情報の真贋を判断する
最近特に注目されているのは、こんな情報だ。
「投票データを記録したコンピュータ・サーバーを巡って、フランクフルトの米国施設内でCIAと米陸軍が銃撃戦を繰り広げた」
アメリカの政府組織同士が外国で銃撃戦を繰り広げたという、にわかには信じがたい情報だが、もし本当なら前代未聞の大ニュースだ。
こんな時、これまでなら各国の大手メディアの記者達がフランクフルトの現場に飛び、アメリカの特派員は日頃培ったネットワークを活かして情報を収集し、各社の報道デスクが国民に伝えるべき情報かどうかを判断し、何らかの形で報道していただろう。
ところが今回の選挙不正疑惑についてはこうした動きがほとんど見られない。まるで全ての報道機関が「バイデン候補に当確が出たのに、トランプ大統領が悪あがきをしている」というニュアンスで報道することを密かに申し合わせているかのようだ。
ネットの情報も重層的に制限されている。ツイッターやフェイスブックなどSNSの巨人たちは、選挙期間中バイデン陣営側のスキャンダルだけをブロックしたとして、連邦議会で共和党議員に厳しく糾弾される事態となった。
投票日後も、トランプ大統領の選挙不正の訴えには「バイデン候補の当確が出ました」「アメリカの郵便投票ではほとんど不正は起きません」などと、トランプ陣営の発信を全否定するような「但書」をつけている。
玉石混交の情報と、不透明なバイアスの中で、「もはや何を信じればいいのかわからない」という方も少なくないだろう。
多くの情報の真贋が定かではない時、プロのジャーナリストは何を足場に現状を判断するのか。王道の1つに「人間の本性」を信じて情報の真贋を選り分けていくというやり方がある。
この意味で、私が今注目しているのがジョージア州の「ブライアン・ケンプ知事」だ。
ケンプ知事を襲った恐ろしい嫌疑
まず、トランプ陣営が選挙不正の中核の1つと位置付けるドミニオン社の集票ソフトについて、ケンプ知事は選挙不正に使われる可能性があると知りながら州での導入を決め、選挙不正に加担したと主張。さらに導入の見返りとして、ケンプ知事側がドミニオン側から賄賂(わいろ)をもらっていた可能性があるとまで指摘したのだ。
ジョージアといえば、日本では缶コーヒーのブランドとして耳馴染みのある方も多いだろう。アメリカ南東部に位置し、1776年の独立宣言にも加わった、歴史ある南部5州の1つである。
面積は50州中24位だが人口は8位で、首都アトランタには、トランプ大統領の天敵と言われているCNN、コカ・コーラ、運送最大手のUPS、デルタ航空、アフラックなど、世界に冠たる大企業が本社を置いている。面積は小さいが、歴史があり経済的にも特異な地位を占めている。日本で言えば、さしずめ福岡県といったところか。
さて、あなたが福岡県知事だと仮定しよう。そしてある日、突然女性弁護士が東京で記者会見を開き、あなたが「集票ソフト選定という公共事業を巡って業者からワイロをもらっていた」と断言したら、あなたはどうするだろう?
あなたの自宅には、たくさんの新聞・テレビ・週刊誌の記者が押しかけて「真相はどうなんですか?」と口々に問い詰めるだろう。
あなたはすぐに記者会見を開いて、何らかの弁明をしなければならなくなる。ツイッターやフェイスブック等、いつも使っているSNSでも、
・何らかの釈明をするか
・しばらく発信を控えるか
のどちらかの選択を余儀なくされるだろう。
「黙殺」というノーガード戦法
ケンプ知事は「Governor Brian P Kemp @GovKemp」という知事アカウントと、知事になる前の2001年から使っている「Brian Kemp @BrianKampGA」という個人アカウント、少なくとも2つのツイッターアカウントを持っている。
パウエル会見後のケンプ知事の最初のツイッター投稿は、知事アカウントへの「州内の2人の検死官への感謝イベントについて」で、選挙不正とは無関係のものだった。その後の知事アカウントへのツイートは、こんなラインナップだった。
11月21日 検死官への感謝
22日 フットボール観戦の妻と娘の写真
23日 休暇中のコロナ対策
24日 市民表彰
24日 州内の企業投資と雇用創出
25日 警察当局への感謝
26日 州人事について
26日 警察当局への感謝
26日 感謝祭休暇について
26日 家族との休暇の写真
その後も知事の日々の活動報告や日常生活に関する投稿が続き、選挙不正や収賄に関する弁明は、知事アカウントにも個人アカウントにも一切なかった。
You’ve come under attack. If what Trump say is true, then address the voter fraud. If it isn’t true, then tell people the truth. Have the courage to do what you know is right.
