【澤田哲生】ポストコロナは原子力の時代

【澤田哲生】ポストコロナは原子力の時代

※写真は伊方発電所

求められる電源

 ポストコロナあるいはウイズコロナの時代における原子力の有用性と必要不可欠な側面を短期的および中長期的視点からひもといていく。

 今年6月、ポストコロナと原子力の役割について注目すべき2つの発信があった。

 パリにある経済協力開発機構/原子力機関(OECD/NEA)が「COVID-19流行下とその後における原子力の役割」というポリシーブリーフを、ロンドンの世界原子力協会(WNA)が「より強靱な明日をつくる──ポストパンデミックの世界における原子力」と題する白書をそれぞれ公表したのである。そこには、ポストコロナにおける原子力の有用性について共通の見解が示されている。それは次の3点に集約される。

・コスト効率の高い〝カーボンニュートラル〟電力を安定的かつ大容量に生産できる。
・原子力発電研究開発の投資によって付加価値の高い長期的な雇用を生み出す。これは既設の原子力発電所の運転期間の長期化や新しいアイデアに満ちた小型モジュラー原子炉などSDGs(持続可能な開発目標)に応えられるものの研究開発を指す。
・エネルギー安全保障とりわけ電力安定供給に貢献する。

 ポストコロナにおける経済回復プランでは、気候目標と経済目標の調和が強く求められる。発電原価のみに注目するのではなく、送配電系統への接続性と安定性を確保するためのコストも含めた電力システム全体のコスト、つまりシステムコストを認識する必要がある。

低炭素かつ強靱な電力インフラ

 ある一連の人為的活動を行った際、排出される二酸化炭素と吸収される二酸化炭素が同じ量であることを「カーボンニュートラル」という。気候変動を抑制するための最大の目標が、このカーボンニュートラルを達成することにある。原子力発電を利用せずにカーボンニュートラルな電力システムを実現するのは事実上、不可能だ。システムコストはうなぎ登りに上昇するだけでなく、電力供給を不安定にしてしまう。

 2018年9月の北海道胆振東部地震や、2019年9月に房総半島を襲った台風15号は、私たちは厳しい現実を突きつけた。

 それは太陽光発電は災害に弱いという現実だ。太陽光発電を運転し続けるには外部からの電気が必要である。外部電源なしでも自家用発電機としては使えるが、その際は系統から分離するので、災害時の電力インフラの下支えには何の役にも立たない。太陽光発電は利己的であり、災害時には公共性にまったくもって欠けるのである。

 新型コロナが世界を混乱と恐怖に陥れたことで、必要な時に十分な医療が受けられること(医療アクセス)の重要性を私たちは身をもって痛感した。十分な量の食料の確保や安定供給も同じである。電力の安定供給は、医療アクセスや食料確保と同様に、社会の維持に必要不可欠である。

 原子力は、これまでも安定した電源として低炭素かつ強靱なインフラ構築に貢献してきた。ポストコロナ時代に、その存在意義はますます大きくなる。原子力発電所の新設や原子炉の運転期間の延長といった原子力プロジェクトは、短期間のうちに経済成長を加速する効果があるからだ。長期的には、原子力は低炭素でありかつ強靱な電力インフラ開発を効率よく支えることができる。したがって、コロナ後の経済回復において原子力の役割はますます重要になる。

今後の電力需要

 新型コロナからの経済復興、そして新興国の経済発展のため、人類はより多くのエネルギー、特に品質の高い電気を必要としている。

 国際エネルギー機関(IEA)の2018年のレポートでは、CO2削減などの新しい政策が積極的に実施された場合、2040年までに世界の総電力需要は現在から約60%増加し、その約半分が原子力を含む低炭素電源(水力、風力、太陽光、バイオなど)で賄われるとしている。

 通信の世界では5Gが普及し始め、あらゆる分野でAIテクノロジーが用いられ始めている。AIテクノロジーを支えるのがデータセンターであり、それらを結ぶ高速通信回線だ。2018年の時点で、人が使用するデータは平均で1日1ギガバイトだが、マシンが使用するデータは4,000ギガバイトだった。2年後の今、人の使用するデータは毎年約5%ずつ増加し、マシンの使用するデータは毎年70%の勢いで増加するという。

 2025年には、世界のAIデータセンターだけで、世界中の総電力使用量の約1割を消費することが見込まれている。毎年、倍々ゲームのようにAIが電力を消費する時代の只中にあるのだ。そこから逃れることはできない。

 これからはEV(電気自動車)の時代でもあるが、電力がAIに消費し尽くされてEVにまで回ってこなくなるだろう。つまりEVの普及が頭打ちになるという予測もある。〝AIの普及=エネルギー問題〟なのである。

 AIが進化し、人間の能力にほぼ匹敵するようになる〝プレ・シンギュラリティー〟は、2029年にもやってくるともいわれる。そんななか、環境負荷が小さく災害に対して強靭で高品質かつ安定した電力を必要な分供給できるシステムは原子力以外にない。しかも、原発を毎年1基や2基建設するようなペースではとても追いつかない。

スウェーデンを見習え

 わが国の原子力の現状を見てみる。

 東日本大震災および福島第一原子力発電所事故から約10年経過した。震災前は全国で54基の原子力発電所が稼働し、日本全体の電力需要の約30%を賄っていた。

 現在、再稼働している原発はわずか9基である。2019年、原子力が生み出した電力量はおよそ685億万キロワット時であった。これは同年の日本の総電力需要の6.5%である。
日本の電源構成(2019年)

