をしめる乗用車は経済的に電化され得る。トラックの電化はこれよりは敷居が高くなる。このようにバッテリーの技術革新が実現可能かどうかは予断できないが、研究開発に取り組む価値はある。
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電気自動車は大量導入すべきではない

CO2ゼロの考え方

 いまの政府のグリーン成長戦略のままでは、膨大なコストがかかり、人々の生活水準が著しく低下する。社会は不安定となり、最終的には脱炭素の失敗につながる。

 ここで紹介している提案は、2050年までという期限を達成することはできない。

 しかしながら、日本社会を不安定にすることなく、十分に迅速かつ継続的にCO2排出量を削減する。

 そして、技術開発に伴い、経済的に魅力ある手段が増えれば、CO2排出量をさらに削減することもできる。

 これはユートピア的な脱炭素化のシナリオではなく、現実的なものである。

 そして、日本の経済力を高め、安全保障を強化するものにもなっている。SMRや核融合を確立すれば、重要な輸出産業にもなるだろう。

 最後に付言する。以上は「CO2ゼロを目指す」という前提のもとで書いた。筆者は、気候危機説は誤りであると考えており、そもそもCO2ゼロが必要だとは考えていない。だが、「もしも、どうしてもCO2ゼロを目指すならば」このような方法が適切と考えて提案するものである。

 さらに付言すると、原子力の活用と電化だけで世界のCO2も半減できるが、いま人為的CO2排出量の半分に相当する量は陸地や海洋が自然に吸収しているので、もしもCO2排出が半減されるならば、CO2濃度の増加自体が止まってしまう。そうすると、ますます地球温暖化を心配する必要はなくなる。CO2濃度が高くなり続けると災害が頻発するという気候危機説が万一本当だとしても、世界のCO2は半減すれば十分である。このためには、既存の原子力の普及についで、新型原子力、SMR、核融合が2100年に向けて順次実現してゆけば十分であって、夢物語のような他の技術は必要ない。
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「CO2ゼロ」は現実的か
杉山 大志(すぎやま たいし/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。温暖化問題およびエネルギー政策を専門とする。産経新聞・『正論』レギュラー寄稿者。著書に『脱炭素は嘘だらけ』(産経新聞出版)、『15歳からの地球温暖化』(扶桑社)、『地球温暖化のファクトフルネス』『脱炭素のファクトフルネス』(共にアマゾン他)等。

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