停電になると何もできない

 2019年9月の台風15号によって千葉県で発生した停電については、新聞、テレビで数多くの報道があったので、詳細について説明する必要はないだろう。ただ、電気がない大変さを知った方は多いと思う。電気がないと照明が点かない、冷蔵庫が使えない、テレビが見られないくらいは当然想像できるが、買い物でキャッシュレス決済はできない。仕方がないから銀行に行っても、ATMは使えないので現金は手に入らない。ならば、電気が来ている場所まで車で出かけて買い物をしようと思って給油に行くと、ガソリンスタンドは閉まっている。給油機も電気がないと動かない。
 
 そのうち、携帯電話の電池も切れ始める。携帯がないと情報が入手できないが、充電するにも電気はない。発電機が動いている公共施設まで出かけ充電しても、今度は電波が繫がらない。携帯基地局の非常用蓄電池の電源が切れれば、停電が解消するまで基地局も機能しなくなるからだ。

 大規模な山火事により時々停電が発生する米国カリフォルニア州のテレビ局が停電の備えを発表しているが、その中には「ガソリンスタンドは使えないので車の燃料は常に半分以上に保て」「クレジットカードもATMも使えないので現金をいつも必ず用意しておけ」「携帯電話の中の重要な情報、家族の電話番号などは、紙に書いて持っておけ」「腐りにくい食べ物(ツナ缶、ナッツなど)と水を用意しておけ」などとある。

 停電にならないと気が付かないこともあるが、これから多くの人が停電を経験する可能性は高くなるだろう。旧民主党政権時代に導入されたエネルギー政策が供給の安定性を損ねるからだ。旧民主党は電力市場の自由化と再生可能エネルギー(再エネ)導入を推進したが、電力供給の安定化には逆行する政策だった。

なぜ長期の停電が発生したか

 今回の停電が長期化したのには理由がある。まず、大型台風があまり襲来しない地域だったことだ。大型台風の通り道になっている地域では台風襲来により倒木などがしばしば起こっており、いきなり大量の樹木が倒れて電線を切ることは起こりにくい。しかし、普段大型台風が来ない地域では強風により一度に大量の倒木が発生し、多くの箇所で電線を切り停電を引き起こすことになる。

 もう一つの問題は送配電線の問題だ。発電所で作られた電気は最高50万ボルトの超高電圧で送電され、変電所で電圧を下げながら最終的には100ボルトになり家庭に届けられる。工場、ビルなどには、電圧を下げる途中の高圧のまま配電されている。送電に高圧が利用される理由は、送電により熱として失われる電気、送電ロスが大きくなることを避けるためだ。電気は電圧が高いほど熱として失われる量が少なくなる。

 高圧の送電を行う場合には、ルートは一つではなく代替ルートがあるのが普通だ。数年前に滋賀県でパラグライダーが高圧送電線の上に張られている避雷線に引っ掛かり宙づりになったことがあった。高圧線に近づくと空気を通して感電することがあるので、救出作業のために関西電力は送電を止めたが停電はしなかった。違うルートで送電を行うことにより、停電を回避したからだ。送電線は事故が発生した場合には空き容量を利用して、事故分の送電を行うことができるように、通常容量の半分しか利用していない。万が一の備えとして代替ルートを確保している。

 今回の台風でも6万6000ボルトの送電線を支える鉄塔2本が倒壊した映像がテレビニュースで流されていたが、この送電鉄塔の倒壊による停電は他ルートを利用することにより、短期間で回復したはずだ。今回停電が長期化したのは、高圧送電線に加え、家庭などの最終需要家用の電柱から引き込まれる配電線の多くが切れたためだ。送電線と異なり配電線には代替ルートはない。電柱が倒れて配電線が切れれば、電柱を建て、もう一度配電線を引き込むしかない。人海戦術でも時間がかかる作業だ。

 目にした作業車が青森ナンバーだったというニュースがあったように、北海道電力から沖縄電力まで、東京電力以外の地域電力会社9社から高圧電源車と人員が派遣されている。東電から応援要請がある前に応援車両と人員が各社から派遣されているが、報道によると9月17日時点で電源車174台、応援人員7127名だった。

 ネットでは、「北海道電力の作業車を何回か見かけて本当に感謝です」「先ほどテレビで電力会社社員の方が、シャワーも浴びていない状況で、復旧作業をされていると知り、頭が下がります」などの書き込みがあった。しかし、災害時に助け合う地域電力会社間の協力体制も将来維持されるかどうかは不透明。電力自由化により電力各社が競争を迫られているからだ。

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電力自由化が阻む協力体制

 米カリフォルニア州は1998年に電力市場が自由化したが、卸電力会社の売り渋りなどもあって大規模輪番停電が発生した。2008年のノーベル経済学賞受賞者であり、もっとも信頼できる経済学者とされるニューヨーク市立大学のポール・クルーグマン教授は、カリフォルニア州の状況を見て、市場を自由化してはいけない分野として医療、教育、電気を挙げた。米国ではカリフォルニア州の大停電以降、自由化の動きが中断され、多くの州は電力市場を自由化しない状態が続いている。