日本の電源構成(2019年)

via 環境エネルギー政策研究所の資料をもとに作成
 国別で見て、電源の脱炭素化がもっとも進んでるのはスウェーデンである。スウェーデンの脱炭素化の柱になっているのは、原子力40%と水力40%。水力40%はなかなか真似できないが、かりに世界がスウェーデン並みのペースで原子力を導入すれば、電源の脱炭素化は2040年代に達成可能となる。なお、ドイツのエネルギー大転換のような、再生可能エネルギー増強をいくら進めたところで脱炭素化は実現しない(詳しくは拙著『やってはいけない原発ゼロ』に解説した)。
スウェーデンの電源構成(2016年)

スウェーデンの電源構成(2016年)

via 環境エネルギー政策研究所の資料をもとに作成
 日本は電源構成でスウェーデンを範とし、原子力40%、水力10%、水力以外の再エネ40%、火力10%を目指すべきではないだろうか。

 新増設に関して政府がイニシアティブを示さないなか、原子力発電所を保有する電気事業者は先の見えない現状に苦悩している。

 私はいくつかの事業者の上層筋から、「できることなら原子力発電から撤退したい」という本音を聞いている。3・11の後、各発電所は過剰ともいえる「追加的安全対策」の増強を原子力規制委員会・規制庁から強いられてきた。追加的安全対策は過酷事故対策なので、原子炉の供用期間中に使うことは確率的にいえば限りなくゼロに近い。しかし、そのコストは数千億円から1兆円規模に迫るという。原子力規制委員会・規制庁の含意に従わざるを得なかったがゆえの出費である。

役に立たない施設

 加えて、「特定重大事故等対策施設(特重施設)」の問題がある。これは、故意による大型航空機の衝突といったテロリズムなどを想定して、原発の安全を確保するための施設だ。機密に属するため実態は定かではないが、私は施設を視察した人物から様子を聞いたことがある。「実にバカバカしい大規模鈍重なる施設で、おそらくなんの役にも立たない。しかもグーグルアースなどで外から丸見えだ」というものだ。このような存在意義が希薄なものに、一説によれば事業者は5000億円もの出費を強いられているという。

「追加的安全対策」と「特定重大事故等対策施設」のダブル出費では経営が成り立たない。採算のとれない発電装置を民間事業者が保有する意味はない。

 しかも、特重施設の設置が指定された期限内に間に合わなかった発電所は、次々と停止させられているのである。新規制基準の合格から5年以内という設置期限が設けられていたが、過重なコストもさることながら、施設の建設に時間がかかって期限に間に合わせられない。なにしろ特重の内実は機密扱いなので、部外者にはわからないし、規制側の腹づもり1つでいかようにもできる。

 国内の原発でこれまでに再稼働したのはわずかに9基。そして特重施設の設置が間に合わず停止が強いられた結果、現在稼働中の原子炉は3基という惨憺たる有様である。その一方で、2030年の電源構成においては、原子力が22%賄うことが目標とされている。新規の建設計画もなく、島根3号機や大間の建設途上の原子力発電所もなかなか先に進まず暗雲が立ち込めるなか、目標達成は極めて難しい状況で放置されたままだ。

国際動向とわが国の取るべき道

 国際的に見れば、中国は安全性と経済性に優れた最新鋭の〝国産〟原子力発電所を次々と建造している。かつては米国やフランスの原子炉を導入していたが、国産化に成功したと宣言している。国産化できれば他国に輸出することもできる。「一帯一路」の掛け声のもと、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の資金を頼りに、原子力発電所をパッケージで輸出し他国の電力インフラの整備を通じて支配を強めていくだろう。

 中国の動きに強い反発を示しているのは米国である。米国のニュースケール・パワー社は、独自開発した小型モジュール炉(SMR)である「ニュースケール・パワー・モジュラー(NPM)」の認可を規制当局から得て、その建造に向けて邁進している。同社は2026年に、米国内で最初のプラント運転開始を目指している。カナダ、ヨルダン、ルーマニアなどへ輸出する動きもある。新規の原子力開発において中国の独走態勢に歯止めをかけるのが大きな狙いだ。

 わが国は、他国に大きく水を開けられている。気候変動の観点からは、2050年までに電力からの二酸化炭素排出量をほぼゼロにしなければならない。新規の原子力発電所の建造を急がねばならないのだ。

 いま進められている第6次エネルギー基本計画の策定において、原子力発電所の新増設が真っ当に盛り込まれることが重要である。政治がイニシアティブをとって原子力を復興させることが、日本が自国に対してのみならず国際的な責任を果たして行くことにつながるはずだ。
澤田 哲生(さわだ てつお)
1957年、兵庫県生まれ。京都大学理学部物理学科卒業後、三菱総合研究所に入社。ドイツ・カールスル―エ研究所客員研究員を経て現在、東京工業大学原子炉工学研究所助教。専門は原子核工学。原子力研究の実務として最初に取り組んだ問題は、高速炉もんじゅの仮想的炉心崩壊事故時の再臨界の可能性と再臨界の現象分析。その後、原子炉物理、原子力安全(高速増殖炉および軽水炉の苛酷事故、核融合システム安全など)、多目的小型高速炉、核不拡散・核セキュリティの研究に従事。最近の関心は、社会システムとしての原子力、原子力の初等・中等教育にある。原子力立地地域の住民や都市の消費者の絆を紡ぐ『つーるdeアトム』を主宰。2010年より、高レベル放射性廃棄物処分を巡る『中学生サミット』を毎年開催。

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