【山口敬之】異例の朝鮮労働党大会はバイデン政権への揺さぶりか

【山口敬之】異例の朝鮮労働党大会はバイデン政権への揺さぶりか

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異例づくめの朝鮮労働党大会

 バイデン政権正式発足に連動して、東アジアでも大きな動きが出ている。一番俊敏に反応したのが北朝鮮である。

 北朝鮮は1月10日から8日間にわたって朝鮮労働党大会を開催し、軍事パレードを行い、さらに最高人民会議を開催した。国家の最重要行事を短期間に集中して行うのは前代未聞と言っていい。

 党大会が開かれるのは5年ぶりだが、前回2016年は4日間で終了した。今回その倍の時間をかけて開かれた大会の決定事項は、北朝鮮ウォッチャーからすると衝撃的な内容がいくつも含まれていた。

 まず目を引いたのが、金正恩の妹・金与正の降格人事である。彼女は昨年までは党中央委員会政治局員候補という肩書きだった。

 朝鮮労働党による一党独裁の北朝鮮では、党中央委員会が最高権力機関である。党中央委の政治局常務委員を務める金正恩や崔竜海など5名がトップファイブで、金正恩は委員長として君臨していた。

 常務委員の下には15人の政治局員がいて、その下には11人の政治局員候補がいる。金与正は、昨年までは政治局員候補に名を連ねていた。だから、党内の序列で言えば30位前後だったということになる。

 ところが、今回の党大会で発表された政治局員候補のリストから、金与正の名前が消えた。さらに、その後の金与正が談話を発表した際に付されていた表記から、対南政策を統括する第一副部長から単なる副部長へと、こちらの肩書きも下がっていたことが明らかになった。
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深夜に行われた軍事パレード

金与正の降格の意味

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「降格」となった金与正
 1昨年から飛ぶ鳥を落とす勢いだった金与正の降格に、どういう意味があるのか。2つの関連するファクトが重要な示唆を与えてくれる。

 まず、金与正の降格はこれが初めてではないということである。2019年2月にベトナムで行われ2度目の米朝首脳会談が決裂した後、4月の朝鮮労働党全体会議で政治局員候補を解任されている。 しかし、数カ月の「謹慎」後に、何事もなかったかのように復権し、対米・対南外交で次々と談話を発表するなど、兄にも劣らないほどの存在感を見せていた。

 また今回の党大会では、金与正の他に、2人の外交担当者が降格されていることも注目に値する。金英哲(キム・ヨンチョル)統一戦線部長と崔善姫(チェ・ソニ)外務次官だ。

 金英哲は2018年5月にポンペオ国務長官と会談した後ホワイトハウスに招かれ、トランプ大統領に金正恩の親書を渡すという重要な役割を与えられている。

 崔善姫は2009年8月にクリントン元大統領が訪朝した際に通訳を務めて以降、対米外交を中心に要所要所で重要な働きをしてきた。

 金与正・金英哲・崔善姫という、トランプ政権下の対米外交の主要メンバーが軒並み降格の憂き目に遭ったのである。

 しかし、降格直後にも金与正が韓国を非難する外交談話を発出していることから見ても、この3人が単に失脚したと考えるのは間違いで、トランプ政権に向き合う形で組んでいたフォーメーションをバイデン政権向けに構築し直すという意思表示と見られている。

「総書記」金正恩

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総書記に就任した金正恩
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 もう1つの、非常に重要な変化は、金正恩が総書記という肩書きを持ったことである。

 これまで金正恩は「朝鮮労働党中央委員会委員長」「国務委員会委員長」「朝鮮人民軍最高司令官」という3つの肩書きによって、最高指導者たる地位を確保していた。

 金日成と金正日が持っていた「総書記」という肩書きを、敢えて持たなかったのは、金正恩の祖父と父に対する敬意の表れだと理解されていた。

 前回第7回党大会の翌年の2017年2月には、金正男が暗殺された。儒教的価値観を重んじる北朝鮮においては、金正日の長男である異母兄を手にかけた行為は、尊属殺人という忌むべき重罪だ。

 こうした経緯を考えれば、金正恩にとって総書記という肩書きにつかない方が、金王朝の尊厳に対する敬意の表現として、余程自然だったと言える。

 それならばなぜ、アメリカの大統領が代わるタイミングで、あえて、これまで忌避していた総書記という役職に就任したのか。それは本人の意思なのか。

 ある政府の情報筋は、金正恩の総書記就任を「大きな異変」と受け止めている。健康不安説から集団指導体制まで、2020年は金王朝の異変に関する情報が浮かんでは消えた。その過程で急激に存在感を増したのが金与正だった。今回妹が降格という形で存在感を薄め、兄に総書記として肩書き上の「威厳」を付与するという決断こそ、金王朝の内なる動揺の証拠だというのである。

否定されるトランプの対北外交―日本が「気迫」を見せろ

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米国国務長官に指名されたアントニー・ブリンケン
 バイデン政権で国務長官を務めるブリンケン氏は19日の公聴会で、北朝鮮が求めている「制裁の段階的解除」に応じる可能性があるかと聞かれて、明確に否定せず、トランプ政権の対北外交を抜本的に見直すとだけ述べた。

 2017年にトランプ政権が発足するまで、「核・ミサイル開発を止めない北朝鮮と2国間での直接対話はしない」というのが、アメリカの基本方針だった。

 金正恩と3度面会し、直接対話で和平交渉に臨んでいたトランプでさえ、北朝鮮の求める「段階的制裁解除」を拒否して会談は決裂した。すなわち「完全かつ不可逆的な核放棄なくして制裁解除なし」という基本線を堅持したのである。

 しかし、バイデン政権の外交・安全保障政策を牽引するブリンケン国務長官やジェイク・サリバン安全保障担当大統領補佐官らが、「非トランプ的アプローチ」に舵を切る時、半島情勢が急変することもあり得る。

 折しも金正恩は、党大会の総括として「原子力潜水艦」「多弾頭核ミサイル」「極超音速ICBM」など最新兵器の開発に邁進する方針を強調した。

 今回の北朝鮮の大規模な組織改変と幹部人事を見ても、金正恩は硬軟織り交ぜてバイデン政権を揺さぶりながら、どのような状況にも対応できるよう、周到に準備していることが強くうかがわれる。

 北朝鮮には、数多くの日本人が意に反して留め置かれたままだ。総理就任直前まで拉致担当大臣を兼務していた菅首相だからこそ、バイデン政権としっかりと向き合い、半島情勢に主体的に関与し、拉致被害者全員の奪還を実現する「気迫」を見せてほしい。
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山口 敬之(やまぐち のりゆき)
1966年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。
1990年、慶應義塾大学経済学部卒後、TBS入社。以来25年間報道局に所属する。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部所属。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月、TBSを退職。
著書に『総理』『暗闘』(ともに幻冬舎)がある

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この記事へのコメント

kurenai 2021/1/24 09:01

最近、金正恩の姿がテレビ等で流れますが、「あんな顔だったのかな〜」と思ってしまいます。

アメリカでは認知症の偽大統領、北朝鮮では影武者総書記様。世の中狂ってますね。

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