 日本では、大口需要家向け供給については2000年から自由化されていたが、東日本大震災後停電が発生したのは、電力市場を全面自由化していなかったためだと主張するマスメディアが登場した。自由化して供給者を東電以外にも増やしておけば停電しなかったとの解説だ。間違いだが、東電に不満を持っていた人たちはこの説を信じたようだ。

 停電は、太平洋岸にある原子力発電所、火力発電所の大半が津波によって被害を受け、発電できなくなったために発生した。海外から燃料を輸入する必要がある日本の原子力、火力発電所は海岸線に建設せざるを得ない。東電以外の会社が電力供給を行っていても発電所は海岸線に設置せざるを得ない以上、自由化で電力会社を増やしても停電を避けることができるはずはない。唯一あるとすれば市場を通した取引により、電力不足の際に電気料金が上昇し、本来の操業を止めて電気を売る事業者が現れることだが、そんな事業者が多くいるとは思えない。

 しかし、この説を真に受けた当時の民主党政権は電力市場全面自由化に着手し、さらに発送電分離の検討を開始する。結果、いま電力販売を行う会社は600社を超えたが、自社で発電所を持つ事業者が増える訳もなく、電気料金が燃料費の変動以上に大きく下がることもなかった。同じ燃料を使って発電する以上、コストに差があるわけはないので当然だ。ただし、地域電力会社間では競争が激化している。地域の枠を超えて販売できればスケールメリットを享受でき、他社よりコストが安くなる可能性があるからだ。

 自由化がもたらしたものは電気料金の引き下げではなく、地域電力会社間の競争であり、ぎくしゃくする関係だ。今回の台風では、東電からの依頼がある前に地域電力各社は応援を出したが、将来地方での人口減少が続く中で競争が激化すれば、地域電力各社は応援を出す余裕もなくなっていくだろう。大きな規模の停電が起これば応援もなく、復旧に長い時間がかかることになる。

 旧民主党政権の置き土産で電力供給を危うくし、停電を引き起こしそうな政策もある。太陽光、風力発電などの再エネで発電した電気を買い取る、固定価格買取制度(FIT)だ。

再エネが高める停電危機

 2012年7月に当時の菅直人首相は、辞任と引き換えにFITの導入を行った。発電した電気を高く買うFITにより、事業用を中心に太陽光発電設備の導入が爆発的に進んだ。国際エネルギー機関(IEA)によると日本の太陽光発電設備導入量は、中国、米国に次ぐ世界3位だ。2012年6月時点で560万kWだった太陽光発電設備量は昨年末に5000万kW弱にまで増えた。

 電気料金で負担される固定価格買取額の総額は2019年度3.6兆円、1kWh当たり2.95円。標準的な家庭では1年間当たり約1万円の負担になっているが、金額を知らない人が多い。電気料金は後払いだ。普通の品物であれば料金を支払う際に買うかどうか考えるが、後払いであれば支払うしかない。明細を見ている人も多くはない。そのため、再エネの負担額を知っている人も少ないようだ。
 
 国民負担額抑制のためFITの見直しが行われているが、2030年度の再エネ電源主力化の目標に向けて、再エネ電源比率はさらに上昇する見込みだ。再エネ比率の上昇は、停電の可能性を高めることになる。太陽光発電設備はいつも発電できるわけではない。安価、大量の貯蔵が難しい電気は必要な時に同量を発電、供給する必要がある。太陽光発電設備が発電できない夜間、雨天時に備え火力発電設備を用意しておかなければ停電するが、太陽光発電設備の導入量が増えるに従って、火力発電設備の稼働率は低下する。

 電力市場が自由化されているので、稼働率が低下して収益力が落ちた発電設備を電力会社は維持できなくなる。市場が自由化され、FITにより風力と太陽光発電設備量が増加したドイツでは、稼働率が低下した新鋭の天然ガス火力発電所が廃棄されている。日本では多くの火力発電所は昭和に建設され、設備の老朽化が進んでいる。閉鎖が秒読みとなっている設備も多いが、稼働率が低下して利益が見込めない設備は建替えられないだろう。停電の可能性が高まる。市場自由化の大きなツケだ。
 
 停電を避けるためには、稼働率が低く収益性のないバックアップ電源設備を電力会社に建設してもらう必要があるが、その資金は電気料金で賄うしかない。当然、料金は上昇することになる。主要国の中で最も早く電力市場自由化を始めた英国では、老朽化する火力発電設備の閉鎖が相次ぎ、停電の可能性が高まった。そのため、英国政府は発電所を建設すれば稼働に関係なく料金を支払う制度を導入した。欧州連合(EU)の委員からは「総括原価主義を飛び越した社会主義だ」と揶揄されたが、停電を避けるためには仕方がない手段だ。日本もやがて直面するかもしれない問題である。