(あなたは今攻撃されているのです。もしトランプが言っていることが真実なら、選挙不正について立場を明らかにしなさい。もし真実でないなら、国民に真実を伝えなさい。自分の知っていることをきちんと語る勇気を持ちなさい)
DO THE RIGHT THING MR KEMP. THIS ELECTION WAS FRAUDULENT AND EVERYONE KNOWS IT.
「正しいことをしろよ、ケンプさん。今回の選挙は不正に満ちているって、みんな知ってるんだ」
かけられた疑惑を黙殺すれば、有権者の逆鱗(げきりん)に触れることは、政治家本人が一番よく知っている。ケンプ知事はなぜ、それでも沈黙を守っているのだろうか。
政治家とジャーナリストの「本性」
よく知らないアメリカの知事について私がそう推定するのは、それが政治家の「本性」だからだ。政治家たるもの、疑惑をかけられたら即座に反論しなければならない。時間が経てば経つほど、「犯罪者」「グレー」という印象が有権者に刷り込まれ、説明責任を果たさない「卑怯者」のレッテルを貼られる。
そしてすぐに、きちんと反論できなければ2度と拭(ぬぐ)えない汚名が体に染み付いていき、いずれ逮捕される。仮に逮捕を免れてたとしも、初動を誤れば次の選挙で惨敗する。
この推論を強く裏付けるのが、時が経つにつれて辛辣さを増している有権者のコメントだ。
「不正の話はどうなったんだ?」
「知事でいられるのも今のうちだ」
「お前は魂を売っていくらもらったんだ?」
今ケンプ知事のツイッターアカウントは、どちらも怒りに満ちたコメントに溢れている。
政治家が疑惑に頰被(ほおかむ)りを決め込めば、有権者の怒りは時間が経つにつれて大きなうねりとなる。これは世界の民主主義国家の常識であり、だからこそ政治家は条件反射的に何らかの弁明をするものなのだ。
ところが、ケンプ知事の今回の対応は「政治家の本性」から大きく乖離(かいり)している。自分が犯罪者呼ばわりされた会見など、全くなかったかのように黙殺したのである。
ケンプ知事は、全ての批判を黙殺してきたわけではない。2018年の地方選挙を巡って、有権者登録のデータを自分に有利になるように操作したという疑惑をかけられた時には、ケンプ氏はすぐに記者会見を開き、SNSでも無実を訴え、有権者からの質問にも自ら答えていた。
そんな、政治家の当たり前の「本性」を持っているはずのケンプ知事が、なぜ今回の選挙不正疑惑に限っては、徹底的に沈黙しているのか。これは極めて興味深い、洞察力が問われる設問だ。
まず、嫌疑を即座に全否定しない以上、「ケンプ知事には何らかのやましいところがあるのではないか」と推論する。これだけの酷い嫌疑をかけられたら、全くやましいことがないなら、パウエル弁護士を名誉毀損で訴えるはずなのだ。
いつも通りの発信を続けているのも、「発信を控えたら、それはそれで不自然だと追及される」と恐れ、差し障りのない事だけを投稿していると考えれば辻褄があう。
そして今回はもう1つ、知事の反応と同じ位興味深いことがある。米メディアの反応だ。
全米のテレビネットワークも名だたる大新聞も、現地の各メディアも、ケンプ知事の自宅に記者を派遣しなかった。かけられた嫌疑の内容を詳しく伝えるメディアもほとんどなかった。「ドミニオン疑惑」の主張そのものがメディアによって事実上「黙殺」されたのである。
古今東西、知事など公職にある政治家の疑惑は、犯罪行為が確定する前から大々的に疑惑として報道されるのが常だった。それは、権力者の不正を暴くのがジャーナリストの「本性」だからだ。
なぜ今回の「ドミニオン疑惑」では、政治家もジャーナリストも本来の「本性」を全く発揮しないのだろうか。
1つの仮説として浮かび上がるのは、「知事とメディアの利害が一致し、嫌疑を矮小化している」という可能性である。
ここで思い出されるのが、ホワイトハウスの報道官、ケイリー・マケナニー氏が11月9日に行った記者会見である。
選挙不正を証言した宣誓供述書の束を手に「これはメディアが追及すべき問題だ。我々が望んでいるのは、真相、透明性、公開性だけだ。残念ながら我々は今、本来ならあなた方が質問すべき問題について質問している」と、居並ぶ記者に問いかけたのである。
現職大統領の渾身の会見まで「黙殺」
郵便投票や投票所における具体例を1つひとつ挙げ、「メディアは事実を知っているのに報道しない」と強調した。
中でもドミニオン社の集票ソフトの疑惑については、多くの時間を割かれた。
▶︎ドミニオンのソフトは以前から脆弱性が指摘されていたと強調し、
▶︎今回の大統領選挙のデータが海外サーバーで管理されていた可能性まで言及したのだ。
しかしこの会見についても、日米のほとんどの大手メディアは黙殺した。トランプ演説の後の12月4日のNHKの夜のニュースでは、演説の内容はおろか、演説が行われたことすら伝えなかった。
今回の大統領選挙で民主党の予備選に出馬して途中まで善戦した急進左派のエリザベス・ウォーレン上院議員は昨年12月、ドミニオンの投票機について「セキュリティ上の問題を起こしやすい」と強く警告し、同僚議員と共に議会に申し入れ書を提出した。このウォーレン議員のアクションは、ほとんどの大手メディアがニュースとして取り上げた。
トランプ大統領の天敵であるニューヨークタイムズですら、2018年に「ドミニオン社の集票ソフトは簡単にハッキングできる」ということを証明する調査報道を行っていた。
ウォーレン議員やニューヨークタイムズが指摘していたような選挙不正が、今回の大統領選でドミニオン社の集票ソフトを介して実際に行われていたとするならば、それは民主主義の根幹を揺るがす大事件である。
ところが、同じドミニオン疑惑でも、トランプ大統領が主張した場合だけ、完全に黙殺されるという不思議な現象が起きているのである。
よく考えて見れば「現職のアメリカ大統領の会見や主張が黙殺される」という事態そのものが、注目すべき未曾有(みぞう)の現象だ。そして「選挙不正に加担し」「収賄という犯罪に手を染めた」という酷い疑惑をかけられた現職知事が、疑惑そのものを「黙殺」するという事態も、記者としてはなかなか遭遇することのない異常事態といえる。
民主主義の歴史を通じて前代未聞のことが、今アメリカで次々と起きているのだ。
そもそも、アメリカ大統領の会見は、大統領が真実を語っていようとウソをついていようと、いずれにしても伝えるべきニュースだ。もちろん、現職知事の収賄疑惑もニュースだ。そして、もしその主張が捏造(ねつぞう)だとしたら、それは「弁護士による現職知事に対する名誉毀損」という犯罪のニュースとなる。
我々日本人はアメリカ大統領選挙に投票する権利も、選挙不正を行う余地もない、所詮ヤジ馬である。投票日後のアメリカ大統領選について、「絶対に真実とは確定されていない情報」を伝えたからといって、日本が失うものは何もない。
双方の主張を余さず伝えてこそ、日本人は「アメリカの今」を知ることができる。
それなのに日本の大手メディアは、「トランプ陣営の主張は全てフェイクニュースだ」と断じているかのように、選挙不正を巡る「ニュース」をほとんど伝えない。
たとえ大手メディアが伝えないとしても、アメリカ大統領選挙の不正疑惑をウォッチしないのはあまりにもったいない。今アメリカで起きている全ての出来事に目を向けることこそ、「政治とメディアのあり方」を我々日本人が考える際に最高のテキストとなり、最強の反面教師となる。
しかしマスコミの報道に偏りがあり十分な情報が伝えられていないと考えるなら、「今アメリカで起きていること」を余さず知るためには、大手メディアが報じない政治家の会見や発言に加え、ネットなどの情報も注目しなければならない。さらに、意図的に流布されるフェイクニュースも、時には知る価値のある情報となる。真贋ひっくるめて、全ての情報が現代アメリカの一断面なのだ。
そしてこれらの情報を日本のメディア側が勝手に峻別しているのであれば、その事実にも、「現代日本で何が起きているか」を知る、重要なヒントが隠されているに違いない。