電源多様化の重要性

 再エネが増えていくと、台風などの荒天時に停電の可能性も高まる。昨年、今年と米国は寒波と冬の嵐に襲われた。地球温暖化と言われている時代に寒波の来襲が増えているのは不思議だが、米カリフォルニア大学の研究者によると、温暖化によって温度が上昇した空気が北極上空に流れ込み、上空にある極渦と呼ばれ超低気圧が押し出されて北米大陸に流れ込むことで寒波が発生するらしい。温暖化が寒波も引き起こしているのだ。
 
 昨年、米東海岸を襲った嵐の際には太陽光と風力発電設備の大半が停止してしまった。シェール革命により天然ガス価格が下がった米国では、競争力を失った石炭火力発電所の閉鎖が続いていたが、東部では稼働率が低下した石炭火力を維持していた。そのため再エネ発電量の落ち込みを石炭火力の稼働で補い、停電を避けることができた。米エネルギー省(DOE)研究所は、「電源多様化の重要性を改めて認識した」としている。

 DOEは、電源の多様化の必要性を2014年2月の寒波来襲時にも訴えている。零下20度を超える寒波のため暖房用天然ガス使用が急増し、需要量がパイプライン能力を上回り、天然ガス火力発電所において燃料が不足する事態となった。さらに、石炭火力発電所でも石炭が凍り付き、粉砕できずボイラーに投入できない事態が発生した。停電を回避できたのは原子力発電所が寒波の影響を全く受けずフル稼働したからだった。

 化石燃料のエネルギー自給率が来年には100%を超える米国でも、原子力を含む電源の多様化が行われている。自給率が9%しかない日本では、化石燃料に依存しない再エネと原子力の活用による自給率の向上が重要だが、再エネには必要な時に発電できない不安が伴う。安定的に電力供給が可能な原子力の再稼働と活用を進めなければ、将来電力供給面から停電の不安に脅かされることになる。

停電を避ける方法は

 今回の停電時、停電を避ける方法として電線の地中化に言及しているテレビ番組があった。地中化すれば台風時、倒木による停電などは避けることが可能になる。しかし、地中化のコストは高い。電気料金の上昇を間違いなく引き起こすことになる。人口減少が始まり、2095年には、今の人口の半分まで減少が進むと予測されている日本で大きな費用をこれからインフラ整備に掛けることも難しいだろう。
 
 電気の地産地消を進めれば良いとするテレビ番組もあった。地域に太陽光、風力、あるいは地域の木材を利用するバイオマス発電設備を導入し、普段は送電網につなぎ電力供給を行うが、送電網でトラブル発生時には送電網と切り離し地域に供給を行うアイデアだ。今回の台風のように配電線が切れた住宅には供給できないが、地域に送電を行うことはできそうだ。しかし、実現は難しい。

 電気は必要な時に必要なだけ供給する必要がある。送電網では給電指令所が常に需要量と供給量を合わせる操作を行っている。需要量と供給量が一致しなければ、停電する。仮に、地域で地産地消を行うとすれば、誰かが需給量を一致させる必要があるが、そんな設備を設置し、人員を配置することは難しいだろう。

 自然災害に備えることは必要だが、いま今回のような停電を避けるための費用負担の少ない方法は残念ながら見つからない。電気は大量に作り、高圧で大量に送電するのが最も価格競争力を生む。私たちができることは、米国が経験したような異常気象時に停電を避けるための電源とエネルギー供給の多様化だ。大きなコストを掛けずとも安定供給に寄与することは早期に実行しておく必要がある。

 現在、日本の1次エネルギー最大の供給地域は中東だ。1973年の第1次オイルショック時に1次エネルギーの75%以上を原油に依存していたため、中東産油国の親イスラエル国への原油供給停止発言に日本は肝を冷やした。幸い、供給停止は免れたが、今でも中東への依存度は約40%もある。供給の多様化は依然として大きな課題だ。多様化の手段を良く考える必要がある。停電が発生してからでは遅すぎる。


山本 隆三(やまもと りゅうぞう)
香川県生まれ。京都大学卒業後、住友商事入社。同社地球環境部長などを経て、2008年、プール学院大学国際文化学部教授。2010年4月から現職。財務省財務総合政策研究所「環境問題と経済・財政の対応に関する研究会」などの委員を歴任。現在、新エネルギー・産業技術総合開発機構技術委員、NPO法人・国際環境経済研究所所長などを務める。著書に『電力不足が招く成長の限界』(エネルギーフォーラム)、『経済学は温暖化を解決できるか』(平凡社)など。エネルギー・環境政策について、テレビ、雑誌で積極的に意見を発信、各地で講演も行っている。

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